どうにかしてベル・クラネルを手に入れようとするのは間違っていないですよね?   作:ゴリラズダンジョン

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歴史の修正力

「……来ましたか」

 

 光のベールが視界を遮った後、ベルの前に現われたのは鉄兜の男だった。

 

 紫陽花が咲き誇るその庭園は、さっきまで居た『時の狭間』と比べてよっぽど非現実的な場所だ。

 

「ここが何処でどうしてオレが居るのか。簡単ですよ、最初からお前が……ベルが戻って来ると見越して待っていた。ここは創り出し『決戦の場』、誰にも介入は出来ません」

 

「僕が戻って来ると……?」

 

 おかしな話だ。

 

 あれほどベルを才能がないと罵ったアルが、リューやましてやローリエではなく少年が戻って来ることを予知していた。

 

「でも……いやだけどそれならどうして、わざわざ変な場所に飛ばして僕を殺さなかったんですか」

 

「そうですね、間違ってました。だから、今度は正しく殺す」

 

 抑揚を捨てて、アルは死刑宣告を下す。

 

 血の通っていない左腕をカチカチと鳴らすその姿は酷く不気味だ。徐々に距離を詰めて来るアル、全身の肌が泡立つ感覚を味わうが、ふと気付く。

 ベルにとっては死神のような男だが、殊の外その足取りは"優しい"。まるで花を慈しむ少女のように紫陽花を避けて歩いている。

 

 ―思ったんだけど。

 

 実はアル・グレイグは優しい男なのではないか。

 

 というか実際の所、ベルは彼に関する一切の黒い噂を聞いた事がない。自分が打ちのめされてしまった経験があるだけで、アルは人望に熱く、大勢の女性にも好かれていると聞く。

 

「ベルさんも、気付いたみたいですね」

 

 銀鈴の声に振り向くと、純白のワンピースを纏った娘が居た。そよ風が吹く庭園を背景に、余りにも美しい薄紅色の容姿を揺らすのはシルだ。

 

「貴方は、一体どうやってこの場所に……いや、どうやって立ち直った?」

 

 仮面の奥に微かな動揺を露にする。ベルは何が起こったのか知らないが、確かにシルはアル・グレイグの言葉に心を刺されてしまった。

 

 アルが作り出したこの空間は、誰の介入も防ぐ。異常事態(イレギュラー)であるシルであっても、弱い『娘』では侵入する事ない。

 ならば、答えは簡単だ。

 

「ありがとうございます、私の弱さに気付かせてくれて。おかげで今はすっきりした気分です」

 

 在り方を見失っていた娘は、強くなって帰って来た。それだけだ。

 

 少年を手に入れられなかった事で付いた『傷』は、シルを弱くしてしまったと思っていた。

 

 でも違った。

 

 今のこの身は神ではなく、娘。女神(フレイヤ)ならまだしも、只のヒューマンの娘が負った傷など価値を貶める要因にはならない。

 というか一度駄目だったからといって諦めるほど、シルはお淑やかでは居られなかった。

 

「私、結構剛胆なんですよーっと」

 

 シル・フローヴァを舐めるな。彼女は其処まで弱くない。

 

 ひらひらとワンピースをはためかせるシルに、アルは面食らった様子で仮面を手で覆う。

 

「そうですか……だが貴方に何が出来る」

 

「もうやることはやって来ました。ずばりアルさん、貴方の正体を突き止めちゃったんです!」

 

 歴戦の探偵の如くドヤっとシルは指を決めた。

 

「正体?俺はただベル・クラネルの代わりに発生した『変異体』でしかない筈です」

 

「とぼけても無駄です。こういうのはアーニャやクロエの方が得意なんですけど……頑張って話してみます」

 

 暴いた正体を語るのは二人の猫探偵に任せたい所だが、彼女達は此処に居ない。

 

「最初は私も、アルさんの言った通り偶発的に生まれたただの変異体だと思ってました。でも良く考えると、それは"有り得ない"んです」

 

「……続けて下さい。戯言を言うくらいの猶予は上げます」

 

 そもそもの話だと、過去に戻ってどう改変したとしても、『歴史の修正力』が働いて概ねの結果は同じになるという話だった。

 

 最初アイズの代わりにオッタルをベルとダンジョンで会合させた際は、確かにベル・クラネルはその世界にいたし、大きな異常もなかった。

 だが次にフィンが接触したこの世界では、ベル・クラネルは冒険者ですらなかった。

 

 ベル憧憬の力が足りなくて、代替として現れたのがアル・グレイグ?

 

 状況証拠から分析するとそう結論付けられるが、もっと『根本的な問題』を考慮すると別だ。

 

 そもそも、憧憬の力が足りないなどあり得るのだろうか。

 『歴史の修正力』は必ず働く。ベル達と別々に成った後、シルはその事に関しては再び『言質』を得た。

 

 だが事実、この世界ではベル・クラネルはジャガ丸くん店員で、アル・グレイグが稀代の英雄の卵だろう?

 

 シルにはその矛盾を解く、推測がある。

 

「ずばり、です。私はその仮面の奥に、紅瞳(ルベライト)の少年――ベル・クラネルが居ると推測してます」

 

 アル・グレイグがベル・クラネル本人なら、『歴史の修正力』が働く必要はない。仮に一方のベルが冒険者でなくとも、もう一方のベルがその責務を全うしているのなら世界の『目』を異常を感知しない。

 

 一つの世界に同じ人物が二人いるなど。その可能性を疑うなら、まだ『歴史の修正力』がバグっている方が現実味があると言われてしまうかもしれない。

 

「アルさんの知り合いの女の子達にそれとなく聞くと、皆貴方の事好きって言うんです」

 

 生粋の女たらし、そして勇敢さ、強さ、そして優しさを兼ね備えている。

 

 いやそんなのベルさん以外に出来る訳ないです。

 

 最も、確信を得ている訳ではない。その仮面を脱いで別の顔なら、それまでだが――。

 

「……やっぱりこうなりますか。貴方が来てしまった時点で、こうなる事は薄々分かってました」

 

 愚鈍な動作で、一度と外さなかった鉄兜をアルは外す。

 

「僕の顔……?」

 

「やっぱり、ベルさんでしたね」

 

 驚きに目を見開く少年と瓜二つの顔が、その下にはあった。真紅の瞳、少し癖のある白髪。

 

 ただその双眸には心なしか光がなく、瞼にも色濃い隈が残っていた。

 

「僕は悪夢の世界に居た。この腕は勿論、主神を友を、仲間を失って……だけど気付けば此処に居ました。惨めな話ですよね、この世界は自分が居るべき場所ではないと分かっていながらも、僕は縋る事しか出来なかった」

 

 苦しそうに語るその表情を、シルは幾度も見たことがある。英雄譚に記される煌びやかな者達とは違う、何も出来ずに挙句の果て生き残ってしまった冒険者の顔。

 

「シルさんが知ってる少し先の未来。そこで俺は『全て』を失いました。リリにヴェルフ、春姫さんに……あとは神様も」

 

 絶句。

 

 14歳の多感で、人一倍正義感の強い少年が全てを失った気持など想像を絶する。他の世界の話なのにシルは強く唇を噛むほど恐ろしい話で、そんな時に"まだ全て救う事が出来る真っ白な世界"が現れて、拒否できる訳がない。

 

 いわば、ベルーー便宜上、アルと呼ぶとして彼は立派な『被害者』だ。

 

「ベル、ベル・クラネル。どうかこの世界ではアル・グレイグを英雄にして欲しい。申し訳ないですけど、お前はお前で別の道を歩んで欲しい」

 

 シルに口出しをする権利はない。安易に時を遡った事で、異常事態(イレギュラー)だったとは言っても彼に『光』を与えてしまったのだから。

 それに縋るのは当然の権利であって、何も悪くない。

 

「……僕は――」

 

 アルの苦しみと悲しみは、同じ人物であるベルが一際ひしひしと感じる事が出来る。

 きっとベルも同じ状況だったらそうしてたし、人の良い少年はアルが救われるべき人物だと思った。

 

 今の生活に、それほど不満がある訳でもない。バイトを転々として、様々な人と関わる事で毎日新しい発見もある。

 本当は自分が皆にチヤホヤされる冒険者だったと聞くと、少し悔いは残るけど。

 

 少なくとも、ベルはその願いを肯定してあげたい。

 

 でも――。

 

「僕に貴方の望みを叶えることなんて出来ない」

 

「どうして……どうしてですか?又俺に、地獄に行けと!?」

 

「僕は、貴方だ。同情できるし、幸せに生きて欲しい。――でも本当に今の生き方で正解なんですか?」

 

「正解かだと!?最高に決まってる、これが俺の行きたかった未来だッ!!!」

 

「偽った創造など、生きるには虚無。貴方が言った言葉です」

 

「っ!!!!!」

 

 どこまで言っても、アルにとってこの世界は『偽り』だ。失った仲間は戻る事はないし、どれだけ思い出を作っても本当の意味で心の『傷』が埋まる事はない。

 

「今、貴方は凄く寂しそうです」

 

「黙れ……黙れ黙れ!お前に何が分かる!」

 

「僕は貴方ですから」

 

 義手を強く抑えて身を捩ろいでいたアルは、その一言で脱力する。ベルに全て見透かされて、観念する気になったのか。

 

 否、だ。

 

「もう、俺は戻れません。一度吸い始めた極上の蜜を捨てれるほど、俺は強くないんです――力づくで、俺が唯一のベル・クラネルと成る。もうそれしか道はない」

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