一般通過異世界転生者
人里離れた正教会の長い椅子に座り、神父は祈りを捧げている。
その身体は、至る所を燃やされ切り裂かれ、夥しい量の血を教会の床へと溢しながらも、手を合わし天使の像へと願いを伝える。
どうか、神が人々を救い導く様に。
どうか、我らの魂が天国へと行ける様に。
「我々をお導き下さい、ミカエルさ……ま……」ドサッ
最後の祈りを捧げていた神父の首が、教会の床へと転がり落ちる。
そして神父の首を無惨にも切り落とした一人の小柄な少女は、その落ちた首に唾を吐きかけると、静かに天使の像を睨んだ。
「……百年だ。 百年の間、私達魔女はお前達に住処を追われ、故郷を奪われ、あまつさえ関係のない家族や友の命まで奪われた。
……私達は忘れることは無い、必ずやお前が愛し、私達を迫害した人間共を殺し尽くし、今度はお前に私達の気持ちを味合わせてやる」
「……魔女、【リア・ハルト・グース】の名と共に……」
月明かりが教会の中に入り込み、血に濡れた少女の短刀を照らす。
黒く色褪せた魔女帽子を被り、黒いローブを身に纏うリア・グースはそう言い残すと、無造作に手を振りかざした。
その振り下ろした先では、一瞬にして現れた燃え上がる炎が教会全体を燃やし、灰となった教会の柱が勢いよくスタンドガラスへと倒れた。
物凄い音と共に教会は赤く燃える炎に包まれ、その光景を見届けたリア・グースは外で待つ数十人の、十五歳ほどの少女達へと告げる。
「我らを迫害し、罪なき者まで殺めた人間」
「そして……何よりもそれを知っていながら人間に力を貸し、私達を魔女に変えた神々……お前達も辛い思いをして来ただろう」
リア・グースの言葉に、魔女達は静かに涙を流す。
「……しかし、それもこれまでだ。
私達は魔女に変えられたその時から復讐の為、殺された家族や友の為、苦しみに耐え生きて来た」
「いよいよ最後だ、親愛なる魔女達よ……」
リア・グースの担当がとある方角を指す。
そして何処からか木々の間から飛んできた箒が、リア・グースの元へと来ると、主人を待つように浮かんで止まった。
「目指すは【サン・ヴェンガンザ】。
人間共の最後の村を……根絶やしにするぞっ!!」
リア・グースの言葉に魔女達は声を上げる。
そして飛び去ったリア・グースに一人、また一人と箒に腰掛け、遥か彼方に飛び去って行き、後に残ったのは彼女達の怒りを体現するかのように、燃え上がる正教会だった。
血が黒く変色したような色の木々が辺りを埋め尽くす森の中で、頭に捻じれた二本の角と、背中に禍々しい翼を生やした18歳程の少女は、目の前にある見上げるほどの大きな門へと語りかける。
「……百年、我ら悪魔の魂は地獄へと封印され、幽閉されその多くは未だ地獄の炎で焼かれ続けています。
犯した罪に比べ、重すぎる罰に、我らはこの百年の時を苦しみと共に過ごしました」
「しかし……それもこれまで。
我らは遂に解放される! 必ずやこの地獄の門を開き! 地上の人間共を蹂躙し、貴方を地獄に追放したあの神々へと復讐いたします!
……悪魔、【アズラダール】の名の元に」
血のように赤く染まった目で少女は、門を見つめる。
その固く閉ざされている門には三つの鍵があり、その鍵穴は既に三つの内、二つがこの少女と他の悪魔によって開けられていた。
「……【サン・ヴェンガンザ】、古き契約の地。
くくくっ……人間共よ、恐れ逃げ惑うがいい……貴様らの魂ごと、このアズラダールが喰らってくれるわ」
豪華絢爛な雰囲気の真っ白な教会、天井に吊るされたシャンデリアに空を飛ぶ天使が魔法を唱えると、教会全体の蝋燭に火が灯り、教会の上に座る大きな翼を持つ年老いた天使と、その前に跪く大勢の若い天使達の姿が火に照らされた。
「……天使達よ、先日神のお告げがありました」
「この人間界を滅ぼさんとする魔の勢力から人間を守り、助けるのだと」
「天使達よ、とある辺境の村、【サン・ヴェンガンザ】に向かいなさい」
「そこに産まれて間もない、しかし後に英雄になる一人の……【人間の男】がいます」
「「「!?」」」
上にいる天使の言葉に、頭を下げていた天使達が一斉に顔を上げ、信じられないといった顔で、上にいる天使を見つめる。
天使、いや大天使【メリエル】は天使達の反応を知っていたかのように頷くと、再度先程の言葉を繰り返した。
「……天使達よ、何としても守り抜くのです。
……そして願わくば、英雄の子を産み、育てるのです」
「「「よっしゃああ! 行くぞー!!」」」
メリエルはそう言いながら立ち上がると、教会の奥へと消えていった。
その途端、今まで静かだった天使達は、背中に生えた腕ほどの長さの翼を羽ばたかせると、教会を駆け出し、何処かへと飛び去っていった。
「……宜しかったのですか? あ、あのような……その……事を伝えても……」
天使達が飛び去った後、一人の気弱そうな天使が、教会の階段を上がりメリエルの元に行き、話しかける。
その目はどこか不安を孕んでいるが、何か期待をしているような目にも見える。
そんな目の前の天使にメリエルは気付かれないように小さく溜息をつくと、努めて優しく話し始めた。
「……仕方ないのです、我々天使にとって人間は無くてはならない存在。
それに……彼女達もそろそろ我慢の限界が近いでしょう? 貴方だってそうではないのですか? 大天使【ランエル】」
「そ、それは……はい///」
白く純白な布をもじもじと弄りながら、恥ずかしそうにランエルはそう答える。
「……はぁ、くれぐれも彼を腹上死などさせないように」
「が、頑張ります! では私も行ってきますねメリエル」
そうしてランエルは他の天使より少し小さい翼を一生懸命動かし、メリエルの所から飛び去った。
その後ろ姿を見つめていたメリエルは、今日何度目か分からない溜息を溢した。
「……あの子、あれで私より年上なのよねぇ……」
不思議な見た目の木や形容し難い色の水が空を飛ぶ、とある森の中。
木目がぐちゃぐちゃな切り株に腰を掛け、豊満な体を隠すには少し小さい布を一枚だけ体に巻き付けている女性が、目の前の光景に笑みを溢す。
その視線の先には、10歳ほどの少年がおり、女性はその少年を穴が開くほど、じっと見つめていた。
「……十年前の魔女侵攻、悪魔と天使の長い戦争。
……そして、古い神達の再誕」
女性は少年から目を離すと、不思議な色の空を見上げ、溜息を溢す。
「……この世界の人間が激減した今、最早これしか道は無かった」
「異世界で最もこの世界に似た知識を持つ彼に……この世界を救い導いてもらうしか」
女性の目の前には先程とは違う光景が広がっていた。
積み上がった異世界物の本やポスター、そしてパソコンに向かっていやらしい目つきで、キーボードを触る10代の青年。
その青年の部屋には魔法陣のようなものが至る所にあるが、それは全てでたらめな、まるで意味を持たないものばかりだった。
そして部屋のあちこちには魔女が持つような箒や帽子、黒魔術に使うような品の数々。
清き存在の天使達の如何わしい本や、神のお告げと書かれた意味不明な文言が書かれた紙の束。
一目で彼が正気じゃない事は誰の目でも明らかだった。
「……まぁ……これしか道は無い……」
女性は自分の頭を抱え、その様子はとても威厳あるものではなかった。
後悔や呆れが入り混じった声で、不思議な世界で一人そう呟いた………………………………
…………………………
……………………
………………
………………
…………
…………
……
……
……ごく普通の一般的な木造の家の庭、外で小鳥が歌を歌うように囀るのどかな昼下がりに、そぐわない声が響き渡る。
「くるみつおいぱ! くるみつおいぱ!」
「……ねぇ、さっきからそれどんな魔法の詠唱なの?」
「幼馴染の絶壁を、将来的に天高く聳える山の様に大きくするまほ……うぉっ!?」
「っ! 死ね!!!」
長袖の白いシャツを腕まくりし、同い年程の少女へ腕を向け叫んでいた少年は、目の前から飛んで来た重い拳に数メートル程も後ろに吹っ飛び、ぴくぴくと体を痙攣させていた。
目の前の少女の小さい体と腕から放たれた拳とは思えない威力に、少年はぐったりして動けないようだ。
そんな少年にお構い無しに馬乗りになった少女は襟を掴むと、少年を持ち上げ射殺さんとばかりに睨みつけた。
「この前……次は無いって、そう言ったよね?」
「ぉあ……お、覚えて……ないかなぁ?」
「そう……じゃあ思い出させてあげるっ!」
「ちょ!? タンマタンマ! マジで死ぬ5秒前」
少女の拳が風を切り、空気を引き裂き、少年の腹へ深々と突き刺さる。
そして少年は、先程よりもかなり遠くまで木々を薙ぎ倒しながら飛んで行き、まるで撃ち落とされた鳥のように、森の中へ落下した。
「はぁはぁはぁ……相変わらず、硬ったいわねぇぇ!」
少年を殴り飛ばした少女の額には、大粒の汗が流れていた。
そして少女の腕は赤く血管が浮き出ていて、薄っすらと湯気のような物が立っていた。
しかしそれは少女にとっては当たり前の光景なのだろう、特に気にする様子も無く、ふらふらと少年が落下した方向に歩いていった。
「……やっぱりイカれてるよなぁ、ここ」
イカれた怪力の幼馴染、【シエール・フルドラ】。
顔つきは元いた日本的な俗に言うアジア系だが、かなり可愛い。
そして黒い髪を肩まで伸ばしているが、普通と違うのはさっきのように馬鹿力を発揮する時だけ目が赤く光り、身体は湯気が出るほどに熱くなる。
あとぺったんこ、まだ10歳だが恐らく希望は無い。
「はあぁぁ……よっこらしょういち」
あいつに思いっきり殴られ飛ばされた森の中で、倒れた木の上に寝っ転がりながら、俺は今までの事を思い出していた……。
異世界転生物や、魔術やら禁忌やら神や悪魔、天使に魔女。
青春を全てそういった所謂、厨二病的発想に捧げていた俺にとっては、朝眠りから目覚めたら、この世界に赤ん坊として産まれてた時は、心から喜びで打ちひしがれていた。
ここで普通なら何でとかどうしてとか、この異世界に来た原因や意味などを推測したり、探したりする物だが、ぶっちゃけ俺にはそんな事毛ほども興味なかった。
憧れていた世界が目の前に広がっている。
夢にしちゃ長すぎるし出来すぎてるこの世界を、俺はこの十年間で心底気に入ってしまった。
元の世界に戻りたいという気持ちも殆どない……あの痛々しい部屋は片付けてから来たかったけど。
「それにしても不思議な身体だよなぁ」
さっきのシエールも大概だが、あんな一撃を喰らって傷一つない事に、改めて自分の身体の異常な耐久力に気付く。
それも耐久力だけじゃ無い、この世界の俺はまだ10歳にして、この村じゃあ、最強クラスの力を既に持っている。
それは【女を自由自在にできる力】。
……うん、いや馬鹿馬鹿しいよなマジで。
でもこれが本当だから参るんだなぁ……え? 確かに強そうだけど、男と戦ったらただ少し硬いだけのガキだろ、けつ穴確定な……だって?
ちっちっち……それがこの世界じゃこの力アホみたいに強いんだよ……だってこの世界……
「俺以外……全員【女】なんだもんなぁ……」
俺が産まれた年、丁度十年前か。
その時にどうやらこの世界にいる魔女が人間に戦争を仕掛けたらしく、そのせいで戦いに行った男は殆ど殺されたらしい。
そして何とか生き延びた男達も、今度は悪魔に魂ごと食われたんだと。
しかもその時に人間が持っていた、3つの地獄の門の鍵の内、二つを奪われたらしい、オーマイガッドだな。
まぁ、そういう事で人間の男が全員殺された後、産まれた赤ん坊で俺だけが男だったって事だ。
それに俺はこの世界からしたら異世界から来たわけだし、実質俺を抜きにすれば人間の男は絶滅したって事になる……うんジーザスクライストぉ!
「はぁ、でもまだ良く分かんないだよなぁこの力。
結局の所、使い方もあんまり分かってないし……」
シエールに使ってみてもいいが、万が一操っている時の記憶が残っていようものなら、俺はチリも残らないだろう。
だからといってシエール以外の同世代は一人しかいないし、そっちはあいつと違って、暴力を振るったりなんてしない奴だからなぁ。
そういう相手に対して使うのは流石に気が引ける。
そして村のおばちゃん達に使うのは論外……そんな理由が重なり合って、結局一度も使ってないし、使い方もいまいち分からないという、宝の持ち腐れ状態という訳だが……。
「ル、ルー兄様っ! ここにいらっしゃったのですね……」
「んあっ? よぉー、昨日ぶり?」
噂をすれば、ってやつか。
体を起こし、少し離れた木の側に居た少女の頭を撫でる。
すると、目にかかるほどの白い髪の奥で目を細めながら気持ちよさそうに少女は微笑んだ。
全く、可愛いなぁ畜生。
あ、因みに俺の名前は【ルイン・アンダーテイカー】。
決してふざけてる訳では無い、三日三晩ネットに転がるカッコいい言葉集を身漁って決めた、誇り高い名前だ。
翻訳して笑った奴は後で屋上な。
「んぅ……っは! 兄様!
ま、またあの女にやられたのですか? ……許せない、私の兄様を……」
「まぁまぁ、今回は俺も悪かったし、そう怒るなって」
「っ! でも兄様だってあんな暴力を振るう女は嫌でしょう!?」
「いや、そうは言ってもほら、一応同い年の友達だし」
「関係ありません! 友達なら私が勤めます! 兄様が望むなら恋人にもお嫁さんにも喜んでなります! いいえならせて下さい!」
まるで何かのタガが外れたように少女は俺に詰め寄る。
その気迫に押し負けた俺は、うっかり倒れていた木に転んで、後ろに勢いよく倒れた。
すると目の前の少女は大きく目を見開くと、倒れる俺のことを抱き締めた後、自分が下になるように俺を動かし、そのまま草木が生い茂る地面へと倒れ込んだ。
「はぁ……おい大丈夫か? 【ランエル】」
「に、兄様……お顔が……ち、近すぎ……て……///」
「ったく、俺が人一倍頑丈なのは知ってるだろ?」
「け、怪我などされては……嫌ですから……//」
……こんなぐらいで怪我なんてしないんだけどなぁ。
いかんせん真下で頬を赤く染めているこの少女は、俺に対して過保護すぎやしないだろうか?
というか、この光景見ようによっては俺が押し倒しているようにも見えなくは無い。
もし、こんな所シエールに見られでもした……ら……。
「お楽しみ、のとこ悪いわねルイン?」
……泣けるぜ。
「ちょ待てよ……これは誤解だ」
「そうですよ、これからがお楽しみなんですから……暴力猿は引っ込んでいて下さい」
シエールに慌てて起き上がり向き直る俺の後ろに抱き付きながら、ランエルは耳元でシエールを睨みつけながらそう言い放った。
……おいおいおい死んだわ、俺。
「……ランエル、今私に向かったなんて言ったのかしらぁ?」
「ふふっ……耳が悪いのですね? 力の強いお猿さん?」
「殺すっ!!」
「あっはは! 殺せるものなら殺してみなさい!」
一気に湯気が辺りに立ち込める。
次の瞬間、その濃い霧の中から赤い二つの光が飛び出し、凄まじい熱気を持つ細い腕がランエルの居た場所を正確に射抜く。
が、拳は何に当たることもなく俺のすぐ横で止まる。
しかし、その衝撃波は俺のすぐ後ろの木々を軽々と薙ぎ倒し、土の地面を叩き割り、俺の家程の大きな岩を砕いた所でようやく止まった。
断っとくが、シエールはまだ10歳の少女だ。
「シ、シエール……? ひょっとしてマジ切れしてる?」
「この上ないくらいにね……!!」
シエールは顔を歪ませ、汗を大量に流しながらも避けたランエルに向き直る。
流石にまだ長くは力を使えないみたいだが、それにしても出鱈目だろ……。
「はっ……逃げてないで……かかって来なさいよ……?」
「……考えも無しに力を使ってばかりでは、本当にお猿さんですよ?」
「っ! なっ!?」
シエールから出た濃い霧の中から、ランエルが飛び出す。
そのスピードは一瞬で離れたシエールに近づき、攻撃を繰り出すには十分だった。
刹那、シエールは赤く染まった目を見開き、腕を振り上げる。
が、それよりも早く……シエールの懐に飛び込んだランエルはいつの間にか、手に光る白い剣を持っていた。
その小柄なランエルと同じ身長ほどの長い刀身を、意図も簡単に振り上げると、ランエルは腕を振り上げるシエールの無防備な横腹へと、勢いよく叩き付ける。
「…………ぇっ?」
シエールの困惑の様な声を最後に、彼女の身体がずるりと地面へと落下する。
「全く……脆いですね、この程度で死ぬなんて」
「え……あ、お……おい……シエール……?」
剣を地面へと突き刺し、落胆する様にシエールを見つめるランエル。
ランエルが見つめる先には、俺が産まれた時からずっと一緒だった幼馴染、シエール・フルドラの【上半身】が夥しい量の血の海の中、転がっていた。
「お、おいランエル……お、お前……何で、シエールを殺してんだよ……?」
「? 可笑しな事を言うのですね兄様……兄様を傷付けるこの女を、殺すのに理由なんて必要ありません」
「いや……そうじゃなくて……」
「兄様が悲しまれる必要はありません、悪いのは全てこの女なのですから」
そう言いながら、ランエルは地面に突き刺していた剣を引き抜き、ぴくりとも動かないシエールの首元に深く差し込んだ。
肉と骨が切れる音、そして血が吹き出す嫌な音が辺りに響き、シエールの頭を切り落としたランエルは、血に染まったその首を持ちながら、それを全く気に留めてないかの様に、頭を悩ませた。
「うーん……でも仮に人間を殺したのだとしたら、メリエルに怒られてしまいますね、失敗です……」
「な、何を言ってるんだ……? お前は……さっきから、何を言ってるんだよっ!!」
「ひう……ど、どうされたのですか兄様……?」
どうしたもこうしたもねぇだろ、ランエル。
お前はこんな事を平気でするような奴じゃなかった筈だ。
何でお前、仮にも一緒にこの村で育って来た幼馴染をそんな風に殺せるんだよ……? 確かにシエールは少し暴力的な奴だったが、それだけじゃねぇか。
それにシエールはきっと本気で殺そうとしてた訳じゃない、少し悪ふざけが過ぎてしまっただけだろ。
そんな何処にでもいる少しヤンチャな少女を……何でお前は殺してんだよ……?
「……お前の事がよぉく分かったよランエル、お前はそうやってこれからも、何の躊躇いもなく向かって来た人を殺すんだろ……?」
「……兄様に害ある者なら」
「ははっ……口を開けば兄様兄様って……ふざけやがってっ!!」
「兄様、取り敢えず落ち着いて下さい……そんなにこの女が大切なのですか……?」
「あぁそうだよ……! 俺は何だかんだ言って、こいつの事が好きだった……少なくとも、顔色も変えずに幼馴染のシエールを殺したお前なんかよりはなっ!」
ランエルは俺の言葉を聞いた後、可愛げのある小さな顔を歪ませ、泣きじゃくった。
兄様兄様、とランエルは涙を溢しながら俺のことを呼んでいたが、そんな言葉はもう俺の耳には届かなかった。
シエールの下半身、上半身、そして頭をどうにか着ていたシャツで包み、血が滴り続けるまだ暖かい身体を担ぎ上げると、泣きながら俺に擦り寄ろうとするランエルを睨み付け、その場を後にした。
「……ごめんなぁ、シエール……守れなくて」
肩に乗っているシエールから内臓が溢れないように運びながら、俺は動かないシエールに話しかける。
こいつを早く何処かに埋めてやろう、きっとこんなバラバラの状態じゃあ碌に天国で歩けもしないだろう。
早く何処かに穴を掘って……それで……何か糸でこいつの身体を繋ぎ直して、元の綺麗な身体のまま、眠らしてやろう。
「ははっ……後悔先に立たずってマジなんだなぁ」
「………………ぅぁ…………」
シエールが死んだという実感が、三つになった小さな身体を運んでいる時、少しずつ自分の中で湧いてくる。
そうして、そんなやるせない後悔の気持ちに涙を流していた俺は、肩で微かにシエールの口が【動いた】事に、気づく由もなかった。
「……」
あれから、一時間くらいか……?
シエールを担いだまま、家まで戻った俺はシエールの血で染まった体を一先ず洗い流し、その後家のタンスから糸と針を手に入れた。
幸い、家にこの世界で俺を産み育ててくれた両親は居ないようで、一先ず心の整理を付ける時間はありそうだ。
そうして庭まで戻った俺は、家から持って来た大きいタオルを庭に敷き、その上にシエールを横たわらせた。
シエールは時間が経ったからか血は殆ど出ていなく、軽く身体を拭き取った俺は、シエールの着ていた服を全て脱がし、腹と腰の縫合を始めた。
「……ごめんな、恥ずかしいだろシエール? 今なら特別に殴ってくれてもいいんだぜ……」
当然、シエールは動かない。
分かっていたがこんな事をしても指の一つも動かさないシエールの姿に、俺は腹の肉に糸を通しながら、また涙を流した。
初めてやった人の縫合だったが、前の世界では魔法陣を書いたりしていたお陰か、それ程難しくはなかった。
ただ、やはり切られた内臓や中の肉まで繋ぎ直すのは無理があり、上半身と下半身は何とか繋ぎ終わったが、きっと雑に扱ったりしたら直ぐにまたバラバラになってしまうと思う。
内臓もどうにか中に詰め込んだが……縫い付けた隙間から溢れてきたりは流石にしないよな……?
「……後は……頭だけか……」
身体の縫合を何とか終えた俺は、ハエが集らないために布を巻いていたシエールの頭を取り出し、首との縫合に取り掛かった。
……こうして見ていると今にも目を開けてきそうな気がする。
丁寧に首と頭を縫い付け終わった頃には、辺りが少し暗くなってきていた。
思ったよりも時間がかかったらしい、両親が帰ってくる前に早く埋めてやろう、シエールの親には……明日伝えればいいか。
今日は出来るだけ早く休みたい。
「……兄様」
「……何しに来た……ランエル」
シエールの着ていた服を桶に貯めた水で洗い、それを縫合が解けないように、シエールの体に慎重に着せていた時、俺から少し離れた所にいつの間にか居たランエルが、声を掛ける。
「あの……謝罪を……しに……」
「これを見て分からねぇか? 俺は今お前の謝罪なんて聞きたくない、それとも何だ? シエールみたいに俺も真っ二つにでもしに来たか」
「……わ、私はそんな事決して」
「あのさぁ……! いいからとっとと消えろよ!!? それとも謝れば許してくれるとでも思ったのか!?」
「……はい」
「……っ! テメェ……」
どうやらこいつは俺が許してくれると思っているらしい。
こんな時にのこのこ現れて、自分のした事で俺がどんなに苦しんでいるかも知らずに……謝れば許される? どこまでもクソったれな奴だな、ランエル。
「……二度目は無い、消えろ」
「……兄様、早くその女から離れて下さい」
「……二度目は無いと言った筈だっ!」
聞き分けのないランエルに頭に来た俺は、拳を強く握りランエルの方へ走り出す。
もう我慢なんて出来ない、シエールの仇に一発ぶん殴ってやる。
「兄様」
「黙れっ!!」
「その女は……【まだ生きています】」
「…………は?」
ランエルの言葉に思わず、足が止まる。
生きている? 何を馬鹿な事を……他でもないお前がシエールを殺したくせに。
「私もっ……まさかとは思いましたが……そこに寝てる姿を見て確信しました」
「な、何を言って……」
ランエルはそう言いながら、俺の背後を睨みつける。
「おかしいとは思っていました……その怪力といい、その目の色といい……でもそれも【人間ではなかった】のなら納得がいきます」
「だ、だからお前はさっきから何を言って……」
「正体を現しなさい……」
ランエルは俺の目の前で、背中に生やした【鳥の様な白い翼】から白い剣を生み出すと、その場でじっと構えを取った。
「あーあ、バレちゃった」
聞き慣れた声だった。
子供の頃からずっと側にいた少女の声だ、聞き間違えるはずがない。
その次の瞬間、ランエルがすぐ目の前にいた、手に持つ剣を俺の後ろにいる【何か】に突き刺しながら。
「ちっ、後少しだったのになぁ……」
「……その捻り巻かれた二本の角……貴方【悪魔】ですね……」
「……シ、シエール?」
俺はゆっくりと後ろに振り向く。
そしてそこに居たのは、俺がさっきまで体を繋ぎ合わせていた少女。
動かない死体だった筈のシエールは確かに俺の前に立っていた、首には俺が縫った後があるから間違いない。
しかし……その頭には見覚えのない二本の羊の様な角があり、その背中にはまるで蝙蝠の羽のような、禍々しい翼が生えていた。
「お、お前……何だよそれ……?」
「これが私の本当の姿だよ? ルイン」
「い、一体どういう……」
「シエール・フルドラ……私が彼女を【喰ったんだ】、その魂ごと全部」
「兄様から離れろっ!!」
「おぉー怖い怖い」
ランエルの剣がシエールの首に目にも止まらぬ速さで迫るが、シエールはそれを軽々と長い爪で弾き返すと、俺とランエルから距離を取った。
「ルイン・アンダーテイカーの幼馴染……シエール・フルドラは産まれてすぐに私に魂を喰われ、私はその身体に乗り移った……。
それは……君を殺すためだったんだけどなぁ、ルイン?
でも……そこの天使がどうしても邪魔でねぇ……まさか天使のゴミ共の中でも更にゴミの大天使がいるとは思わなかったよ」
理解がとても追いつかない。
目の前の光景が俺にはとても現実の物とは思えない、そんな事はまるでお構い無しに、目の前の悪魔は話し続ける。
「いやぁ実に滑稽だったよぉ? 中身が私とも知らずに過ごす君達はさぁ? それに君は私がそこのゴミ天使に殺された時、涙を流して私の身体を直してくれたよねぇ? お陰で、回復が早まって助かったよぉ……。
あぁ……本当に後少しで……殺せたのになぁああ」
「……兄様は殺させません」
「殺すよぉ、その為に私はここにいる。
……そういえば、申し遅れたねぇルイン?」
そう言ってシエールの姿をした悪魔は名を名乗る。
「……大悪魔アズラダールの右腕にして、破壊と暴食の権化。
【大悪魔 アズモワール】、君をこれからズタズタに引き裂く、悪ぅーい悪魔さ」