どうにかしてベル・クラネルを手に入れようとするのは間違っていないですよね? 作:ゴリラズダンジョン
「――という事があって、オッタルさんを起用するのは棄却されました」
「なるほど。だが残念だ、研究の為にもベル君の裸を……いや至極当然な個人的感情で、筋肉兎を目に焼き付けておきたかった」
確かに大胆なベルもそれはそれで趣があるが、本来の目的を損なう事になる。必然、別の策を練るのが次にやるべき事だ。
とはいっても、進むべき道は明白。
【憧憬一途】をどうにかするのが絶対条件であって、過去に戻る方法があるなら新たな『刺客』を送り込むのだ。
「で、次に僕が選ばれた訳かい?」
一見、幼い少年の見た目をしている金髪の美少年だが、双眸に宿る落ち着きは知性を伺わせる。
「フィン・ディムナ……フローヴァ女史の人脈にも驚きだが、まさかこのような一興に興味を示すとは」
オッタルに関しては、シルの声を決して無視しない。だがフィンは別で、義理立てするほどの貸しもない筈だ。
しかし事情を話すと、二つ返事で了承してくれた。
「ベル・クラネル。今の僕が彼に憧れられる器なのか、純粋に興味がある」
オッタルの純粋な武力とは違う、カリスマ性がフィンにはある。【剣姫】の代替としてはもう彼以外に思い当たらないが、あの脳金【
歪な憧憬を抱くとは考えにくく、ぴったしだと思った。
「じゃあ早速行きましょう!」
「この箱を被るといいのかな?」
ピピ、ピピピ。
『タイムトラベルをする為の箱』でフィンは顔をすっぽり覆った直後、ローリエが箱に取り付けてあるダイアルを弄る。間もなくウィーンと機械音が鳴り響いて、眩い光が周囲に拡散した。
「……なるほど、興味深い装置だ」
すると10秒も経たずに、フィンは自ら箱を取り外す。
時間にして僅か数秒ほどだが、実際に【
「どうでしたか?」
「僕もベル・クラネルに接触した後、直ぐに戻ったからね。だけど、カッコ良く颯爽と助けたつもりではあるよ」
「そうですか。じゃあ今から実際に確かめに行きましょう!」
「残念だけど、僕は団長としての業務を投げ出してここに来ている。又後日、結果は聞きに行くよ」
そう言って身を翻して、そそくさとフィンは出て行った。
「私たちもベル君の元に向かうとしよう。大丈夫だ、今度は気絶しないようポーションを飲んでいく」
ぐびぃと喉に付与効果のあるポーションを流したローリエを見て、外に出ようとしたシル。
だが直後、バタンと。
「あれ、フィンさん?」
今さっき出て行ったはずのフィンが、額に汗を流しながら戻って来た。確かに今日は炎天下だが、過酷な環境で鍛え上げた一級冒険者が値を上げる程でもないが……。
「少し長くなるが聞いて欲しい。僕はありがたい事に、街中を歩くだけでも女性から熱い視線を頂く事が多い」
美少年、人格者、それでいて超が付くほどの強者。そのギャップも相まって、フィンのモテ度が天元突破している事は周知の事実である。
「だが外に出てもそれを感じなかった。自分に己惚れている訳じゃないが、まるで自分がフィン・ディムナではない感覚に陥って、戻って来た次第だ」
「えーっと、それはつまり……?」
「分からない、分からないさ。僕は一体何を……いやベル・クラネルに何をされたんだ?」
「……ぴきーーん!!!」
そうやって頭を抱えるフィンの傍ら、突然ローリエが深緑の瞳を輝かせる。幻影か、その金髪の付近にはビックリマークが幾つも出現していた。
きっと、何かに気付いたのだろう。
「憧憬、美少年……これは仮定だが、ベル君はフィン氏にその……ただならぬ感情を抱いてしまったのではないだろうか」
「…………はっ!」
そこでシルの脳内にも星が駆けて、神々の知恵が掘り出される。
まさかのBL展開……いやそもそも、あれだけベルが女性に靡かないのはそっちの素質があったから?
まさか、次は禁断の扉を開いてしまったのか!
「ひやぁ。駄目です、それは駄目ですよフィンさん!」
「ロキのおかげで何を考えているのかおおよそ想像が付くよ。全く頭が痛い」
「どうする?ディムナ史が望むなら、直ぐに過去に戻ってなかった事にするべきだと提案するが」
シルも他人に迷惑、それも立場が大いに揺るぐ可能性があるなら、中断するのもやむを得ないと思っている。視線を向け意思決定をフィンに尋ねると、彼は片目を瞑って
「僕が未来を変えたのなら、それを観測する責務がある。それになぜか親指が疼く、このまま逃げるのは得策ではないと提案するよ」
前者に関しては理解出来るが、後者の『勘』に関してはシルであっても把握できないフィン・ディムナの権能。
「その親指って、何か不穏な事が起きる時の前兆って聞いた事がありますけど……」
「そう不安になる必要はないよ。あくまでこれは只の勘で、杞憂かも知れない」
「ともかく、ベル君に会いに行けば全て分かるだろう」
この後、シル達は直ぐにベルを探す為に発った。
昼過ぎから酒場の娘と他派閥のエルフを侍らせる金髪の美少年。周囲から嫉妬や懐疑の視線を向けられても仕方が無いが、一切感じない。
だがしばしば、同性からフィンは熱い視線を向けられている気もする。もはや、彼とベルのただならぬ関係を肯定してるとしか思えないが、よくよく考えるとベルはその年齢もあってか周囲に勘違いを振りまく性格をしている。
客観的にはそう見えてしまって誤解されている、という可能性も高い。
ともかく、ベルに会ってフィンへの反応を見れば全てが分かること。良くも悪くも、ベル・クラネルは正直者だ。
以前と同じく『
「はい、少々お待ちくださいまし」
ノックして帰って来たのは、落ち着いた女性の声。間もなく出て来たのは、メイド服を装った金髪の
「貴方は……シル様、それにフィン様と――」
「気にするな。通りすがりの白兎
「いきなりごめんなさい。少しベルさんに用事があって来ました」
「ベル……」
何処か釈然としない反応を見せる春姫。彼女はベルと同じ【ヘスティア・ファミリア】であると同時、彼に対して確かな好意を抱いている事はシルも知っている。
なのに、まるで想い人を忘れてしまったのかのような反応を見せるというのだから、もしかして名前を聞き間違ったのかと思ってシルは言い直した。
「ベル・クラネル。【ヘスティア・ファミリア】の団長に会いに来たんです。春姫さん寝ぼけちゃってます?」
「えーっと……申し訳ありませんが、わたくしはその方を存じ上げません……」
「なっ!ふざけるな、常時私の脳内を飛び回っているベル君を、同じ館で寝食を共にする貴方が知らぬわけないだろう!ああ羨ましい、出来る事なら私も
一足早く声を上げて、どんどん話が脱線していくローリエ。おかげで少し、春姫が言った言葉の理解が遅れてしまったが――。
「君は本当にベル・クラネルを知らないのかい?」
「冒険者の方、でしょうか?わたくしもまだまだ勉強中の身でして……」
酔狂でも、ましてや訪問者をからかう性質に春姫は見えない。何よりも、シルの瞳に映る彼女は決して嘘を吐いてはいなかった。
「どういうことだ、フローヴァ女史!話と違うぞ!」
どれだけ過程が変わっても、歴史の『修正力』が働いて正史通りに落ち着く。そう言ったのは他ならないシルであって、それは紛れもない真実だ。
天界で時に干渉する神に会った時、確かにそう聞いた。
ならこの状況は?なぜここに居る筈のベル・クラネルがいない?
以前、美の権能によって【ヘスティア・ファミリア】の少年が【フレイヤ・ファミリア】のベル・クラネルに改変された事があった。
だがそれとは訳が違う。確かに、春姫は白髪の少年自体の存在を知らないと言ったのだ。
それは彼がこのオラリオで名を馳せていない事に他ならない。
「だがベル・クラネルなしに【ヘスティア・ファミリア】はどうやってこの屋敷を手に入れたのか」
元々この屋敷は【アポロン・ファミリア】から
その功績は紛れもないベル・クラネルのものであって、彼が居ないのならば誰が成したのかとフィンは勘ぐった。
「フィン様も知っている筈ですが……あ、丁度帰って来ました!」
シル達の背後を見て、尻尾を揺らす春姫。皆咄嗟に振り向くと、其処にいるのは白髪の少年――ではなかった。
覆った鉄兜、露出する銀の義手。そんな機械仕掛けな見た目に関わらず、一切がちゃがちゃとした音を鳴らさない不気味な静音の人物。
もし彼が著名な冒険者であれば様相も含めて忘れる筈はないが、春姫以外の誰も知らない様子だった。
「アル・グレイグ。彼が【ヘスティア・ファミリア】の団長です」