誰ソ彼怪異譚 作:躁鬱
004
つぐみのその言葉を聞いて、ヒナは跳ねる様な勢いで立ち上がった。
「どういうことつぐちゃん……お姉ちゃんの目治るの!?」
「お、落ち着いてください日菜先輩……!私も直接知ってる訳じゃないんです……」
「つぐもアタシたちも、『心当たりのあるヤツに心当たりがある』って感じなんです」
「すいません、つぐが紛らわしくて〜」
掴みかかる勢いでつぐみに詰め寄ったヒナをなだめるようにして、巴とモカがつぐみの言葉に付け足した。
「その『心当たりのある人』って、お医者さん?蘭たちのかかりつけのとことか?」
「でもあこ、病院はおねーちゃんと同じとこだけど別にふつーの先生ですよ?」
「あー、別に医者じゃないんだけど……こういう変なことの専門家っていうか……」
「一言で説明するの難しいよね……」
アタシとあこの疑問に、巴とひまりは困った様に答えた。どうやら医者ではないようだ。
しかし、医者じゃないとしたら、その『心当たりがあるやつ』とは一体どんな人なんだろうか。
「羽沢さん」
アタシがちょうどその疑問を頭に浮かべていた時、紗夜がつぐみを呼んだ。
その厳しい表情を見るに、紗夜はつぐみたちのいうことに懐疑的なようだ。
「私は、今日まで何件も病院に行きましたが、この目が見えなくなった原因は分かりませんでした。大学病院や専門施設で検査をしても何の結果も出ませんでした。それを医者でもない人間が解決できるとはとても思えません。──気持ちは嬉しいですが、元気付けるために無責任に希望を持たせる様なことを言っているのであれば、やめてほしいわ」
見えないはずの紗夜の目が、剣呑な視線で正確につぐみを射抜いていた。
「無責任じゃありません」
そして、つぐみはその視線をまっすぐに受け止めていた。
「私は、できるのならば紗夜さんの力になりたいです。こんな形で紗夜さんがギターをやめてしまうのも、Roseliaを抜けてしまうのも、──みなさんがバラバラになってしまうのを、見たくありません」
それに、とつぐみは言葉を続けた。
「私も、根拠なくそういうことを言った訳じゃないんです。──私も、
「……? 羽沢さん、それはどういう……?」
「
つぐみの言葉を、蘭たちは否定しなかった。皆神妙な面持ちで沈黙をもってつぐみの言葉を肯定していた。
青天の霹靂のようなつぐみたちの言葉に、アタシたちは目を見開いていた。
「紗夜さん……Roseliaの皆さんも、私たちの言葉をすぐに信用することは、できないと思います。だけど──だけど少しだけ、私たちにお手伝いさせてくれませんか」
そのまっすぐな言葉に、紗夜も──そしてアタシたちも、気づけばうなづいていた。
005
「しかし、そうすると誰かが連絡しなきゃならないってことだよな。
うつのみや。ウツノミヤ。……宇都宮?
巴の口から不意にでてきたその名前を、アタシはすぐに頭の中で変換できなかった。この状況で突然栃木県の県庁所在地が出てくるわけがないだろうから、先ほど話に出ていた『心当たりがあるやつ』という人のことだろうか。
「うへぇ〜……、そうじゃん」
「そこが一番ハードル高いんだよねぇ……」
「巴、連絡してよ。多分巴からじゃないと電話でないよ、アイツ」
「いやぁ、お前らも一応連絡先知ってるだろ。蘭かけろよ」
「ははは……」
巴の口からその宇津宮という名前が出た途端、蘭たちは揃って苦い顔をした。先ほど大見得切ったつぐみでさえも、苦笑いをするばかりだった。
「……つぐみ、何かあるの?その宇津宮……さん?だっけ」
「えぇ、まあ、はい。あるというか、ないというか……」
「その、アタシたちが言ってる専門家というか、『心当たりがあるヤツ』っていうのが、宇津宮っていうヤツなんですけど、紹介するにあたって問題がありまして……」
気になってたずねてみたアタシの疑問への回答を、巴がつぐみから引き継いで答えた。
「ひとつは、すぐ連絡できるか分からないんです。そいつ、遠出してたり連絡返さないことがあるので……まぁ、流石に何日も放置されることはないと思うんですけど」
「もうひとつは?」
「
「えぇ…………?」
巴の口から出たシンプルな罵倒に、アタシは思わず気の抜けた返事をしてしまった。漫才のようなテンポ感に、話を聞いていたあこやヒナも小さく噴き出していた。
あの人を悪く言わない巴がそこまで言うくらいなのだから、その宇津宮某はそうとうに
巴の横でうんうんと深くうなづいている蘭とモカや、苦笑するだけで特に訂正しないひまりやつぐみの様子を見るに、巴の言葉はウソではない様だ。
「でも、悪い人じゃないんですよ。ただちょっと言葉が強かったり、コミュニケーションが難しいところがある人で……」
「つぐ、フォローしなくていいって。ヤなヤツの一言で十分でしょ、アイツ」
「……あの、一応皆さんの恩人、ではあるんですよね?」
「まぁ、困ってるときに助けてもらったのは本当なんですけど……」
「それはそれ、これはこれでして〜」
「で、結局誰が電話するの?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「Afterglowジャンケン最初はグー!」
『!?』
アタシたちがまだ見ぬ宇津宮さんへの罵倒から、ひまりの号令で流れる様にしてAfterglow内でじゃんけん大会が始まってしまった。その宇津宮さんへ連絡するのが相当嫌なんだろうか。本当にアタシたち
唖然とするアタシたちを尻目に、どうやらジャンケンの決着はついたようで、結局巴が連絡することになったようだ。
「くっそ、結局アタシか……仕方ないな……ちょっとかけてくる」
「なんか、だんだん不安になってきたんですが……羽沢さん、大丈夫なんですよね?」
「すみません、騒がしくしてしまって……一応頼れる人ではあるので……」
「美竹さん、これでヤブ医者が出てきたら恨むわよ」
「いや湊さん、アイツ別に医者じゃないって言ってるじゃないですか……。こっちも紗夜さんのためとは言えアイツに頼るの癪なんですよ」
「どんだけ性格悪いの、その宇都宮って人……」
話の輪から離れて電話しに行った巴を見送ったところで、少し紗夜にいつもの調子が戻ったことに気がついた。
数分すると巴がスマートフォン片手に戻ってきた。ちらりと見えた画面は通話中になっていて、「宇津宮」という名前が表示されていた。どうやら連絡自体はつながった様だった。
「紗夜さん、さっき話に出てた宇津宮なんですけど、電話に出たので少し話してもらってもいいですか?スピーカーにするので」
「巴さん。えぇ、大丈夫です」
「ただ……さっきも言った様に性格に難があるヤツなんで、気に障るかもしれないんですけど、そんなに長くやりとりしないと思うんでちょっと我慢してもらえると……」
「……大丈夫よ、巴さんたちの紹介ですし、悪い人じゃないんでしょう?」
「……助かります。じゃあミュート解除しますね。一応スピーカーモードにしてアタシたちも聞いてるので」
巴はスマホの画面を何度かタップした後、紗夜の近くにスマホを持ってきて、「もうしゃべって大丈夫です」と小声で紗夜にささやいた。
「……もしもし」
〈
男の声だった。
低く凄みがある、しかし年若い声だった。おそらくアタシたちと同年代くらいだろう。
その電話口の向こうの
「は、はい?あの、何を──」
〈
面食らう紗夜の言葉を遮る様にして、男は再び一方的に訊ねた。……なるほど、巴たちが口を揃えて「性格に難あり」と言うだけのことはある。Roseliaのバンド活動で広がった交友関係の中にはチラホラと男性はいたが、このガールズバンドブームの時代、知り合いの比重は大きく女性に偏っていた。それで言うと、この宇津宮という男は女所帯にはなかなかいないタイプだった。
ここまで一方的で冷たい物言いが飛び出してくるとは思わず、スピーカーでことの成り行きを見守っていたアタシたちも紗夜と同じく面食らうこととなった(蘭たちは慣れている様で特にリアクションはしていなかったが)。
しかし──スズメ?
何故ここでスズメが出てくるのか意味がわからず、この場で話を聞いてたアタシたちは首を傾げてしまった(蘭たちは訳知り顔の神妙な表情で話を聞いていたが)。もしくは、鳥のことではなく別の何かを指すのだろうか。
再びの男の物言いに、紗夜は言葉を詰まらせる様にしばらく黙った。電話口の男──宇津宮さんも、それ以上のことを聞いてこなかった。沈黙が続く様子を流石に見かねたのか、蘭はねぇ、と口を挟んだ。
「宇津宮、もう少し説明しなよ。あたしたちと話してるんじゃないんだよ」
〈……美竹か〉
「アンタやあたしたちみたいに
宇津宮さんは少しの沈黙の後、電話口からも分かるため息をついた。まだ顔も見たことない相手だが、「面倒だ」という表情がありありと浮かんでくる様だった。
また少しの沈黙の後、宇津宮さんは口を開いた。
〈……目が見えなくなった時、スズメの姿を見たか〉
「……スズメ、というのは鳥のスズメですか?いえ、いなかった様に思いますが」
〈声を聞いたり、気配を感じたりは〉
「それも特には。……いえ、スズメかどうかは分かりませんが、目が見えなくなる直前に足元から生き物のような気配がしました。それと、何かの鳴き声も」
〈……どんなものだった。お前の感じたままでいい〉
「ええと、足元にまとわりつくような、群れのような気配でした。……あの、これが私の目と一体なんの関係が──」
〈宇田川に代われ〉
三度、宇津宮さんは紗夜の言葉を遮って会話を無理やり切り上げた。これには流石の紗夜も口の端を引き攣らせていた。
そして名指しされた巴はと言うと呆れたようにため息を吐いて、「すいません……」と小さく紗夜に断ったあと、何やら話があるのかスマホを片手にまた部屋の隅へと戻っていった。
「──もう!なんなのあの人!?」
巴が離れていったタイミングでとうとうヒナが爆発した。アタシとしては、紗夜が関わる問題でよくここまで口を挟まず我慢したと思う。
「なんというか……ヒトクセある人でしたね……」
「美竹さんたちがあそこまで言うだけのことはあるわね」
「おねーちゃん何であの人と友達なんだろう?」
「ていうか全然おねーちゃんの目のこととか聞いてこないし!これでテキトー聞いてたんだったら本当許さない!!」
がるると唸る声が聞こえてきそうなほど怒りをあらわにするヒナをどうどうとなんとか宥めながらも、確かに電話の向こうの彼は一度だって紗夜の目の症状について聞かなかった。
本当に大丈夫なのだろうか、と件の「宇津宮」のことを知らないアタシたちは一抹の不安を抱いていた。
ちょうどそこに電話を終えた巴が戻ってきた。紗夜との話が終わってからそんなに経っていないので、すぐに話はまとまったのだろうか。
「紗夜さんすみません、宇津宮いっつもあんな調子なんで……」
「えぇ……確かに私たちの周りにはあんまりいないタイプだったので驚きましたが、大丈夫ですよ」
「それでなんですけど、紗夜さん明日って予定空いてますか?」
「明日ですか?……ええ、明日は病院にも行く予定もないので、問題ないですが……」
「巴ちゃん、一体何するの?……さっきの人の話も、いまいちよく分からなかったんだけど……」
巴は、ヒナの問いにニヤリと笑って答えた。
「紗夜さんの目、治しに行きましょう」