肌を突き刺すような熱を感じ、意識が覚醒する。
ゆるりと開いた瞼の隙間から、顔を半分ほど隠した太陽の光が入り込んでくる。
光に慣れた目に映り込むのは、見慣れた調度品と、包帯でぐるぐる巻きになった自分の身体。
どうやら治療院ではなく、住み慣れた拠点で寝かされているらしい。
(負けたなぁ)
そう内心で一人ごちる。
(派手に負けた)
見せ札も、切り札も使った。 全身全霊だった。 リーグレット・アド・ウルカリスという存在の全てを使い切って、負けた。
(気持ちのいい負けだった)
負けを覚悟していた。 それは事実だ。 そうなるために舞台を整えたのだ。
が、まるで敵わなかった。 なるほど、彼女の言う通りであった。
あれからどれだけ経ったのだろうか、彼女はもうここにはいないのだろうか。 日が沈んでいることから、最低でも数時間。 あるいは一日か。
他愛のないことを考えながら、思わず目を背けたくなる陽光に身じろぎし、次の瞬間に襲いかかる激痛に身悶える。
「はぉぐ……んぎ……〜〜ッッ!!」
生き物をシメたような、なんとも残念な目覚めの第一声である。
その姿を、今の今まで看病を続けていたラトリアは暖炉の燃えカスを見るような無機質な瞳で見下ろしていた。
それに気付いたリーグレットは横にいたのか、と見苦しい姿を見られた羞恥を我慢し、できるだけ落ち着いて挨拶をする。
「……やぁ、ラトリア。 おはよう」
「はい、おはようございます。 夕暮れですが」
「あれからどうなった?」
「二日経ちました」
思ったよりも時間は経っていたらしい。 これはもう彼女はいないだろうな、と諦めがついた。 最後に一言挨拶でもしたかったが、まああれだけ暴力を交わしたのだから良しとしよう。
「そうか……心配をかけたかな?」
「迷惑ならかけました」
……あ、これ怒ってるな、と察したリーグレットは視線から逃げるように顔を逸らす。 再び走る激痛。 身悶える。 燃えカスを見る目がカスをどう捨てようかと見る目に変わる。
気まずい沈黙が漂う。
どうやら相当に怒り心頭らしい。 心当たりは──心当たりしかない。 まずい。
なにか話題はないか、怒りの琴線に触れない、当たり障りのない──。
「そうだ、フェイリアはどうした?」
誰が見てもバレバレな、露骨な話題逸らし。 齢一桁の子供か。 こうもあからさまだと怒る気も失せたのか、ラトリアはため息を吐きながら仕方なしに応じる。
「彼女なら──」
ラトリアが振り向いた先。 それに釣られてリーグレットが目線のみを向けると。
「なんだやっと起きたのか」
入り口の片方しか残っていない門扉を開けながら、入ってきた彼女がいた。
普通にまだここにいた。
決闘前と、なんら変わりない。
あれだけの激戦を経て、なんの痛痒も感じていない様であった。
違いがあるとすれば、仮装のためなのだろうか? なぜかいつものドレスではない一般的な村娘の装いに、片手に下げたバスケット。 しかし醸し出す雰囲気がその装いのもたらす欺瞞効果を台無しにしていたが。
こんな村娘がいてたまるか。
「仮装でもしているのか?」
「あ”?」
これも怒りの琴線らしかった。 どうすればいいんだ。
「っげほん……腹立たしいくらいに変わらないな君は」
「私は最強だからな」
咳払いからの言い直しに対して簡潔に言い切る彼女を見て、実際にそうなのだろうな、と思う。 少なくとも、リーグレットには自分が仮に五人いたとしても勝ち筋を想像できなかった。
十人ならどうか、と思考を展開するも最初の大切断で三
これ以上はやめよう。 何が悲しくて自分の惨殺死体を思い浮かべなくてはならないのか。
「あ、リーさん起きたんだ」
「団長おっそ」
「ただいま帰りましたー」
「賭けは私達の勝ちだねー」
フェイリアの背後から団員達がどかどかと続いて入ってくる。 が、なんだか全体的に団員からの扱いが雑になっている気がする。 というかなんだ賭けって。
リーグレットが問いただす前に、フェイリアがふと首を傾げる。 何か気になることがあるのか? と視線を巡らしてもそれらしきものはない。
「一応顔は避けてやったはずなんだがな。 どうしたそのツラは」
ツラ? と言われ無事なほうの片腕で頬をぺたぺたと触る。 切り傷は、ない。 痣をこさえたように、鈍痛が走る感じも、ない。 が、しかしなんだか妙にこわばっているような、と離れた位置にある姿見を痛みを堪えてよいしょ、と覗いてみると。
両頬が熟れたトマトのように、しこたまに腫れ上がっていた。
「……!?」
「私がやりました」
問い詰めるまでもなくラトリアが自供。 犯人はすぐ隣にいた。 刑事さんこいつです。
「とぼけた顔でいつまでも寝ているのに無性に腹が立ちまして」
「容赦ないなお前」
フェイリアの言葉。 リーグレットも口には出さないが同意した。
流石にここまでしなくてもいいじゃないか、と。
「三発で済ませてあげました」
──たった三発で起きたのが残念。 そういう声である。
つまりリーグレットは夕日の光でも自然の覚醒でもなんでもなく、ラトリアの平手打ちで強制的に目を覚まさせられたのだ。 情緒もクソもない。
「勝手に喧嘩を売って勝手に出奔して、半月も連絡なしで帰ってきたと思えば全治四ヶ月。 見捨てられないだけマシでは?」
ラトリアによる弾劾。 犯人ではなく検察官であった。 しかしそうして事実を陳列すると本当に酷い。 字面だけでいえば放蕩癖のあるダメおやじである。
ちなみに四ヵ月の内訳は全身の打撲、筋肉の炎症、右腕の複雑骨折、頭部裂傷、両脚の筋膜損傷。 魔力の枯渇による疲労。 そのほか細かい切り傷擦り傷が無数。
「その間、うちの稼ぎはどうするのか考えてました? 依頼も半減、店も営業停止、治療費と維持費で貯蓄は目減りするばかり」
家計のやり繰りで苦悩するお母さんそのものである。
そのお母さんが言葉のナイフでダメおやじをざくざくと刺してくる。 フェイリアの蹴りのほうがよほど優しく思える。
「それは……その……すまない」
謝るしかない。 何も考えてませんでした、などと言えるわけがない。 言ったら今度こそ三下り半を叩きつけられる。
謝りながらもフェイリアをチラ見する。 四ヶ月の重傷を負わせた張本人はここにいるが、そちらには何かないのかという無言のアピール。 死なば諸共としがみつく。 実に無様である。 これが伝説の騎士団の末路だと誰が信じるだろうか。
「大怪我をする前に一応止めたぞ、私は」
「彼女は被害者です」
あっさりと蹴り落とされる。 真犯人と検察はグルであった。
しかし止められた記憶はないような──。
──『それで? 諦めるか?』
──『……それは、少し勿体ないな』
まさかアレか。 そういえばそんな会話をしたような気もする。 が、あの場の雰囲気で簡単に止めるわけにもいかないというか、売り言葉に買い言葉というか、諦めたらそれはそれで格好がつかないというか。 何かいい言い訳はないかと口をもごもごとさせるリーグレットだったか、そもそもの舞台を作ったのが本人である以上、逆転勝訴の可能性は一つもなかった。
「……ちなみに賭けとは?」
「貴様がいつまで寝潰れているのかだな。 昨日までには起きるかと思ったんだがなぁ。 期待外れだ」
一方的にボコボコにしておいて起きてこなければガッカリする。 なんという理不尽。
「ちなみに私以外の全員は明日まで起きない方に賭けた」
もう全員ろくでもない奴等である。 重傷で寝込む頭目を賭けの対象に盛り上がる、自分はそこまで嫌われているのか……? とずぅんと落ち込む。
──仲良くやっていけてるつもりだったのにな。
「まあ、賭けは賭け。 負けは負けだ。 喜べ、私を負かしたのは貴様が初だ」
喜べるわけがなかった。
ちなみにリーグレット本人は預かり知らぬことであるが、フェイリアは気絶した彼女を連れて行く際に片脚をむんずと掴むとそのままずるずると引き摺っていった。 瓦礫に頭がゴンと当たるたびに「ぅ……」とくぐもった声が漏れるのを無視しながら。 本来真っ先に抗議すべき団員達も黙って見送る始末である。 一部なんかは拍手もしていた。
つい先ほどまで美しい友情のぶつかり合いのような、神秘的な光景を見ていた気がしたのだが、狩りで仕留められた獲物でももうちょっとマシな扱いをされるのでは……? というその有様に、群衆からは憐れみの視線を向けられていた。 フェイリアがこの地を去ってからもその後しばらく、住民からは生暖かい目で見られることになる。 だがリーグレット本人がその理由を知ることはついぞなかった。
「さて、私は明日の朝にもここを発つ」
「……そうか」
リーグレットにとってはフェイリアと出会って会話を重ねたのは実質たったの二日でしかないが、これまでの人生のどの二日間よりも濃厚で鮮烈であった。
「だからその前に一つ教えておいてやろう」
「?」
「それなりに楽しめたからな、褒美だ」
そう言いながら彼女は、脚を組みながら椅子に腰かける。
半月前、最初にここを訪れた時と同じように。
「多少話が長くなるからな。 おいエギーとリーラ、飲み物を人数分持ってこい。 あれば茶菓子もだ」
「うっス」
「はいっす」
「ラティとテレースは卓を用意しろ」
「「はい!!」」
その指示に従いテキパキと動き出す団員達。 さきほどからやや気にはなっていたが、なんだか妙に打ち解けている。 そもそも賭けで盛り上がるような関係ではなかったはずだ。 抱く疎外感。 自分がいない間に、あるいは眠っている間に何があったのか。
「釈然としない顔をしているな?」
知りたいだろう? という挑発の笑みを浮かべた顔。
「なにがあった……?」
嫌な予感がする。 聞かないほうがいい気もする。 だが聞かざるを得ない。
「貴様についての愚痴り合いで意気投合しただけだ」
「本当に何をしているんだ!?」
聞かなきゃよかった。
そうしてしばらくのち、全員が席に着くのを見計らってからフェイリアはゆっくりと話し始めた。 司祭が教会の子供に読み聞かせるように、優しい声で。
「私のコレは、”呼び水”だ」
コレ、とは義肢のこと。 白魚のような指でコンコンと叩く。
「貴様が最初に気付いたように、魔物、魔族にも気付くやつはいる」
確信を持った声。 幾度かの経験をしてきているのだろう。
魔王と同質の気配。 人間より魔物のほうが気付く者が多いのは道理である。
「気付かなくとも、虫のように無意識に引き寄せられる」
魔王の気配を感じるから、魔物の本能としてはせ参じる。
なるほど、それも理解できる話である。
「三ヵ月、私がひとつ所に滞在できる期限だ。 一切、何もせず、ただの村人のように振る舞いっていても、いずれ奴等は集まってくる」
それが、彼女が目覚めてから今までの七年間、定住せずに旅を続けてきた理由。
「エサに群がる蟻のごとく集ってくる。 その上限が三ヵ月だ」
そう、まさに唾棄すべき存在だ、と言うように吐き捨てた。
「……君の強さなら追い払うこともできるのでは?」
「勿論容易い。 試しもした、が、ダメだな」
そう語る彼女の顔には、今まで一度も見たことがない後悔の色が一瞬浮かんで、消えた。
「十や二十ならどうでもいい。 その土地の騎士なり冒険者なりでカタがつく。 組合とて気付きもしないだろう」
言われて想像する。 多少魔物が寄ってきたところで、先月よりは依頼が多いな、程度の感想で終わる程度のものだ。
「私がひとつ所に留まり続けた場合、最悪で五百を超す集団が殺到してくる」
「五百……」
魔物が五百体。 とてつもない数である。 対処するには、国家騎士団や軍隊が必須となる大軍である。
「あくまで引き寄せられるだけだ。 そこに明確な目標はない。 統率されてもいない。 なら、そんな奴らが途中で、あるいは私という目的地で他の生き物を見かけたらどうすると思う?」
五百を超える大集団が、人里を襲う。
そこで起こるであろう光景は、十五年前を知り、この世界に生きる誰もが容易く想像できるものであった。
「それが、私が人里を避けて旅を続ける理由だ」
しかしそれは、彼女が彼女である限り、永遠とついて回る宿業。
彼女の責ではないというのに、無理矢理に背負わされた十字架。
贖罪の旅。
その旅路の果てに──
「終わりならあるさ」
あまりにもやわらかな笑顔で、何かを諦めたような口調で言うものだから、一党全員が最悪の言葉を連想する。
「それは私が─
──死んだ時
「魔王をぶちのめした時だ」
なんて?