どうにかしてベル・クラネルを手に入れようとするのは間違っていないですよね?   作:ゴリラズダンジョン

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ベル・クラネル

「ファイア・ボルト!!!!!」

 

 先手必勝。アルの右手から生じた炎雷がベルに向かう。

 もはや安寧以外を望まないその攻撃は、紫陽花を無造作に焼き尽くした。

 

「ひぃい、やっぱり無理ぃ!?」

 

「ベルさん、逃げちゃ駄目です!この場所は、普通の世界と違います。『覚悟』、想いがあればきっとどうにかなります!」

 

「逃げちゃ駄目だ逃げちゃだめだ!」

 

「その場しのぎの覚悟がどうにかなると思うなッ!」

 

 無詠唱の速攻魔法でありながらも、威力は十分。というか、恩恵を授かっていない一般人のベルは簡単に灰になる。

 

 だが殊の外、そうはならなかった。

 

「えーっと、案外いける?」

 

 爆炎から申し訳なさそうに歩み出るのは、火傷の後もない五体満足な少年だ。

 

「へ……?いや有り得ない、俺はLv5ですよ?」

 

「何かごめんなさい……」

 

「まさかベルさん、それほどまでの覚悟を……?もしかしてハーレム兎ざまぁって事ですか?」

 

「違いますよ!?アルさんに個人的な思念はないです。――それに僕を救うのに、理由なんていらないですよ」

 

 覚悟とかそう言った問題ではない。生粋のお人良しに、それほど大した理由なんてものはいらなかった。

 

「はは。そうでした、僕はどうしようもない『馬鹿』だった。ですが仮にどれだけ強くなっても、俺とは絶対に埋まられない『差』があります。経験、は戦いのやり方を知らない」

 

 ぐぎぃと、義手が骨を鳴らすみたいに唸った後、アルは一気に加速する。

 

 覚悟のおかげである程度の力を手に入れているがため、その超影はベルにとっても捉えられないものではない。逆に反撃を狙って、軌道に合わせて拳を打つ。

 

「甘い!」

 

「うぇっ!?」

 

 ぐるんと。

 

 次にはベルの視界が反転する。

 

 あれだけ加速していたにも関わらず、アルは器用に腕を取って見せたのだ。完全に止まったのではなく、勢いを残す事によって繰り出された『投げ』は衝撃力を上乗せする。

 

「があっ!?」

 

 槌で鉄を打つみたいに、ベルの体は大地に強く叩き付けられた。

 

 凄まじい熱がじわじわと少年を襲って、意識が持っていかれそうになる。だが本当にヤバイ時は体から熱を失われていくと聞くし、まだ熱を感じる事が出来るなら大丈夫か。

 

「丈夫な体ですね。だが折ってあげます、覚悟と共に」

 

 ただこれは一ラウンド制の公正的な戦いではない。

 

 次が来る。体制を立て直す時間もないまま、アルはベルの脚を引っ張り上げて、

 

「ファイア・ボルト」

 

「~~~~~~~~~~っ!」

 

 ゼロ距離での速攻魔法をお見舞いした。

 

 瞬く閃光。端的過ぎる死刑宣告。先ほどは無傷だったが、今回は確かな痺れと灼熱がベルの体を蝕む。

 

 高く体を打ち上げられてしまった兎を、しかし『蛇』は逃がさない。

 

 目を細め、腰を落として。

 

 今度は確実に決着の音色を告げる為に、その自慢の義手を掲げた。

 

 

 ―アル・グレイグが本来のベル・クラネルより優れている点が幾つかある。

 

 Lvもステータスの値も全く同じだが、『経験』と『義手』が違う。

 

 この世界に来る前、全てを失った後。アルはもう誰も失わない為に戦い続けた。

 

 誰かや自分を守るための戦いではなく、ただ"敵を葬る"事だけを目的として、日夜問わずダンジョンに潜ってそしてアイズなどの一級冒険者にも頭を下げた。

 妄執にも近いその感情はアルの戦闘能力を一つ上の段階まで押し上げている。

 

 極め付けにはその義手。

 錆びず、魔法伝導性も高い特注性のそれは、少年が故の未発達な骨と筋肉を補う。

 

 この場に居るのは同じ少年の筈なのに、彼は唯一無二の戦場の『死神』だ。

 

「終わりだ――ファイア・ボルト」

 

 先ほどまでより抑揚のない詠唱。

 

 右手ではなく、義手から放たれるそれは炎雷に収まらない。

 

 銀の輝きによって威力は増幅し、白の衝撃となって墜落して来る兎を突き抜ける。空中で身動きの取れないベルは、ただ眼下の死を仰ぐ事しか出来なかった。

 

 このままだと、確実に死ぬ。残酷までな実力差が、二人のベルの間にはある。

 

(……それがなんだ)

 

 だがベルは諦めない、だってそうだろう。

 真紅の瞳(ルベライト)に映るアルは今、望む『未来』を手にする直前なのに凄く苦しそうだった。ボロボロのベルよりもずっと痛そうで、その目はまるで何処も視ていない。

 

 望まない事をやらせるだなんて、絶対に嫌だ。

 

(僕は彼を……僕を助けたい)

 

 覚悟を再定義し、更に輝きが増す。すると少年の器に、少しばかりの水が注がれた。

 何もなかった『乾いた力』に、それは十分な潤いを授ける。

 

「っ!ファイア・ボルト!!!!!」

 

「なに!?」

 

 無意識だった。

 

 はたと喉に熱が宿って、気付けばベルはその魔法を紡いでいた。間一髪、白の衝撃は覚醒の炎雷によって相殺されて、少年は地面に尻餅を付く。

 

 いてて……と腰をさするベルを他所目に、アルはまるで有り得ない光景をみるかのような仰天を露にしていた。

 

「有り得ない、どうやって魔法を!?」

 

「……簡単な話です」

 

 ベル自身も何故一度も使った事のない魔法を使用できたのか口では説明できないが、状況を俯瞰しているシルは違った。

 

「世界の『認識』がアルさんじゃなくて、こっちのベルさんをベル・クラネルと認め始めている。だから、力の逆流が始まったんです」

 

「確かに何だか凄い体が軽く感じます!」

 

「俺じゃなく、この弱虫がベル・クラネルに相応しいと……?」

 

 本来、世界に居るべきベル・クラネルは一人だ。

 

 アルがベルに意地悪したおかげで今まで唯一無二として君臨出来ていたが、もう少年は走り始めてしまった。

 

 対してアルは間違っていると分かっている希望に縋っている為、ここからは『後退』していく一方。今はまだアルの実力が上回っているかも知れないが、徐々に形成は逆転し始める。

 

「辞めろ、それ以上抗うな。頼む、間違った道を進む事で得られる幸せもあるんだ……」

 

「僕がそれを肯定するか、貴方なら分かる筈だ」

 

「……ああ、分かりますよ。本当に嫌いです、俺も、お前もッ!」

 

 アルは怒りを、ベルは覚悟を原動力に衝突する。

 さっきまで『戦いのやり方』をてんで理解していなかったベルだったが、反射的に攻撃、防御を行う事が出来るようになった。

 

 シルの言った通り、アルにあった筈の力が逆流し始めているのだ。証拠に、彼の動きは斬新的に悪くなる一方である。

 

 打ち合っては削り合う自分と自分の覚悟の戦い。庭園で行われる最終決戦は美しい物語とは程遠かった。

 

 これはアル・グレイグを救う英雄譚ではない。彼の夢を終わらせる、ひどい物語だから。

 

 でもシルは、それが必ずしも寂しい事だとは思っていない。だって女神はそれで救われた。

 

 終わって、傷付いてから初めて気付ける事もある。

 

「これで、終わりです。防いで見せろ、ベル。次の一撃に全てを掛ける」

 

 それは大鐘楼の音ではない。地獄の底、鎖の響き。

 

 宿るのは純白の光粒ではなく、漆黒の光。英雄願望(アルゴノゥト)が歪に変容した、アルのレアスキルだ。

 

 恐らく、互いの実力は今殆ど変わらない。だからこそ、アルはここで決めないと敗北が濃厚となる。

 

 一方ベルは本来の英雄願望を展開して、右手に光粒を増幅させる。互いに10秒待機(チャージ)、拮抗する闇と光が作り出した境界線は、同時に『衝突点』となるだろう。

 

「「はぁあああああああっ!」」

 

 二人は裂帛の気迫と共に地を蹴った。一切の余力を残さない為に、ただ目の前に(自分)を眼に焼き付ける。

 だが、そこで異変は起きた。今まさに滾る血潮を力に変えていた筈のベルの中で、プツンと何が切れる音が響く。

 

 それは冒険者であれば誰しもが陥る状況だ。大幅なステータス更新、最たる例で言うとレベルアップ時。成長したステータスが体に慣れずに本来の実力を発揮できない時がある。

 それを直感でどうにか誤魔化していたベルだが、先に体が参ってしまった。

 

 

(勝ったッ!!!)

 

 膝を付く獲物に慈悲を掛ける余裕はない。

 闇は光を侵略して、拮抗は傾く。

 

「ファイアーー」

 

 ボルト。

 

 そう、漆黒の妄執で龍すらも舐り殺す炎雷をお見舞いしようとしたところで、声が止まった。

 

 ベルの背後、白いワンピースを纏って紫陽花香りを嗜む娘に気付いたのだ。思わず目を奪われてしまったのもあるが、アルが声を噤んでしまったのはその性が理由である。

 

 このまま放てば、シルもろとも灰燼へと化す。

 

 ベル・クラネルは女の子を傷付ける事が出来ない。どれだけ心が朽ちてもそれだけは出来ないのだ。

 

「やっぱり、ベルさんはベルさんです」

 

 まるで最初からこうなることが分かっていたかのように、シルはアルに向かって微笑む。彼女のおかげで生まれた数秒、それをベルは見逃さない。

 

「15秒待機(チャージ)、これで僕が『上』だ」

 

 闇は再び押し戻されて――いやそれ以上に圧倒される。今の数秒で実力の均衡すらも、純白の少年に傾いてしまったのだ

 

(ああ、やっぱりそうですか)

 

 光が周囲を呑み込む直前、アルは確かに笑った。だってそうだろう、この結末は凄く馬鹿馬鹿しい。

 弱さを捨て切れずに、未完な自分よりもずっと弱い少年に負けてしまうだなんて。

 

 でもベルがこうして自分の前に再び現れた時点で予想はしていた。彼はアルが知っている。最も身近な英雄だったから――。




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