気が付けばひと月以上経ってました。
「ごめんなさい!本当に、ごめんなさい!」
深々と頭を下げて、少女が謝罪した。
腰はまだ少し痛むが、大分落ち着いた。強烈なタックルではあったが、相手も悪気があった訳でも無いのだろう。
「だ、大丈夫だから。顔を上げて……。」
少女に落ち着いて貰おうと声を掛けるが、青髪の少女は狼狽えながら謝るばかり。
「でも!私のせいで、お兄さんが怪我してしまったので……!ほ、骨とか折れてないですか!?」
大げさな。
GBNでの負傷はあくまで感覚を疑似的に再現するだけで、現実の肉体を傷つけるような事は無い。この辺りの事は初回ログイン時にも色々説明がある筈なのだが。
ひょっとしたら、この子はGBNを始めたばかりか、或いは説明書を読まないタイプなのかもしれない。
とは言え、彼女が運営側の人間でないかもしれないという事は自分の中で安心が少し大きくなった。
それが少し自信に繋がり、気丈に振舞ってみせる。
「いやもうホントに大丈夫!ほら!すっかり良くなったし!」
「……本当、ですか?良かった……。」
少女はほっと胸を撫で下ろし、強張っていた表情が少し和らいだ。
どうにか落ち着いて貰えたようだ。未だ不確定要素はあるが、取り敢えず今は状況整理を優先したい。
自分はいつものようにGBNをうろうろしていた筈。人気のない場所に降り立つのも珍しい事では無かった。
だからこそ、こんな場所にダイバーが居た事には驚かされたのだ。
ロビーからの交通は悪いし、簡単に来られるような場所ではないだろう。まして初心者と思しいこの子がどうやってここまで来たのか、気になる部分は色々ある。
他人を詮索するのもあまり良くはないのだが、少しだけ彼女に興味を持った。
「君、名前は?」
――――
「凄い!凄いです!」
コントロールグリップを小器用に動かすと、それに応えるようにグリモシーカーが空を自在に舞う。
バトル用の
「このまま真っすぐで良いんですよね?」
「え?あ、ああ。」
今はロビーに戻る最中だった。
ファストトラベルで帰っても良かったのだが、少女―名前をキリ、と言った―は自分のガンプラを持っていなかった。あの場へ置き去りにするのも気が引けたし、本人からの希望もあってそのまま連れ出す事にした。
―不思議な事に、キリは
当然ながら未到達の場所へはトラベルが出来ない。しかし、まさか玄関口に当たるたエリアにまでその機能が適用されているとは思わなかった。
その辺りも含め、運営に確認して貰う必要がありそうだ。
「あ、見て下さい!一つ目の人たちが沢山いますよ!楽しそう!」
キリに言われてモニターに目を見やる。湾岸辺りの基地らしき場所で、個性的な姿のガンプラがバトルを繰り広げていた。
一方は連邦の機体、もう一方は水陸両用タイプ。所謂「水泳部」と呼ばれる機体群だ。場所も相まって、恐らくはトリントン攻防戦の再現だろう。
「トリントン基地だね。ユニコーンの再現でもやってるのかな。」
「ゆにこーん?」
「ガンダムシリーズの一つだよ。元々は小説から始まったんだけど……。」
自分のざっくりした説明にも、キリはふんふんと頷いて話に聞き入っている。
道中もキリは興奮気味だった。シーカーを操作する傍らに、モニターに映るもの一つ一つに大きな興味を示し、都度此方に疑問を投げてくる。
彼女の反応は新鮮、というか、ともすれば懐疑的ですらあった。GBNをプレイする上で知っていて当然と思えるものに対しても、驚くほど興味を示す。どんな些細な物であっても、だ。
此方をからかっているのかとも思ったが、キリの言動には毒気が感じられなかった。故に、彼女の反応は全て本心からなのだろう。
だからこそ、ここまで喜んでくれるのならばいっそ自分の手で動かして欲しい。そう思って彼女に機体の操縦権を渡してから、20分ほどが経った。
―こんな結果になるとは。
老婆心かもしれないと思った事は杞憂だったのだが、一向に進まなくなってしまった。
寄り道に寄り道を重ねた結果、本来のルートからは大きく逸れてしまっている。エネルギーに余裕はあるが、途中でパワー切れを起こせばファストトラベルで帰る他無い。自分はそれで構わないのだが、肝心のキリ自身を置いていくことになる。
「……みたいな感じかな。あ、ソコを北に曲がって。」
「こっちですね!」
「そっちは南。北は反対ね。」
質問に答える合間に中央エリアへの道を案内してはいるのだが、道中でキリは必ずと言っていいほど興味の対象を見つける。
トリントンのくだりで既に7回目のルート訂正だった。
「あの!何か光ってますよ!アレなんですか!?」
またしてもキリの興奮した声が響く。案の定、次の興味となるものを見つけたようだ。
「どこ?」
「アレです!あのでっかい船!」
デカい船、といっても、ガンダムシリーズにも大型艦船は多い。今飛んでいる場所が海上という事もあって、航宙船以外にも多くの海上戦艦が確認出来た。
その中でキリの言う”大きい船”とは、一体どれの事を指すのだろう。探し出すのには苦労しそうだ。
「このベーリング級?」
モニターに映る船を指さすが、キリの見つけたものはそれではないようだ。
「違います!もっと大きい船です!向こうに見える大きい船!」
キリは機体をそちらの方向に向け、グリップを押し込んで加速する。
彼女の言う方向には船の姿はあまり見られない。一体何を見つけたのだろうと思っていると、キリが嬉しそうに口を開いた。
「着きました!これです!これ!」
「…………。」
目の前に現れたのは、極めて巨大なメガフロート。
三胴の巨体は、青い躯体を海原に横たえてゆったりと佇んでいた。
『鉄血のオルフェンズ』に登場するギャラルホルンの総本山、ヴィーンゴールヴだ。
「船っていうか……。」
「山みたいです!」
どちらかというと島だと思う。
キリの言っていた”光っている”という部分は、マスドライバー付近の灯火だろう。
とは言え、船に見えないことも無いこのメガフロートは、先ほどまで居た場所からかなり離れている。シーカーのセンサーが拾った情報には無かったし、だからこそ自分は把握できなかった。或いは、自分がキリの言う”船”と認識できなかった可能性もある訳だが。
「これ、なんですか?」
「あ、えっと。ヴィーンゴールヴって言って……。」
正直、この施設の情報は公式からもあまり開示されていない。せいぜいがギャラルホルンの本部があるという事、バエル宮殿が地下に置かれているという事ぐらいだ。
……中身まで作ってあるのだろうか。
そんな事を思いながら、可能な限りキリに解説をしていると、目を輝かせて此方を見つめてきた。
「私、入ってみたいです!さっき言っていた、ば、ばえる?っていうのも見てみたい!」
「え、どうだろうなぁ……。」
オブジェクトとして置かれた物ならば、出入りに許可は必要ない。仮に侵入禁止の場所だとしても、運営は何か手を打っているだろう。
しかし、このメガフロート付近には自分達以外の姿を確認できなかった。
ギャラルホルンの総本部を再現した場所となれば、ある程度人の往来があってもよさそうなものだが、この辺りだけ人の気配が不自然に無い。そこが引っ掛かるのだ。
何かあったのではないかと邪推してしまい、勝手に入る事は些か気が引ける。
この状況にすんなりと納得できず悩んでいると、キリの明朗な声が耳元で響いた。
「大丈夫!『進めば二つ!』ですよ!早速行きましょう!!」
教えた事を使いこなすと言うのは素晴らしい事だとは思うが、まさかこの状況でそれを言われるとは。
もう少し違う言葉を教えるべきだったかもしれない。
どうやらロビーに戻るという目的はすっかり忘れてしまったようだ。
止める間もなく、キリと共にヴィーンゴールヴに飛び込む事になった。
――――
「はぁ……。」
いつものバーカウンターに突っ伏し、溜息をつく。予想以上にキリに振り回され、大分疲れてしまった。
彼女は割と気ままに動く為、此方の予想は当てにならない。なるべくなら遠慮してほしい所なのだが、ひょっとすると、傍から見た自分は今日のキリのような事を続けていたという事なのだろうか。
これまでチームで行動した事は無かったが、誰かと組む時は気を付けよう。そう心に固く誓った。
「あらあら、ずいぶんと元気が無いじゃありませんか?」
机に伏してぐったりしていると、柔らかい声が聞こえてくる。声の方に目を向けると、紫髪の女性がカウンターの向かいから此方を覗き込んでいた。
「あぁ、マリモさん。お疲れ様です……。」
「はい、お疲れ様です、レンさん。何か嫌な事でもありまして?」
チャイナドレスに身を包んだ女性はニコリと微笑む。
店に来たときは他の客の相手をしていたようだが、気が付けば客も自分一人だけだ。
「嫌な事っていうか……。ちょっと今日は色々あったので。」
苦笑交じりにマリモの質問に答えた。ゲームで疲れました、なんて言うのは少し気が引けてしまう。
「色々、ねぇ。私、気になりますわ。」
マリモは身を屈め、目線をこちらに合わせて興味深そうにしていた。蠱惑的な様相の彼女には全てを見通されているようにも思える。
適当にはぐらかそうかとも思ったが、覗き込んで来る瞳は何処か捕食者のようで、獲物を見つけた、といったような雰囲気だ。
その様子に少し気圧されてしまった。
「いやまぁ、その……。ゲームでの話なんですけど。」
「あら、貴方もゲームをなさるのですね。意外でした。」
「俺なんだと思われてるんですかね。」
「冗談ですわ。うふふ。」
手玉に取られているようでやきもきするが、これもいつもの事だ。
色々ミステリアスな人だが、不思議と悪い気はしない。
「それで?一体どんな面白い事があったのかしら?」
「ハードル上げないで下さいよ。……その、初心者の人と一緒になったっていう話で。」
「ゲームでしたら、そういった事も珍しくないのではなくて?」
マリモの言う通り、GBNを始めたばかりのプレイヤーと会う事は珍しい事では無い。
それがただの初心者であれば、の話だったのだが。
――――
「レンさん。その方、ELダイバーではなくて?」
煙草を吹かしながらマリモが答えた。
この人がGBNをプレイしていると聞いた時は驚いたが、まさかそこまで精通しているとは思わなかった。
聞けば結構なガンダム好きらしいのだが、その話は後だ。今重要なのはそちらではない。
「ELダイバー……ですか。」
反芻するように、マリモからの言葉を繰り返す。
ELダイバー。数年前に発見された電子生命体。
一般のプレイヤーに紛れる形で、GBN内を”生きている”のだそうだ。
これまで触れる機会も無く、噂程度に聞いていただけで、興味も持っていなかった。キリの事も単に不思議な子だという認識しか無かったが、彼女がELダイバーだと言うのならば、あの雰囲気にも何となく納得出来る。
アバターに対して怪我を心配したり、ガンプラの事を「人」と呼ぶなど、まるでゲームの世界がリアルであるかのような物言いは、一般のプレイヤーから聞く事はあまり無い。
「でも、よくELダイバーだって分かりましたね。」
「ただの勘ですわ。実際に会ってみない事には分かりません。」
それもそうだ。
一応運営には連絡しておいたが、実際にキリ自身を検査してもらった訳では無い。断定するのはそれからだろう。
向こうからは一時保護者という体で、検査への同行を求められた。何にしてもまだ彼女との縁は切れそうにない。
「面倒じゃないと良いんだけどなぁ……。」
「その割には嬉しそうですけれど。ひょっとして好みの方だったのかしら?」
「……はい?」
―なぜそうなるのか。
確かに、キリは何処か放っておけない雰囲気であったが、好みかと言われると何か違う気がする。
あの子が幾つなのかは知らないが、自分にそういった趣味は無い。
「図星です?」
「俺の事なんだと思ってるんですか!」
此方の反応が面白いのか、マリモがくすくすと笑う。
「まぁ貴方がそうであっても、止める事は致しませんわ。折角のご友人なのですし、大事になさってくださいね。」
「それは……まぁ、そうですけど。」
何だか上手く言いくるめられた気もするが、これ以上言い返すのも野暮に感じた。
グラスの残りを呷った後、マリモと二、三度会話を交わし、店を後にした。
「またいらしてくださいね~。」
――――
「友人、かぁ……。」
月明りの帰り道。
コンビニのレジ袋を揺らしながら、マリモからの言葉を思い出していた。
―友人がいなかったわけでは無い。現実でも、GBNでも。
お読みいただき、ありがとうございました。
マリモさんは真莉藻様(ID:394327)の娘をお借りさせて頂きました。
これからものんびりと書いていけたらな、と思います。