誰ソ彼怪異譚 作:躁鬱
006
翌日、10時30分。
ことの成り行きを見守るべく
アタシと友希那が連れ立って着く頃には、紗夜とヒナ以外全員が揃っていた。その中には巴とつぐみの姿もあった。アタシたちが合流してそれから10分もしないうちに、紗夜とヒナもやってきた。昨日と同じくタクシーでやってきた二人は、不安と緊張と戸惑いを混ぜた雰囲気をしていた。
全員が揃ったのを見て、つぐみが行きましょう、と切り出した。
「……羽沢さん、そろそろ教えてもらえませんか」
「なんでおねーちゃんの目を治すのに神社に集まったの?……まさかとは思うけど、悪霊がついてるから祓ってもらうとかだったら、流石にあたしでも怒るよ」
紗夜とヒナは、アタシたちが抱いていただ疑問を代弁するようにつぐみに訊ねた。
少しの沈黙を挟んで、境内を歩きながら、つぐみは紗夜の目に起こった何かについて話はじめた。
「紗夜さんの目が見えなくなったのは、『スズメ』に遭ったのが原因みたいです」
つぐみはアタシたちの様子をチラリと見て、話を続けた。
「紗夜さんが遭ったのはおそらく、『夜雀』と呼ばれるスズメの伝承だろうと言っていました。「行き遭った人にまとわりついて、その羽根で人の視力を奪ってしまうスズメ──それが『夜雀』だそうです。
「紗夜さんの目が今見えていないのは、その夜雀の羽根で目隠しをされているような状態みたいです。だから病院で診てもらっても目に異常がないまま光だけが失われてる状態だろうと。……すみません、昨日私たちもあの後宇津宮さんから聞いたものなので、『みたい』とか『だろう』とか不確かな言い方になってしまって」
「いや、いやいや、ちょっと待ってよつぐみ。冗談きついって」
アタシはつぐみの説明を戸惑いから思わず遮ってしまった。紗夜も、ヒナも、後ろで聞いてる友希那たちもおそらく同じ気持ちだろう。
「その、今話に出てた『夜雀』って一体何なのですか。羽沢さんの話を聞いてると、お化けや妖怪の類のように聞こえるのですが」
「ほとんどあってますよ、紗夜さん」
つぐみは穏やかに、しかし真面目な表情を崩さないままで答えた。
「妖怪、都市伝説、噂話。──宇津宮さんは、それらをまとめて『怪異』と呼んでいました。
「昨日、
「私たちもそうだったんです。
「一年前──私たちが高校生になってすぐに、私たちは理由も理屈もない理不尽のようなもの──『怪異』に遭いました。
「今、紗夜さんの目を奪っているのは、そういう『私たちには分からない何か』だと思います」
アタシたちは、つぐみが語るその内容に二の句が継げなかった。
だってそんなの、まるで漫画や小説の設定のような話じゃないか。
『怪異』──人よりも怪しくて、人と異なるもの。
そんなものが本当にいるのだとして。そんなものが本当に紗夜の目を奪ったのだとして。
それは、アタシたちがなんとかできる範疇のものなのだろうか。
「紗夜さん」
つぐみはくるりと向き直ると、真っ直ぐに紗夜を見据えた。
「急にこんなことを言われて戸惑ってると思います。──みなさんも、今の私の話を信じられないかもしれません。
「でも今日一日だけ……いえ、一時間だけでいいです。
「少しだけ、私を信じてください。
「きっと、紗夜さんの力になりますから」
そう言ったつぐみのその目は、少しの不安も抱いていなかった。
蘭も、モカも、ひまりも、巴もそうだ。
その目は、その表情は、紗夜の目が戻ることを少しも疑っていなかった。
その、まっすぐな目にアタシは少し気圧されてしまった。この非科学的な異常事態を前に、あきらかに日常では起こり得ない何かを前に、どうしてそんな目ができるのかアタシには分からなかった。
行きましょう、とつぐみはアタシたちを先導するように再び歩き出した。
アタシたちは何も言わないまま、つぐみについていくしかなかった。
007
参道の案内通り進むと、正面に拝殿が見えた。アタシたちはその拝殿をぐるりと回って、裏手にあるこぢんまりとした社に上がった。拝殿に合わせて作られたのかそれなりの大きさのもので、社というよりも小屋とかお堂と言った方がしっくりくるような大きさだった。
ここにくるまでの途中、巴がこの神社に勤めてるであろう男性(宮司っていうんだっけ?)と何やら話していたが、特に止められる様子もなかった。
「あ、巴きた」
「トモちんおそ〜い」
「いや、紗夜さんの目のことがあるんだから仕方ないよ……」
社の戸を開けると、蘭、モカ、ひまりの三人が社の中を掃除していた。どうやらアタシたちよりも先に来て準備をしていてくれたらしい。
「悪い悪い、アタシらで軽く説明してたからさ」
「三人ともお掃除と準備ありがとう」
「モカちゃん疲れたのでちょっと休憩〜」
「モカはさっきまで居眠りしてたじゃん」
「も〜……みんな緊張感ないなぁ」
……なんというか、こんな状況であってもAfterglowの五人はいつも通りだ。怪異だの妖怪だのという超常現象が本当に関わってるのかと疑いたくなるくらいには、蘭たちの空気感は日常の延長そのものだった。
「巴、今更だけどここ使って大丈夫なの?さっき神社の人と話してたけど」
「あぁ、それは大丈夫です。話は昨日のうちに通してたので」
「……昨日の宇津宮って人のツテ?あの人、この神社の関係者なの?」
「あぁ、いや。宇津宮はそんなんじゃないですよ。あいつ、アタシらとタメですし」
「え!?嘘年下!?」
アタシの話を聞いてた紗夜たちもギョッとした顔でこちらを見た。電話では年若い印象を受けたが、巴たちが専門家と言うくらいだから、少なくとも成人はしているだろうなと勝手に思っていた。
アタシの考えがよっぽど顔に出ていたか、はたまた知らないうちに口に出ていたのか、巴は苦笑いを顔に浮かべた。
「それ、本人には言わないでやってくださいよ。宇津宮、歳上に見られるのも、自分を専門家って言われるのも嫌がるんで、あいつ」
「……その宇津宮って人、ほんとに信用できるの?」
「まぁ先輩たちが疑うのも分かりますけど、そこんとこは信用できますよ」
「……信じるからね」
「大丈夫ですって。あいつ、性格悪いけどこういう変なことには慣れてますし、なにより怪異関係で
巴は、いつもの人好きする笑顔でからりと笑った。
そこでアタシはさっき蘭たちが何故あれほどいつも通りなのか、ひとつ腑に落ちた。
彼女たちにとって、これは珍しいことではないのだ。
もちろん、日がな毎日怪異に関わっている訳ではないだろう。紗夜の目が怪異の影響で見えなくなったと聞いた時多少なりとも驚いてたし、漫画みたいに積極的に怪異を探して妖怪退治と洒落込んでいるわけでもないだろう。
だけど、怪異という存在をたまにある日常のアクシデントくらいに落とし込んでいるくらい、蘭たちは怪異に関わることがあったのだろう。
だとしたら、彼女たちがああもいつも通り過ごしているのは、昨日から何度も出ている『宇津宮』という人のおかげなのだろうか。
果たして、その『宇津宮』とは何者なのだろうか。
そこまで考えたところで、蘭が「準備できたよ」と声をかけてきた。アタシが考え込んで呆けている間に準備してくれてたようだ。
「では」
つぐみの凛とした声が部屋に木霊した。
「はじめましょう」