私はこの世界を生きていく   作:舞依夜

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プロローグ

 最前線74層、迷宮区。

 

 銀色に輝く剣尖がリザードマンシーフの右腕を貫いた。緑色のHPバーが2割ほど減少して、オレンジゾーンに突入する。リザードマンロードは慌てて距離を取ろうとする。だが銀光はまだ続いた。右腕から引き抜かれたレイピアは、今度は左腕に向けて再び火を噴く。

 鈍い金属音。リザードマンシーフの持つダガーと少女の持つレイピアが衝突し火花が散る。少女のレイピアに宿っていた光は色を失う。ソードスキルが弾かれ、硬直によって彼女の顔が強張った。

 

「スイッチ!!」

 

 私はそれを見るや否や飛び出した。両手に槍を持ち、正眼にモンスターを捉える。深緑色にぬめぬめと光るうろこ状の皮膚と長い腕、トカゲの頭と長いしっぽの怪物がそこにはいる。

 今週、あいつに2人殺されている。

 その事実に怖気が走る。この世界では死んでもポリゴンになって消えるだけで、私達もモンスターも3Dオブジェクトでしかないけど、それでも死は死だ。むしろ死体が残らない分、気味が悪い。私は死に様さえ茅場に支配されている。

 

 そんな気持ち悪さに眼を背けたくなるが、今はオリヒメを助けなくてはならない。

 私は両腕を引いて腰を落とし、あえて片足を思いっきり振り上げたまま、ソードスキルの予備動作を行った。すると入力成功を示す赤色の光が槍に灯り、強制的に振り上げた足は戻され、のち数秒の『ため動作』が入った。

 

 その間にリザードマンシーフはオリヒメに向かって、ダガーを叩き込もうとしている。正面に持っていたそれを逆手に持ち替え、自慢の尻尾をばねの様にして大きくジャンプした。灰色ばかりを映す迷宮の空に深碧の化け物が躍る。オリヒメの視界には今頃、月夜の狼男のようにリザードマンが映っているだろう。彼女の頬には汗が伝っている。

 

 間に合うだろうか。私はそれを眺め思案する。いや間に合う。いや、そもそも間に合わなくてもいい。彼女のHPバーはまだ8割も残っている。あの攻撃(攻略本にはジャンピングアタックとあった)は、大技ではあるが、決して一撃死するような攻撃ではない。これが失敗したところで、せいぜい回復結晶を使う必要が出てくるくらいだ。

 

 私はそうやって自分を落ち着かせる。飛行機のジェット音のように、私の両手と槍が音を放つ。赤い輝きを放ち、リンという鈴の音が『ため時間』の終了を告げる。今の私はひき絞られた弦につがえられた一本の矢だ。親友に襲い掛かる化け物。耳の近くで騒ぐソードスキルの轟音。生死の境にあるという高揚感と影を落とす絶望感。

 

 私は強く息を吸う。リザードマンが物理演算という重力に従って落下していく。一方で私は今にも放たれそうな槍を精一杯ひき絞る。落下の中、ちらりとリザードマンがこちらを見て笑い、安心したように視線をオリヒメに戻そた。ジャンピングアタックには、ジャンプ中に脅威度を計算して、高い方に攻撃を行うという性質がある。リザードマンは私よりも、先ほどまでダメージを与えていたオリヒメの方が危険だと判断したようだ。

 

 空中でしっぽがうねる。二段ジャンプみたいに化け物の体が加速する。もはや一刻の猶予もない。

 

 その中で私は未だに槍をひき絞っていた。ダガーがオリヒメの眼前に迫る。

 

 刹那、灼光が世界を焼いた。

 

 曇ってばっかで晴天のない灰色の空も、味気ない石畳も全部を呑み込んで、私は奔った。絶命の一矢として、今だけは何も考えず、命を奪うための道具となる。

 

 

 

 リザードマンの頭部が私の槍に貫かれた。クリティカルを示す黄色の光が槍先に輝く。化け物のHPバーが途轍もない勢いで減っていく。私は何気なくリザードマンの顔を見る。心なしか、驚愕の色がそこにある。私はそれに不敵な笑みで答えた。

 

 システム外スキル「遅延」

 

 本来意図しない角度、体制でのソードスキル発動には姿勢制御のために遅延が発動する事を活かし、モンスターのアルゴリズムにエラーを発生させるシステム外スキル。それを利用し、私は脅威度を誤認させると同時に、急所へのクリティカルヒットを狙ったのだ。

 

 ソロで迷宮に潜る人間には、AI学習を意識したアルゴリズム誘導などが求められる。だが私にはそんな難しい事は分からなかった。けれどオリヒメと二人で潜る以上それは必須で、悩む私にキリトが教えてくれたのがこのスキルだ。

 

 ソードスキルはたとえ無理な体勢で発動しても、発動さえすれば当たった事にしてくれる。それを生かして攻撃遅延や攻撃発生を速める。この遅延は微々たるものだが、対人戦でなければそれで十分だ。

 

 

 ポリゴンを散らして、リザードマンシーフは消えて行った。後には何も残らない。赤い光も消えて、剣を突き出したままのオリヒメと、両腕で槍を抱える私だけが残された。

 

「ふぁ~~」

 

 私は大きく息を吐き、槍を地面に突き刺す。へたり込みたいけど、セーフゾーンまでは耐えなくてはならない。

 

 

「あのさ」

 

「今回も大変だったね」

 

「サクラ」

 

「次はもっとうまくやらなきゃ。ごめんなさい、オリヒメ」

 

 私は彼女に背を向けながら、そうやって頭を下げた。後ろでがさごさと動く気配がする。間違いなく怒っている。10年近い付き合いだ。それくらいの事は分かる。

 

「かっこつけないで、普通にスイッチしてくれればよかったんだけど。安全マージン取ってるって言っても、危険がない訳じゃないよ。そもそも、サクラは昔っから気が小さい癖にかっこつけたがりで――――」

 

 怒る彼女に頭を下げて、「本当に分かってる?」とか聞かれて、「はい!」と声だけ大きく返事する。

 

 

「じゃあ、次いくよ!」

 

「はい、分かりました!」

 

「次、危ない事したりしたらクラインさんに言いつけるからね」

 

「は、はい」

 

 それは嫌だ。あの人にはカッコ悪いと思われたくないし、なにより危ない事をしたら心配されてしまう。『風林火山』への勧誘を断ったのにこんな調子じゃ、彼に申し訳ない。

 

「じゃあ次いくよ」

 

 仏頂面を下げながら、黒髪をたなびかせるオリヒメの後ろを私は行く。名前と同じ桜色のプリーツスカートと、カーディガンを纏い、ボブカットを揺らして。

 

 喉に手を当て薄く微笑み、細い指で髪をはらりと撒く。

 

 

 この世界は好きだ。現実なんて私にとっては苦しいだけ。学校も病院も、優しすぎる両親も、なによりも私という魂を入れる器が息苦しい。

 

 私はここから出たい訳じゃない。ただこの世界がずっと続けばいいと思う。この非情で、だけど現実によく似た世界。もうここに囚われてから二年になる。現実の肉体がいつまで持つのか分からないけど、この安寧は長くは続かないだろう。クラインさんと付き合い始めて、半年くらい。現実世界に帰ったらきっと彼は怒るだろう。嘘つきだと罵られ、酷ければ殴られたりするかもしれない。

 でも私は止められない。彼に恋する事を、着飾る事を、僕ではなく私が私と言う事を。

 

 男と女の狭間の私が、唯一本物の『女』でいられるのが、ここだから。

 

 無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鉄の塊≪浮遊城アインクラッド≫

 天才茅場晶彦によって生み出されたその世界こそが、私にとっての全てで、16年生きてきた現実にはない希望そのものと同時に、絶望だった。

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