──五体の巨人たちには、拙いながらも一つだけ企てがあった。
おびきよせよう、と。
手頃な集落を襲い、思い思いに食い散らかした。
そして、子供だけが匿われていることに気付いた。
その数が四人と、一つ足りないことから少しばかり待つことにした。
手頃なエサがおびき寄せられてこないか、と。
そうして最初にやってきたのは毛むくじゃらの男が一人。
子供が四人と肉質の硬い男が一人。これではどうにも一人だけが貧乏くじを引くことになる。
ならばもう少しだけ待つとしよう。来なければ来ないで仕方なし、と。
そして待つことしばらく、二人組の女がのこのことやってきた。
待った甲斐があったというものだ、これこそ御馳走だ。
同類の気配のする女はいい、が、エルフは極上である。
都合よく女はどこかへと去っていった。
ならば、これこそ好機。
襲い、多少の手傷は負ったが、なんということはない。
むしろそのほうが気分が上がるというもの。
自分で治せなくても、他に手はある。
そうして前菜としてそこそこに楽しんだ末に、待ちに待ったメインディッシュという時に。
──女が、現れた。
不気味な、不味そうな女である。しかもよくわからぬ口上を述べている。
人間の言葉は、キュクロープスにはわからない。
まあ、少なくとも腹の足しにはなる、と一体が腕を伸ばし、その細身を掴もうとした瞬間。
その上半身が、消滅していた。
どちゃり、と崩れ落ちる残った半身。
巨人も、人間も、誰も彼もが何が起きたか理解できなかった。
「脆い」
一言、呟く。
「蹴り応えのない身体だ。見せ筋か貴様ら。まるで肉風船だ」
──蹴った?
言葉を聞いた全員が瞠目する。いったい、何をどうすればただ蹴っただけで人の半身が消滅するのか。
いや、仮にそうだとしても、そういう何らかの魔法が付与されているのだとしても。
一切その動作が見えなかった。子供はともかく、老練たるドワーフにすら脚がブレた、としか分からぬ早業である。
思考能力の足りなさが幸いしてか混乱からいち早く復帰した、残された四体の巨人は。
──何をされたかはわからぬが、何かまずいことになっている、と。
──目の前の女を一刻も早く潰さねば自分たちの命はない、と。
ここにきてようやくそのことに気付いた。
だがしかし、それに気付くのはあまりにも遅すぎた。
そして、手遅れなことすら分かっていない二体の巨人が、手にした巨木を遮二無二に振るう。
脚はよくわからぬが、上半身は少なくとも人間である。
巨人とて、半身を潰されれば死を免れる術はないのだ。
ならば、たかが人間が潰されて生きている道理はないと。
しかし──。
「遅い」
今度は、ドワーフの眼にはハッキリと見えた。
先ほどよりはゆるやかに振るわれた脚が、二体の巨人の、巨木を抱えていた両腕を諸共に砕き折る様を。
両腕を失った二体が、膝をつき何事かの声にならない悲鳴を上げながら喚き叫ぶ。
キュクロープスの言葉は、人間にはわからない。
それを。
「遅くて脆い。ついでに頭も悪い。取柄はないのか貴様ら」
三度振るわれた脚が、再び巨人の身体を消し飛ばした。
そうして、一拍遅れて場に降り注ぐ血、肉、骨、脳漿のミックスシャワー。
ばしゃばちゃばしゃと、それを頭からまともに浴びた子供たちは、たちまちに失神した。
かわいそうに、一生モノのトラウマであろう。
──三体。
思うままに暴威を振るっていた巨人の内、三体がたちまちにただの肉と骨の山と成れ果てた。
残るは、最初に彼女に腕を断たれた巨人が一体と、頭目たる雷光を操る一体。
焦燥に駆られたのだろう、雷光の巨人が隻腕の巨人を前に突き出す。
盾になれ、あるいは目くらましになれ、と言わんばかりに。
そうして差し出された哀れな犠牲者が瞬く間に肉塊と成った隙に、雷光の態勢を整えていた。
無論、彼女は知っている。それを撃つのに必要なタメも、威力も、速さも。
全て、見ていたのだから。
「そうだ、やれ。撃ってみろ。ほらほら」
知った上で、挑発する。手をゆるやかに叩きながら、狙いはここだ、と。
その光景を見て、いつの間にか端っこに避難していたラティはどうか巻き添えを食らいませんようにと身をかがめる。
ドワーフは、女の知古であるはずのエルフの少女が加勢する様子が見られないことからなにかしらの対応策はあるのだろう、と静観する。
というか挑発しておいて何もありませんでした、では何がしたかったんだコイツ、となるだけである。
そして乳児をあやすような仕草に激昂したのか、雷光の巨人が起死回生の一撃を放つ。
盾を構えた重装歩兵の隊列すら容易く溶断する一閃である。
ただの人間がもらえばどうなるか、火を見るより明らかである。
──ただの人間であるならば、だが。
──半壊した礼拝堂に光が満ちる。
紫電一閃。
巨人の単眼より放たれた、圧倒的な破壊をもたらす筈の光は。
「ヌルいなぁ」
彼女に、なんの痛痒も与えることもなく、受け止められていた。
「湯浴みにもならん」
かざされた手のひらの先で、バチバチと弾ける熱線。
弾かれ散らばった残滓は教会の床板を焦がし、石壁にボツボツと穴を空けるが、ただそれだけ。
なんらかの力場が形成されているのか、皮膚の表面ではなくその先から見えない障壁を隔てたように凸面状に逸らされていく。
巨人がいくら力を注ぎ込めようが変わることなく。
彼女は後ずさりすらしない。
次第にバチバチ、バチ、パチ、と弱っていく雷光。
そうして、ついに注いだ魔力が枯渇したからか途絶えた後に。
より一層焼け焦げた教会と、身に纏ったドレスにすら焦げ跡一つない彼女が立っていた。
「やはり多少秀でていようと雑魚は雑魚か」
ぱんぱんと埃を払う仕草をする彼女。
その姿に絶望するのは雷光の巨人。
巨大な単眼に、明確な怯えの色を宿したそれは、闇雲に逃げ去ろうと身を翻す。
「逃げる?逃げるのか?まだ手も足も使えるだろう?」
彼女はその姿を見て、さらに怒る。
逃げるなら、最初から逃げておけばよかったのだ、と。
相手が格上なことにも気付かずに愚かにも挑み、手下を犠牲にし、敵わなければ逃げる。
まだ、五体満足だというのに。
手折れ足折れ歯が折れようと喰らいつく気概がない。
なんと、無様。
「逃すと思うか?」
山賊の手下どもを逃がしたのは、優しさでもなんでもなく、そこに意味があったからだ。
巨人を逃がすことに、意味はない。
彼女から魔力が昂ぶり、風が舞う。
巨人のそれとは比較にもならない、莫大な出力。
風に煽られ、ばさりと翻った片腕を覆うペリース。
その下から現れた、見るも悍ましい傷だらけの腕に老齢のドワーフが息を呑んだ。
「なんじゃ……あれは」
百年以上を生きる彼をして、一度も見たことがない。
まるで、千々に散らばった肉片を、腕という型に流し込んだような、醜悪な見た目。
傷痕、などと呼べる生易しいものではない。腕の形をした何か、と現した方がまだ正確なほどであった。
それが、明滅する。
肉片それぞれが発光し、消え、灯る。
火を示す赤、水を示す青、風を示す緑。
多種多様な魔力が励起し、色が混ざり、重なり、溶け合う。
本来ならは打ち消しあうか、性質を保てずに霧散するだけのそれ。しかし、それは消えることなく、どころか透明に灯る無色の光芒となる。
光は身体を通し黒鉄色の脚に流れ、やがて脚は無色を纏い、白く、神々しく輝く。
──白銀色の脚となる。
「さて、舐めた真似をしてくれた返礼といこう。遠慮なく受け取れ」
──【
それは、リーグレットとの決闘の折、フェイリアが最後に放った技。
しかし、その時よりは幾分か手加減した一撃。
この程度の相手に力を込める必要もないと出力を落として、尚、必殺の一撃。
たかが巨人に防ぐ術も、躱す術もあるはずがなく。
『!?ーーーーッ!!!!』
無色の閃光は、キュクロープスという存在を一欠片も残すことなくこの世から消し去っていた。
後に残るは、最初の一体を仕留めた時から一歩もその場を動いていない、彼女。
あまりにも隔絶した実力。
ついで、底の見えぬ大断層。
──新たな谷が一つ、生まれていた。
◇◆◇◆◇
「全員座れ」
「「はい……」」
崩壊し、残骸が真っ二つになった礼拝堂跡。
腕組みをした仁王立ちで睥睨するフェイリアの前に、老いも若きも平等に座っていた。
気絶していた子供たちは、井戸の水をぶっかけられていた。
もうちょいなんかないのか、という他二名の抗議に対して「洗濯ついでだ」と返す彼女は本当にもうなんというか。
ともかく、六人が横一列に正座をさせられていた。
正座をしろとまで言われたわけではないが、全員なぜかそうすべきだという無言の共通認識があった。
「このクソ共が」
本日2回目である。
決して大きくはない、その言葉。しかし脅威が去り、静まり返った礼拝堂跡には驚くほどよく響いた。
「なんとかします、と言ったのは誰だ?なんとかなったか?人の忠告すら忘れるバカができると思ったのか?あぁ?」
今までにないほどのブチ切れである。その踵でラティの太腿をぐりぐりと抉っている。痛そう。怪我した側でないのは、せめてもの情けか。
「すみません……」
ただただ平謝りするしかない。あれだけ啖呵を切って別れたその日の内に助けられたのだ。プライドも何もあったもんじゃない。
「自分の力量くらい把握しておけ」
最後にげしっと、怪我した脚に蹴りを入れるフェイリア。声にならぬ叫びを上げて転げ回るラティ。情けなどなかった。
「次、ドワーフ」
まるで判決の言い渡しである。陪審員も弁護士もいない。そもそも裁判すら開かれていない。
被告人ヴィドルは、なぜかキュクロープスと戦っている時よりも生きた心地がしなかった。
「ノロマが。動きも鈍ければ判断も鈍い。教会がただ教会であるから無事だと本当に思っていたのか?よくその年まで生きてこれたな」
「いやぁ、まあ、そう言われるとそうなんじゃが……な?」
「誰が口応えを許した」
弁明の許可すら与えられない。
ゴンッと踏み鳴らした爪先で、地面がボゴン、と陥没した。
「…………すまん」
なんじゃあれは、と心の声。こちらも本日2回目。初手で喧嘩を売らなくて良かったと心の底から安堵していた。
「貴様は僧正だと言っていたな」
「うむ……」
「そこで転がっているウジ虫の治療をしておけ。まさか金を取るとは言わんだろうな?」
「そりゃ構わんが……」
ウジ虫とはラティのことである。うーうー言いながら右に左にともごもごしていた。
「次、クソガキ共」
「ひっ」
前二人の判決を見ていた子供たちは、身を竦ませる。
一体どんな罰がくだるのか、と。
フェイリアはしゃがみ込み、もっとも手頃な位置にいた子の頭をがしり、と掴む。目を逸らすことなど許さぬ、とばかりに。
「「ご、ごめんなさい!」」
異口同音。血縁関係ではないはずの四人全員が息を合わせたように謝罪した。
「何に対してだ」
「えっ」
「今、貴様等は何について謝った」
「えっと……」
なんでもない。とにかく謝らなければと咄嗟に出た言葉である。しかし答えろ、とこがね色の瞳が語っていた。
「わ、わかんない」
「そうか」
蹴りは、飛んでこなかった。
が。
──どばしゃあ
代わりに、再度の水責め。もう全身ずぶ濡れの水浸しである。
早急に身体を拭いて火に当たらねば体調を崩すことになるだろう。
「「〜〜〜〜〜〜ッ!!?!」
「目が覚めたか」
「「……?」」
「貴様等が悪いのは、助けを求めなかったことだ」
その言葉に、彼女以外の全員が眼を見開く。
「ガキが、一丁前に諦観するな。みっともなく、無様に、嘆願しろ。生きたいと言え。死を受け入れたやつを助けるほど、暇な聖人は世の中にいない」
──生存を望むのは、子供に許された最大の権利だ。
その、ぶっきらぼうで、突き放すような、優しい言葉。
まあ、なんだ。
彼女はひたすら暴力的で、容赦はないが。やはり、善性のヒトなのだろう。
「いや、不器用すぎんかお前さん」
ドワーフは蹴っ飛ばされた。