ありがち出遅れ秘密兵器ちゃんの旅路   作:お竹

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魔物、時々、魔物

 1日目

 

 数多くの地を駆ける音がする。 ヒト、ケモノ、マモノ。

 命を奪うために、命を守るために。 各々が駆ける。

 その喧噪の中、ザザッ、という草を搔き分けるようにして一頭の魔物が姿を表す。

 ウサギに似た体躯を持ち、しかし明確に異なる点として黄色い表皮と異常発達した黒角を額に備える魔物──『角兎』が。

 思考の読めないその双眼に、しかし唯一明らかな、殺意のみを宿して突貫する。

 狙いは一人のエルフの少女。 その脚をめがけて。

 

 しかし事前に察知していた少女はその突貫を、無理矢理に背中を地に向けて倒した仰向けの低姿勢になり躱す。

 眼前を角兎が通過していくその間際、無防備に晒された柔らかい腹部を短弓で射貫く。

 空中にて急所に致命傷を負った角兎は着地することも敵わずにそのまま頸から落下し、間もなく事切れる。

 

「一匹!」

 

 その最期に目もくれないままに、更に突撃してきた別の一匹に短刀を振るう。

 

「二匹!!」

 

 すれ違いざまに頸筋を短刀で裂かれた角兎は突撃した姿勢のままに絶命し、地を転がっていく。

 その吹き出る血を隠れ蓑にして、更なる魔の手。

 血の雨で全身を赤く染めながら、同胞の死に怯むことなく角兎が一撃を見舞おうとする。

 短刀を振るう間も、短弓を構える間もなく。 とうとう絶体絶命に思われた少女だが、角兎の備える黒角よりも遥かにリーチで勝るその脚が、交差するように角兎の鼻先へとめり込む。

 金属製のグリーブで守られた硬い踵越しに、ごしゃり、と骨と肉の潰れる音が伝播する。

 その感触に、うへぇ、となりながらも少女は勝どきを上げる。

 

「三匹!!!」

 

 角兎は、その黒角を用いた突撃以外にこれといった攻撃手段を持たない。

 跳躍力も人の頭上を越えるほどでなく、せいぜいが腰より下程度。

 装備さえ整えていれば仮に直撃したとしても致命傷になることはなく、毒も持たないゆえに与しやすい、初歩的な魔物。 そう思われがちではあるが、致命傷ではなくとも一時的にでも動きが鈍れば、後は他の魔物に嬲り殺しにされてしまうという、初心者殺しともいえる存在だった。

 

「そこぉ、四つ!!」

 

 三匹の波状攻撃を捌き終え、いったん態勢を整えた少女がやや離れた位置から助走を始めていた角兎を短弓で射る。 眼窩を貫徹してきた鏃にその脳を千々に破壊された角兎はぴくりとも動かなくなった。

 

「…………数多くない!!??」

 

 少女の絶叫。

 

「なんで!?普段なら精々三時間に一〜二匹だよ!?」

 

 角兎は、魔物ではあるが比較的臆病とされ、仮に人間と出くわしても積極的に襲ってくることは稀であった。 ──あるいはそれこそが油断を誘う生態であるのかもしれないが。

 また群れよりは単独での行動を好み、いましがた少女が相手取ったように多数の波状攻撃というのはまずありえない、というのが一般的な冒険者の常識である。

 

「そらキリキリ動け。 かっこつけて数える余裕があるならな」

 

 そんな少女を後ろから監督するのは女性──フェイリア。 手頃な岩の上に座って見ているだけである。 しかも炒ったナッツをコリコリと齧りながら。 完全に観戦者気分である。

 

「き、気合い入れるためですぅ!!」

 

 図星。

 以前団長が、採集の際に遭遇した魔狼の群れを素手で次々と沈めていくのを見た際の仕草にちょっと憧れて真似してみたらモロバレであった。 恥ずかしい。 見る見る間に赤面する少女──ラティ。

 

「ていうか、なんでこんな……!!」

 

「後ろ、二匹来ているぞ」

 

「またぁ!?」

 

 接敵は教えてやるが、それだけ。 息をつく間もない来襲にラティがひぃんっと泣き声を上げて走っていく。

 結局その後、合わせて九匹の角兎を仕留めたところで打ち止めとなった。

 

 

 

 

 ぜへー、ぜひー、とまさに息も絶え絶えという様子で地に倒れ伏すラティ。

 その様子を脇目に見ながら、フェイリアは角兎の遺骸を検分していた。

 

「あの、フェイリアさん……まさか、これって……」

 

 身体を起こす気力もないのだろう。 地に伏せたままに声を出す少女。

 その呼びかける声で、フェイリアは足を止める。

 

「そうだ。 これが『波』の影響だ」

 

 ──『波』。

 

 以前フェイリアが語っていた、ひとつどころに留まるうちに起きる魔物の大発生。

 規模、期間はその時々により不安定ではあるが、いずれ必ず起きる、とされているもの。

 今回の角兎の集団攻撃は、ラームに長期滞在していた影響の余波であった。

 

「こうなること知ってましたよね!?」

 

「気付かなかった貴様が悪い。 言っておくが行程を緩めるつもりはないぞ」

 

「ち、チクショー!!!!」

 

「貴様が討てば討つほどラームの奴らが楽をできる。 故郷に恩返しができてよかったな」

 

「鬼!悪魔!!」

 

「小休止を終えたら再開する。 装備の確認を怠るなよ」

 

 暖簾に腕押し、糠に釘。 少女の幼稚な抗議をまるで無視して、死んだフリをした個体がいないことを確認したフェイリアは、ついでにまだ使えそうな短弓の矢を引っこ抜く。

 適当に血を拭ったその矢を束ねていくのを見ながら──意外とちゃんとしてる!などと失礼なことを考えていたラティはいい加減起きろ、と脇腹を蹴られていた。

 

 

 

 

 

 2日目

 

 来襲は、止まない。

 

「ウソでしょ!?」

 

 矢を使っていてはいずれジリ貧になることを察したラティは短弓を背嚢に仕舞い、両手に短刀を握りしめて対峙する。

 相手は今日も変わらず角兎。

 一帯から絶滅するのでは、と思いかねない量である。

 しかしこうも立て続けに相手にすれば慣れたもの、今日も既に三匹仕留めている。

 定型の突撃に備えて構えたところで──フ、とその頭上に影が落ちる。

 

 上?

 

 こんな高さに跳べるはずが、と見上げたラティに眼球に写りこむのは、猛禽の爪。

 

「ふっぉおおおおお!?」

 

 無理矢理に首をひねって躱す。 直撃こそ避けたものの、その頬を爪が掠め、ぷしっと鮮血が奔る。 必殺の一撃を躱された猛禽型の魔物は、急上昇から旋回し再度の突撃降下を試みる。

 

「こンのぉ!調子に乗って!!」

 

 乙女の柔肌になんてことを!と息まいたラティはまだ距離のある角兎を捨ておいて、猛禽型魔物の迎撃に集中する。 短弓では届かない。 ならば、カウンターで。

 目標を定めたのか、上空でホバリングしていた魔物がその両翼をひとつバサリとはためかせると、全身を鏃のようにすぼめて急降下してくる。

 もしも人体の頭部に当たるならば、なにもかもが弾け飛んでしまうようなその一撃を前にしてラティは確実に墜とすために引き付ける。 その衝突まで、あと2秒。

 

「こなくそぉ!」

 

 放たれた矢が、矢自身の速度と猛禽の速度が合わさりその眉間から尾羽までを貫通していった。 制御を失った猛禽の遺骸は少女の背後で隙を伺っていた角兎と激突し、諸共に原型のわからぬ肉塊と成り果てる。 一歩間違えればあの肉塊に自分がなっていたかもしれない、と顔を青くするラティ。 さらに追加で五匹の角兎を撃退したところで二日目の襲撃は終わった。

 

 フェイリアは食べられそうな野草を集めていた。

 

 

 

 

 

 3日目

 

 頬の痛みのせいか、変わらぬ光景のせいか、引き攣った笑みを浮かべるラティ。

 その前には角兎と、魔狼。

 直接対峙して初めてわかる、大型犬どころではない体躯に、重厚な毛皮をまとったその肉体は矢どころか短刀ですら刃を通す気配がない。 有効打はそれを上回る斬撃か、一切を無視する殴打か。 団長は素手で殴り潰していたが、そのような人外の膂力も武器も少女は有していない。

 ──あの人も大概化け物だったのでは?と今更に思い知るラティ。 ではその団長を片手間にノした彼女は?と……これはちょっと、助けてくれないカナー?と後ろをチラ見してみるが、こちらのことなど一切無視して木の根に腰を下ろして本を読んでいた。

 

「や、やってやる!やってやる!!」

 

 負けフラグのようなセリフを叫びながら突撃する。

 大人の男性の腕よりなお太い魔狼の前脚が振るわれる。

 受けてはダメだ、と躱したその前脚が掠めただけでたまたまそこにいた一匹の角兎が臓物をまろび出しながら吹き飛んだ。

 

 ──なんて威力!

 

 一瞬で角兎をグロ死体に変えたその剛爪の切れ味は短刀どころではない。 しかしそれでも樹上の移動や短弓を使いながら、不利な相性を身のこなしと戦術で埋めていく。 牽制にしかならない矢は刺さることよりも移動の制限を目的として。 毛皮は通さなくとも顔を目掛けて射られたらたとえ魔物であろうと身が怯むものである。

 三本、五本と矢を放ち少しづつ、少しづつ攻撃を重ねる。 いまだ有効打はないものの、魔狼とて中々仕留められない現状に苛立ちが募る。 そうして少女の手持ちの矢が尽き、短刀を手にしたとき。 最大の好機と見た魔狼がその子供の頭など噛み砕いてしまう大顎を開いて突進する。 そこに、相打ち覚悟で魔狼の口腔内に短刀を突き込む彼女。 内から口蓋を貫いた短刀は魔狼の脳を一瞬でグズグズに撹拌していた。 ドサリ、と少女ごと倒れ伏す魔狼。 その巨躯の下から這い出た少女は、まさに狼のような勝利の雄たけびを上げていた。

 

 

 

 

 

 4日目

 

「ふむ、波は止んだか」

 

 この日は、角兎が三匹だけであった。

 

「………………」

 

 少女の反応はない。 しかばねのようだ。

 

「この程度の敵にみっともないな貴様」

 

「すみませんでしたねぇ!?」

 

 生きていた。

 がばり、と起き上がって猛然と抗議する少女。

 その目じりには涙が浮かんでいる。

 本当に事前の言葉通り、この時にいたるまで少女が出会った全ての魔物は少女自身で対処していた。

 

「だが、まあ、よくやった」

 

「えっ、えへへ」

 

 フェイリアから比較的、あくまで比較的にではあるが褒められたラティが相好を崩す。 ちょろい。 将来悪い男に捕まってしまいそうなちょろさである。

 

「火を熾して待っていろ。 食料を調達してくる」

 

「……! はい」

 

 そう簡単な指示を出して、どこかへと歩いていくフェイリア。

 これが二人が旅を始めてからの役割分担であった。

 

 魔物の肉ならばその辺りにいくらでも落ちているのだが、とても食えたものではない。

 ラティも初日に興味本位で一つ口にしてみたのだが、言葉で表現するのが憚れるほどの不味さであった。 見た目は野兎と大差ないというのに味はまるで別物である。

 逆に似ているだけタチが悪い。 これなら腐った肉のほうがマシだ、とはラティの弁である。

 まあその場合は腹を下すことになるのだが。

 

 そうして火の傍で休みながらフェイリアの帰りを待っていると、その手に一羽の野鳥をぶら下げた彼女が戻ってきた。

 

 すでにシメて血抜きもしてあるのだろう。 野鳥からは命の動きを感じられなかった。

 

「…………フェイリアさんて」

 

「? なんだ?」

 

 適当な木の枝に座った彼女は実に手慣れた様子で羽毛をむしっては麻袋に詰めていく。

 それに意味があるのか?と問えばまとまった量をため込んでいけば路銀の足しになる、とのことであった。 イメージに反してあまりに庶民じみたことをする彼女を揶揄おうとしたら、どこかの誰かのせいで食い扶持が増えたからな、と言われれば黙って手伝いをする他なかった。 羽をむしった後は内臓を取り出して、切り分けた肉を木の枝に刺して焚火の炎でじっくりと焼いていく。

 

「いつも手作業ですね。 こう、魔法でぶわーってしないんですか?」

 

 時間が経ち、表面に焼き色のついたもも肉を頬張りながらラティが気になっていたことを尋ねる。 少女の想像する魔法使いというのはなんでもかんでも魔法一つでこなせてしまう人種である。 野鳥から羽をむしって袋詰めする行為も、その肉を火で焼くことも、魔法を使えば一瞬で済んでしまうことのように思えた。

 

「何を勘違いしているのか知らんが、私は魔法は使えん」

 

「えっ?でもこの間、手がぼやーって光って」

 

 この間、とはラティが頭をこの手が光って唸るぅされた時のことである。

 

「あれは魔力を集めてそう見せているだけだ。 なんの意味もない」

 

「へー……意味ないの!?どうなると思うって言ってたのは!?」

 

「どうもならん」

 

「なにそれ──────!!!!」

 

「やかましい。 食ったらさっさと寝ろ」

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ────夜。

 

 外套に身を包んだ少女が火の傍で丸くなり、すよすよと寝息を立てるのを見ながら、フェイリアは起きていた。

 

「まったく、根性だけは大したものだ」

 

 フェイリアは、ラティを連れていく気持ちは最初はなかった。

 リーグレットに半ば無理矢理に押し付けられ、数年は借りるといったが無理だと判断すれば初日でも街へ帰すつもりだった。

 そのために、少しばかり態度をきつくして当たりもした。

 今回の『波』は小規模で済んだが、そうならない場合もある。

 なにより彼女自身の肉体が『波』以外の厄介ごとも引き寄せやすい。

 いくらリーグレットとの決闘の話が広がったとはいえ、それで全てがなくなるわけではない。

 むしろ、その話を聞いた上で絡んでくる輩というのはある意味での上澄みとも言えた。

 

「バカなやつだ。 誰が全て倒せと言った」

 

 フェイリアが課したのは『全ての魔物の対処をしろ』である。

 倒せ、とは言っていない。 無理であれば逃げてもいいし、そうするべきであった。

 魔狼など、明らかに自分の領分を超える相手に立ち向かうなど、勇猛ではなく蛮勇である。

 だがそれでもラティは食らいついてきた。

 

「雄叫びを挙げて敵に突撃する斥候がどこにいる。 情報を持ち帰ることこそが職責だろうが」

 

 敵を分析し、観察し、やり過ごす。 それも立派な対処である。

 それでもラティは敵わないはずの相手に立ち向かい、勝利した。

 その腕は傷だらけとなったが、勝者の腕だった。

 

「これではラトリアの苦悩が偲ばれるな」

 

 眼鏡を掛けた、いつもため息を吐いている女性を思い浮かべ苦笑する。 あれはさぞかし苦労しているだろう、と。

 

「あの団にはバカしかいないのか」

 

 本人が寝てることをいいことに言いたい放題である。 まあ、別に起きていても変わらないが。

 

「……だがまあ、そんなバカも嫌いじゃない」

 

 一人くらいは傍にいてもいいかもな、とふっと呟く。 少女の銀糸の頭を優しく撫でながら。 二人以上は御免だが。 と付け加えて。

 

 

 

 ──だが、突然その笑みが消え、赫怒があふれ出す。 魔力を纏った脚が静かに、ゆるやかにその身を圧倒的な暴力装置へと変貌を遂げる。

 

 

「………………ゴミ蟲が、毎度毎度飽きもせず」

 

 その周囲を、二十を超える魔物の集団が包囲していた。

 

 魔物が現れるのは、昼だけではない。 むしろ夜こそが、その本領と言えた。

 

 

 

 ──死にそうになれば助けてやる。 命の心配はするな。

 

 

 

 魔物の集団が塵一つ残さず消え失せるまで、三分とかからなかった。

 

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