機動戦艦ナデシコ -Shoot it in the steel- 作:古鉄の夜
大変な事になります。
「……ルリちゃんもシミュレーションに参加してみる?」
「え?」
「そうだな。オペレーターのホシノから見た分析や意見も聞きたいし……お願いしてもいいか?」
「……じゃ、私もオモイカネと一緒に参加させてもらいます。
あ——そうだ、ミナヅキさん。私、現場のパイロットが実際、どういった情報分析が欲しいのか、ずっと相談したかったんです。オペレートの参考にしたいので、パイロットとしての意見を聞かせてもらえますか?」
「もちろんだ。ホシノのオペレートは頼りになるし、作戦の詰めの甘さを無くす為にもぜひ欲しい。エステのセンサーだと拾える情報予測に限界があるからな。
じゃあ、シミュレーション状況に応じて寄越して欲しい情報を伝えるから、頼むよ」
「ハイ、お願いします」
前々からユキヤに尋ねたかった事をようやく聞けた。ルリはコクリと頷くとオペレーター席に着席した。
先程までユキヤとユリカのやり取りを見て奇妙な疎外感を感じていたルリ。
心が浮つきそうになるのをいつもの澄まし顔で隠すのに苦労していたのは内緒だ。そんなルリの様子を微笑ましく見守っていたユリカは空になった自分のコーヒーカップを指しながらユキヤに声をかけた。
——通信席に座っていたメグミは先程ユリカに意地悪をしようとした自分がいたたまれなかったのか、ブリッジがユリカ達三人だけの空間になってしまったことに耐えられなかったのか、退室していた。
「ユキヤ君。良ければでいいんだけど……コーヒーのおかわりもらってもいいかな? 君とルリちゃんの分も一緒に。ユキヤ君のコーヒー、わたし気に入っちゃった!」
「もちろん、構いませんよ、俺なんかの淹れたコーヒーで良ければ。美味しいって言ってもらえたら俺も嬉しいですし……じゃあ、ホシノも待っていてくれ。今、用意してくる」
「ありがとう、ユキヤ君♪」
そのやり取りにハッとなって上段のユリカに顔を向けるルリ。ユリカはそれにウインクして応える。先程、ルリが自分の飲んでいたコーヒーを、どこか羨ましげな表情で見ていたのにユリカは気付いていたのだ。気恥ずかしさでユキヤに言い出せなかったであろう事も……。
ルリはユリカに気付かれていた事実に顔を赤らめながらも、その気遣いに感謝してペコリ、と頭を下げた。
ちなみにユリカの休憩時間はとうに過ぎていたのだが……プロスペクターがコミュニケで呼ぼうとブリッジの様子を映した際、三人で真剣にシミュレーションをしているのを見て——これは邪魔しない方が宜しいですね。艦長の精神的疲労もピークに達していたみたいですし、ここはユキヤ君とルリさんに任せましょう——と、いう結論に至り、副長であるジュンにユリカの代行を依頼。午後の葬式はジュンが執り行っていた。
「……なになに? うわぁ、何コレ……両肩に指向性散弾地雷積み込んで……それで“クレイモア”? 流石にそのまま使ってるわけじゃあないのか~。
げー重心たっかいなぁー、こんなんでよくすっ転ばないでいられるなぁ、ユキヤ君。いくらIFS制御とはいえ……なんで陸戦機にアフターバーナーだの過給器だのついてんの? うわーうわー何このキワモノエステ……」
……ところ変わってここはナデシコの格納庫。アルトアイゼンの固定されているハンガーにパイロット三人娘の一人、アマノ・ヒカルのゾッとする様な声が響いている。コックピットハッチは解放されており、ユキヤの体格に合わせたシートはヒカルには合わなかったのか、脇から覗き込む体勢でアルトのサブモニターを注視していた。……そこに表示されるアルトのスペックデータに改めてこの機体のデタラメぶりを思い知る。
「……つまり、安全に接近戦を行う為に装甲を分厚くして?
重くなった機体を動かす為に超強力なバーニアスラスターを搭載して?
攻撃を受けやすくなる近接戦を早く済ませる為に一撃必殺狙える杭打ち機を右手に、更に機動性の高い敵機に確実にダメージ与えられる散弾地雷を両肩に搭載。弾切れ起こした時の保険としてサムライブレードも完備。
輪をかけてクッソ重たくなった機体を強引にかっ飛ばす為に過給機とアフターバーナーも載せちゃった、と。
……見れば見るほど無茶苦茶な機体だなぁ。ユキヤ君、一年乗って慣れましたって言ってたけど慣れられるモンなのコレェ……突進すれば交通事故。敵機に激突するたびに衝突事故起こしてる様なモンだよ……どんだけ辛抱強いんだあの子」
頬をヒクつかせながらデータをスクロールさせて閲覧していくヒカル。サツキミドリの一件でこの試作機にプロのエステバリスライダーとして興味が湧いたヒカルは、ウリバタケの許可を貰ってアルトアイゼンのスペックを確認させてもらっていた。
「無茶苦茶ではある、けど……これの開発主任だっていうラドム博士、一度お目にかかってみたいな……」
「おお~~い、ヒカルちゃん! そろそろアルトから離れてもらってもいいかい!? さっきユキヤからおろしてもらった機体データの値。入力とフィッティング作業に移りたいんだけっどよ」
「あ、は~い! ウリバタケさん。今、降りま~す」
拡声器で下から呼びかけるウリバタケにヒカルは手をヒラヒラと振って応えるとアルトのコックピットを閉鎖、床に降りた。
現状、ナデシコのエース機と目されているアルトアイゼンの最終的な点検整備は班長のウリバタケが手ずから行っていた。
ひょっとしたらこの機体の整備状況次第でナデシコの運命が分かれるかもしれないという予感があったからだ。他のエステと比べるなどあってはならないと分かっていたが……。
……ウリバタケの懸念は当たっていた。
「よーし、ひとまずエステバリス隊各機のフォーメーションはこんな感じかな?」
——艦長の一声と共にブリッジ正面スクリーンにエステバリス隊、各パイロット毎の適正に合わせた隊形が表示されました。パイロット各員の性向、適正をこれまでのシミュレーションデータからオモイカネで分析、それによって各機の立ち位置を割り出しました。
まずは攻撃の要となり敵機の駆逐を主に担う前衛——アルトアイゼン(当然ですね) スバル機 ヤマダ機
前衛の射撃支援を主体行動としつつ、戦況によっては前衛と共に攻撃を努める中衛——アマノ機 テンカワ機
最後に長距離狙撃支援兼後方からの戦況偵察を担う後衛——マキ機
といった具合です。……ちょっと前衛多すぎてバランス悪い、かな? あと、ウチのエステバリス隊だと狙撃を得意とするパイロットがイズミさんしかいないんですよね……。
私はミルクをたっぷり入れたコーヒーを啜りました。……美味しいです。
隣りでミナヅキさんもサブシート席に座りながらブラックのコーヒーを飲んでいます。……オトナですね。私はミルクで甘くしないとちょっと……苦すぎて飲めないです。
「アキトさんもどちらかと言うと前衛向けなんだけどね。明らかに射撃戦より格闘戦の方が伸びがいいから……ただ、これでアキトさんまで前に行っちゃうと、ヒカルさんとイズミさんの負担が増えすぎてしまうからな……」
「でも、リョーコさんは隊長も務めてますから中衛よりに下がる局面もあり得るでしょうし、これはこれでバランス取れてると思います」
「そうだね。あと、ルリちゃんが言った通り後衛やれるのが実質、イズミさんしかいないのがちょっとネックかな~、やっぱり……そこは皆の腕前でカバーするしかないか~」
ミナヅキさん、私の感想に渋い顔しちゃってます。因みに自称エステバリス隊のエース、ヤマダさんはエステバリス隊3on3のチーム戦で散々な結果を出してしまったので、なんとか矯正しようと考えた結果、エステ単機ではどうにもならない木星蜥蜴の大戦力とのチーム戦をひたすらやって独断専行してもどうにもならない状況に放り込む事で、強引にチームワークを叩き込んだそうです。(主にリョーコさんが中心になって)お陰でなんとかフォーメーションを組めるまでになったそうですが……。
前衛に便宜上配置されてますが、どちらかと言うと隊の遊撃戦力としてカウントされてます、あの人。
つまり、最低限の命令は聞いてもらうけど、後は基本、好きに戦っていいよ……てコト。
ふう。
まあ、こんな時の為にエステバリスにはフレーム換装機能があるワケで。戦況に合わせたフレームを使い分けて、なんとかバランス取っていくしかありません。
ちなみに三機一小隊でローテーションを組む場合、リョーコさん達は今のポジションからスライドする感じ。
ミナヅキさん達は前衛がアルト、ヤマダ機。中衛がテンカワ機というポジション。ちょっと前衛により過ぎかな? さっきミナヅキさんが言った通り、テンカワさんも前衛が得意らしいし。ヒカルさんかイズミさん、どちらか片方と入れ替わってた方がバランス良くなりそう。
「うん、まずはコレを基本フォーメーションにして様子見してみようか。上手くいかなければ修正すればいいしね。
それにしても、このシミュレーション内容……火星でナデシコが墜とされた際、全乗組員が脱出するまでの時間をエステで稼ぐ、かぁー」
現在、モニターに表示されている、ラドム博士発案のシミュレーションの内容は、火星で木星蜥蜴の攻撃によってナデシコが万一、撃沈させられてしまった状況下での戦闘を想定したものです。
「……正直、一番なってほしくない状況ですね」
「もし、実際こんなことになっちゃったら詰んじゃいます」
「けど、現場で起こり得る最悪の状況を想定して訓練しないと、いざ、現実で起きた時、精神的ショックで身体が動かなくなるかもしれない。
『あらゆる残酷な想像に耐えておきなさい。現実というのはある日、突然、牙を剥いてくるのですから』……ラドム博士はそう言っていた。俺もその認識は正しいと思う」
ミナヅキさん、険しい顔でモニターを睨みつけてます。……この人は万が一という事態を忘れていないんですね。ラドム博士の教えを大切にしているのもあるのでしょうが……。
「だ、大丈夫だって。ユキヤ君! ナデシコはこれまでの戦艦とは次元の違う最強の戦艦なんだから。ユキヤ君達、クルーの皆もこんなに頑張ってくれてるんだから絶対に勝てるよ!!」
ミナヅキさんの見せる深刻な様子に艦長が空気を明るくしようと元気づけてくれました。
でも、ミナヅキさんの顔は晴れないままです。
「ええ……俺もナデシコの性能もクルーのみんなの力も信じています。ただ、これまで通用していたから、これからもずっと通用すると考えてしまうのは……危険です。
木星蜥蜴も流石にナデシコが普通の戦艦ではないと気付いたでしょう。だから、様子見に徹している……もしかしたら、ナデシコに対するなんらかのカウンターを用意してくるもしれません」
「……うーん。そっか、そうだね。今までと同じ手が通じると考えるのは危険、か……」
艦長はコーヒーを口にすると、ミナヅキさんの言葉に何か感じるものがあったのか、顎に手をやって何やら考え込んでます。私もミナヅキさんも黙って艦長を見つめてます。
「結局、サツキミドリで補給を受けれなかったんだよね……補修資材とか大丈夫かな……?」
そう呟いた艦長は自分のコミュニケを作動させた。繋いだモニターにウリバタケさんが映っています。ウリバタケさん、唐突に通信が艦長に繋がって驚いてます。
「うおっ!? なんだよ艦長。いきなりどうした?」
「ウリバタケさん、今、ナデシコに積まれている物資の量はどうですか? もし、艦に損傷などが発生した場合、今ある分で足りそうですか?」
「んん? そうだな……あんまり派手なやられ方しなければなんとか……いや、でも余裕ありってワケじゃねぇか。やっぱコロニーでレアメタルとか補給できなかったからなぁ〜。在庫がちと心許ない、かもしれん」
「そうですか……」
頭をガシガシと手で掻きながら正直に答えるウリバタケさん。それに艦長は深刻な表情で視線を横に向けています。暫くした後、今度は私に尋ねてきました。
「ルリちゃん。この辺りの宙域で戦艦の補修物資などに使えるレアメタルが含まれた隕石群の位置を表示してくれる?」
「はい。オモイカネ、検索と表示をお願い」
現在のナデシコの位置。火星までの周辺宙域図が正面ディスプレイに映し出されています。艦長はここからそう離れていない所にあるレアメタル含む鉱物資源が豊富にある隕石群に当たりをつけました。
「ここだね。距離もそこまで離れていないし……提督、プロスペクターさん、ジュン君。少しいいですか?」
「む? どうかしたのかね、艦長」
「おや、艦長。お葬式についてはアオイ副長に代わって頂きましたから、今の所は大丈夫ですぞ?」
「ユリカ? ユキヤ君とルリちゃんと真剣な話してるって聞いたよ? 僕は気にしてないから……」
「いいえ。私が話したいのはナデシコに積まれている物資に関する事です」
艦長はそう三人に切り出しました。提督達はモニター上で互いの顔を見合わせると話の続きを促しました。
「先のコロニー壊滅によってナデシコは補給を受けられないまま火星に向かわなければならなくなってしまいました。火星領域での激戦を予測するに、どこかの隕石群で艦の補修物資に加工可能な鉱物等を出来る限り採掘しておくべきだというのが私の考えです」
「ふむ、採掘可能な場所は既に決まっているのかね?」
「現在、ナデシコの位置からそう離れていない所に採掘可能な隕石群を見つけました。人型兵器であるエステバリスを採掘に担当させれば、そこまで時間も掛からない筈です」
「確かに……人型兵器であるエステバリスなら隕石から鉱物を削り出すのも手早く行えるね」
副長も画面向こうでうんうんと頷いてます。提督はプロスさんに同意を求めて目線を向けました。
「ふむ、そうですな。物資を現地調達する、というのは良いアイデアです。私も賛成しますぞ」
「ありがとうございます。それでプロスさん、この鉱物資源採掘に関してネルガル本社に——」
「承知しております。サツキミドリ2号で受けられなかった補給を代用する為に、採掘を行ったと本社には私から報告しておきます」
この宙域内の隕石群は当然、連合宇宙軍でも採掘可能だと認識されています。今は木星蜥蜴の侵攻で地球と火星間の航行が難しいとはいえ、無断でやっちゃったら立派な盗掘行為です。だからちゃんとした理由が必要なワケ。私達、一応、会社勤めですから……。
「お願いします、プロスさん。ルリちゃん、ナデシコの航路修正。隕石群を通過しつつ、火星へと向かうルートの選定、お願いね」
「了解。オモイカネ、航路修正。隕石群を抜けつつ、火星へ向かう最短ルートの算出……凡そ、6時間後に目的地へと到達するもよう」
「クルーの皆さん。ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカより通達します。これよりナデシコはサツキミドリ2号で行えなかった補給を補うため、最寄りの隕石群で採掘作業を行う予定です。
到着予定時刻は今から6時間後となります。各クルーはそれまでに準備をお願いします」
艦長がナデシコ全艦に向けて放送を行いました。途端に騒がしくなるナデシコ艦内。整備班は採掘作業を行う工具と艦外作業員の選定、その他諸々でおおわらわ。生活班もバックアップ体制を整える為にミーティングをさっそく行うみたいです。
——この切り替えの速さ、流石は一流のクルーが乗り込むナデシコです。
ミナヅキさんも早速、コミュニケでパイロットの皆さんに通信を繋いで、採掘作業のシミュレーションを始めようと呼びかけています。——皆さん、快く了解してくれました。
「じゃあ、ホシノ。俺、シミュレータールームで皆と訓練してくるから」
「ハイ、私も現地の状況から起こりえる事態のシミュレーションをやっておきます」
「お互い、頑張ろうな。艦長、じゃあ俺も訓練してきます」
「うん。頑張ってね!」
艦長も提督、副長、戦闘指揮のゴートさんと会議室でこの採掘作業の打ち合わせをしようと駆け出していったミナヅキさんの後を追う様にブリッジを出て行きました。
入れ替わりによーやく起きてきたミナトさんと途中で合流したのか、メグミさんがブリッジに入室してきました。ミナヅキさんと艦長の様子に二人とも、少し目を白黒させてます。
――さて、私も仕事に移らないと。よろしくね、オモイカネ。
《前方に巨大な浮遊物、感知》
唐突に、オモイカネから注意を促すメッセージが入った。オモイカネは、続けて浮遊物のデータ、ナデシコとの距離などのデータ画面を次々に開いていく。
「どうしたの、ルリちゃん?」
「前方に巨大な浮遊物があります。全長約300メートル。隕石等ではないようです」
「総員、第一種戦闘配備! パイロットは格納庫で待機!」
途端にナデシコが騒がしくなる。目的地である隕石群に近くなってますからブリッジクルーは皆、集合済みです。
現在、ナデシコは目的地である隕石群を目前にした宙域まで来た所です。その隕石群の横に浮遊物——あ、解析結果をオモイカネが表示してくれました。これは……。
「チューリップの残骸?」
「はい。第一次火星会戦後の撤退時に破壊されたものだと考えられます」
「ふむう、このまま見過ごすのも、もったいない話ですなあ」
そう言いながらもプロスさんは早くも宇宙ソロバンを弾いてます。
隕石群の横にあったのは機能停止したチューリップ。動力反応が消失していたのですぐに正体が判明しなかったんです。
このチューリップを鹵獲できれば、研究材料として非常に有用。連合宇宙軍に高く売りつけることもできるだろうし、研究した結果次第では商売にもなるでしょうから、プロスさんがソロバン弾くのもわかります。
「しかし、残骸とは限らんぞ。もし、まだ活動再開しているなら」
ゴートさんが渋い顔で慎重論を唱えた。確かにナデシコでノコノコ近づいていって、中から敵が出てきたら大変です。余計なこと考えなければ、グラビティブラストで遠距離から破壊するのが一番安全なんだろうけど。ちなみにパイロットの皆さんもチューリップが機能停止している、ということもあって一旦、ブリッジに集合しています。
「偵察機を出してみるかね、艦長」
「偵察機……ですか」
フクベ提督の提案に艦長は困った顔です。パイロット――テンカワさんを危険な目に合わせるのがイヤなんだろうな。――アレ? 艦長、いま一瞬、ミナヅキさんにチラッと視線を送った……?
ミナヅキさんもそれに気付いたみたいで顔を俯かせて思案に耽っています。もしかして……
「私、反対です」
突然、メグミさんが言った。
「ナデシコの目標は火星の探査と救援。——そして今はコロニーで出来なかった補給資材を調達するのが最優先のはず。いたずらにパイロットを危険に合わせるよりも、今は資材確保を最優先すべきだと思います」
『おおーっ』
ブリッジ全員から驚きの声。戦闘に関してはどちらかと言えば消極的だったメグミさんが、こんなハッキリ意見を口にするなんて、ちょっと驚きです。……と、いうかメグミさんもテンカワさんを危険に晒すのがイヤなんでしょうね。あの格納庫でのテンカワさんへの態度から察するに。
「う~ん。しかし、研究材料としての価値を考えると、もったいないというか」
「パイロットの命がかかってるんですよ。人の命よりもったいないものなんてありません」
「そ、それは、まあ……そうですが」
さすがのプロスさんも今日のメグミさんの勢いにはタジタジです。彼が黙ってしまうと、わざわざチューリップに近づこうなんて物好きはいません。
「……それじゃあ、後顧の憂いを断つ為にも、グラビティブラストでチューリップを破壊。その後、採掘作業に――」
「待ってください、艦長。その偵察任務ですが……アルトアイゼンならば大きなリスクを負わずに行えるはずです。俺に行かせてくれませんか?」
メグミさんの言葉に決心が付いたのか、艦長がチューリップの破壊を告げようとしたその時、それまで床に視線を彷徨わせていたミナヅキさんが突然、顔を上げてそれを遮りました。
……やっぱり、ミナヅキさんは偵察をしたいと考えてたんですね。なんとなく、そんな雰囲気がしてました。私は……正直、メグミさんの意見が通るならそれでいいと思っていたんですけど。
艦長がどこか、ああ、やっぱり――という顔でミナヅキさんを見ています。
「――考えがあるんだね? ユキヤ君」
「はい。と言っても基本通りの偵察を行うだけなんですが……まずアルトでチューリップが本当に機能停止しているのか至近距離まで近づいて様子を見ます。
安全だと判断が出来たら、そのまま鹵獲を――もし、活動再開したならばアルトの最大加速で一気にチューリップから離脱。そのままチューリップにグラビティブラストを撃ち込む。
アルトのダッシュ力ならばチューリップが敵機を展開する前にグラビティブラストの範囲外へ退避できます……つまり、ナデシコ出航時と同じ戦法ですね。これならそこまでリスクを犯さずにチューリップの偵察を済ませられるはずです。
多分、艦長も同じ事を考えていたのではないですか? 一撃離脱はアルトの最も得意とする所。やらせてください」
真剣そのものの表情で艦長に頼み込むミナヅキさん。艦長も再び考え込んでしまいました。
あの時、ミナヅキさんに目を一瞬だけ向けたのは、アルトによる偵察プランを、艦長は既に思いついていたからだったんですね。でも……
「反対です。ミナヅキさんに負担がかかり過ぎています」
気が付いた時、私はその言葉を口にしていました。ブリッジ中の視線が私に集中しているのを感じます。まさか、私が反対するなんて誰も思っていなかったんでしょうね。
当のミナヅキさんも驚いた顔で私を見返してます。——私も正直、どうしてこんなに嫌だと感じているのかよく分かりません。ミナヅキさん自身が納得した上でやると言っているのに、何故、私は反対してしまったんだろう……?
「ホシノ、俺とアルトならば大丈夫だ。少しでもおかしいと感じたならすぐ離脱するからさ。後はナデシコに任せる」
「でも……」
「ユキヤ君、ルリルリは貴方の事が心配なのよ」
分かってあげて? ミナトさんがそう諭してくれました。私が顔を向けると微笑えみながら頷いて返してくれた。……チョット、恥ずかしいです。
ミナヅキさんはしばらくすまなさそうにしてましたが、もう一度、私とミナトさんを見つめ返してきました。――またです。あの……何かを決心したその表情。
どうしてそこまで――? やはりミナヅキさんもネルガルの人だから、チューリップが研究材料として欲しいのでしょうか……?
「……もし、ここであのチューリップを鹵獲できれば、研究次第であの無尽蔵に敵機が湧き出てくるメカニズムを解明できるかもしれない。それが
可能性は低いかもしれないけど――俺が危険を少し引き受ける事で戦争の犠牲になる人達を減らせるのならば――やれるだけやっておきたい。チャンスは自分で掴みにいかなきゃ無かったのと同じになっちまう……だから頼むよ、ホシノ。それにミナトさんも。絶対に無理はしません」
私達へ真剣に訴えかけてくるミナヅキさん。
——そうだったんですね。ミナヅキさんはこの戦争で失われていく命を少しでも減らす為にチューリップをここで確保しようと……なら、私にはミナヅキさんを止める事は出来ません。
「ユキヤ君……」
ミナトさんも命の為に――というミナヅキさんの思いに他に何も言えないのか、そう呟いたきり、黙り込んでしまいました。
そんなミナヅキさんをじっと見ていた艦長はそっと喋り始めました。
「…………お願い、してもいい? ユキヤ君。でも! 君が言ったように、絶対に無理はしちゃダメだよ!! 少しでも危険だと思ったらすぐに逃げること。――約束してくれる?」
「了解です、艦長。……ありがとうございます」
艦長はミナヅキさんの意を汲む事にしたみたいです。ミナヅキさんも艦長へ真剣に頷き返してくれました。
……ミナヅキさんとアルトなら大丈夫、ですよね……?
「――ミナヅキ・ユキヤ。アルトアイゼン、出ます!」
重力カタパルトからアルトアイゼンが発進していく。目指すは前方にあるチューリップだ。
チューリップがいつ動き出しても対応できる様にグラビティブラストはフルチャージされていた。
また、もしなんらかのイレギュラーが発生した際、すぐに対応出来る様に他のエステバリス各機も発進準備完了していた。
ナデシコの重力波ビームは距離が離れすぎたり、艦の間に遮蔽物がある場合、届かない。増槽等に頼らず長時間独立行動できるアルトはその意味でも、この偵察任務に向いていた。
——ルリはオモイカネから送られてくるチューリップの各種データに目を光らせていた。些細な変化も見逃さないように。
今の所、チューリップに再起動の兆候は無い。アルトはチューリップにたどり着いた。
「攻撃してきませんな」
「やはり、ただの残骸なのか」
ネルガル社員の二人。プロスペクターとゴートはそう漏らした。
「アルトアイゼン、チューリップ内部に侵入します」
ナデシコのカメラから、メタリックレッドの機体が消えた。ナデシコのエネルギーラインから外れたのをルリは確認する。ブリッジのディスプレイをアルトのカメラアイからの映像に切り替えた。
「なんだ……これは」
チューリップの内部には何もなかった。虚な空洞がただ、拡がっているだけだった。ユキヤはアルトの首をゆっくりと巡らせて辺り一面を見回した。その映像はナデシコにも送られている。
「機材や部品があった形跡は見当たらない……ならば木星蜥蜴はどうやってあれだけの兵器をコイツから吐き出しているんだ? ——やはり、チューリップがワープホールだという推測は事実なのか……いや、結論を出すのはまだ早いな……奥の調査に移ります」
もっとよく調べてみようとユキヤはアルトのバーニアを吹かしつつ、ゆっくりと奥へ進んでいく。
しかし光量調節されたデュアルアイが映す範囲には、何も浮かび上がってこない。
「——ひとまず、敵はいなさそうですね」
アルトが出撃してからずっと息を詰めて見守っていたユリカが少し表情を緩めた。いくらユキヤから志願したとはいえ、許可を出したのは自分だ。ユキヤの力量を信じてはいたが…。やはり不安はあった。
ルリもまた、安心したのか口から細く、長い息をフー、と吐き出していた。それを見ていたミナトが優しく呟いた。
「良かったね、ルリルリ」
「……まだ、油断できません。引き続き、監視に集中します」
ミナトの声にハッとなったルリは引き続きアルトから送られてくる映像に見入った。その頬に、少し朱が差していたが……ミナトはあえて指摘しなかった。
——アルトアイゼンのデュアルアイ。そこから送られてくる映像が一瞬光った。
チューリップの奥のほうで、小さく。なんだか、胸騒ぎがします。これは……。
「な、なんだ、この現象は? いや……まさか――」
光は刻々と色を変えていて、どんな色ともつかない形容できない不思議な光だった。ミナヅキさんの顔に緊張が走る。
「この光……」
その時、自分のエステバリスのコックピットで、アルトから送られてきた映像を見ていたテンカワさんが、まるで夢を見てるみたいに呟いた。
「……ある。見たことあるぞ、この光!」
テンカワさんが、叫ぶようにそう言った瞬間、光が爆発的に広がった。
そしてカメラアイは、その光奥に無数の影——木星蜥蜴の戦艦であるカトンボ。それにバッタやジョロの姿を映し出していた。
……やっぱり生きていた。
「ミナヅキさんっ! そこから離れてください。グラビティブラストを撃ちます!」
もうこうなったら、鹵獲なんてとても無理です。私はたまらず叫んでいました。
「了解——! アフターバーナー全開ッ!!」
アルトアイゼン、急速回頭。ミナヅキさんもこうなると半ば予測していたのでしょう。
迷わずチューリップの外に出ると、同時に両肩部スラスターを機体後方に展開。即座にバーナーを焚き、一瞬で最大速度まで加速。チューリップ側面の隕石群へと退避していきました。
もし、グラビティブラストで倒し切れなかった木星蜥蜴の無人機がアルトを追撃したとしても、隕石群を盾にする事で囲まれるリスクを避けるつもりなのでしょう。
ま、このタイミングならば、そんな心配はありません。
「アルトアイゼン、射程範囲内から離脱。隕石群に身を隠しました」
「うん! グラビティブラスト、発射ぁ!」
艦長の命令にナデシコが吠えた。フルチャージされていたエネルギーが砲口から発射された。
チューリップから出現しようとしていた木星蜥蜴の群れが、ひしゃげ、ねじれ、歪み、爆発して消えていく。当然、チューリップも一緒です。
「あちゃ〜、もったいないですなあ」
膨大な重力波に潰されるチューリップを見て、プロスさんが残念そうに呟いた。
「木星蜥蜴の機影、ゼロ。ナデシコ、アルトの被害、皆無です」
「とりあえず、作戦成功だな、艦長」
「はい、提督。メグちゃん、艦内に戦闘結果の報告をお願い」
「はい。クルーの皆さん。戦闘は無事、終了しました。各部署は——」
「ユキヤ君、お疲れ様、作戦終了だよ。一旦、ナデシコに戻っておいで」
「はい、艦長。これより帰艦しま——な、何っ!? 周囲一体に……動力反応多数っ!!? これは……木星蜥蜴!!」
「えっ!? なになに、ユキヤ君。どういうこと!?」
「本当です。アルトの周辺の隕石群から無数のバッタ、ジョロの反応が突如、出現しました!」
「出現だとっ!?」
アルトが逃げ込んだ先の隕石群から無人兵器が現れたんです。私の報告に滅多な事では取り乱さないフクベ提督が驚愕の叫びをあげました。
私も状況が掴めません、こ、これは一体……。
「しまったぁ! チューリップから既に吐き出されていた敵機がいたのかあっ!!?」
雷に打たれたかの様なミナヅキさんの叫び声。——そうか、あのチューリップがまだ活動していたというのなら、あらかじめ戦力を周囲に展開していてもおかしくありません。
隣りにはカモフラージュになりそうな隕石群があります。そこに動力を切った無人兵器を忍ばせていた。
——それがアルトの接近によって目を覚ました!?
隕石群をチューリップから出てくる敵機への防護壁にするつもりが仇となってしまいました。
――いけません。ミナヅキさん、完全に囲まれちゃってます。
「クッ……離脱する方向をミスった! こんなことならナデシコに真っ直ぐ帰艦していれば! ——いや、悔やむのは後だ! クレイモアッ!!」
アルトアイゼンの両肩部ハッチが解放。そこから放たれる無数の炸裂鋼球弾が眼前の敵機を次々と撃ち砕いていく。
――ユキヤはここで一つ、ミスを犯した。
スクエアクレイモアによって形成された散布域の外縁部。そこから、被弾しながらもアルトの後方へ抜け出たバッタが一機いたのだ。バッタは虫の息となりながらもなんとか背部ミサイルポッドを展開し、ミサイルを一基だけ放った。それがよりによって、アルトアイゼンの機動性の要となるランドセルスラスター付近に着弾してしまった。寸前で気付いたユキヤはなんとか機体をよじったがダメージは免れない。
――やられた。背部ランドセル、計四基のバーニアスラスターのうち、左二基が破損。これではナデシコの方角に退却できない。
「ぐぁッ! しくじった!!」
ミサイル着弾の衝撃に前につんのめるユキヤ。しかし、敵は手心など加えてはくれない。
目の前には無人機が放つ無数の赤いセンサー光。クレイモアで砕かれたバッタやジョロの残骸を押し退け、夥しい数の敵機がアルトへと迫る。
——ユキヤは死神が喉元に鎌を当てがう音を聞いた。
「アルトの背部推進器に被弾! 機動力半減! こ、このままじゃミナヅキさんが……!」
「い、いかんッ!!」
「こんな所でユキヤ君とアルトアイゼンを失うなど冗談ではありませんぞ!?」
ルリが悲痛な声を上げた。ネルガル社員のゴート、プロスペクターもこの事態に浮き足立ってしまう。簡単な偵察任務の筈が、一転してナデシコのエース機撃墜の危機だ。まさかこんな事になるとは……!
それにユリカは頭の中が真っ白になってしまっていた。先程まで作戦を問題無く終了する間際だった事もあり、不意を突かれた反動で思う様に指揮を飛ばせない。急がなければユキヤが危ないというのに。
ここに来て、ユリカの艦長としての経験不足が露呈してしまった。まさかともいえるイレギュラーの発生が、ユリカから指揮官としての判断力を奪ってしまったのだ。
「ナデシコ緊急加速っ! ホシノ君、ハルカ君! 最速でアルトアイゼンの元に艦を向かわせるんだ! エステバリス隊、ナデシコの加速を利用しつつ、出撃! ミナヅキ君の救出が最優先だ!!」
「「は、はいっ!!」」
それを歴戦の軍人であり、連合軍屈指の提督であるフクベの指揮が救った。
フクベは蒼白になってしまったユリカの顔を見て、とても指揮を下せる精神状態ではないと判断。ユキヤを救出するには最早、一刻の猶予もない。代わりに各クルーへと指示を下した。ルリはオモイカネを介して相転移エンジンの出力を一杯にまで引き上げる。ミナトがナデシコを手繰り、隕石群へと艦を向ける。
「艦長! しっかりしたまえ! 君は言った筈だ! 仲間を守ると!!」
フクベが放ったその檄に、ユリカはハッとした。
——私は機動戦艦ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカです! あらゆる危険からクルーを守る責任があります! この艦のクルーはまだ会って二日の、新米艦長である私を信じてくれました。だから私も仲間を信じ、そして艦長として守ります!——
そうだ、父の前で確かに自分は言ったではないか。こんな時に艦長である自分がしっかりしないでどうする。
ユリカの瞳に意志の光が戻った。
「はいっ! すみませんでした。提督。エステバリス隊、提督の指示通り、隕石群への到達時間が最も短くなるタイミングで出撃を! ルリちゃん! パイロットへの情報伝達をお願い! アルトが敵機に囲まれている以上、グラビティブラストは撃てません。
ミサイル全管発射準備! アルトが後退する時を見計らって援護射撃を行います!」
『——了解!』
それに各クルーから一斉に返答が返ってきた。
ユキヤは足掻いていた。主推進器をやられた以上、機動戦は出来ない。
そこで隕石群が密集している地帯へ退がって、隕石を盾にしつつ、持久戦に持ち込もうとしたのだ。
アルトを隠せる大きさの岩塊に背を預けながら敵を待つ。すると、左下からジョロが三機回り込む様に襲ってきた。敵機に向けて三連マシンキャノンをフルオート斉射。
ラピッドライフル二丁分の火力を誇る弾丸がジョロを瞬く間に撃ち砕く。しかしそちらに気を取られた間隙を突くようにバッタと合体したジョロ――といってもジョロをバッタが抱えているだけなのだが――がアルトの頭上から機銃を浴びせながら急襲してきた。
ユキヤは頭部ヒートホーンを起動。両肩部スラスターを畳んだまま噴射。頭上に向けて急加速。機銃の弾幕をものともせず、熱せられた衝角で両断する。機動力こそ低下したが、アルトの装甲は健在だ。
「装甲の厚さが取り柄でな……っ!」
弱気を振り払うようにユキヤは愛機を誇る言葉を口にした。そこへ――
「ミナヅキさん! ナデシコは今、急いでそちらに向かっています。すぐにテンカワさん達が助けに来てくれますよ。だからもう少しだけ頑張って下さい!!」
「了解! 持ち堪えてみせる!」
通信からルリの悲鳴じみた叫びが聞こえてくる。だからユキヤはその心配を除けるように声を張り上げた。
アルトは軋む残り二基のバーニアに鞭打つと、前方から接近してくるバッタをステークで貫いた。更に両肩部スラスター、リアスカートアーマーのバーニアも点火。今出せる最大の推力を持って突き刺したバッタを後方から迫ってきたジョロ二機に叩きつける。
「――ステーク! 行けぇっ!!」
リボルビングステーク撃発。フレーム内のステークが薬莢の炸裂によって撃ち出された。バッタ、ジョロが粉々に砕け散る。だが、今度は左右正面の三方向から敵機が砕けた破片を破って突っ込んでくる。……アルトに取り付いて動きを封じるつもりか。
「ブレード、アクティブ」
バキン、という手応えと共に鞘のロックが解除された。アルトがシシオウブレードの鯉口を切る。まず正面のバッタを横一文字に斬って捨てる。そして機体左側面のバーニアスラスター類を強く吹かして、刀の振りぬく勢いを殺さぬように旋回斬りを放ち、左右の敵機をも輪切りにする。
IFSによる繊細なコントロールはこんな曲芸めいた戦闘機動を可能にする。四肢の振りを利用したAMBACをも組み込んだ動作を直感的に行う――しかもバーニアを損傷した機体で。まるで生身の肉体を動かすかの如く。
これはプログラム制御による操縦桿方式の機体コントロールでは決して出来ない芸当だ。……無論、アルトアイゼンを完全に自分の手足として扱えるまで、機体システムを隅から隅まで知り尽くしたユキヤの努力の賜物でもあるのだが。
しかし、横にいる敵機はそれで捌けても頭上と足元から迫ってくる敵機は止められない。死角から多数の無人機が突撃を掛けてくる。
アルト、各部バーニアスラスター、アポジモーターを噴射。手足を振り、旋回の勢いを殺さずに機体の向きを転向。横から縦へ。X軸回転からY軸回転へ——
「撫で斬るっ!」
更に両肩部スラスターを噴射。内から外へ、螺旋を描く旋回機動——迫ってくるバッタ、ジョロをシシオウの刃が悉く斬断していく。
組み付くのは困難——そう敵機のAIが判断したのか、斬撃の間合いの外側にいたバッタ群が今度は一斉にミサイルを放ってきた。撃破した敵機の爆発によって邪魔な隕石が破壊され、ミサイルが放てるだけのスペースが出来てしまったのだ。
ミサイル接近の警告音がコックピットに鳴り響く。アルトアイゼン、全バーニアスラスター最大出力。旋回機動から直線機動となり、ミサイルとの距離を稼ぐ。しかし、推力の低下は如何ともしがたい。
追いつかれる。アルト、クイックターン。装甲の厚い正面から受けるべく、機体を180度転向。これ以上、推進系統をやられるのはまずい。クレイモア、マシンキャノンによる迎撃は間に合わない。咄嗟に両腕を上げて頭部メインカメラとコックピットを庇う。
「ぐうぅぅっ! 装甲を大分焼かれたが……まだやれるっ!!」
連続する着弾の衝撃にユキヤは歯を食いしばって耐える。機体の各部が正常を示すグリーンからイエローの割合が増していく。
……そろそろ不味いか?
目前には雲霞の如く押し寄せる無人兵器の群れ。ユキヤの心に吹き込む一瞬の弱気。その時……
「――ユキヤ君! くそッ! その子から離れろ
アキトの駆るピンクのエステバリス0G戦フレームが飛来してきた。ラピッドライフルをアルトに追撃しようとしていた無人機にフルオートで浴びせかける。アルトに完全に目が向いていた無人機はそれを無防備に受けてしまい、爆散していく。
ライフルを左手に持ち替えて、右腕手甲部ナックルガードを下ろす。右拳を前に突き出したまま、最大戦速で敵機が集中している只中に突進していく。
「フィールド全開ッ! でやあぁぁぁーーーーーッッ!!!」
ディストーションフィールドを纏った高速度の体当たり。単純な攻撃に見えるがその破壊力は絶大だ。空間歪曲場であるディストーションフィールドと高度の相対速度で接するという事は、巨大な質量と接触しているようなものだ。
隕石群を避ける為、固まってアルトを追っていた無人兵器群はテンカワ機のディストーションアタックをモロに喰らってしまい、粉々に砕け散っていった。
「アキトさん!?」
「助けに来たよ、ユキヤ君! ここは俺達に任せて君は一旦、ナデシコに戻るんだ!!」
「うおぉぉーーー!! ピンチになった仲間を助けに向かうッ! これぞ熱血! 燃える展開だぜぇーーーッ!!」
「無事か!? ミナヅキィッ!」
「救出部隊、只今、到着~~♪」
「……大分やっつけたし、やられたみたいだね。あんたはひとまずナデシコに帰艦しなっ!」
上からアキト、ヤマダ、リョーコ、ヒカル、イズミの順である。アルトのコックピットの通信が一気に賑やかになった。いつもは寒いジョークを飛ばすイズミも、多勢に無勢の状況とアルトの損傷具合を見て、今はユキヤを下がらせるのが先決と鋭く叫んだ。色とりどりの五機のエステバリスがアルトに追撃、あるいは包囲しようとする木星蜥蜴に攻撃を仕掛け、撃破していく。
「すみません! 皆さん。ここはお願いします!」
現状の損傷が増え、機能低下を起こし始めたアルトアイゼンでは皆の足を引っ張りかねない。即座に判断したユキヤはブレードを鞘に収めると、いい加減、怪しくなってきたバーニアスラスターに鞭打ちその場を離脱していった。
ナデシコのルリから通信が入る。
「ミナヅキさん! ナデシコへのルートナビ送りました。隕石群を抜けたらナデシコからミサイルで援護射撃をします。そのまま帰って来てください!」
「了解——! 邪魔だっ!」
エステバリス隊の弾幕をなんとか掻い潜って、アルトに飛びかかってきたバッタの体芯にステークを打ち込み、破砕する。
サブモニターに表示された隕石群を避けつつ、ナデシコに向かうルートを一瞬で頭に叩き込むとアルトを全速で飛ばす。
「野郎、行かせるか! ——ッ!? しまった、抜かれちまった! ミナヅキ! すまねぇ、そっちに二機。いや、四機行ったぞ!!」
右のラピッドライフルと左手のイミディエットナイフで敵機を薙ぎ払っていたリョーコ達だが、バッタと合体したジョロ二組を取り逃してしまった。単純に動力二機分となったディストーションフィールドが思いの外硬く、仕留めきれなかったのだ。
他の敵機の数も多く、今、自分が戦列を離れる訳には行かない。
「チッ! しつこいっ! ——いや、まさかこいつらアルトが厄介な相手だと学習したのかっ!?」
——アルトアイゼンの後方から合体バッタが追いすがってきました。本当にシツコイです。アルトは今、スピードが出せないんだからほっといて欲しいです。
ミナヅキさんは木星蜥蜴のAIが“アルトを優先して倒すべき目標だと認識した”と考えてるみたい。だから、フィールドが強固な合体バッタをアルトの追撃に回した……? 木星蜥蜴が高度な戦略的判断が出来るとオモイカネも予測してましたが、まさかここまでやってくるなんて。
アルト、後方から来る敵機に向けて左腕マシンキャノンを後ろ手でフルオート発射。
でも、バッタはそれを小刻みに回避、あるいはフィールドで弾きながら迫ってきます。……ですが、その動きはスクエアクレイモアの射角を完全に忘れた動きです。
アルトがクイックターンで後ろに振り向く。丁度、後ろへバックする様に慣性移動する体勢を取る。
「これだけの数のベアリング弾……かわせるかっ!!」
アルトアイゼン、両肩部のハッチが解放。チャンバー内に装填された炸裂鋼球弾を全弾発射。
一瞬、敵機が展開したディストーションフィールドに阻まれましたが、球場展開されたフィールドに隈なく当たる
……一点集中でフィールドを貫くリボルビングステーク。純粋な切れ味でほぼフィールド無視で斬り裂いてしまうシシオウブレード。(よくよく考えてみるとこれもよく分からない武器です。リシュウ先生という人はどうやってこんな凄い刀を
フィールドをアッサリ突破された合体バッタ計四機が粉々に砕けて爆散する。ハッチを閉める暇もあればこそ。ミナヅキさんはアルトを翻すとナデシコまで全速で後退していく。
――アルトが隕石群を抜けました。その後ろにはエステバリス隊を迂回してきたのか、大量のお邪魔虫がくっついてきてます。
「アルト、隕石群を突破。その後方から大量の木星蜥蜴が接近」
「ミサイル、アルトを避ける軌道で全弾発射! 敵の追撃を断ちます!」
「了解。――ミサイル、発射」
艦長の指示を受けた私はオモイカネを通じて、ミサイルの弾道データを入力。艦前方に装備された一対のディストーションブレード内、発射管からミサイルが一斉発射された。
狙い通り、アルトを避けたミサイルで追撃してきた木星蜥蜴の無人メカを全て破壊する事が出来ました。――アルトがカタパルト発進口に無事、着艦していくのを確認。
ほっ。
一時はどうなるコトかと思いましたけど、これでミナヅキさんも――
「な、何っ!? ぐあ――ッ!!」
――っ!? 突如、アルトアイゼンのランドセルバーニア、残った二基がとうとう爆発を起こしてしまいました。ここまで酷使してきた影響でしょうか? 着艦の為、床面に脚部を付ける間際の出来事。バランスを崩して横倒しになったアルトがカタパルト内底面を火花を散らしたまま滑っていく。
「防護ネット緊急展開ーーーっ!!」
格納庫でウリバタケさんが大声を張り上げました。損傷して安定した体勢で着艦出来なくなった機体を受け止める為の防護ネットが立ち上がり、滑っていくアルトを受け止めました。あまりの勢いにネットが千切れるかと思いましたが――アルトはなんとか格納庫壁面に叩きつけられる事なく止まってくれました。
「消火剤をバーニアに吹けーーーーっ!!」
ウリバタケさんの指示で格納庫壁面から可動式アームが伸びてきてアルトの背部に消火剤を猛烈な勢いで吹きかけていく。アルトの背中が消火剤で白く凝固されていく。――これで誘爆の危険はないはずです。
でも……アルトアイゼンはもう満身創痍です。背中のバーニア付近は真っ白になってますがもうグチャグチャ……全身の装甲も傷だらけで無傷な所を探すのが難しいという有り様。
「ユキヤ君! 大丈夫!? 怪我してないっ!?」
「…………あ、ああ、艦長、ですか? はい、痛つつ……ちょっと身体を打っただけです。だ、大丈夫……大した怪我じゃありません……」
「——ッ! 救護班! 至急、ユキヤ君を医務室に搬送! 急いでください!!
ごめんね、ユキヤ君! そんな危険な目に合わせちゃって! 痛い思いもさせちゃって! ごめんねごめんね! ごめんねぇ……」
ユリカはモニターの向こうで痛みに顔をしかめるユキヤに必死に頭を下げた。……突然のイレギュラーに戸惑い、対処が遅れてしまった。フクベが喝を入れてくれなければ最悪の事態になってしまっていた可能性もあった。
自分を信じると言ってくれたのに。思えばユキヤは常に自分の味方でいてくれた。精神的にきつい時は励ましてくれた。自分よりも一回りも年下なのに。周囲の人達をよく気遣ってくれていた。なのに私は……。
「か、艦長……あれは決して艦長の判断ミスではありません。退避先を間違えた俺の責任なんです。推進器にダメージをもらってしまったのも敵の対処に焦ってしまったから……自分を責めないでください」
「ううん……チューリップがまだ稼働している可能性があるなら、既に周囲へ戦力を展開しているかもしれないという想定を怠っていた私のミスだよ。機能停止しているという前提でいつの間にか作戦を組んでたんだね。更にその先を読んで指示を出さなきゃならないのが艦長の仕事なのに……ごめん」
「艦長、ミナヅキ君。反省も後悔も今は後回しだ。ナデシコは未だ戦闘中だ。艦長は指揮の継続を。ミナヅキ君、きみはしっかり身体を休めたまえ。治療に専念するのも仕事の内だ」
「「は、はい。提督。すみませんでした」」
——自分に責任があると言い合う艦長とミナヅキさんを提督が止めてくれました。その後、艦長はナデシコの指揮に集中し、エステバリス隊と連携して残存する無人兵器の殲滅を完遂しました。ミナヅキさんも軽い打ち身だけだったらしく、1日、ベッドで休んだら元気になってくれました。
……良かった。
あと、戦闘後にネルガル社員である二人が——
「き、肝が冷えたな」
「いや、全く。もしユキヤ君に万が一の事があったら、ラドム博士に合わせる顔がなくなっていた所でした」
そうゴートさんとプロスさんが胸を撫で下ろしてました。
ナデシコは隕石群からのレアメタル等、補修物資の採掘も完了。再び、火星に進路を向けて発進しました。
……どれだけ万全を期して作戦を立てたとしても、想定外の事態というのは起きる時は起きる。ラドム博士がくれた忠告の意味——痛いほど分かりました。
それが今回の戦闘でナデシコが得た教訓でした。
アルトアイゼンが使った技を「“破幻龍牙斬”じゃねーか!」と言ってはいけない。
まあ、冗談は置いておいて、IFSによる各部ブースターの強弱つけたリアルタイム制御によってアルトを
今回は小説版機動戦艦ナデシコから半分エピソードを混ぜたオリジナル展開となっております。こういった試みは初めてなのですが上手く描写出来ていれば幸いです。