では、どうぞ。
太陽が顔を出し、その光で地を照らす。
牛飼いの少年が汗を拭きながら、牛を追い立てる。
風が吹き、麦の水面を波立たせる。 ざあざあ、ざあざあ、と。
それに合わせるように水車がぎいぎいと鳴き、風車がごろんごろんと嘶く。
各々の家では朝餉が終わり、仕事のある者は仕事へ、家事のある者は家事へ。
冒険者は、組合へ。
組合の大広間をひっきりなしに人が行き来している。 人間、エルフ、ドワーフ、小人族。 依頼へ向かう者、依頼を終えた者。 何かを失った者、何かを手に入れた者。 悲喜交々に。
「あの人、どうなるんでしょうね」
そう漏らすのは、レモンスライスを浮かべたエールを啜りながらテーブルにぐでっともたれかかる草食ウジ虫こと、ラティ。 本名ラティーリ・エル・フルガリス。
疲労の抜けきれない身体にレモンの酸味が染み渡る。
結局あの後、まだ何事かをわめく男を治療院に叩き込み、組合に形ばかりの報告をし、団長達の帰還を待ち、仮眠を取ることになった。
が、無論寝不足である。
さもありなん。
「さて、勝手に侵入して勝手に怪我したんだ。 本人がどう思っていようが街に居場所はないだろうな」
ただの駆け出しならまだよくあることだ、と罰金程度で済んだだろうがな。 と答えるのは頭目であるリーグレット。
こちらはまだ体力に余裕があるのだろう。
香草とベーコンを挟んだ黒パンを齧りながら、ビールの入った陶器マグを傾ける。
──森は誰も彼もが好きにしていい、というわけではない。
自然にあるがままが良い、と綺麗事で置かれているものでもない。
近隣の村や町に水と食料、燃料をもたらす重要な資産である。 故に森はその土地を保有する街か、国の管理物となる。
都市国家たるアストルムは、国土の狭さからその管理が一際厳重であった。
であるならば組合依頼書というのは、そこに入る許諾を取り付けた許可証を兼ねる。
依頼者が陳情を訴え、組合が審査・認可を下し、冒険者が実行する。
そういう流れだ。
であるならば件の男がしでかしたことは、不法侵入だ。 公的許可証の盗難、国有地への不法侵入。
広大な国土と原野を有するサルバスではまた仕組みが違ったのだろう。 しかし、ただでさえ身勝手な振る舞いをする余所者が白眼視されるのは当然のことである。
「馬も体も欠かさずに済んだんだ。 運が良かったと思うべきだな」
──男がこの街から姿を消すのに、そう時間はかからなかった。
只では帰れぬ、とどこぞの街に行くかもしれないが、この街に再び訪れることはないだろう。
ただ一つ言えることは。
サルバスは武歴を尊重する。 先細りの直系、力のある傍系。 なれば後者を仰ぐだろう。
しかし、恥さらしを担ぐことは決してない、ということだ。
「なんだ、いたのか貴様等」
と、その時に義肢で木板を踏み鳴らしながら現れたのは彼女だった。
昨夜、時間も時間ゆえに組合の職員用仮眠室で一晩を明かしてもらったのだが、ようやくの起床らしい。 頭をガシガシと掻きながら階段を降りてきていた。
──髪、綺麗なのにもったいないなぁ。
その仕草を残念そうに見るラティ。 ただじっとしていればどこぞのお貴族様にしか見えないのに、口と態度はひたすらにぶっきらぼうであった。
「やあ、おはよう。 寝心地はどうだったかな?」
「悪くない。 久方ぶりに熟睡できた」
「……それはよかった」
軽い皮肉交じりの挨拶に素直に返されて言葉に詰まる。 仮眠用は仮眠用。 つまり、それなりでしかないベッドでぐっすり眠れたというのは、普段どんな生活をしているんだ、とは思ったが口に出さない。 ほんのつい先日に食事をしに来ただけの彼女を取り囲んだのは自分達であるがゆえに。
「……それでな、君を待っていたんだが」
色々と思い出すと気まずいことに蓋をし、話を本題に戻す。 目の前の本人が気にしてないのが救いである。 だからこそ余計に罪の意識が重たくなるが。
「? まだ何かあったか?」
ある程度着こなしに自由が利くのであろう。 昨日のドレス姿よりは幾分着崩した格好の彼女。 それでも余計なトラブルを避けるためか、首や肩口などの大きな継ぎ目はきっちり隠している。 義肢も同様である。 そんな彼女はカウンターで簡単な朝食を受け取りながら振り返る。 トレーの上には、ライ麦パンとチーズを2切れ、それと葡萄酒。
「君、報酬を受け取っていないだろう」
少しは気にしたらどうなんだ、と朝も少食なんだな、と若干の二つの呆れを含めたそれ。 あれだけ走り回った後なのだからもう少し食べてもいいだろうに。 無性に自分のベーコンサンドが恥ずかしくなってしまう。 まだ大丈夫なはずだ、まだ。 鍛えた腹筋は無駄ではない……!
「ああ、そんなことも言っていたな」
思い返せば確かに、依頼として処理するとか言っていたな、と。
結局、昨晩のごたごたは緊急の救出依頼と既出の討伐依頼の合わせて二件の達成、ということで処理された。 報酬の山分けは基本的に当事者同士で行うが、今回は一党の二人と外部の一人、という変則的な組み合わせだった。 故に一方が未合意のまま持ち去ることがないように、職員立ち会いの元に報酬の確認という形になったのだ。
「なるほど、それで待っていたわけか。 律儀なことだ」
「君ほどじゃないさ」
巻き込んでおいて持ち逃げする、というのは人でなしの謗りを受けても仕方ない。 元騎士とはいえ流石にそこは譲れないラインだった。
「あのボロはどうなった」
「ボロ……?ああ、あの男か。 今頃取り調べでも受けてるんじゃないか」
「ふぅん」
本当に興味がなくなったのだろう。 形ばかりの無事を確認したらさぱっと切り替えて食事に口を付けていた。
「一応、感謝はしてたよ。 あの人」
最低限のフォローなのだろう。 男に付き添っていたラティが補足を付け加える。
「知らん。 私はそこにあるのを蹴っただけだ」
「いやまあそれはその通りだけど」
聞いてきたのそっちだよ!?とは言わない。 煩い、と一刀両断されることは簡単に予想できるからだ。
──もしかして、その後が煩わしいからわざと取っ付きにくい態度をしているのでは?
なんだか思ったより可愛い性格な人だな、と早合点した二人だがそれで揶揄うようなことはしない。 誰だって可愛いからといって猛獣の檻に入る真似はしないのだ。
無論、彼女のそれは意識したものではなく素である。 周りが勝手にそう受け取っているだけで。
それからしばらくは喧々囂々とする大広間の様子を尻目に、食事が終わった頃合いを見計らってさあ精算しようか、ということになった。
「よろしくお願いします。 あらためて、組合職員のエナンナと申します……フェイリアさん、でお間違いないですか?」
「ああ」
エナンナと名乗った受付嬢は、昨晩『銀の祝杯』に駆け込んできた組合職員であった。 こちらも諸々の手続きで寝不足なのだろう。 疲労の残る顔をなんとか化粧で誤魔化しているし、結い纏めた髪はところどころ外ハネを起こしてしまっている。 それでも姿勢だけはしゃきっとしているのは勤続4年目の中堅職員としての意地であるのか。 本心としては半休でも取って寝倒したいが、完全に組合の事情で迷惑をかけたとあってはそうもいかなかったのだろう。
「二角獣の角と影騎士の兜。 確かに間違いないものであると確認いたしました」
どう見ても埒外の方法で破壊された痕跡のあるそれに鑑定係の職員がドン引きしていたのは記憶に新しい。 脚で叩き割った、と言われても信じないであろう。 受付嬢だって信じたくない。
「では、こちらがフェイリアさんの取り分となります。 お確かめください」
そう、ずいっと差し出される、麻袋と共に木製のトレーに積み重ねられた金貨の山。
二件合わせての報酬であるため、分割しても相当量の金額であることが伺われる。
しかし報酬を受け取るべき彼女はその山を一瞥し、半分ほどを掴むと雑に腰袋に突っ込み、残りを受付嬢へと突き返してしまった。
「あの……?」
困惑する受付嬢。
「いらん。 ボロを見つけたのも連れ帰ったのもそこの雑エルフだ。 私は討伐分だけでいい」
「……ご本人がそう仰られるのでしたら」
と、言っていますがどうしましょう?と視線を向ける受付嬢。 職業柄笑顔を絶やさないように訓練しているが、それが今はややぎこちない。
「えっと……」
困惑するラティ。 当然である。
リーグレットも流石にこのような事態は想定していなかった。
「流石にそれは、受け取れないかな」
「なら店の修繕費にでもしろ」
にべもない。
間に挟まれた受付嬢は器用なことに笑顔のまま泣きそうである。
──結局、その金は一党預かりの資産、ということになった。
「話は終わりか?」
「いや、もう一件ある」
「…………手短に済ませろ」
まだ何かあるのかコイツ、という態度を隠そうとしないながらも付き合ってあげるあたり、彼女はなんだかんだ義理堅いのだろう。
「この街に居を構える気はないか?」
リーグレットが切り出したのは、そんな話題だった。
「唐突に何を言い出すんだ貴様は」
胡乱な目で見返す、呆れを多分に含んだ反応。
「本気だ。 金銭的や身分的な問題があるというなら、私がなんとかしよう」
一晩。 彼女へと返す恩として何かできることはないかと考え抜いた結果がそれであった。
金銭的には余裕があるし、身分も上に掛け合えば1人分くらいは、どうにかなる。
真っ当な手段とは言えないが、真っ当でない出自の彼女の為に、他に返せるものはなかったのだ。
「随分と入れ込んでくるな。 やや気持ち悪いが」
「ぐっ……それで?」
流石に自覚はあったらしく怯む。 が、それでも根気よく問答を続ける。
「いらん」
「それは、どの意味でかな?」
「貴様は察しがいいと言ったはずだ」
「……そうか、残念だ。 理由を聞いても?」
「全てを洗いざらい話すつもりはない、とも言ったはずだ。 耳が腐ったか?それとも中身か?」
頑なである。 これはもう、梃子でも無理だろうなとリーグレットは諦めた。
「なら、仕方ない。 決闘しよう」
「……本当に頭が湧いてるのか貴様?」
なにがどうなればそんな単語が出てくるんだという困惑の表情。 頭の回転はいいくせにどうして辿り着く答えがそれなんだ、見込み違いだったか、という思考。 ちら、と雑エルフの方を見ればあちらはポカンと間抜け面を晒している。 ダメだ。 元より期待してなかったが役に立たない。 クソが。 ラトリアとやらが言っていた脳足らずとはこういう意味か。
──だから、そういうことになった。
「は?」
なってしまった。
2,3日の突貫作業で書くのはよろしくないですね、反省。