ありがち出遅れ秘密兵器ちゃんの旅路   作:お竹

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まるで歌劇のような

──半月後。

 

祭りだ祭りだ喧嘩祭りだ、と集まる群衆。

冒険者、農民、工夫、行商人。

 

娯楽の少ない田舎では、冒険者同士の小競り合いでも人が集まる。

それが国に知らぬものはいない人物の決闘騒ぎともなれば、家畜の世話などでどうしても来れない者を除けば街の住民の大半が集まることとなった。

住民だけではない。

半月あれば騒ぎが広がるには十分だったのであろう。

近隣の町村からも寄り集まってくる始末である。

 

街外れの丘を囲むように、いったいどこから湧いてきたのかと思うほどの人、人、人。

 

一部の商魂たくましい者などは、物売りを始めてすらいる。

 

そうして今か今かと待ち構え、太陽が中天に差し掛かる頃。

 

彼女が現れた。

 

 

 

「待ちくたびれたぞ阿呆が」

 

「すまない。準備に色々とかかってな」

 

 

 

──準備。そう言う彼女の出立ちは、半月前のそれとはまるで異なっていた。

 

ゆるくウェーブのかかった、背中の中ほどまで伸びる金の髪。

その隙間からのぞく、やや切れ長の紺碧色の瞳。

身の丈は、およそ巨体と称される成人男性と遜色なく。

それでいて引き締まり、無駄がない。

 

往来で人の視線を集めるには十分な立ち姿である。

 

そこに加わるのは、印象をことごとく上書きするような全身を固める、板金鎧。

いかなる刀剣の類を納めているのか、柄頭の覗く革袋。

さらに手にするのは、身体の半分はあろうかという巨大な盾。

 

まさに、戦装束。

 

この街の者はおろか、一党の誰すらも見たことがない完全武装であった。

 

「………"騎士"か」

 

「ああ」

 

フェイリアの問い。リーグレットの答え。問答は短く。

 

 

 

──この世界に”騎士”は、二種類ある。

ひとつは、教会に仕える聖堂騎士、王に侍る近衛騎士、君主を持たぬ黒騎士などの、それぞれの立場、あるいは役職を示すもの。

 

もうひとつは、なんの脚色もない、冠のない、ただの”騎士”。かつて十五年前に、アウラングス王が率い、その七年後に魔王を打倒した伝説の一団。あらゆる勢力が協力し、練磨し、築き上げた、それゆえに銘を持たぬ、ひとことに”騎士団”と呼ばれた者たちのことであった。

 

群衆が色めき立つ。

まさにその姿は、かの魔王を打ち倒したとされる、伝説の騎士団のそれであった。

 

 

 

「私は言ったな。そもそも貴様らを潰すために生まれたと」

 

「ああ、言ったな」

 

「その私に、その姿で挑むのか?」

 

「そうだ」

 

「そうか」

 

向かい合う、二人。簡潔なやり取り。

 

「私からも聞きたいことがある」

 

「……言ってみろ」

 

ゆったりとした問答。距離はまだ、詰めない。

 

「この半月、首都にいた。そこで色々と調べたよ」

 

「思えば不思議だった。私も、私の一党も、それなりに冒険者として実績がある。この国随一と言っていいくらいには」

 

「つまり、それだけの経験を持っていながら、だが君のことを知らなかった」

 

訥々と、語る。

 

「行商や組合に聞き込みをしても、ついぞ君の話は出なかった」

 

「君の苛烈な性格を思えば、あのような諍いは、一度起きれば十分に話として広がるはずだ」

 

「しかし、首都にすら君を知っている者はいなかった。唯一、それらしい話を聞けたのはサルバスから来ていた旅人だったよ。噂話程度だがね」

 

「話が長い」

 

「すまない、つまり、だ。──君は、あえて人里を避けているな?」

 

「そこにも理由があるのだろう。だが、人里を避けた結果、噂話は所詮噂話として立ち消え、次訪れる地で、また問いただされる」

 

「──それが貴様に関係あるか?」

 

「ない」

 

「なら首を突っ込むな」

 

「そうとも、所詮は他人の事情だ」

 

リーグレットはそこまで言い切り、ほんのりと微笑んだ。

 

「だがな、借りがあるだろう?」

 

フェイリアが鼻白む。

 

「勝手に返し方を決めるな」

 

「うん、それは、その通りだな」

 

穏やかな、談笑。

 

「まあ、なんだ。私はこう見えて有名人でな?」

 

ささやかに胸を張る。ふんす、と息を吐く。

 

「そんな私を打ち倒せば、余計ないざこざは避けられるだろうよ」

 

「────貴様」

 

ああ、とフェイリアは理解してしまった。

 

こいつは、負けにきたのか、と。

 

装備を整えたのも、衆目を集めたのも、そのため。

 

完膚なく負けることで、彼女の強さを知らしめ、この先降りかかる火の粉を防ぐ外套になってやろう、という。

 

なんという、なんという。

 

 

 

──独りよがりで、余計なお世話。

 

「────そうか、なら、望み通りに潰しやろう」

 

決めた。この勘違い女をひしゃげ潰してやろう、と。

 

 

 

方や、全身を板金鎧で固めた美麗な騎士。

 

方や、令嬢を思わせるドレスを纏った女性。

 

おとぎ話のような、舞台演劇のような、耽美な組み合わせ。

一部の年頃の子女などは顔を赤らめ、血気盛んな男などは囃し立てる。

 

二人の会話が聞こえない距離のため、彼らは勘違いしていた。

 

決闘とはいっても所詮は本気ではないであろう、と

娯楽に飢える街のために一芝居打った、と。

あるいはどこぞの世間知らずのお嬢様をわからせてやるのだ、と。

 

だが、その思い込みは。

 

女騎士がその革袋から、ずるり、と引き抜いた獲物を見た瞬間に消え失せた。

 

──なんだあれは。

 

戦鎚。ウォーハンマー。強固な外皮を持つモンスターを、もろともに叩き潰す武器。

 

幾度そうしてきたのであろう。人の頭など、ざくろのようにくしゃりと潰してしまうような。

木剣でも、なまくらでもない。生き物を殴殺する鉄塊であった。

 

──まさか、あれで殴るのか?

 

──いやいやそんな、偽物だろう?

 

──だって、あんな軽々と振り回してる。

 

片手で、もて遊ぶように、くるくる、くるくると。

拾った棒切れを振りかざす、子供のように。楽団の指揮者のように。

 

それが、戦鎚が、その鎚頭が、地に着いた瞬間。

 

大地が、べこん、と窪んだ。

 

異様な空気が広がる。明らかに様子が違う。

これは、まさか。試し合いでも、芝居でもないのか? と。

 

見物人から、ひっ、と声が漏れる。

人が潰れる、潰される。

そんなところは見たくないのだ。

 

しかし、立ち会う二人から途端に漏れ出た殺気が、群衆から逃げる、という選択肢を奪っていた。脚も、腕も、瞼すら動かない。ただ見届ける、という行為のみを許していた。

 

 

 

「"騎士"リーグレット・アド・ウルカリス」

 

「フェイリア」

 

名乗り。

 

「参る」

 

「死ね」

 

いざ。

 

勝負。

 

 

 

 

 

戦鎚を握り込んだ籠手が、ぎゅちり、と鳴る。

 

先手を譲る。まずは一撃、受けてみせる、と。

 

さあ、どうくる。

 

いまか。

まだか。

 

さあ。

 

「──────!!」

 

──きた!!

 

先に動いたのは、無手の彼女。

 

無意識の反射で盾を掲げる。

次の瞬間、総身を駆け抜ける、衝撃。

鋼鉄の脚が、盾の正面を撃ち抜いていた。

 

ドォン、と、一拍遅れておよそ人体から生じるはずかない音が響く。

 

腕が千切れ飛んだかと錯覚するほどの、一撃。

たたらを踏みそうになる脚。

完全に戦闘態勢であったというのに、ただの一撃で宙に浮きかけた。

重武装で身を固めた騎士が、である。

 

群衆は誰も反応できない。遠巻きゆえに、見えやすくあるはずというのに。

動いた、と認識するよりも早く爆音がとどろいた。

ラティやラトリアですら、それは同じであった。

 

「ほう」

 

小さな、感嘆の声。

 

「防ぐか。ならこうだ」

 

蹴りこんだ右足はそのままに、左足で地を蹴り、浮く。

防がれた盾をぐんっと踏み込み、足場として、上へ跳ね上がる。

からの、激烈な打ち下ろし。

その踵が、リーグレットの頭部を捉える。戦槌を構える。

ドギンッ、と金属同士の衝撃音が鳴る。

義肢とはいえ、ただの人の脚。それと、殴殺するための武具である戦槌。

二つが、拮抗していた。

 

「ぬ…ぐっ!」

 

リーグレットの口から漏れる苦悶。脚が地に沈み込む。

 

──なんという速さ!!そして重さ!

 

影騎士を倒した一幕は見ていた。その上でなお、想像以上の威力。

 

──理不尽にもほどがあるだろう!?

 

戦意が萎えかける。たったの二発、しかも防いだ。その上で簡単に体力をごっそりと持っていかれた。

矮躯から繰り出されるただの蹴りが、かつて受けた破城槌よりもはるかに重い。

脚を引いて、曲げて、振り抜き、蹴る。そういう動作をする以上、単に腕を振るより時間がかかるはずである。

にもかかわらず、防御を間に合わせるのがやっとである。

遅いのに、速い。軽いはずなのに、重い。

矛盾した一撃。

 

「……ガアッ!!」

 

裂帛。弱気になりかけた自分を奮い立たせる。まだたったの二撃。

わざわざ、こんな舞台を仕立て上げたのだ。

この程度で終わってしまっては、面目が立たないどころではない。

 

戦槌で振り払い、右脚をやや後ろに。踏み込みの姿勢。

目に映るのは、わずかばかりの驚きを湛えた女の顔。

 

──まだだ!!

 

女が着地する、その寸前。距離を詰める。

 

──まだ、こんなもので驚いてくれるな!!

 

女の爪先が、着く。

 

一歩。

 

踵が、着く。

 

二歩。

 

片脚は、まだ宙に。

 

三歩。

 

「ォォオア!」

 

繰り出す戦鎚。フェイリアはそれを見据えると、まだ宙にある片脚を曲げ、捻り、受ける。

ゴキィンと、空気が鳴動する。

足の裏で受けたのだ。

受けたまま、爪先をぐねり、と曲げる。戦槌の先端を掴む。

生半可な義肢や具足では不可能な芸当であった。

そのまま引き寄せる。

リーグレットは、前方に突き込んだ姿勢である。

踏ん張りがきかない。ゆえに、たやすく引き寄せられる。

その近付いた胸鎧にとん、と脚をかけ、肩にとん、と乗り、飛ぶ。

 

たちまちに、見上げるほどの高さへと舞い上がる。

 

「これも受けるか?」

 

風車のような縦回転。勢いをつけた一撃。

ぶるりと、全身の産毛が総毛立つ。

 

「それは無理だなッ」

 

受けてはダメだ、と直感が訴える。

きっとあれを受けたら、自分はあの影騎士のようになってしまうだろう。

総身を分かたれ、しみになる。きっとそうなる。

未来予知の奇跡を授かったことはないが、それは確信を持って言えた。

 

躊躇なく、大きく跳んで下がる。直後、轟音。

 

大地が、まるで隕石が落ちたように弾けた。

 

「出鱈目!」

 

現実離れした光景に、笑いが出る。

巨獣の踏み込みですら、ああはなるまい。

大地が爆発したように、天地が逆さになったように、土が、雨あられと吹き上がる。

その光景を目にしながら、両脚に力を込める。たちまちに塞がる視界。

みちりと引き絞る筋肉。四方に弾けた土塊を意に介せず、突進。

 

礫が顔に当たりバチバチと音を立てる。目は閉じない。しかし、姿は見えない。

それでも正面にいるであろうという確信、そして信頼。

 

跳んで開いた距離を詰める。

 

──そこにいるだろう!?

 

声には出さない。

しかし、やはり、いた。

 

地を這うがごとく、駆けてくる。互いが突撃することを信じた、正面衝突。

しかしフェイリアのそれは、リーグレットのそれより更に低い。胸が、地と平行になるほどの低さ。しかし頭は前を。その眼光が、物理的な鋭さを持つと錯覚するほどの力強さで射貫いてくる。

 

「下!」

 

戦槌は、もう間に合わない。巨大な盾を横薙ぎ。即席の大剣とする。

 

まともな人が、まともにくらわば、たちまちに上と下が泣き別れとなる、一撃。

 

その横薙ぎが届く、前。

駆ける勢いのまま右手を地に着き、その反動で身体が浮き上がる。前方宙返り。

 

ぎゃり、と回転する身体。

 

「上だ」

 

跳ね上がった身体が、さらに騎士の目前で錐揉みする。

 

鎌のように回転する鈍色の脚。狙いは、首。

 

回避は、できない。

 

戦槌を掲げ、即席の防御とする。

 

バギィン。

 

「ぬっ、ガァ!」

 

ぱっとこめかみから弾ける鮮血。バキリ、と固い何かが砕けた音。

堅牢であるはずの、首鎧がひしゃげた。

 

「……まだまだ!」

 

咆哮。盾を捨て、空いた片腕で拳を叩きこむ。鋼鉄の篭手で包まれたそれが、フェイリアの脚を捉える。

金属同士の甲高い衝撃音。

 

互いの距離が開く。

 

リーグレットの立ち位置はそのまま。

フェイリアはとん、とん、とダンスのステップのような軽い足取りで。

 

最初の、問答の位置に戻った。

 

 

 

「硬いな」

 

フェイリアの言葉。込められた意は確認と、わずかばかりの賞賛。

四撃。加えた攻撃。

その全てが、並みの近衛騎士などなら、それだけで地面の染みとなる一撃だった。

たとえ運がよく、生き残ろうとも、その後に精神が折れ、立ち上がれない。

そんな連撃であった。

そのことごとくを防がれ、あるいは避けられた。

 

硬い、とは精神と肉体。その両方に対しての讃嘆であった。

 

「そちらは、重いな」

 

リーグレットはぐっ、ぱっと指を閉じ、開く。五指もろともに無事である。

その事実に少し安堵する。

盾も戦槌も、攻撃を受けるたびに指がちぎれとんでしまいそうであった。

気付けば、傷一つなかったはずである大盾は、その表面がいびつに波打っている。

ドワーフの鍛えた盾が、である。

並みの防具なら、紙よりたやすく食い千切られていたであろう。

 

周囲で見守っていた群衆が、ここでようやく一呼吸つく。

祭り気分は、すっかりと雲散霧消していた。

小さな幼児から、杖付く老人まで、誰一人として目が離せない。

戦争のような激烈な攻防が、二人の間で行われていた。

 

「いや、これは、きついな」

 

リーグレットのこめかみから血が流れる。頬を伝わるそれを一筋ちろりと舐めとり、口に含む。

血の味。鉄の味。味覚が正常に機能することを確認する。

嚥下。口腔の動きも、問題ない。

 

まだ、いける。

 

「よし!続きといこう!」

 

快活に吠える。そこには、負けて糧になってやろうというへりくだった精神は、霞のように消えていた。

 

「まあ、なんだ。戦う前はああ言ったがな。実のところ、腕試しをしたいというのが一番大きいんだ」

 

「最初からそう言えこの脳足らずのクソバカめ」

 

「そこまで言うか?」

 

「足りないくらいだ」

 

クク、と二人は笑いあった。

 

長年連れ添った友人同士の語り合いのような、晴れやかな笑みだった。

 

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