ありがち出遅れ秘密兵器ちゃんの旅路   作:お竹

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やっとこさ主人公のビジュアルが明らかに


同行者

 翌朝、まだ日が昇り始めて間もないころ、『銀の祝杯』に現れたフェイリアの服装は以前の物とはいささか異なっていた。 何もかもを見通してしまいそうなこがね色の瞳は槍のような印象を与え、機嫌のいいのか悪いのかわかりにくい表情は今も健在。 腰まで届く、紅く、癖のない長髪はまるで手入れをしていないというのにさんさんと朝日を吸い込んでおり、毛先がろうそくのように橙色に輝いている。 仕立てのいい紺のドレスはそのままだが、破れた左袖の代わりに肌を隠すようにして白のペリースを掛け、腰には水薬や貨幣、携帯食料を入れる革袋をいくつか。 やはりとでもではないが旅人には見えず、どこぞの貴族令嬢と言われたほうがよほどしっくりくる必要最低限、とすらいえない軽装である。

 

 そんな彼女は店先にちらと顔を出し、早朝にも関わらずに全員揃っている一党のクソ真面目さに軽くため息を吐くと、まだ回復していない為か椅子に腰かけているリーグレットを指して周囲を見渡した。 本来なら一言二言挨拶すればさっさと出ていくつもりだったが、視界の端に妙なものが映ったためであった。

 

「……全員席を外せ。 少しばかりこいつと話がしたい」

 

 それが何のためであるかわかっているのだろう、リーグレットを除く全員が店外へと退出していく。 それを見たフェイリアはずかずかと彼女の元へ歩み寄って行くと手頃な椅子をひっつかみ、どすん、と腰かけた。 もう明らかに機嫌が悪い。

 

「おい、なんだアレは」

 

 アレ、とは。 先ほど視界に映った準備万態フル装備です! とふんすと息まいていたラティのことである。

 その怒気を受けても慣れたものなのか、リーグレットはするりと躱すと話を切り出す。

 

「ラティを君の旅に連れて行ってくれないか?」

 

 単刀直入。 挨拶すらない。

 

「ほう?」

 

 それを聞いてフェイリアは椅子の上で居住まいを整えながら問いかける。 少なくとも話だけは聞いてやろう、という姿勢。 彼女は、リーグレットの用件を第一に伝えてくる性格が嫌いではなかった。 話が早いから。 こちらの事情を斟酌しないのは嫌いだったが。

 

「……私はこの通りしばらく動けなくてな、彼女は素質はあるが経験が浅い。 これを機にそれを積ませてあげたい」

 

 活動再開まで四ヵ月。 団員それぞれで依頼をこなしていくとはいえ、頭目がいなければ高報酬の依頼は受けられず、店も休業となれば手持無沙汰な人員が出るのも当然の話で。

 

「私に利点がないな」

 

 すげなく断るのも、また当然の話。

 

「事情を知る連れ合いがいたほうが何かと都合がいいだろう? 荷物持ちにもなる」

 

 確かに一理ある。 しかし一理でしかない。 フェイリアを納得させるには、まだ足りなかった。 彼女は発言しない。 ただし言うことはそれだけか? とその黄金色の目が語っていた。

 

 その視線を受けて、観念した、というよりは話すのに少しばかり勇気が必要だったのだろう。 数拍の呼吸を置いてからリーグレットが話し出す。 その口調は穏やかではあったが、やや痛みとは別の疲労と、少しばかりの負い目を含んだものであった。

 

「上からな。 放逐するなら、監視の目の一つでもつけろと」

 

 上、とはこの国の首脳部のことであろう。 そこから受けた指示であることを隠さずに打ち明けてきた。 そのことにフェイリアの機嫌が少しばかり良くなる。

 

「なんだ、隠さないのか」

 

「君は隠したら怒るだろう?」

 

「違いない」

 

 ひと月に満たぬ短い付き合いであるが、目の前の実に気難しい彼女が人の誠実さに敏感であることがリーグレットにはほとほとよくわかっていた。

 そして事実、もしもリーグレットが事情を伏せていたら彼女は一切の会話を打ち切ってここと出ていくつもりであった。

 

「君こそ気付いていたか」

 

「純粋に誰かを連れていって欲しいだけなら昨日話せばよかっただろう?」

 

 フェイリアもまた、目の前の元騎士が猪突猛進と紙一重の即断即決の人物であることはよくよく痛感していた。 そんな人物がわざわざ一晩の間を空けたのは、なにかしらの事情を抱えているというのは明白であった。

 

「そうしなかったのは後ろめたい事情があるからだろう」

 

 そんなバカと紙一重のバカだが、義理を重んじることも知っていた。

 

「首都に行ったんだろう? 余程でなければおおよそ察しが付くさ」

 

 彼女が首都にいったのは情報収集と装備を整えるため──加えて、首脳部にフェイリアのことを伝えるため。 私情で決闘を行う以上、その理由を報告をしない、ということはできない。

 もちろん詳らかに明かせば、血の気の多い者ならば今すぐにでも拘束しろ、と言い出しかねないので、それなりにボカしてある。

 つまり、魔王軍に囚われていたという人間の魔法使いである、と。

 嘘ではない。

 次いでは、近頃腕の訛りを感じる。 ここいらで磨きなおしておきたい、と。

 これも嘘ではない。

 

「こんなでも一応は国勤めなんだ。 すまない」

 

「面倒くさいな」

 

 そう返して肩をすくめて笑う。 仕方のない奴だな、と。 立場に縛られる人間とは色々と通さないといけない筋があるというのを察して。

 もう既にラティの同伴を受け入れるというテイで話が進んでしまっているが、フェイリアも満更ではなさそうであった。 口を開けば草食ウジ虫だの駄エルフだの麦袋だのと言うが、それなりに気に入っているのだろう。

 

「その代わり随分と自由にやらせてもらっているさ」

 

 何かを諦めたような、受け入れたような、少しばかりの疲れた笑顔。 彼女もまた、先の戦争を多くを失った者の一人であった。

 

「……知っての通りあの子はあんな感じだからな、事情は伏せてある」

 

「賢明だな」

 

 少なくとも、誰かに対するはかりごとを秘めて行動できるようには見えなかった。

 それと同時に後ろめたさを隠すのが苦手でもある。 それはもちろん美徳ではあるが、こういった政治的な要素を孕む件についてはひたすらに不向きといえた。

 

「しかしあんな感じ、か。 貴様も随分な言い草だな」

 

 くつくつと肩を揺らして笑う。

 アレは確かに諜報員めいた仕事とは全くの無縁だろう。

 が、周りが言うならともかく頭目の貴様まで言うのはどうなんだ、という態度である。

 そこを指摘されたリーグレットはさすがに言い過ぎたか、と少し心の中で反省する。

 

「それに、経験を積ませてあげたいのは本当だ。 むしろそれが本命といっていい」

 

 洗いざらい話した解放感からであろうか、清々しい表情で話し出す。

 他の団員ではなく敢えて彼女を選んだ理由、それこそにリーグレットの真意が込められてあった。

 

「なんだ、親心か? 歳は貴様のほうが下だろうに」

 

「長命種相手にそれは言わない約束だろう」

 

「それもそうだな」

 

 冗談めいた軽口のやり取り。 フェイリアの機嫌はすっかりと戻っていた。

 互いに顔を見合わせる。 年も、生まれも、何もかも違う二人であったが、浮かべる顔は同じであった。

 

「……私が魔法を教わったエルフの族長の名はエルバラ・ラズ・フルガリス。 ラティの氏族の長だ」

 

 昔を思い出すように、記憶を一つ一つ確認するようにリーグレットが語りだす。

 ──エルフは通常、一つの一族が一つの集落に暮らす。 そこから移動することはまずないし、他種族との関わり合いも少ない。 ラティがリーグレットの元に居るのは、その集落が周辺の土地ごと初期の大侵攻で荒土となったこと。 その後の大戦で氏族が離散したことが原因である。

 

「エルバラ翁から分岐した血筋が私の祖先にあたる」

 

「家名が似ているのはその為か」

 

「魔法に対する適正が高いのもな」

 

 ”騎士”はその全てがなんらかの魔法を体得していた。 その手段も内容も多岐に渡るが、人間のリーグレットの年齢からすれば大戦当時に実戦で通用する攻撃的な魔法が使えたというのは驚嘆すべきことである。

 

「エルバラ翁は六度目の会戦で亡くなられた。 その恩返し、というべきかな」

 

 エルバラはラティからすれば氏族の長で大叔父にあたる人物だが、リーグレットからすれば九代前のまさにご先祖様といえる位置の大人物である。

 戦後、その大人物にあたる祖先への恩義に報いるためにリーグレットが考えたのがラティを鍛え上げることであった。 氏族の生き残りの多くは所縁のある他氏族の土地、あるいは他種族の地へと疎開していったが、ラティは直接の肉親以外に家族といえる人物はおらず、また本人の奔放な性格もあって森の奥地へ引きこもるよりも街で暮らし冒険者として各地を見て回りたい、という願いがあった。

 その願いを聞き入れ、ならば私が、と引き取ったのがその経緯である。 遥か遠縁とはいえ血筋の関係がないとはいえないため、排他的思考の強いエルフもこれには異を唱えなかった。

 

「まあ、いい。 小間使いとして使ってやる」

 

「いいのか? いや、頼む私がいうのもなんだが」

 

 そこまでの話を聞いたフェイリアが応諾する。 リーグレットとしては彼女のまた恩のある相手だったため、無理強いはしないつもりであった。 が、案外すんなりと受け入れられたことに瞠目する。

 

「あれは耳がいい。 役に立つこともあるだろうよ」

 

「そうか……お手柔らかに頼むよ」

 

「それと、たかだか四ヵ月程度で経験を積めると思うなよ? しばらくは貸し切りだ」

 

「……お手柔らかに頼むよ?」

 

 これは一年や二年では返ってきそうにないな、とは思ったが、自分の元にいるよりよほど彼女の為になるだろうと、すぱっと諦めた。 何も知らないのは当の本人だけである。

 

「それで貴様との貸し借りは帳消しだ。 預けた金は治療費に充てろ。 反論は許さん」

 

「帳消しか。 借りばかり増えてるような気がするな」

 

「そう思うなら精進することだな」

 

 これは、いずれ彼女が再びこの地にやってきたときに多少は成長した姿を見せないと蹴られるな、と思いながら二人だけの秘密会議は締めくくられた。

 

 

 

 

 

「彼女のことをよろしく頼むよ」

 

「じゃあ改めてよろしくお願いします!!」

 

 開口春一番。 意味はわからないがそんなことを言いたくなるような快活な笑顔を浮かべるエルフの少女。

 それを見たフェイリアは逆に残念なモノを見る表情を浮かべる。

 その顔に対してこてんと首を傾げる少女。

 

 ──こいつ本当に何も知らされていないな。

 

 話には聞いていたがここまでくるといっそ哀れであった。

 その後ろでは張本人の頭目がにこやかに手を振っている。 碌でもないやつである。

 それに対してまあいい、困るのは私ではないとさっさと歩き出すフェイリア。 こいつも碌でもない。

 

 二人はゆっくりと歩き出す。 急ぐ必要はない。

 馬も、馬車もいらない旅。 街道にまばらに敷かれた石畳に金属義肢の足音がカツン、コツンと響く。

 聞きなれない音にぴくりと反応した牛や羊がなんだなんだを顔を向け、それがただの人であると確認するとまた草を食み出す。

 実に牧歌的な光景である。

 

 ふんふん、と鼻歌が聞こえてきそうな少女。 そのリズムに合わせて背負った背嚢がゆさゆさと揺れる。

 

「随分と機嫌がいいな?」

 

「依頼で遠出とかでなく、旅ってなると初めてで」

 

「なんだ、随分と過保護だったんだなアイツは」

 

 フェイリアは少し意外に思う。 依頼、となるとそこまでの日数は掛けていないだろう。 持ち運べる物資から考えても多くて四~五日か。 経験を積ませると言いつつ甘やかしていたようだ。

 

「なので、四ヵ月ってなるとまるっきりの未知で。 でもあっという間に終わりそうで」

 

「ほう? まあ、エルフならそんなものか」

 

 本人としては本当にちょっとした旅行の気分なのだろう。

 この瞬間までは。

 

「なら安心しろ。 無期限貸与だ」

 

「えっ」

 

「貴様の頭目も了承済みだ」

 

「えっ」

 

「たかが一年や二年で帰れると思うなよ」

 

「ええ──────っ!!」

 

「やかましい」

 

 甲高い声で叫ぶ銀髪のエルフの少女と、それを時折蹴り飛ばす、紅髪の女性。

 

 一党全員に、それはそれは晴れやかな顔で見送られながら、旅立っていった。

 




第一章完となります。
次回更新は没ネタ回という名の幕間回。
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