どうにかしてベル・クラネルを手に入れようとするのは間違っていないですよね? 作:ゴリラズダンジョン
「ヴヴォォオオオオオオオオオッ!」
「ひぃっ!?」
端的に言うと、ベル・クラネルは死にかけていた。英雄に焦がれて、冒険を夢見ていた白髪の少年は、余りにも無残な現実を前に成す術がない。
何がダンジョンに出会いを求めるだ、ベッドの上でぬくぬくとして何もしない罪悪感に駆られていた方がずっとマシだった。
だが言っても仕方が無く、既に死神の鎌はベルの細い首にあてがわれている。
ただ文句は言わせて欲しい。ベルは決して自殺願望がある訳ではなく、初めてのダンジョンに細心の注意を払っていた。
悪いのは全部、
怪物の称号に相応しい牛の巨躯、奇跡が起きる事のない絶対的な膂力。ベルが潜っている階層に居てはいけない筈の強者。
ああ、終わった。僕の人生オワタ、さよならバイバイ理想の女の子――。
「うわぁ!?」
心が完全に負けてしまった直後、体が浮いて均衡を失った。
ミノタウロスの蹄。
その絶命の一撃はベルを背後から捉える事はなかったが、代わりに地面を砕いて足場を破壊したのだ。そのまま少年は無残にごろごろと転がって――、
「いててて……」
「フゥー!フゥーッ!!!」
「いぎぃ!?」
ぐるぐると回る視界が戻った頃、その巨躯はもう手の届く距離だ。とは言ってもベルの攻撃でその分厚い皮膚を傷付ける事は出来ないのは明白であるからして。
(あ、死んだ)
背後は壁で、既に逃げ道はない。勝てないと、戦う意思を失った冒険者に『光』はなく。
臀部を見っともなく地面に落として、後はこのまま死を待つだけだった。だが次の瞬間、その巨躯に線が走る。
それは美しい銀色の一閃ではない。
「――――」
音を置き去りにするそれは、猛獣の一振り。あろうことか、瞬きの内にベルを喰らおうとしていたミノタウロスは灰燼に帰したのだ。
赤い血も散らすことなく起こったその光景に、ベルは目をぱちぱちとすることしかできない。
「………………」
「ひぃ、又ミノタウロスが!?」
だが間もなく、強制的にベルは現実に引き戻されてしまった。というのも、折角いなくなったミノタウロスの代わりに、別の個体が――いや。
「人……
それは『岩』だった。
ミノタウロスの野生の肉体とは違う、鍛錬の末に築き上げられた鉄の要塞。敏捷性の為ではなく、そもそも防具に頼る必要がないと思わせるほど人間離れしている印象の男だった。
顔も武人のそれで、ベルとは威圧感が桁違い。
咄嗟に逃げ出しそうにもなったが、はと気付く。突然一刀両断されてしまったミノタウロス、そしてその怪物が見劣りする超越者の存在。
その二つが結びついて、目の前の
「た、助けてくれたんですよね?ありがとうございます」
直ぐに立ち上がって誠心誠意の感謝を示す。
「……構わない。女神の意思だ」
ミノタウロスを葬った大剣を背に戻す彼の所作、表情は共にどこまでも武人だった。
(本当は金髪金眼の少女に助けて欲しかったけど……)
ふと、そんな事を思って、ちょうど視界の端に今言った特徴の少女が横切った気がしたが……きっと気のせいだろう。
ベルを助けたのは確かに、目の前の武人なのだ。
「本当に何とお礼を言っていいか……」
「いらん。俺は成すべきことをしただけだ」
「ま、待って下さい!その、何と言うか……」
彼は礼を望まない。ただ目の前に居た怪物を葬っただけで、きっとベルを救いたくて救った訳ではないのだ。
だから、その去り行く背を止めないのが正解だと分かっている。でも、知りたい。
「どうしたら、そんなに強くなれますか。貴方のように、僕も強くなりたい」
武の頂を魅せられた
「……敗北と屈辱は行く手を阻む沼では無く、超克の為の礎だ。『冒険』に臨め。お前の見るべきものは前だけだ」
振り返ることなく、遠ざかっていく足音と共に淡々と語った。最後まで名を名乗る事すらもなく、風のように去って行った武人。
彼はベル・クラネルが初めてその目で見た英雄で、今の瞬間、ダンジョンに出会いを求めていた痴れ者の目的が変わる。
同性に敬意と憧憬を抱き、彼のような武人でありたいと願ったのだった。
◆◆
「……今、戻って参りました」
「はーい、お疲れ様でした」
武人の帰宅を待っていたのは、薄紅色の少女と金髪のエルフだ。
「それにしても、あの【
「お店の常連で良くして貰ってるってだけです。ね、オッタルさん?」
「……はい」
明らかに違う背後関係がある返答の仕方だが、ローリエはそれ以上は言及しなかった。今は、名実共に最強の冒険者が勝ち取って来た『結果』に興味がある。
ローリエが頑張って製作した『タイムマシン』を使って、オッタルは確かに過去に行ったのだから。
「それで、どうでしたか?上手く、ベルさんを魅了出来ましたか?」
「分かりません。ですが、普段通りの振る舞いはしたつもりです」
「じゃあ大丈夫です。ならさっそく、現在のベルさんを見に行きましょう」
「待て。もう一度聞くが、本当に大丈夫なのか?過去が変わったと言う事は、ベル君がその……もう死んでしまっている可能性もあるのだろう?」
ベル・クラネルにとっての『起点』は間違いなく【剣姫】との出会いだ。それが変わってしまったと言う事は、未来に大きな影響を及ぼしているに違いない。
そして冒険者とは常に細い糸を歩いているほど危険な職業であるからして、些細な運命の歯車のズレが取り返しのつかない事態を引き起こす可能背もある。
「歴史には『修正力』があって、多少過程が変わっても結果は同じになるんです」
「分からないが、そう言う事なら大丈夫か」
用済みとなったオッタルに別れを告げて、二人はベルの元に向かう事にした。お弁当を渡す時に今日は早めに探索を切り上げると言っていたので、【ヘスティア・ファミリア】の拠点である『
間もなく眷属の数に比例しない大屋敷に到着したシルは、扉をノックした。
「はーい」
最初はメイドの
そしてガチャリと扉を開けて出て来た彼を見て、
「…………」
「ベベベベベベベベ、ベルしゃん!?」
ローリエは沈黙、そしてシルは珍しく特大の動揺を露にしてしまった。というのも仕方のない事で、二人の知っているベルと目の前の少年の様相が余りにも異なっていたから。
まさか普段のラフな格好が何も着ないスタイルなのかとも勘ぐるが、前のベル・クラネルと違って良く日焼けした肌を見ると、単純に彼が憧れた武人の影響だと考えるのが妥当である。
「えーっと……大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です、はい。でも――」
「…………」
刺激が強すぎたのか、ローリエは既に意識を失ってしまっていた。右腕を天高く突き上げて清々しい顔をしているので、木の陰に放置しておくことにする。
「服、寒くないですか?」
「鍛えてますから、平気です」
確かに、幼さが残る顔には不相応なほどの筋肉を蓄えている。よほどオッタルに影響されてしまったのか、しかしその表情や仕草は前と変わらないようにシルの瞳には映った。
かつての純白の魂は決して泥に塗れていないと断言できる。
些細な変化はしているだろうが、先に一番問うべきことを。
「ベルさん、突然ですが【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんに関してどう思いますか?」
もし憧憬の対象が彼女から移っているのなら、ここで取り乱す反応を見せない筈だ。
「えーっと……強くて凄く素敵な方だと思います」
よしっ!
シルは心の中で、小さくガッツポーズする。勿論、ベルがアイズに抱く好感は相も変わらず他の女性と比べて高いかも知れないが、それでも【憧憬一途】の対象ではない以上勝ち目がある。
それだけで、わざわざ時を改変した価値は十分にあった。
後は日々の積み重ねで好感度を上げていくだけで、十分に『勝機』はある。目的は果たしたので去ってもいいが、出来る時にアプローチしておかないと。
「ベルさん、良かったらこの後デートを――」
「ごめんなさい、この後用事があって……」
理由があるから拒否、にしては余りにも即答過ぎる。まるで最初からその質問に対する模範解答を用意していたようだった。
「本当ですか?」
女神を捨てて、急事以外はその力の一端も使わないと決めたシルだが、今だけはその瞳に確固たる神の色を宿す。
元々押しに弱いベルはうっと喉を鳴らして、わざわざ真偽を見抜く必要もなくなった。
「ご、ごめんなさい。でも日課で、どうしてもやらなくちゃいけなくて……その、筋トレを……」
「……はい?」
シルの誘いを断った理由、まさかの『筋トレ』にシルも目を丸くした。その単語を知らない訳ではないが、余りにも突拍子がな――いいや。
(オッタルさん=筋肉。そんな彼に憧れたなら、マッスル万歳!になる可能性も有り得る……?)
だが鍛錬に励むのはいい事だ。強くなるために、前に進む為に頑張ってる少年に自分との逢瀬を優先しろと傲慢になる気はない。
しかし、シルは知っている。鍛錬、鍛錬と口にして、脳が筋肉に侵されてしまった猪の末路を――。
「ベルさん。女の子に興味ってあります?」
「女の子、ですか?あるにはありますけど……でも今、恋人が居るんです」
「その恋人というのは?」
「待っててください、
恋人に使用する言葉にしては明らかに不穏な言葉。そして当然、戻って来たベルの手が繋いでいるのは血の通った人の手ではない。
「
剣身が青く閃く剣、それは確かに惚れ惚れしても仕方のない技物だ。
だがベルが瞳に宿しているのは少年の輝きではなく、盲目的で厄介な『狂信者』のそれ。
ああ、失敗した。このベル・クラネルはそもそも女性に対する興味がなく、己を強くする事しか興味がない。
「ベル様ぁああああああ!また剣の購入にファミリアの資金ちょろまかしましたねぇえええええ!」
「ヤバイ、リリが来るっ!ごめんなさいシルさん、今更に急用が出来ました!」
走り去っていく兎の背。
この後ローリエを叩き起こしたシルは、直ぐに過去に戻ってオッタルを送り出す事を静止するのだった――。
本篇だとベルの心理描写は一人称ですが、上手く書ける自信がないので三人称で書いてます。