誰ソ彼怪異譚 作:躁鬱
001
怪異に冒された紗夜の目を取り返してから数日後のこと。アタシと紗夜は、後輩である羽沢つぐみの実家が営む喫茶店に向かっていた。蘭たちの知り合いであり、今回の件で手助けしてもらった人物に直接礼を言いに行くためだ。
Afterglow曰く、「怪異の専門家」。
そしてあの巴がフォローできないほどの
そんな彼に会うために、蘭たちに頼んで今日の待ち合わせをセッティングしてもらった。当初、向こうはこちらからの礼を固辞していたが、紗夜がそれを押し切る形で今回の約束を取り付けた。本来であれば紗夜とヒナが今日の約束に向かうはずだったのだが、ヒナがパスパレの仕事が外せないため(紗夜の話だと、相当駄々をこねていたようだがどうにもならなかったらしい。南無)、それならばとアタシが名乗り出た。というより、ヒナはその宇津宮くん(蘭たちと同い年のようなので勝手にそう呼んでいる)にあまりいい感情を持っていないようで、紗夜を一人で彼に合わせることを嫌がっていたので半ばお願いされる形で紗夜に同行している。
「すみません、今井さん。日菜が無理を言ったようで……」
「いや〜いいのいいの。アタシもどんな人なのか気になってたからさ」
紗夜は少し不機嫌そうに「またあの子は……」とため息をついた。手土産にと持ってきたのであろう紙袋も紗夜の心情に合わせたかのように苛立たしげに揺れた。
まぁ、紗夜の目にはヒナが姉可愛さにアタシを巻き込んで駄々をこねていいるように見えているようだが、ヒナの気持ちも分からないでも無い。……少なくとも、電話口でのあのやり取りで好感を持てと言う方が難しいだろう。
「しかしどんな人なんだろうね?」
「宇津宮さんですか?」
「そうそう。巴やつぐみが精一杯フォローして『悪い人では無い』としか言えない人だよ?相当じゃない?」
「まぁ……確かに、私たちの周りにはあまりいないタイプの方ですよね」
「蘭たちも怪異関係がなきゃあんまり会いたく無いって言ってたし、ヒナが一人で行かせたがらなかったのも分かるよねぇ」
「……まだ会ってもいない方のことをあんまり悪く言うものじゃ無いですよ。それに、今日はお礼を言いに行くんですから」
「分かってるって〜。アタシは大人しくしてるからさ!」
そんな雑談を交えながら歩くこと数分、目的の羽沢珈琲店が見えてきた。店の前には巴が立っていて、アタシたちに気づくとぶんぶんとコチラに向かって手を振ってきた。今日宇津宮くんと会うのに巴も来るとは聞いていたが、アタシたちが来るのを待っていてくれたらしい。
「紗夜さん!リサさんもこんにちは!」
「やっほー巴。遅くなってごめんね」
「こんにちは宇田川さん。別に中で待っていてくださってよかったのに」
「いやぁ、いきなり直で
「そ、そうですか……」
「話にちょいちょい出てたけど、どんだけ性格に難ありなの、宇津宮くん……」
あっけらかんと言う巴の言葉に、アタシたちは苦笑を返すしかなかった。
「少なくとも初手で失礼ぶちかまされるくらいは挨拶レベルなので覚悟しといてください」
「……それは性格の良し悪し以前に、
「だからそう言ってるんですって……リサさんも巻き添えくらいかねないけど大丈夫ですか?」
「少なくとも初対面の男の子に罵倒されるのは勘弁願いたいかな……」
「……まぁ、いつまでも店先で話しても仕方ないんで、入りましょうか。宇津宮、もう来てますよ」
巴の先導で店内に入る。店の中には他の客はおらず、カウンター近くに手伝いをしているつぐみが立っているだけだった。つぐみは入ってきたアタシたちに気づくと、こちらは巴とは対照的に小さく手を振ってきた。つぐみには後で話しかけよう、とアタシと紗夜は目線でつぐみのリアクションに応えた。
そうして目を向けた店の一番奥の席で彼は、宇津宮双は一杯のコーヒーを飲んでアタシたちを待っていた。
アタシたちを待っていた彼は、「偉丈夫」という言葉をそのまま形にしたような人物だった。
上背のあるしっかりとした体躯に、少し癖のかかった短めのウルフカット。その双眸は退屈そうにコーヒーの水面を眺めていた。
よう、と巴が声をかけたところで、ようやくその視線はコーヒーからアタシたちに移った。
コチラを射抜くようにアタシたちを見つめる両の瞳に気圧されてしまい、アタシは思わず半歩後ずさった。隣の紗夜も少し緊張したように息を呑んだの音が聞こえた。
「は、初めまして。連絡した氷川です。……先日は、ありがとうございました」
紗夜はいつもより強張った声で話しかけた。紗夜もアタシも男兄弟はいないし、普段接する男性である親や先生にはない、こちらを威圧するような雰囲気に無意識に緊張していた。
彼はしばらくアタシたちを不機嫌そうに
……えっ、嘘でしょ?帰るの?
「あっ、おい宇津宮!どこ行くんだよ」
「帰る。用は済んだ」
「はぁ!?」
呆気にとられるアタシたちよりも先に巴が宇津宮くんを呼び止めたところで、初めて彼は口を開いた。彼はアタシたちに背を向けたまま、これまた不機嫌そうに答えた。
「お前帰るって……まだ何も話してないだろ……?先輩たちだってわざわざお前に……」
「何を勘違いしているのか知らないけどな、宇田川」
振り向いた彼の目が、アタシたちを射抜いた。赤みがかった瞳は苛立たしげに細められていた。
「俺がここに来たのは、こっちはいらねぇって言ってるのにわざわざ感謝の言葉押し売りに来た迷惑なやつが、どんな間抜けな面してるのか見に来ただけだ。……まぁコーヒー1杯分の価値はあったか」
「宇津宮!」
「おしゃべりがしたいなら羽沢入れてスタバでも行けばいい。俺は帰る」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
アタシは堪らず、巴と宇津宮くんの話に割り込んだ。彼のあんまりな言いように、言葉の端には怒りが滲んでしまったように思う。
「何もそんな言い方しなくてもいいじゃん!アタシたちはただお礼を言いにきただけで──」
「要らないものを要らないと言っているだけだ。お前たちの自己満足に付き合わされてこっちはいい迷惑だ」
「自己満足、って……」
「羽沢、代金は机の上に置いてある」
「あ、おい宇津宮!」
もう話すことはないと言わんばかりに、彼はアタシとの会話を強引に切り上げると、それっきりコチラを見ることもなく、さっさと店を出て行ってしまった。
残されたのは、頭を抱える巴とつぐみ。そして何も言えないまま取り残されたアタシたちだけだった。
お店に流れるジャズのBGMが、気まずそうに控えめに鳴っていた。
002
「信っじらんない!!何あの態度!?」
ダンッとアタシは思わず拳でテーブルを叩いてしまった。なんとかショックから立ち直ったアタシたちは四人でテーブルを囲いながらさっきのことを愚痴っていた。アタシたち以外にお客さんがいなくてよかった。他の人がいる中で店内でこんなに荒れていたら、後輩の店とは言え流石に出禁は免れないだろう。
「お礼言いに来ただけなのになんであんなこと言われなきゃいけないの!?何も悪いことしてないじゃん!」
「リ、リサ先輩落ち着いてください……」
あわあわとするつぐみに宥められたところでなんとか怒りの温度は下がったものの、さっきの宇津宮の(あまりにムカついたので「くん」付けは勝手にやめることにした)あの言い様を思い出すだけで、またふつふつと怒りが煮え立つようだった。
「だから言ったじゃないですか」
巴は憂鬱そうにため息をついた。
「失礼かまされるくらいは覚悟してくださいって。ああいう奴なんですよ、宇津宮」
「失礼にも限度があるでしょ!?見てよこれ!」
「感謝の押し売り……間抜け面……」
「紗夜があんまりな言い草にショックで壊れたスピーカーみたいになってるんだけど!」
「普通、お礼言いに来て怒られることってないですからね……」
気遣わしげなつぐみの視線にも気づかないほど、紗夜はブツブツと何か言いながら落ち込んでいた。アタシたちの周りにはあれほど口が悪い人間はいないから、よほど衝撃だったのだろう。
「まぁ、なんというか……」
巴はストローでガムシロップを入れたアイスコーヒーをかき混ぜながら続けた。
「悪意があってやってるわけじゃないというか、素直じゃないんですよ、
「ツンデレ〜!?さっきの会話にデレなんかなかったでしょ!?」
「いや、それはそうなんですけど……もし宇津宮にその気がなかったら、紗夜さんの件で手ぇ貸して貰えてないですよ」
「それは…………」
それもそうだ、と巴の言葉にアタシの怒りは一旦落ち着きをみせた。確かに、宇津宮が普段からあの調子であれば、全くの見ず知らずの紗夜のことで知恵を貸ししてはもらえなかっただろう。
「その……あまりこのようなことを言うのは失礼だとは分かっているんですが……」
ようやく再起動した紗夜が、おずおずと言った様子で巴とつぐみに訊ねた。
「お二人は……いえ、Afterglowのみなさんは、なぜ宇津宮さんと付き合いが……?みなさん
あぁ……、と二人は納得したように声を漏らした。
宇津宮は(言葉を選ばず言えば)柄が悪い人間に分類されるし、Afterglowの誰を見てもそういうタイプと付き合いがあるとは思えなかったし、紗夜の疑問ももっともだった(アタシ達がバンドマンであるという事実は……一旦棚に上げた)。
「確か、同級生なんだっけ?」
「そうです、小学校からの同級生です。なんならあいつ、羽丘ですよ」
「うっそ後輩なの!?」
衝撃の事実だ。巴達の友達だからと勝手に後輩のような扱いをしていたがまさか本当に後輩だったとは。
しかし記憶を辿ってみても、少なくともアタシは学校で宇津宮を見かけた覚えがなかった。背も高いし目立つ風貌をしているし、極め付けはあの苛烈な性格だから噂ぐらいは聞いてもいいんだけど……。
アタシの考えていることに思い至ったのか、巴は苦笑して続けた。
「見たことないのも無理ないですよ。あいつ、ほとんど学校来てないので」
「あ、そうなの?」
「いわゆる不登校ってやつですね」
「単なるサボりじゃないの……?」
「そこのところはアタシたちもよく知らないんですけどね……」
「ほんとぉ?」
巴は困ったようにして曖昧に答えた。その煮え切らない態度から誤魔化されたような気がしたが、いくら気に入らないとはいえ個人の事情だ。あんまり踏み込んで巴達を困らせるのは本意ではないので、ここは引き下がることにした。
そんな心中が顔に出てたのか、巴はいやいや、と言葉を続けた。
「知らないのは本当ですって。アタシ達と違って、ずっと交流があったわけじゃないんで。同級生なだけですよ」
「……ではAfterglowのみなさんは、どうして彼との付き合いが?
「あー……。つぐ、話していいと思うか?」
「いいんじゃないかな?お二人になら、蘭ちゃんたちも何も言わないと思うよ?」
「すみません、話しづらいことであれば……」
「あぁいや、そういう訳じゃないですよ。大丈夫です!」
どこから話そうかな……と、巴は思い出すようにしながら話し始めた。
それは、彼女たち5人と、一匹の蛇の話だった。