ありがち出遅れ秘密兵器ちゃんの旅路   作:お竹

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幕間1 受付嬢とフェイリア

決闘前のとある一日

 

 

 

組合勤務の受付嬢であるエナンナは、なし崩し的にフェイリア専用のような立ち位置に据えられていた。

本人は勘弁してくれ!と言いたいところであろうが、周りが判断する分にはフェイリアからは少なくとも邪険にはされていないし、一番関わり合いが深いから、ということで任命されたのである。

ただ面倒ごとを押し付けられただけともいう。

 

「お、おはようございます」

 

「ああ」

 

そして今日もやってくる彼女。別にこれといったトラブルは起こしていない──冒険者同士の諍いは日常茶飯事であるので、彼女にちょっかいを掛けたバカが蹴とばされる、というのは特別なことではない──のだが、なにぶんその纏う雰囲気が近寄りがたいものであったため、幾度かのやり取りを交わしたエナンナとしても決して平気というわけではなかった。

信頼の置ける先輩に相談しても、「ほら!貴族とのやり取りの予行練習にもなるから!」とあっさりと見捨てられた。こんな貴族はいないし、いたとしても貴族は組合に来ない。

ちくしょうめー!!と叫んでやりたい気分であったが新人の頃によくしてもらった先輩なので中々愚痴も言えない状況であった。空井戸に向かって叫ぶ奇行を誰にも見られていないか不安の日々である。

 

「依頼をお探しですか?」

 

よし、と気合を入れて話しかける。結局対応は自分がするしかないし、同じ受付のカウンター内にいるはずの同僚は他の冒険者の相手をしていてこちらを気にする素振りすらない。気付いていて無視しているのである。あんにゃろう、と心の中でグーパンチをしながら笑顔を取り繕う。

 

「今のところ、フェイリアさんが受けられるものはありませんが……」

 

フェイリアが見つめている三枚ある掲示板の左端はそのほとんどが空白となっており、彼女が受けられるような軽度の依頼は姿を消していた。常であれば2~3件はあるものが、この日は一つもなかったのである。

今日もどうか比較的何事もなく済みますように……と祈りながら対応をしていく。

比較的、の時点ですでに若干の諦めが滲んでいることに本人は気付いていない。

 

「いや、いい。それより貴様、暇はあるか?」

 

無慈悲な宣告。祈りは開幕五秒で打ち破られることとなる。

 

「わ、私ですか!?あと1時間もすれば交代ですが」

 

黙秘権はない。

 

「そうか、なら少し付き合え」

 

「わかりました……」

 

拒否権もなかった。

 

エナンナにとって交代勤務終了までの1時間は、椅子に座り読書をする彼女の様子を伺いながらの業務で気が気でなく、判決を言い渡される前の被告人のような気分であった。いや、そういう体験をしたことがあるわけではないが、こう気分的に。

更に勤務終了後にそのまま屠殺場に向かう家畜のごとく連れて行かれる彼女を、同僚の生暖かい視線が見送っていた。視線だけで決して助けようとしないあたり、どういう扱われ方をされているのかがよくわかったが。

 

(こ、これはどういう状況なんでしょう……)

 

フェイリアに暇があるなら付き合え、と言われて連れ出され、表通りをずんずんと進んでいく。どこに行くとも、誰と会うとも伝えられていないエナンナとしては従者のようにその後を付き従っていくしかない。まさかどこぞの闇の組織に喧嘩でも売られたのだろうか、その証人に……?と妙な想像だけ掻き立てられていく。闇の組織ってなんだ。

 

そうしてしばらく通りを練り歩き到着した先には、血と錆の臭う人気のない倉庫……ではなく小麦と砂糖の焼ける匂いが漂ってくる先月新しく開いたばかりという菓子店であった。

半木造の建物にレンガ壁、塗られた漆喰の白がまぶしく光り、通りに張り出したデッキには木製のテーブルと椅子が備えられ市民が束の間の休息を楽しんでいる。

 

「えっ」

 

「……お前は私をなんだと思っているんだ」

 

流行りの店に連れて行ったら驚かれた、というのはフェイリアとしても心外である。

 

「評判のいい店らしい。お前は来たことがあるか」

 

「ええと、まだ入ったことはないです。ラトリアさんから聞いたことならありますが……」

 

気を取り直してエナンナが返答する。評判のいい焼き菓子店が出来たと一週間ほど前に教えてもらい、実際その味はかなり上等なものらしく楽しみにしていた。だがそれ相応に値段も張り、仕事が多忙であったのと給金をもらう前だったので懐が厳しく、行くなら来月にしようと思っていた店だった。

 

「ラトリア……ああ、あいつか。ならいい」

 

彼女が思い浮かべるのは何かと気苦労を背負いこんでいそうなクセのある銀髪を肩口で切り揃えた眼鏡の女性。その気苦労のおよそ半分は自身にあることを無視して歩いていく。

 

「いいんですか?私も入ったことがないお店ですが」

 

先ほどの口ぶりからしてフェイリアも来たことがないのだろう。それでも迷いがなく進んでいくその後ろ姿に慌ててついていく。

 

「構わん。あれの勧めた店なら外れはないだろう」

 

「……随分と信頼されてますね」

 

ラトリアは確かに冒険者という括りの中では異質なほどに落ち着いた人柄で、組合の中でも彼女を嫌う人はいない。何事につけても冷静で、理知的な会話ができるということで色々な意味で有難がられていた。それにしても、知り合って間もないであろうフェイリアからもここまで信頼されているというのはエナンナには意外であった。

 

「あれは仕事ができる。戦力としては何の足しにもならんがな、半端な戦闘職よりはよほど組織に欠かせない人材だ」

 

随分と高評価だ。エナンナは彼女がここまで他人を褒めるのを聞いたのは初めてだった。いつも駄エルフだの脳足らずのバカだの散々な罵倒しか聞かない。

 

「そういう点ではお前も悪くない」

 

「えっ」

 

急に褒められたエナンナは瞠目する。

 

「私と対面する人間は多少なりとも腰が引ける者がほとんどだ。お前の上司がその典型だな。だがお前はこの短期間で距離を置くどころか慣れてきているだろう。その肝の太さは貴重だ。十年も経てば代替わりしているかもしれんな」

 

「自覚があるなら改善する努力をしたらよろしいのでは……?」

 

「そういうところだよ」

 

愉快なやつだな、と笑いながらフェイリアは率先して店に入っていく。付いていくエナンナとしては自覚がないため、慣れてきていると言われてもそうなのかな……?と思うしかない。ついさきほどだって涙ぐんでしまった程だ。だがフェイリアのことを知っている人間からすると、彼女に対してツッコミを入れられるあたり相当に肝が座っていると言える。少なくとも組合に屯している冒険者には無理な芸当であった。

 

店内には木製のラウンドテーブルが幾つかと、それに合わせて椅子が設置してあった。また壁際の陳列棚には種々様々な焼き菓子が並べられており、そのどれもが魅力的な香りを漂わせている。

 

「ところで、あの、なぜこのお店に?」

 

「なんだお前、こういうところは苦手だったか?」

 

「い、いえいえ!むしろ大好きですけど!」

 

「なら構わんだろう」

 

「えっと……」

 

歯切れの悪い態度にフェイリアがフンとため息を吐く。

 

「肝は太いが察しは悪いな。私はあのバカとの決闘騒ぎが終わればこの街を出る。これまで世話になった礼だ」

 

褒められると貶されるを同時にされたエナンナは、彼女から礼という言葉が出てきた

ことに驚く。態度がアレな割に意外と良心的な人柄ではあるらしい。

どうやら強制的に押し付けられた役職であったが、それなりの役得はあったようだ。

 

「……そういうことでしたら。恐縮ですが、お言葉に甘えさせていただきます」

 

職業柄、あまり金銭のやり取りが発生するような関わりは持つべきではないが、素直に受け入れる。ここで断ってせっかくの彼女の機嫌を損ねたら何をされるかわかったものではないから。

 

「そういうことだ。さて、好きに選べ」

 

「はい。では遠慮なく」

 

陳列棚に並べられた焼き菓子を選びながら、トレーへと載せていく。その手に持つプレートには焼き色が鮮やかな菓子が四つほど載せられていた。

中々の金額になるはずだが、こういう時に下手に遠慮することも相手の機嫌を損ねるということも経験則で分かっていた。「嬢ちゃん俺の注いだ酒が飲めねぇってのか?」というアレである。運悪く成人後だったので無理に飲まされたその一件がエナンナの酒デビューである。

 

こぼれてきた嫌な記憶に蓋をしながらテーブルに着くと、フェイリアのトレーには同じく焼き菓子が三つ。一つ少ないのは少食だからか、馳走する側だからか。

 

「それで、お前はなぜ組合に?」

 

「また唐突ですね」

 

「お前のことなど何も知らんからな」

 

「それはまあそうですけど……」

 

お互い、名前と性別程度しか知らない仲である。しかし相手に面と向かって何も知らん、と言える彼女の神経はどうなっているのか。そんなだから諍いが絶えないんですよ、とは言わない。言ったところで変わるとは思えないからだ。何も知らないが、それが分かる程度には付き合いもあった。

 

「それは、はい、この街で一番人気の職といえば組合だったので」

 

「男漁りか」

 

「いや、まあ、そういう面も、ないことはないですが…」

 

……もうちょっと別の言い方はないんですか、と目線で抗議するもつい先月に職場の先輩が冒険者の男を捕まえて祝言を挙げたのは記憶に新しいために否定はできなかった。「イイのを捕まえたわ!!」と満面の笑顔だったのが実に腹立たしい。

そんな無言の抗議を無視して、フェイリアが話を続ける。

 

「別の地方だがな、男がこの娘を嫁にすると決めたら言われた側はありとあらゆる感謝の言葉で称えて捧げねばならんところもある。どんなに大事な一粒種だろうがな」

 

「そんなことがあるんですか……」

 

エナンナにはまるで埒外の世界である。ラームでは男女で立場の違いこそあるが、尻を撫でてくる冒険者を女性が平手打ちすることもあれば、その逆に酔いつぶれた女性冒険者を男性が介抱するということも珍しいことではなかったからだ。なので、その愛娘を一方的に奪われる親の心境はいかほどだろうかと、想像すらできない。

 

「私に言い寄ってきた塵もいたがな」

 

「その人は……?」

 

「命は取っていない。子種は残せないだろうがな」

 

つまり、そういうことなのだろう。

 

「ご愁傷様です……」

 

それはどちらに対してなのか。少なくとも、それだけの女性軽視が罷り通る土地で男として能無しになった者がどうなるかは想像に難くない。ザマーミロ。

 

「それに比べればここはいい国だな。新興国ゆえに人材の確保に必死という点を鑑みてもな」

 

そう言われれば、と住み慣れた街の光景を思い返す。多種族混合の街のありようは組合のある街ならどこもそうだと思っていたのだが、案外そうでもないのかもしれない。

 

「お前も使える人材である内はそう粗末に扱われることもないだろうさ」

 

葡萄酒のグラスを傾けながら、そう漏らす。

エナンナとしては励ましてくれてるのか褒められてるのかよくわからなかったが、少なくとも悪く言われてないことだけは確かなので、とりあえず愛想笑いを浮かべておいた。

というかこれ、それとなく脅されている気もする。

 

焼き菓子をこりこりと齧りながら、時折葡萄酒を口に含むフェイリアの様子は機嫌が悪い、ということはないだろう。そこで、前々から気になっていたことを思い切って尋ねてみることにする。

 

「あの、一つお聞きしてもよろしいですか?」

 

「なんだ」

 

切れ長の、黒い瞳孔が琥珀のように浮かぶこがね色の瞳がこちらを見つめる。常日頃から細められ、射竦めるような目はこの時でも変わらずに真っすぐとエナンナを貫いてきた。

 

「フェイリアさんのその指は……」

 

それにも怯まずに言葉を続ける。数日しない内に街を発つならば聞く機会はこの時しかないと思ったからだ。組合内で報奨金の話し合いをした際に、食事をする彼女を見た時から気になっていたこと。

 

「ああ、これか」

 

なんだそんなことか、と拍子抜けしたように手を掲げる。手袋を外して焼き菓子を摘まむ指は、確かに形こそ女性らしくほっそりとしたものだったが、その色は複数色の絵具を混ぜたようなまだら模様となっていた。

 

「火傷のような物だ。大したことじゃない」

 

「そうですか……でも、奇麗ですね」

 

ぽつり、とエナンナは囁くように、内心に浮かんだことをそのまま言葉にしたように述べた。

 

「うん?そうか、これが奇麗か。やはり愉快な奴だな」

 

以前のどこぞのエルフのように蹴らなかったのは、その言葉がとってつけたような誉め言葉ではなく本心であると感じ取れたからであろう。笑うフェイリアの顔は怒りを含んだものではなく、風のように涼やかなものであった。

 

「はい、夕暮れの霞空みたいです」

 

「なんだ、随分と詩的に言ってくれるじゃないか」

 

「す、すみません」

 

「いい、気に入った」

 

そう笑って、フェイリアはトレーの上にあった最後の焼き菓子を摘まむと、エナンナのそれへと移し替えるのであった。

 

 

 

「今日は、ありがとうございました」

 

日は傾きはじめ、格子窓からは幾筋もの光が差し込んでくる。そろそろ夕餉の支度をしなければ、と多くの客が家路に着くのと前後して二人も店を出た。礼、と言っていた通りに全てフェイリアの手出しである。エナンナも幾らか出そうとしたのだが、半端な額ならむしろいらんとすげなく断られてしまった。しかし最初はどんな目に遭わされるのかと戦々恐々としていたが、予想外に穏やかで実りのある時間を過ごせたことからエナンナは彼女への認識を改めていた。態度こそ近寄りがたいものがあるが、いざ近寄ってみると意外と親しみやすい人なのかもしれない。……ただ、やっぱり怖いが。

 

 

 

 

 

 

 

その後しばらくして、フェイリアが街を去った後。顔にいかにもな傷をこしらえた強面な冒険者から詰め寄られても「そうですか、それは大変でしたね」と流せるようになったのはこのときの経験が活きたのだろう。あの人に比べればあんなのその辺の野良犬みたいなものですよ、とは本人の談である。口の悪さまで影響を受けてしまっているが。

 

十年どころか五年で代替わりするのでは、ともっぱらの噂である。

 

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