ありがち出遅れ秘密兵器ちゃんの旅路   作:お竹

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善性のヒト

「ハァッ……ハァッ…………クソ!!」

 

 男が悪態をつく。

 たとえ昼間だろうと常に陽が陰るであろう、鬱々とした森の中を走りながら。

 その様子は明らかに土地に慣れておらず、立ち止まっては左右を、そして後ろを振り向きまた走る。 片手を押さえ、反対の手には直刀が一振り。

 それ以外、装備らしい装備を持たぬ、なんともみすぼらしい有様であった。

 

 

 

 

 ──男、サドゥン・イェラ・カーリバリには野望があった。

 

 後継に恵まれぬカーリバリ族の家督を継ぐ、そういうものが。

 かつては戦争で鳴らした古強者共も、今では枯木朽株のざまだ。

 認めまいと、いずれくたばるのはあちらが先。

 なれば、やりようがある。

 傍系に血筋が移ることを嫌がろうとも、直系に望みがなければ、そうするしかない。 他家から迎え入れるというのはそれこそ本末転倒だ。

 であるならば、自分がそれに見合う首級を掲げることができたならば、勝ちが見える戦いであった。

 

 サルバス民は武歴を尊重する。 先細りの直系と、力のある傍系。 期待をかけるのは、後者である。

 

 鐙を踏みしめ、愛馬を駆った。 組合の者からは制止されたが、同じ騎馬であるならば負ける気はしなかった。

 

 そこに油断も、慢心もあったのだろう。 だが覚悟もあった。

 たとえ無理だと言われようと、無理だからこそ価値がある、と。

 だがしかしそんな覚悟は、いざ森に分け入った時点で、蜃気楼のようにゆらりと消え失せてしまった。

 

 馬のそれとは違う、太く、高い嘶き。

 その一声で自らの愛馬から振り落とされてしまったのだ。

 騎馬民族が馬から落ちる。 およそこれより下はないという醜態であった。

 

 落馬の際、咄嗟に受け身をとったまではよかったが、不安定な森の中。

 木の根に捕らわれ腕を痛めてしまっていた。

 利き腕を、である。

 痛みに堪えつつ愛馬を落ち着かせようとするも、すんでのところでどこかへと逃げ去ってしまった。 食料や水、水薬の入った鞄ごと。

 

 手の内に残ったのは直刀が一振り。

 

「グッ……」

 

 再び聞こえる、耳障りな嘶き。

 

 走るしかない。 とにかく。 最早出口がわからずとも。

 

 誘い込まれたのだ、と気付いたのはその時であった。

 

 

 

 

 

 必死に逃げている。 なのに、まるで距離が離れている気がしない。

 否、距離を詰めるならば容易であるはず。 こちらは二脚、あちらは四脚だ。

 なれば、嬲っているのだろう。

 

 男は、それでも必死に脚を動かす。

 脚を止めた時、相手もまた止まる保障などないのだから。

 

 微かな月光すら入らぬ、見知らぬ森の中で。

 

 登っているのか、下っているのか。 あるいは前に進んでいるのか、後ろに下がっているのか。

 

 ──死んでたまるか!!こんなところで!!

 

 まだ何も成し得ていない。

 戦場ですらない、こんなどことも知れぬ森の中で死ぬなど、耐え切れない。

 

 走る。 走る。

 

 そうしてやがて、走り、歩き、倒れ、男の体力が尽きたとき。

 

 その脇腹を、筆舌に尽くし難い激痛が襲った。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 行くか。 そうと決まれば準備は早かった。

 水と止血帯、簡易の治療薬と強壮剤を用意する。

 それと、万が一のための、ズタ袋。

 

「馬を使いたいところだが、相手が影騎士となるとな」

 

 ──はぐれ影騎士。 件の討伐依頼対象。

 

 輓馬の如き体躯を誇る二角獣(バイコーン)に跨る、魂なき騎士。 個体の強さもさることながら、その下僕たる二角獣は独特の嘶きでもって馬を混乱させる。

 騎兵の天敵である。

 

 街道沿いの森林奥より轟く嘶きにより、商隊の馬車が落ち着かない。 なんとかしてくれ、ということであった。

 

「ラトリア、留守を頼む」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

 宵闇の中を3人がひた走る。 音を立てず、気取らせず、ひっそりと、しかし迅く。

 

「はぐれ影騎士の討伐、ねえ」

 

 そう漏らすのはラティ。 未だに納得がいかないようであった。

 連れて来られた事ではなく、その無茶をした余所者に対して、である。

 

「不思議か?」

 

 いい機会だと、思考力を養わせようとリーグレットがその続きを促す。

 実地において学べる機会はそう多くない。

 なれば、多少は利用してもバチは当たるまい。

 

「はい、まあ。 騎馬民族だから、でしょうか?」

 

 煩悶とした返事。 自信がないのであろう。

 しかし自ら考え、答えを出したことに価値がある。

 騎馬民族だから騎士を狙った。 安直すぎる考えだが、最もあり得る話である。

 

「だろうな。 サルバス民の多くは馬と育ち馬と暮らす。 その経験があれば、騎士とはいえたかが魔物と、そう侮っても仕方ない」

 

「半分正解だな」

 

 訂正を加えるのは横で聞いていたフェイリア。

 

「半分か。 残りは?」

 

「侮りもあるだろう。 だが馬を財産と考える故に騎士から奪ってこその大手柄だと、そう考えるのがこの手の輩だ」

 

「なるほど、野蛮だ。 そして面倒だな」

 

「面倒だろう」

 

 軽く溜息を吐く。 実に面倒くさい。 そういう態度がありありと出ている有様であった。

 

「ところでおい、そっちの草食ウジ虫」

 

「草食ウジ虫!?!?」

 

「貴様は目と耳、どちらが得手だ」

 

……ウジ虫……えっと、どちらかというと、耳が」

 

「そうか。 嘶きが聞こえたら教えろ。 影騎士に口はないが、二角獣はよく吠える」

 

「わ、わかった!」

 

「それとな、遅い」

 

「えっ」

 

 ひょいっと、気軽な仕草で少女を担ぎ上げた。

 

「え、ええ!?」

 

「煩い。 耳に集中しろ」

 

「いや、それにしても!ちょっと!!」

 

 所謂お姫様抱き、などという洒落た姿勢ではない。 収穫を終えた麦袋を肩に担ぐような、実にぞんざいな扱いであった。

 

「速さを上げる。 貴様はまだいけるだろう?」

 

 リーグレットを一瞥し、そうして脚繰りを早める。 一歩で一間を飛ばしていたその歩幅が二間、三間と加速していく。

 いかなリーグレットとはいえ、離されぬように距離を保つのがやっとである。

 

(速い!人一人担いで、尚まだ余裕があるのか!)

 

 義肢の動きとは思えぬ、人外の速さ。 それでいて、動きを気取らせぬ静粛さ。

 神速、などと持て囃された冒険者を見たことがあるが、その比ではなかった。

 

 走る。 走る。 暗かろうと、知らぬ土地だろうと有無を言わせぬその走り。

 

 

 

 

 ──そうしてラティの耳朶を震わせる、甲高く、太い、音。

 

「…………!!嘶き!!右手前方の森から!」

 

「よし」

 

 更に速度を上げる。 リーグレットは最早付いてこれない。

 嘶きが聞こえるということは、まだ仕留められていない。

 助かるかどうかは別であるが。

 

 そうして瞬きの度に肥大してゆく、視界に映る潜伏先とされた森。

 高低様々な樹木が繁茂するその中に、一切の躊躇なく踏み込む。

 

 伸びた枝がバシバシとその身を打ち据えるが、まるで意に介さず。

 邪魔をする物あれば快刀乱麻を断つがごとく。

 

 まあ、担いだ麦袋は泣いているが。

 

 そうして駆けるその先に、今まさに獲物を踏み付けんとする巨馬の姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どけ」

 

「ガァッ!!??」

 

 ──男、サドゥン・イェラ・カーリバリの横腹に走る激痛。

 

 駆け付けた勢いそのままに、強かに蹴りつけられたのである。

 

「何してんの!?」

 

 まさかの要救護者への一撃。 助けに来たはずである対象が、蹴られた勢いそのままにごろごろと転がり木の幹にぶつかる。 気のせいか、つい先ほど見た気がする光景。

 

 ──生きてるのかなアレ。

 

 ──死んでたらどうしよう。 認識票だけ持って帰ればいいかな。 まあ私のせいじゃないし。

 

 この短時間で随分と擦れ切った思考ではあるが、色々と積み重なった末であった。

 

 

 

「お前も下りろ」

 

「ぅわあっ!!」

 

 そしてこれまた雑に放り出される少女。 三半規管的によろしくない姿勢が続いてちょっと気分が悪くなってるところにこれ。 あんまりである。

 

「さて、別に来たくもなかったわけだが。 なんだ、随分とボロじゃあないか貴様」

 

 うめき声を上げ、悶える男。 それを見下ろしながら彼女は吐き捨てる。 なお、ボロの原因の三割くらいは彼女である。

 

「!?」

 

「さっさと立て未熟児が。 それとも文字通りの稚児か?そうらあんよがじょーず」

 

 そうして赤子を相手にするように囃し立てる。 ゆるく、柏手を打ちながら。

 見下されている、馬鹿にされている、その激高が男に活力を戻らせたのであろう。 疲労を感じさせぬ俊敏さで立ち上がる。

 

「キサマ!!」

 

「立ったら走れボンクラ!!」

 

 しかし、一言とて言い返す暇もなく。

 あまりの剣幕に突き動かされ、男はほうほうのていで走り出す。

 動く元気があるならば今すぐにどうこう、ということはないだろう。

 薬の類はラティが持っている。 まず問題ない。

 用無しになったズタ袋には、さて討伐の証でも詰めればいい。

 

 そうして目をやる先には、憤懣やるかたない様子の影騎士がいた。

 

 じわりじわりと追い詰めた獲物を捕られた恨みか、影騎士はその相貌のわからぬ鉄兜の奥から()()をくすぶらせ、二角獣が荒い息を吐く。

 

「あちらがボロならこちらはガラクタか」

 

 比喩抜きに塵を見る目で一瞥する。 そこには油断も、慢心も、抱く意味さえなく。

 ただ歴然とした事実があるのみだった。

 

 二角獣が興奮した蒸気の如き息吹を吐き、後脚で地を踏みしめる。

 再び立ち上がりからの、踏み下ろし。

 並みの人間なら瞬く間に地面の染みとなるであろうその一撃は、しかし横薙ぎの蹴りで逆にあっけなく粉砕された。

 筋骨隆々たるその脚が、まるで枯れ枝をしばくかのように千切れ飛ぶ。

 

『!?』

 

 途端に前二脚を失った二角獣がつんのめる。

 膝から先を失った有様で、骨と肉が露出した断面が地面に刺さる。

 激痛に悶える。

 そして、バキリと、いとも容易くその象徴たる二本角をむしり取られた。

 

『――――!!!!』

 

 地に倒れ、後脚をバタつかせながら、口吻から血泡を吐くのみ。

 誰がどう見ても、死に体であった。

 

 その凄惨な様を見せつけられながら、立ち上がり尚も剣を構える影騎士。 相棒の仇、などと高尚なものではない。 獲物を逃がされた恨み、ただそれだけであった。

 

「はっ、口が利けない癖に一丁前に悔しがるか?落馬した騎兵ほど無様なものはないな」

 

 二角獣を失い戦力が半減したとはいえ、こちらは無傷である。 相手が無手の女なら、なおのこと。 そういう意図があるのであろう。

 

「……愚図が。 だから私は貴様らという存在に虫唾が走る」

 

 相棒を失ったというのに、そこに思考力が伴っていない。 目の前に獲物がいたらそれを逃がさない、それ以上のことを考えることがない。

 

 彼女の苛立ちに気付きもせず、影騎士がその手にする剣を振るう。

 無防備な頸筋に、剣先が接する間際、一歩、踏み込む。

 反応が追いつかない影騎士。 剣を引き戻すことも叶わない。

 さらに予想を覆す。

 跳躍。

 

「貴様が染みになれ」

 

 脚を振り上げ。

 

 からの、振り下ろし。

 

 斧が薪を割るように、木陰から差す陽光のように。

 影騎士はその堅牢なる鉄兜もろともに、頭頂から股座までの総身を二つと分かたれた。

 街道を騒がせ、男を追い詰め、その命を奪わんとした存在の、実にあっけない最期であった。

 

 

 

 真っ二つとなって転がり落ちた鉄兜、むしり取った角をズタ袋に入れる。

 躯は、そのうち朽ち果てるだろう。

 

「で、終わったのか?見極めとやらは」

 

 虚空に向かって放ったその言葉に応じる様に現れたのは、リーグレットだった。

 

「覗き見とはな、随分と躾のなってない騎士様だ」

 

「元、だ。 今は違う」

 

「どうだか」

 

 交わす言葉にこそ棘はあるが、そこに漂う雰囲気は弛緩したものであった。

 

「あの男はどうした」

 

「ラティが連れ添って先に街へ戻っている。 誰かさんのおかげで体力に余裕があるからな」

 

 つまり、そういうことである。

 

「やはり君は態度に似合わず優しいな」

 

「やかましい」

 

 うんざりした様子で腕を組む。

 

「森の外であの男の馬も見つけた。 問題はあるまいよ」

 

「で?」

 

「ああ、見極めの話だがな。 あれは嘘だ」

 

 ──そうあっけらかんと、ごく自然に言い放ったのだ。

 

「は?」

 

「正確には、する必要がなかったと言うべきかな」

 

「……おい」

 

 ゆらりと、脚の予備動作。 さすがにからかいすぎたかと、弁明をする。

 

「巻き込んだ私が言うのもなんだがな、君はこの依頼を受ける必要がなかった」

 

 本当にな、と言いたげな表情で無言で続きを促す。

 

「君の脚力だ。 受けたフリをして私たちを振り切ることもできただろう?」

 

 事実である。 全速力とはほど遠い。

 その気になれば、三人を担いだとて尚速く駆けられるであろう。

 必要ないからしなかった、それだけだ。

 

「だがそうしなかった」

 

 それもまた、事実である。

 

 

 

 ──君は、善性の人だ。

 

 

 

「……敢えて組合の者がいる前で話した癖によく言う。 随分と性格の悪い騎士様だ」

 

 計算の内であったろうし、それに気付いてもいた。 組合は行政とは別にまた街の中心的役割を担う組織である。 そこの関係者の前ではっきりと断れば、よくない心証を与える。

 それは、街に滞在する上で形にならない様々な影響を与えるだろう。

 人は、理屈を規範としながらも感情で動くものであるからだ。

 

「元だからな」

 

「おい、それで全部済ます気じゃないだろうな貴様」

 

「ははは……まあそれはともかく、私たちは君を歓迎しよう」

 

 ──そうして、一連の騒動は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 ──後日、組合の天井に突き刺さった顔見知りの冒険者の姿を見つけ、ちょっとだけ後悔するリーグレットであった。

 

 

 




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