機動戦艦ナデシコ -Shoot it in the steel- 作:古鉄の夜
「失礼します。皆さん、ナデシコの重大な発表を私の一存で遅らせてしまい大変、申し訳ありませんでした!」
「お待たせしてしまって大変、申し訳ありませんでした!」
――ブリッジに入室して、一番。艦長は全ブリッジクルーの顔を見渡して深く頭を下げました。ミナヅキさんも艦長の横に立つとそれにならうように頭を下げています。
「皆さんにご迷惑をお掛けしてしまいました。どんな罰でもお受けします」
ミナヅキさんはそうして、提督とプロスさんにしっかりと目を合わせています……誠実な人ですね、ミナヅキさんは。でも、そこへ艦長が待ったをかけました。
「いいえ、アキトと一緒にユキヤ君と最優先で話すべきだと判断したのは私です。プロスさん、提督。罰は私一人にお願いします」
「か、艦長!? そんな、艦長一人の責任というわけでは――」
慌てて艦長を見上げるミナヅキさん。艦長はそんなミナヅキさんの肩に優しく手を置くと、ニコニコと笑顔を向けながら語りかけました。
「ううん、あの時、話し合いを提案して、強行したのは艦長の私。それにユキヤ君はもう充分、私とアキトの事を助けてくれたよ。このナデシコの艦長で最高責任者は私なの。ユキヤ君が罰を受ける事なんてないんだからね」
そこにいたのは女子大生みたいなノリの能天気な女性ではありませんでした。いつもの、ともすれば、ふざけているとも思われかねない発言をしている艦長しか知らない他のクルーの皆さんが驚いた顔を向けています。そしてクルーの中でそんな艦長をじっと見ていた提督とプロスさんは――
「艦長、テンカワ君とミナヅキ君の三人でしっかりと結論は出せたのかね」
「はい! アキトもとっても良く分かってくれました! というより、ユキヤ君が私とアキトの事、取り持ってくれたんですけどね。本来、艦長の私がしっかりアキトとお話しなきゃいけなかったのに……艦長として不甲斐ないです」
「俺は自分の考えを口にしただけです。艦長、自分を責めないでください」
「ありがとう、ユキヤ君」
艦長を真っ直ぐに見上げるミナヅキさん。そんなミナヅキさんに優しい笑顔を向ける艦長……あの艦長室での話し合いを通じて艦長とテンカワさん、ミナヅキさんの間に信頼関係が出来たみたいですね……いいな、私もミナヅキさんと早く、お話してみたい。発表が終わった後、話せるかな?
「ふむ、察するに非常に有意義な話し合いであったようですね。分かりました。今回の件は不問と致しましょう」
「宜しいのですか、プロスさん?」
「えっ……?」
「はい。先程、皆さんにも申しましたが、ナデシコは軍艦ではありませんので、軍規などは適用されません。お三方の間で問題が解決されたのであればこれ以上、私から罰を、とはあえて申し上げません。他のクルーの皆さんも艦長達の事情の追及はしない、と納得して下さいました……むしろクルーの問題を軽視せず、素早く、適切な対応をされた艦長の本気を見れました。それが私にとって一番の収獲ですな、ただし、何度もこんな事をされては困りますよ! いいですな」
「「はい」」
しっかりとクギを刺すプロスさんに、頷き返す艦長とミナヅキさん。二人の姿に満足そうな笑みを浮かべると「では、改めてナデシコの目的についてお話します」と私達全員を見渡しながら、そう告げました。
今、ブリッジにはナデシコの主要メンバーが集められていた。艦長であるユリカ、ジュン、フクベ、プロスペクター、ゴート、ウリバタケ。パイロットであるユキヤと松葉杖をついたヤマダ。そして、ブリッジクルーであるルリ、ミナト、メグミも必然的に参加していた。
「今までナデシコの目的地を明らかにしなかったのは妨害者の目を欺く必要があったからです。我がネルガル重工が、わざわざ独自に宇宙戦艦を建造した理由は別にあります。以後、ナデシコはスキャパレリ・プロジェクトの一端を担い、軍とは別行動を取ります」
「我々の目的地は火星だ!」
フクベがプロスペクターの言葉を引き受けるかの如く、力強くナデシコの目的地を告げた。ただ、ユキヤには少し、疑問があった。
「俺とラドム博士に目的地をあらかじめ伝えたのは、同じネルガル所属の研究所スタッフだったからですか?」
「ええ、ユキヤ君もラドム博士も軍用兵器の開発に携わっているのですから、この情報の重要さを理解しておられたでしょうから。そして、もう一つはあそこで目的を明らかにしなければラドム博士の信用を得る事が不可能であったから、という理由もあります。それは博士と長い付き合いがあるユキヤ君の方がご存じでは?」
「……確かにあそこで情報を隠したらラドム博士は確実に『お断りします』と切って捨てたでしょうね」
「はい。ラドム博士は気性が激しい方ですからな。まして、自分が開発担当している試作機とそのテストパイロットの未来に関わるのですから」
胡散臭い、信用ならないと判断したら決して首を縦に振らないマリオンの性格を熟知しているユキヤは、プロスペクターの言葉に曖昧に頷いた。
ルリがオペレーター席で小さくラドム博士、と呟いた。その人の研究所でユキヤはアルトアイゼンのパイロットをしている? 後で聞いてみようとルリは考えた。その気性が激しい、という性格も含めて。
「し、しかし、それでは今、地球が抱えている侵略は見過ごすというのですか!?」
副長のアオイ・ジュンが声を荒げた。地球連合軍の士官候補生だった彼としては、ナデシコ程の艦を火星に向かわせるというのが理解できなかった。この力は地球防衛に当てるべきだというのが彼の考えなのだろう。しかし、プロスペクターは平常心のまま、続きを口にする。
「多くの地球人が火星と月に植民していたというのに連合軍はそれらを見捨て、地球にのみ、防衛線を敷きました。火星に残された人々と資源はどうなったんでしょう?」
「……あれから一年も経過してるし、流石に全滅してるんじゃないですか?」
完全に木星蜥蜴の勢力下となった火星で一年が経過している。まだ、人が生き残っているとは考えづらい。常識的に考えたルリはそう答えた。しかし、それをユキヤは否定した。
「いや……火星のネルガル関連の研究施設にはかなり強固なシェルター設備が存在しているらしいんだ。俺もプロスさんから計画を聞かされてから、ラドム博士に尋ねてみた。もし、火星に行ったとして、住民が生き残っている可能性はどれくらいあるのか? と。生き残りの人がそれらの設備に逃げ込んでいれば、食糧生産プラントがまだ稼働していれば、そこに立て籠っている人達がいる可能性はかなり高い、んだそうだ……爪に火を点すような生活を強いられているだろうけどな。
それでも、ナデシコ単艦で木星蜥蜴の勢力下である火星に向かうのは危険かもしれないが、このナデシコの新装備である相転移エンジン、ディストーションフィールド、グラビティブラスト、エステバリス。これらを搭載した地球製戦艦の実力をまだ知らない木星蜥蜴は暫く、対応を持て余すだろう。こちらの手札が全て割れてしまう前に火星に向かい、生き残った人達、研究データをさっと回収してすぐさま火星を脱出する隙は……作り出せるハズだ。
奇襲が通用するのは一回のみ。ネルガルとて、火星に戦艦送り込む理由をそう何度も捻り出す事なんて出来やしない。このチャンスを逃せば火星の人達を救出するのは多分、不可能となってしまうだろう。
『可能な限り早く敵の懐に飛び込み、
それを食堂のテーブルを拭きつつ、聞いていたアキトは静かに頷いていた。火星は自分にとって生まれ故郷だ。そこへもう一度、行けるという事。自分が信じられると思ったあの少年が、ユキヤがあそこまで言ってくれているのだ。なんとしても生き残りの人を救出したい。その為にも自分に出来る事をしたい! 強い衝動がアキトの胸に湧き上がっていた。机を拭きながら、右手のタトゥーを見つめる。
俺は始め、なんでナノマシンコネクターを付けようと思ったんだっけ?
「……心強い言葉、ありがとうございます、ユキヤ君。では、艦長、火星までの指揮を――」
「いいえ、火星にナデシコは行かせないわよ」
突如、ブリッジに銃器で武装した兵士が雪崩れ込んできた。ユキヤは咄嗟に他のクルーを庇う為、前に出たがこの人数の前では焼け石に水だろう。
「ムネタケッ! 血迷ったか!」
「ふふふ……提督。この艦を頂くわよ」
反乱――副提督はフクベ提督にくっ付いて半ば強引にナデシコに乗り込んで来ているらしいとは昨日、プロスペクターから聞いている。初めからナデシコを接収する為だったというのか? ブリッジに他のクルー共々、一箇所に固められた上で兵士達に包囲されてしまった……今は、耐えるしかない。下手に動いてブリッジのメンバーを危険に晒す訳にはいかない。
「その人数で何が出来る?」
しかし、ゴートが兵士の少なさを指摘する。確かに戦艦一隻を乗っ取るには些か人数不足だ。何せこのナデシコには二百人程のクルーがいるのだから、艦を取り戻そうとする動きがあちこちで起きればすぐに抑えきれなくなるだろう……一方、ヤマダが大声でムネタケらを木星蜥蜴のスパイ呼ばわりして即座に銃口を向けられて黙らされていたが。
「勘違いしないで。ホラ? 来たわよ」
突如、ナデシコの前方の海面から浮上してきた地球連合軍の戦艦。艦名はトビウメ。どうも、ナデシコのレーダーに察知されないよう、海の中から密かにナデシコの真下へと潜り込んでいたらしい。そして、トビウメから通信が入る。
「こちらは連合宇宙軍第三艦隊提督、ミスマルである!」
「――お父様」
「ええっ?」
ブリッジ正面モニターに映し出されたのは、口元に黒いカイゼル髭を蓄えた、厳つい顔つきの軍人だ。それを見たユリカは呆然と呟き、ミナトが驚きの声を上げた。――あれがミスマル艦長の父親。あの人はテンカワさんの両親が亡くなる前、何を思って一人娘である艦長を地球行きのシャトルへと乗せたのか――ユキヤはそこまで考えて、緩く頭を振った。それは第三者であり、あくまであの事件を又聞きしただけの自分が首を突っ込んでいい事ではない。ユキヤは大人しく状況の推移を見守った。そんなユキヤの様子を、少し心配そうに見つめるルリの視線に気付かないままで。
「お父様、これはどういう事ですの?」
「おお~、ユリカ。元気か? これも任務だ、許しておくれ。パパも辛いんだよぉ~~」
と、親馬鹿全開で目尻に涙を溜めながらユリカを見るミスマル・コウイチロウ提督。彼は非常に優秀な軍人で有名だが、同時に大の親馬鹿でもあった。なんでも娘可愛さに軍に入れたとか、そんな噂がまことしやかに流れているのだから。プロスペクターが眼鏡をかけ直しながら一歩、前に出た。
「困りましたな~、連合軍とのお話は済んでいるハズですよ。ナデシコはネルガルが私的に使用すると」
「我々が欲しいのは今、確実に木星蜥蜴共と戦える兵器だ。それをみすみす民間に――」
「イヤ、流石ミスマル提督、分かりやすい! では交渉ですな、そちらに伺いましょう!」
交渉人らしく、強引に話を纏めて力ずくでナデシコを接収されるのを避けるプロスペクターの見事な話術。コウイチロウもそれを察しながら、これだけは譲れんと最後に要求を突きつける。
「良かろう、ただし! 作動キーと艦長は当艦が預かる!」
「え……?」
ブリッジ上段、艦長席の卓横に銀色のカバーがある。そのカバーを下ろした箇所に、ナデシコのテロリストによる占拠や、艦自体の盗難を防止する為の作動キーが収まっている。ユリカはそのキーに手を付けながらじっと考える。
「艦長! 奴らの言いなりになる気か!?」
「ユリカ! ミスマル提督が正しい。これだけの艦をみすみす民間に……」
ヤマダの暑苦しい叫び。そして、やはりナデシコは地球防衛の戦力とすべきと考えるジュンはコウイチロウを支持した。ただ、一瞬、横目でユキヤを申し訳無さそうに見ていたが。火星の人々を助ける事に意欲を見せていた少年に同調できない己に忸怩たる思いがあるのだろう……ミナト、メグミ、ウリバタケといった先程のユキヤの言葉に心動かされかけていたクルーがジュンに注ぐ視線は非常に厳しいものだった。また、ユキヤが本気なのだと知ったルリも、もうちょっと空気読んでもらえないかな、この人? という視線をジュンに突き刺していた。ジュンもそれを感じていたが、吐いた言葉は飲み込めない。ぐっと耐える。
――ユキヤにジュンを責める気は無かった。自分の考えに希望的観測と精神論が混じっている事は分かっていた。確実性で言うなら……ジュンの意見もまた、真実ではあるのだろうから。
「いや、我々は軍人ではない。命令に従う必要は無い!」
「フクベさん、これ以上、生き恥を晒すつもりですか……ユゥリカァ。私が間違った事、言った事ないだろう?」
ユリカはその言葉にぴくりと肩を震わせた。間違った、事……ユリカはコウイチロウを父親として尊敬していた。幼くして母を亡くした自分を男手一つで育ててくれた、親馬鹿ではあるが愛情深い父親を。だが、先程、艦長室で聞いたアキトの言葉が脳裏に甦ってくる。
――ユリカの家は軍人の家系で父親はかなりのお偉いさんだった。あの日、ユリカが火星を発った直後、俺の両親は殺された。あまりに都合が良すぎる。もしかしたら、何か知っているんじゃないかって――
父に限ってそんな事は、と思う。だがアキトの疑念も最もなのだ。そして、この作動キーを抜く、という事は。自分の無理な提案を飲み、信じてくれた、みんなの――まだ、会って二日しか経っていないクルーの顔が次々と浮かんでくる。そして最後に――自分が好意を寄せる幼馴染みの青年。両親を失い、誰にも取り合ってもらえず苦しんできたあの人。そして彼の心を慮り、自分を善い人ですと断言してくれた少年……
「お父様。トビウメには勿論、向かわせて頂きます。しかし、作動キーを抜く事は承服できかねます」
「なっ!? 何を言うんだい、ユリカ! ナデシコの事なら心配はいらないよ、私が守ってみせるから――」
「作動キーを抜く、という事は自力での航行はもとより、フィールドによる防御といった最低限の自己防衛能力を失った艦にクルーを一時とはいえ、置き去りにする事となります。それは断じて許容できない……私は機動戦艦ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカです! あらゆる危険からクルーを守る責任があります! この艦のクルーはまだ会って二日の、新米艦長である私を信じてくれました。だから私も仲間を信じ、そして艦長として守ります!」
「……ユ、ユリカ……」
コウイチロウは娘が見せたその気迫に目を瞠った。まだ、別れて二日しか経っていないというのにこの変わりようはなんなのだ? それは約20年間、蝶よ花よと愛でてきた娘では無く、紛れもなく戦艦の『艦長』の姿であった。
「じゃ、いい事。ここで大人しくしててちょうだい。全く、あの艦長が妙な気合を見せるから……」
――そういってキノコ副提督はブツブツ言いながらどっかいっちゃいました……ああ、名前を訂正するのもだんだん、嫌になってきました。あの後、艦長とアオイ副長、プロスさんは艦長のお父さんがいるフネ、トビウメに向かいました。ナデシコは艦長の英断で作動キーを抜かれて無防備になる事は免れたものの、フィールドを張ったまんま、海面にプカプカと浮いた状態です。私達、艦の主要クルーもこの食堂に押し込まれて軍人さんに監視されてます。
「……艦長がものすごーく頑張ってくれたから、ナデシコが動かなくなっちゃう、って
「ま、なるようになるわよ」
私の向かい側のテーブルでメグミさんが不安を零してます。ミナトさんは、今は成り行きを見守るしかないと構えて待つ姿勢みたいです。……私は、私はミナヅキさんの事が気掛かりです。あんなに火星の人を助ける事にやる気をみせていたのに、こんな事になっちゃって。今は私達から少し離れた席に座って、ずっと黙ったままです。さっきからヤマダさんがなんかの漫画をビデオで流してますけど、反応すらしてません。何となく近寄りがたくて、私達も少し距離を置いてしまいました……折角、お話できると思ったのに目をそちらに向ける事も出来ません。
その時、ゴトリ、と何かが突っ伏す音がミナヅキさんが座っている方から聞こえてきました。一体、何が――
「ちょっ!? ユキヤく――」
「ミナヅキさん!?」
ミナトさんの声を遮って、私は勢いよく椅子から立ち上がるとお腹を押さえてテーブルに伏せてしまったミナヅキさんに近寄って背中をさすりながら声を掛けました。ヤマダさんと漫画を見てたテンカワさんも私の声を聞いて顔をこっちに向けてます。倒れているミナヅキさんを見て、驚きながら駆け寄ってきてくれました。
「ミナヅキさん! どうしたんですか。体調悪いんですか? さっきまで大丈夫そうだったのに一体どうしてっ!?」
「あ、ああ、大丈夫だ、ホシノ。体調不良じゃない。お、俺、そういや、朝から何も食ってないや……水すら飲んでなかったって事に今更、気付いた。緊張が切れて、空腹で眩暈がしただけ……」
「お、お腹空いただけ、ですか……? し、心配させないでください!!」
思わず、怒鳴ってしまいました。他人を怒鳴りつけるなんて、生まれて初めての経験です。でも仕方ありません、ホントに驚いたんですから……
「す、すまん。今日、朝からのっぴきならない事ばかり起きたもんだったから、さ」
「ありゃりゃ、そうだったのね、ご飯抜きであんなイベント盛り沢山、起きたら確かに参っちゃうわよね~」
「そ、そうだったのか、ユキヤ君……って、それってもしかしなくても俺のせいだよな!? ご、ごめんよ! 俺とユリカの騒動で飯抜きにしちまって! ま、待ってて。今、なんか作るから! ホウメイさん、厨房借ります。材料費、俺の給料から差っ引いてくれていいですからっ!」
ミナトさんは頬に手を当てて、あ~あ~と苦笑してます。テンカワさん、艦長との件でミナヅキさんの朝食を邪魔してしまったと気付いたのか大慌てです。
「あ、待ってください! テンカワさん! その、今はまだ、飯はいいです」
「えっ! で、でも、お腹空きすぎて倒れちゃったんだろっ!?」
「もしかしたら、この後、ナデシコを取り戻す動きになった時、エステの出番があるかもしれません。アルトは加速Gがかなりキツいので、腹にものが入ってるとコックピットが悲惨な事に……せっかく、食べたものを戻してしまったら料理してくれたテンカワさんに悪いですし……固形物の入ってないスープを貰えれば充分です」
「そっか、消化のいいスープなら……じゃあ、中華風卵スープ作ってあげるよ。待ってて!」
「わざわざ、すみません、テンカワさん」
「気にしない気にしない。俺のせいでもあるんだからさ」
テンカワさんは笑顔になると、ホウメイさんに改めて断りを入れて厨房に入っていきました。ミナヅキさん、ちょっと申し訳無さそうな顔してます。
「な、なんか心苦しいな……」
「でも、あそこでスープ貰わなかったらテンカワさん、余計気にしちゃいますよ。だから素直に頂けばいいと思います」
「そうそう、人の親切は受け取っておかなきゃ。後はアキト君のくれたスープに美味しいって言ってあげれば大丈夫よ♪ きっと、その方がアキト君も喜んでくれるわ」
「そうですね……はい、わかりました」
私とミナトさんの言葉にミナヅキさんは神妙に頷くと、少し明るい顔でそう返してくれました。良かった……私はミナヅキさんの隣りの椅子に座る事にした。ミナトさんは私達の向かいの席に腰を下ろしていました。メグミさん、さっき急いで自販機に向かっていましたけど、その手に紙パック入りミルクを持ってこっちに戻ってきました。
「はい、ユキヤ君。スープ出来るまでの繋ぎのミルク。水分とってないんでしょ? これでも飲んで」
「ああ、ありがとうございます、メグミさん。えっと、後でお代をお渡しします」
「いいのよ、ブリッジでいい話を聞かせてもらえたから。色々と考えていたんだね。ユキヤ君は……」
「ほとんど、ラドム博士の受け売りなんですけどね。それに俺の願望も混ざっていますし」
「ミナヅキさん。その、ラドム博士という方はどういう人なんですか? ミナヅキさんはその人の所でパイロットをしているそうですけど……」
「知りたいのか?」
「ハイ」
私は素直に頷きました。ブリッジでその名前を聞いた時から気になっていた名前です。ミナトさんも、その隣の席に座ったメグミさんも興味ありという顔でこっちを見ています。ミナヅキさんは紙パックに差したストローからミルクを一口すすると話してくれました。
「うん、マリオン・ラドム博士。ネルガル重工傘下の研究所、ラドムラボの所長で俺を育ててくれた人だよ。俺はラドム博士の下でアルトアイゼン――正確にはプロトタイプエステバリスMk-IIIカスタムのテストパイロットをやっている。アルトはラドム博士がエステバリス試作三番機を元に改造した機体なんだ。対木星蜥蜴戦を想定した『絶対的な火力を以て正面突破を可能とする機体』というコンセプトの元、開発されている」
「ふう~ん、だから、アキトさんの乗っているエステバリスとは随分、造りが違っているんだ……」
「プロスさんの話だと気性が激しい人って話だし、ちょっと気難しいおじさん、って感じなのかしら」
「えっ……?」
ミナトさんの言葉にミナヅキさんが何故か反応しています。今の、何かおかしな所があったかな……? アレ? 少し離れた所に座っていたゴートさんが肩をぴくりと動かしてます。
「いや……ミナトさん。ラドム博士は女性ですよ……?」
「「…………ウソォッ!!?」」
ミナトさん、メグミさんが心底、ビックリしたという顔でミナヅキさんにツッコミを入れました。私も声こそ上げはしませんでしたが驚きました……女の人、だったんですか。ラドム博士は。
「本当です。一週間前、プロスさんもそっちに座っているゴートさんもラドム博士と直接、会っていますから」
「そ、そうなの。ミスター?」
「……本当だ。燃えるような赤髪の、いささかキツい顔立ちの美人だ。年齢は30歳。ネルガルきっての女傑と呼ばれる人物だ」
目を閉じたまま、ゴートさんがむっつりと説明してくれました……何か堪えるような様子にも見えますね。もしかしたら吹き出しそうになっているのかな、この人? ミナヅキさん、顔に片手を当てて難しい顔しちゃってます。
「男、だと思ってたんですね。ラドム博士の事……」
「ご、ごめんね。ユキヤ君」
「ごめんなさい、性格がキツいって聞いてたのとあんなゴツいロボット造っているのが、女性だったっていうイメージが湧かなくって……いえ、これも失礼すぎるわね。本当にごめんなさい」
「あ~、一回だけならまぁ、俺も怒りません。ただ、ラドム博士の前でそれは絶対に言わないでください。烈火の如く怒り狂うと思うので」
はあ、と溜息吐いてるミナヅキさんにお二人はコクコクと頷いてます。確かに、同じ女性としておじさんと間違われた不名誉を考えればラドム博士が怒る、というのも納得です……あやうく、とんでもない失礼な勘違いをしてた事をミナヅキさんに知られてしまう所でした。
「その、ラドム博士と一緒にミナヅキさんは暮らしているんですか?」
「もう、6年になるかな。だから俺はあの人に頭が上がらないんだ」
「6年……あれ? それじゃ7歳以前は何処で暮らしていたんですか?」
……私はその質問をしてしまった事をすぐに後悔しました。ミナヅキさんは顔を歪めながら下を向くと、歯切れ悪く話しはじめました。
「あー……まぁ、経歴を見ればわかる事なんだけど、俺が元いたとこって家庭崩壊起こしててさ。こんな家にはとてもいられないってんで飛び出した家出小僧なんだ、俺。道路で瀕死になって倒れてたのをラドム博士に助けてもらったんだよ」
「ご、ごめんなさい……そんな辛いこと、聞いてしまって……」
私はすぐに頭を下げました。ミナトさんとメグミさんも顔を強張らせてしまっています。まさかミナヅキさんにそんな過去が……
直接、ミナヅキさんから色々、聞いてみたいと思って経歴を敢えて見なかったのが仇となってしまいました。知っていたらこんな失礼な事、聞かずに済んだのに……
「いや、気にしなくていいぞ。言ったろ。経歴見ればわかるって! それにラドム博士に出会って、あの人が俺の保護責任者になってくれてからはそんな事は無くなったからさ。俺は……本当に、運が良かったんだろうな」
「そうだったんですね……私は、ネルガル重工傘下の人間開発センターでコンピューターと上手くコンタクトを行う為にナノマシン処理を受け、モルモットにされていました。
でも不幸だとは思ってませんでした。普通の家庭に生まれても、虐待や、教育を受けられない程、貧しかったりする可能性を考えれば、身寄りの無い私が生きていくにはそれなりに恵まれていたハズだと。
……でも、実際そういう人に出会った事が無かったから、何処かで軽く考えてしまっていたかもしれません、すみません……」
何処かすまなさそうにしているミナヅキさんに、私は思わず自分の境遇を話してしまいました。
ミナヅキさんだけに過去の事を話させて自分は喋らない、というのは違うと思ったんです。ミナヅキさん、顔を俯かせてしまいました。
どうしよう? ミナヅキさんを困らせたかったわけじゃないのに……
でも、ミナヅキさんは今朝、テンカワさんと話した時と同じように、決心した顔を私に向けると話し始めました。
「俺も、さ。自分の過去について思う所が全く無い、といえば嘘になる。けど、その事で悩みそうになった時、ラドム博士が言ってくれたんだ。『貴方は誰かの子供としてこの世に生まれてきたのではありません。一人前の人間として成長し、自分の人生を精一杯生きていく為に生まれてきたのです。私がいる限り、自分の出生を言い訳に使うのは許しません』ってさ。
その言葉が俺にとってどれ程、ありがたかったか。だから俺は過去を理由に自分の人生を粗末にする事だけはしない」
「そうなんですか……善い人に育ててもらったんですね、ミナヅキさんは」
「ああ。あそこから逃げだすだけで手一杯で、ろくに他人と喋る事も出来なかった俺に人間として生きていけるよう、生活に必要な炊事洗濯、勉強、人との接し方。パイロット教育。他にも沢山の事、6年間ずっと面倒見てくれた。
今、俺がこうしてある程度、まともでいられているのはラドム博士のお陰だ」
「凄い……」
「やろうと思って、中々できる事じゃないわ……」
「ユキヤ君……そう、だったのか……」
「あっ、テンカワさん。それが卵スープですか?」
メグミさんとミナトさんが呆然と呟いています。テンカワさんがスープの器を持ってミナヅキさんのそばに立っていました。
「う、うん。どうぞ、召し上がれ」
「うわあ、良い匂い……頂きます」
なんとなく、ミナヅキさんがどういう人なのか分かった気がします。
そのラドム博士から様々な事を学び、今のミナヅキさんが在るんですね。元いた家から逃げ出さなければならない程、追い詰められてたなんて。きっと言葉では言い表せられない辛さだったはず。他人と喋るのもろくに出来なかったなんて……
それまで、ミナヅキさんがどんな扱いをされていたのか想像する事すら嫌です。私は本当に知識の中でしか考える事ができていなかった。
……今、テンカワさんの作ったスープを美味しそうに飲んでいるミナヅキさんの姿が、笑顔を浮かべていられるのが奇跡にすら思えてきます。
「ふ〜、美味しかったぁ。ありがとうございます、テンカワさん」
「まだ、おかわりあるけどどうする?」
「いえ、この後の事もありますから今はこれだけで。また、食べにきます。ご馳走様」
「お粗末さま。いつでも食べに来てね、ユキヤ君」
「……ミナヅキさんは尊敬しているんですね。ラドム博士のこと……」
「ああ、俺が天才だと信じている人だからな!」
まるで子供が自慢の宝物を披露しているかのようなその笑顔。ラドム博士にミナヅキさんがどれ程、感謝しているのか、それだけでわかっちゃいます。マリオン・ラドム博士、ですか。いつか会える時が来るでしょうか?
――貴方は誰かの子供としてこの世に生まれてきたのではありません。一人前の人間として成長し、自分の人生を精一杯生きていく為に生まれてきたのです――
では、私は? 望まずとも
少なくとも、ミナヅキさんは前向きに自分の人生と向き合って生きているように思えます。それは、彼のこれまでの行動が示しています。
私……私も、ミナヅキさんみたいに一人の人間として自分の人生と向き合って生きる事が出来るかな? ただ、なんとなくナデシコに乗った私でも……もうちょっと考える時間が欲しいです。
「そういえば、ユキヤ君。さっき、ナデシコを取り戻す動きになったらって言ってたけど軍人相手にそんな事出来るのかな?」
「今、プロスさんがその為に交渉を行っています。ネルガルとしても社運を賭けたこのプロジェクトはなんとしても遂行しなければならないモノである以上、十重二十重に手は打ってあるはず。直にナデシコはあくまでネルガル重工所有の戦艦であり、連合の制約を受ける必要無しと結論が出ますよ」
「プロスさんかぁ。でも、あのヒゲメガネの人ちょっと頼りない気がしない?」
メグミさんはプロスさんに少々懐疑的な様子です。まぁ、飄々とした
「いや、ラドム博士は『確かに正体を見せない所はあるが、約束は守る人物』だと言ってました。基本、人物評価が辛口なラドム博士がそこまで信用しているんです。プロスさんなら、きっとやってくれます。後は俺達がその時に合わせてナデシコを奪還すればどうにかなります。マスターキーは抜かれてませんから、ブリッジを解放すれば、ナデシコは動けます。後はトビウメから艦長達を救出する事が出来れば……その時がエステの出番です」
「そうなんだ……ならっ!」
「? テンカワさん、何を?」
テンカワさん、なにやら決心した顔で厨房の奥から柄付きのお鍋を持ってくると……食堂前で見張りをしていた軍人さんをお鍋で殴り倒してしまいました。
意外です。コックとしてやっていきたい、戦いはゴメンだといってたあのテンカワさんが。ミナヅキさんを差し置いてこんな積極的な行動に出るなんて。どうしたんでしょうか?
「なら、俺が艦長達をエステで助けてくる。ユキヤ君とみんなはブリッジの解放を頼むよ。
俺、火星を助けたい! ユキヤ君が言うようにこれが最後のチャンスだっていうなら尚更だ! たとえ、世界中が戦争しか考えてないとしても! それでも他に出来る事。みんな……みんなそれを探しにここに来たんじゃないのか、いっ!?」
テンカワさんが必死に自分の考えを口に出そうとしていたその時――突然、ナデシコ全体に微弱な振動が発生しました。これは、フィールド外で何かが起きている……?
その少し前、ユリカはトビウメに赴き、その一室。豪華な調度品で彩られたその部屋に通されていた。早速、アキトの両親の死についてコウイチロウに尋ねた。
「お父様、テンカワ・アキト君って覚えてますか?」
「え、いや? テンカワ、テンカワ……うーん、誰だったかなぁ?」
「火星でお隣に住んでた子です」
「火星?」
「私、アキトに会いました!」
そして、アキトが両親を自分が地球へと発った直後に亡くした事。事故ではなく殺害されており、その事を警察に話してみたもののまるで相手にされなかった事……まるで、この事件そのものを無かった事にしたいとでもいわんばかりの妙な対応をされたのだと。
そして、偶然、自分と出会い両親の死について問い質す為にナデシコに乗り込んだと説明したのだが、しかしコウイチロウには「何かの間違いだろう」と即答で返されてしまった。
腑に落ちない、何かを父は隠したがっている。ユリカはそれを直感していたが、ここでコウイチロウをこれ以上問い詰めても無駄だろう。ミスマル・コウイチロウは親馬鹿な一面を持っているとはいえ、連合軍屈指の提督なのだ。娘相手とはいえ迂闊な事を口にはすまい。
或いは娘の自分にすら隠さなければならない何かがあの事件にはあったという事か? ユリカは胸にひやりとしたものを感じていた。これ以上はトビウメにいても無駄かもしれない。ナデシコに戻る算段を……と考えていた折、部屋の扉が開き、プロスペクターとジュンが入室してきた。
「結論は出たかね?」
「ええ、連合との協議の結果、ナデシコはあくまでネルガルの所有物であり、連合軍の如何なる制限も受ける必要無し、と」
それが聞ければユリカとしては充分だ。これで大手を振ってナデシコは火星に向かえる。ユリカはプロスペクターの側に近寄ると「では、速やかにナデシコに帰還しましょう」と耳打ちした。プロスペクターも周囲の兵士に気取られぬように頷くと、丁度、トビウメ艦内に振動が発生。コウイチロウらがこの異常の原因を各所に確認している間、ユリカ達はこれ幸いと甲板上のヘリポートへと急ぐ事とした。
てっきりナデシコをコウイチロウに明け渡すとばかり思っていたジュンを置き去りにして……
その頃、ユキヤはルリ、ゴートと共にブリッジに向かっていた。オペレーターであるルリがいれば、ひとまずナデシコは動かせる。艦内監視システムによって軍人達の位置も把握する事が出来るし、隔壁を作動させれば孤立させる事も可能だ。
格納庫にはアキト達が向かっている。他のクルー達も艦内のあちこちにいる軍人を制圧する為に動き回っていた。そして、ブリッジ前の扉まで辿り着いた三人。
ユキヤの右手には途中、自室によって取ってきた鍛錬用の木刀が握られている。ゴートは食堂で見張りをしていた兵士から取り上げた自動小銃を持っている。
「さて、ブリッジには何人いるのか」
「オモイカネ。ブリッジ内の軍人さん達の様子をミナヅキさんとゴートさんに見せてあげて」
ユキヤの呟きにルリがオモイカネに頼み、二人の前にモニターが表示された。
扉前左右に二人、オペレーター席にムネタケがボケっと座っているのがわかる。オペレーターのルリが頼めばオモイカネは艦内監視システムにより、任意の場所を映し出す位はやってくれる。
流石に操艦等の複雑な作業はコンソールから直接行わなければ不可能なのだが。
「よし、向かって右側の軍人は俺が無力化しますので、左はゴートさん、お願いします」
「ああ、分かった。しかし、ユキヤ君。本当に大丈夫なのか?」
「ええ。万が一、機体が破損して生身で蜥蜴と戦りあわなければならなくなった時の為に白兵戦の訓練はそれなりに。剣術に関してもリシュウ先生から手解きを受けてますから……」
「リシュウ先生って誰の事ですか。ミナヅキさん?」
「アルトの持っているあの日本刀型兵装、シシオウブレードの作成者である技術者だ。同時に薩摩示現流を修めている一流の剣士でもあるおじいちゃんだな。俺なんか足元にも及ばない程の腕前してるよ」
「そうなんですか……」
「話はそれまでだ。カウント3で突入するぞ。ルリ君はこの場で待機だ。我々がブリッジを制圧したら入ってきてくれ」
「了解」
「はい。お二人とも、気をつけてくださいね」
言われた通りに少し下がりながらその場で待機するルリ。そしてゴートがカウントを開始する。
「3……2……1……GO!」
扉が開くと同時、ユキヤは右側にボーッと立っていた軍人の顎に左腰に構えていた木刀で切り上げ一閃。左側に立っていた軍人の鳩尾にゴートは小銃のストックを叩きこみ、それぞれ一瞬で昏倒させた。
「な、何よ! アンタ達は!? グァッ!」
異変に気付いてブリッジ上段に上がってきたムネタケ。右手に持った拳銃をゴートが確実な狙いの銃撃で叩き落とす。
ユキヤ、木刀を八相に構えると踏み込みからの兜割りをムネタケの脳天に打ち込み、他の兵士と同じく昏倒に追い込んだ。起き上がってくるものはいない。それを確認したユキヤは室外で待機していたルリに呼びかけた。
「ホシノ! もう大丈夫だ、来てくれ!」
「はい」
ブリッジに入ったルリは倒れている軍人達に一瞬、動揺したがすぐさまオペレーター席に着席するとオモイカネにアクセスし、ナデシコの各部システムを立ち上げていく。その様子を見ていたゴートがルリに指示を告げた。
「ルリ君、艦内放送でナデシコのコントロールを取り戻した事を全クルーに伝えてくれ。それと残った軍人に投降を促してくれ」
「ハイ。皆さ〜ん、ナデシコの制御は取り戻しました。もう安心ですよ。それと軍人さん達も大人しく投降して下さい。さもないと、隔壁下ろして気密ゼロにした上で閉じ込めちゃいますよ」
無表情のまま、恐ろしい事を艦内放送で口走るルリ。ただ、彼女はそこに少年のひたむきな思いを無下にしようとした軍人――大人達への苛立ちが滲み出ているのに気付いていない。
ゴートは常に冷静沈着なルリらしからぬ物言いに一瞬、眉を跳ね上げたが、何も言わず、ブリッジクルーであるミナト、メグミにコミュニケでこちらに来るよう連絡を入れた。
アキト、ウリバタケ達整備班メンバーによる格納庫奪還も滞りなく済んだとの事だった。
「ホシノ、ゴートさん。俺も格納庫に……ってあれはチューリップが起動しているのか!?」
ブリッジ正面スクリーンにトビウメの護衛艦である、クロッカスとパンジーを今まさに、吸引して飲み込もうとするチューリップ――木星蜥蜴の母船と目され、その名の通りチューリップの花弁が開いた箇所から無数の無人兵器を吐き出してくる大型船の名称である――が映し出されていた。
「ホシノ! ナデシコ、フィールド維持しつつ、後退! チューリップに飲み込まれないように距離を離すんだ。
俺は格納庫でアルトの出撃準備を整える。艦長が戻ってくるまでなんとか時間を稼いでみせる!」
「あ、ミナヅキさん。ちょっと――」
ルリの返答を待たず、ユキヤは一目散にブリッジから駆け出した。愛機たるアルトアイゼンが待つ格納庫へと。
「テンカワさん! ウリバタケさん!」
「ユキヤ君! 無事だったんだね!」
「おっ!? ミナヅキ。ブリッジの奪還は上手く行ったみたいだな! こっちも軍人どもの拘束は完了した所だぜ」
「報告は後です! チューリップが動き出しています。すぐにアルトを出しますので、出撃準備を頼みます!」
そう言うや否やユキヤは、アルトが固定されているハンガーに駆けて行った。機体のコックピットへと乗り込むと、起動準備を始めていく。
一刻を争う状況だ。パイロットスーツに着替えている暇は無い。Gがかなりキツイが耐えるしかないだろう――そう思っていた時、アルトに通信が入る。これは、アキトが乗っていたピンクのエステバリスからだ。
なんだ? ユキヤは疑問に思い、通信を開く。同時にサブモニターに何かを決意した顔つきのアキトが映し出された。
「ユキヤ君! 俺も出るよ。一緒に戦わせてくれ!」
「テンカワさん!? そんな危険ですよ!」
「おーい! テンカワあッ! 出撃すんなら少し待てぇ! 陸戦フレームのままで海上に出ても沈むだけだぞ! 今、空戦フレームに換装してやっから!」
「ハイッ! ウリバタケさん、お願いします!」
「……いいんですか? テンカワさん」
ユキヤはモニターに映るアキトをジッと見る。ユキヤにはアキトが元来、争い事が好きではない性格なのだと分かっていた。
もし、勢いだけでこのままパイロットを続けるならこの先、絶対に後悔する事になるだろう。
「ああ! 君が俺を助けてくれたように、俺も火星の人達を助ける為に出来る限りの事をしたいんだ。その為ならパイロットだってやってみせる!」
「ですが、テンカワさんにとってはコックになる事が1番大切な夢なんじゃないですか? パイロットをやっていれば……その前に命を落とすかもしれません」
「……そりゃ、死ぬのは怖いよ。でも、戦艦であるナデシコに乗ってる以上ある程度、危険なのは何処にいても同じだろう? 俺、ブリッジでユキヤ君の話聞いて考えてたんだ。俺はそもそもコネクター付けたのは何のためだっけって。
そうだ、俺は機械を上手く扱えるようになれば人の役に立てるかもってコネクターを付けたんだ。
コックになる事も、コネクターを使って人の役に立つ事をするのもどっちも俺の大切な夢だ! 地球で嫌な思いしてたせいで忘れてた。ユキヤ君のお陰で思い出せたよ、ありがとう」
「……分かりました。そこまで決心されているのならば、俺は何も言いません。テンカワさんはトビウメにいる艦長の救出をお願いします。チューリップの注意は俺が引きますので」
「わかった、任せて! それでユキヤ君、頼みたい事があるんだけど、俺、パイロットとしては素人も良い所だからユキヤ君、特訓してもらえないかな? 君の迷惑にならない範囲でいいから、さ」
「えっ? でも、こんな年下の子供に教わるなんて嫌じゃないですか?」
「俺、そんなの気にしないよ! 君は命の恩人だし、俺より強いのはよく分かっているからさ。頼むよ、ユキヤ君」
「そこまで言ってくれるのであれば……承知しました。後でテンカワさんに合わせた特訓考えてみます。まぁ、今はこの場を切り抜けるのが先決です!」
「よーし、テンカワ! 空戦フレーム換装終了だ! いつでもいけるぞ!」
テンカワ機の換装がそうこうしてる内に完了した。ユキヤは改めてアルトを重力カタパルトの位置まで進ませた。
「ブリッジ、出撃するぞ! ハッチを開けてくれ!」
「はい、重力カタパルト起動完了。いつでもどうぞ」
ルリのオペレートと共にカタパルトレール横壁面の発進誘導灯が順次点灯していく。
射出タイミング操作がこちらに譲渡されたのを確認すると、ユキヤは一つ、息を吐いた。
「ミナヅキ・ユキヤ、アルトアイゼン。出ます!!」
次の瞬間、シートに身体がグッと押しつけられる感覚と共に機体が加速、メタリックレッドに輝く機体が、高速でナデシコから射出された。
アルト、海面を脚部スラスターを吹かせながら滑走。海に沈む事無く、チューリップに向けて進攻する。
その後ろから次に発進してきたアキトのエステバリス空戦フレームが上空から追ってくる。
「テンカワさん、トビウメに――ん? ヘリが一機こちらに近づいてくる?」
「おーい! アキト、ユキヤ君! 戻ってきたよ。もしかして、私達を迎えに来てくれたのかな?」
「艦長! プロスさん!」
「ユリカ! お前、自力で脱出してきたのか!?」
「はい、連合軍との交渉もひとまず終了致しましたので」
サブモニターに映るユリカとプロスペクターが笑顔で向けてくる。どうやら、こちらが救出に動くまでも無かったようだ、良かった。これで艦長がナデシコに戻ってくれればなんとかなる。
「艦長! チューリップは俺とアキトさんで引きつけておきます。急いでナデシコへ! 艦のコントロールは軍人たちから取り戻してあります。指揮を頼みます!!」
「分かったわ! プロスさん、お願いします。二人とも少しだけお願いね!」
「ああ、急げよ! ユリカ!」
「いやはや。皆さん、仕事の速い事で頼もしいですなぁ。承知しました。では、飛ばしますよ!」
ユリカとプロスペクターを乗せたヘリが猛スピードでナデシコへ向かって飛んでいく。それを後ろ目に見ながら、ユキヤはチューリップにアルトを向ける。
見ればチューリップは艦体各部から触手を何本も展開している。あれでこちらを迎撃するつもりのようだ。
触手一本ごとの太さがエステを遥かに超えている。あれを叩きつけられたら装甲の厚いアルトといえどただでは済まないだろう。
「ステークで撃ち抜いてもその隙に他の触手にやられる。クレイモアも同じだ……となれば」
ユキヤは左腰のシシオウブレードを抜き放つべく右手を刀の柄に、左手を鞘に添えた。
「ブレード、アクティブ」
バキン、と音を立てて、刀身のロックが解除された。アルトはすらりとシシオウブレードを抜き放った。
上段から振り下ろされる触手を機体を横に転向させ、スラスターを吹かせて全速回避。触手にマシンキャノンを浴びせるものの、質量の差か、足止めにもなっていない。
「テンカワさん。酷な頼みですが、奴の触手をライフルとミサイルの波状攻撃で引き付けてもらえませんか? 俺からターゲットが外れた一瞬の隙をついて、シシオウブレードでまとめて触手を叩き斬ります」
「分かった。任せて! なるべく多くの触手、引き付けてみせるから!」
「頼みます。触手を受けないようになるべく距離を取りながら攻撃を。アレで殴られたらエステじゃ、大破は免れません。気を付けてください!」
「オッケー! そーら、俺はここだあぁぁぁっ!!」
言うが早いか、アキトはラピッドライフルを乱射しながら、 触手の前に出ると、背部ミサイルポッドから全弾発射。ターゲットロックした触手群めがけて飛来していくミサイルが着弾。
ダメージこそ与えられないものの、触手の狙いが攻撃を仕掛けてきた空戦フレームに集中し始めた。
陸戦で脅威といえる攻撃をしてこないアルトより、空を飛べる空戦フレームの方が優先して排除するべき対象として映ったのかもしれない。
縦横に振るわれる触手にアキトは回避を優先しながら狙い通りにいった事を確信する。後はユキヤが必ずやってくれる。アキトは全速で回避を行いながら、その時を待った。
「やっほぃ! みんなー、お待たせー!」
――ブリッジの扉が開くと同時に、高らかにブイサイン決めながら艦長がやってきました。その後ろにはくたびれた様子で同じくブイサインしてるプロスさんの姿もあります。
艦長、いつものお気楽モードに戻ってますね。
まぁ、慣れてきましたけど。
「おかえり、艦長。相転移エンジン、良好。行けるわよ」
「おかえりなさい、艦長」
「おかえりなさい。艦長、グラビティブラスト。既にチャージ完了しています。ミサイル発射管も全基、装填完了。いつでも戦闘に入れます」
「ほえぇ、みんな、準備早ーい。それにチューリップから距離も取ってくれてるし……」
「艦長がマスターキーを抜かないようミスマル提督に言ってくれたお陰で速やかに準備を終える事が出来ました。
それと、フィールド展開しつつ、チューリップから距離を取る指示を出してくれたのはミナヅキさんです」
「ユキヤ君が? うーん、ホントに良くやってくれてるなぁ、あの子……」
ミナトさん、メグミさんが艦長に迎えの言葉を掛ける傍ら、私は、ナデシコの戦闘準備が完了している事を報告する。
正面モニターにはテンカワ機空戦フレームがチューリップから伸びた触手を懸命に回避している姿が映し出されています。
先の二人の通信を聞く限り、テンカワさんが注意を引いて、ミナヅキさんが攻撃を担当する流れみたいですが……あ、ミナヅキ機が海面からチューリップに高度を合わせて飛び上がりました。
「ブーストオンッ! 斬り裂け、アルト!!」
ミナヅキ機がブレードを横に構えながら、弾丸の如く加速。ミナヅキ機が通り過ぎた後には全ての触手が斬り落とされて海にバラバラと落ちていきました。
各触手が直線距離で重なる時を見計らって突進。全て斬り捨ててます。ミナヅキさん、お見事です。
「いや、鮮やかな太刀筋ですな。しかも、一息に両断している」
「こちらも負けていられません! ナデシコ、チューリップに向けて全速前進!」
「「ええっ! 直接行くのぉっ!?」」
ミナトさんとメグミさんが驚いてます。でも、艦長は真剣そのものの表情で「行きます!」と一言。
……ま、艦長にも考えがあるんでしょう。私はナデシコの針路をチューリップに向けて、直進させます。
突進してくるナデシコに対してチューリップが花弁を広げるようにその口を開けました。
「っ!? おい、ユリカ! ナデシコ!? 何、考えてんだ! みすみす中に飛び込む気かっ! 引き返せっ!!」
「テンカワさん! 落ち着いてください!」
「離してくれ、ユキヤ君! このままじゃ、ナデシコが――」
「テンカワさん。艦長には作戦があるんですよ。信じましょう! 仲間を信じ、守ると言ってくれた俺達の艦長を!」
ナデシコに近づこうとしているテンカワ機にミナヅキ機が跳躍して後ろから組み付くとその場に押し留めようとしてます。
テンカワさん、必死に呼びかけてますけど艦長は構わず、チューリップに突っ込むつもりみたいです。まぁ、現在チューリップに吸引されちゃってるナデシコにはどの道、逃げられないんですけど。
でも、ミナヅキさんの最後の一言がテンカワさんには効いたみたい。ぐっと息を呑むとナデシコを一心に見つめています。
艦長、テンカワ機を抑えてくれているミナヅキ機がいるであろう背後に目をやりながら小声で「ありがとう、ユキヤ君」と呟いてます。
チューリップがナデシコを呑み込み、その口を閉じようとしたその瞬間――
「グラビティブラスト、発射!」
「了解、グラビティブラスト、発射」
艦長の迷いのない命令。私は復唱すると同時、オモイカネにグラビティブラスト発射の指示を出しました。
そして解き放たれた膨大な重力波がチューリップの後部を突き破り、完全に破壊してしまいました。
ふう。
なんとかなりました。突拍子もない事を実行に移そうとする人ですね、うちの艦長は。
「内側から大砲かよ。なに考えてんだ、アイツ……」
「流石です、艦長」
「あはは、ユキヤ君はひょっとして私が何しようとしてたか、わかっちゃったのかな?」
「……チューリップは戦艦に対しては吸引して呑み込む事を優先するルーチンみたいでした。
だからナデシコを敢えて近づけて相手の行動を誘発。敵艦内部からグラビティブラストで確実に仕留める為だったのでは……と」
「正解! ナデシコにフィールド張りつつ、距離を取る指示をルリちゃんに出してたのも、ユキヤ君だっていうし。ひょっとしてユキヤ君、艦長やってける資質あるんじゃないかな?」
「いえ、俺はテストパイロットとして仕事が出来れば、と思っているので。艦長なんてとても……」
「そっかー。ユキヤ君、まだ13歳だっていうし、今からでもしっかり勉強すれば将来、艦長としても充分やっていけそうな気がするんだけどな……っと! アキトとユキヤ君のエステを回収! これより本艦は地球大気圏を離脱し、火星に向かいます!」
艦長がビシッと上空に指を向けながら今後のナデシコの方針を告げます。
……ミナヅキさんが艦長ですか。結構、いいかも。成長して大人になったミナヅキさんの下でオペレーターとして私が補佐するとか……いけません、妙な事考えてますね、私。
ともあれ、ナデシコは一路、火星を目指す為に大気圏突破の準備に入る事となりました。
……アレ? 誰か忘れているような気がしますが。まぁ、思い出せないなら、大した事無いですよね、きっと。
うーん、後編、詰め込み過ぎたか……
中編挟むべきかと思いましたが、アルト出撃させたかったのでそこまではなんとしても出す事にしようとここまで仕上げました。
この物語のユリカは艦長としてしっかりした面を持った人になりそうです。アキトとも、妄想と現実ある程度、区別して付き合っていける? かも、しれないけど予定は未定です。