どうにかしてベル・クラネルを手に入れようとするのは間違っていないですよね?   作:ゴリラズダンジョン

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what your name?

「ジャガ丸くんはいかがですか~?新商品の混沌のブルーホワイト味がお勧めですよ!」

 

「いたね」「いましたね」

 

 戻って来たフィンの情報を頼りに、ギルドの方面に向かったシル達。活気に湧くメインストリートの露店で、腹の奥から声を出して接客する白髪の少年を見付けた。

 幼さが残る容姿と高い声、其処にいたのはベル・クラネルに違いない。

 

 だがシルが知っている彼は可愛らしいエプロンを付けてせっせことお金を稼がずに、日々ダンジョンに明け暮れている筈だ。

 

「やあ、まだ営業中かな?」

 

「あ、はい。いらっしゃいま――ってフィンさんじゃないですか!」

 

「偶々通りかかってね」

 

「そうなんですね。えーっと後ろに居るのは……確か『豊穣の女主人』の人?」

 

 グサッと。錆びたナイフがシルの心臓を撫でる。

 

 冒険者でもない彼と接点がないのは不思議ではないが、好きな相手に忘れられるのは娘には荷が重い。

 

 更に自分が一度、ベル・クラネルの存在を上書きした事を思い出して、大勢に忘れられてしまった彼はこれ以上の『悲痛』を背負っていたのかと罪悪感が募る。

 

「くはっ!」

 

 シルのHPが大幅減少!暫く立ち上がる事は出来なさそうだ!

 

「ええ!?」

 

「彼女は少し具合が悪いようだ。私の名はローリエ、単刀直入に聞くが金髪のエルフは好きか?」

 

「えーっと……嫌いではない、です。はい」

 

「よし、ではジャガ丸くんをあるだけ貰おうか。スパイスは勿論、白髪赤眼ヒューマンの愛でお願いする」

 

「すまない、彼女は厄介な病気を患っていてね。偶に突拍子もなく意味不明な事を言うけど、無視していいよ」

 

「なっ、私は至極当然でやるべき責務を――ぐもっ!?」

 

 突然暴走してしまったローリエを止める為に、フィンはその素早さ(ステータス)を遺憾なく発揮してジャガ丸くんを彼女の口に放り込む。

 幾つもある種類の中でも『十倍の時間楽しめる!デラックス倍々バージョン』と記載されているので、暫くは口を開く事が出来ないだろう。

 

「ベル・クラネル、今から少し時間を空けられないかな?」

 

「店を開けると店長に怒られちゃうので……」

 

「それでも、僕達は君と話す必要がある。どうか呑み込んで欲しい」

 

「で、でも……ノルマは捌かないと、又クビに……」

 

「それなら心配いらないよ。ほら、丁度そこにじゃが丸君が大好きな金髪金眼の精霊が」

 

「……私は精霊。ジャガ丸くんが其処にあるなら、私もまた其処にいる」

 

「という事で、このお金で買える分だけ貰おうか」

 

 フィンは持っていた金銭で袋いっぱいにジャガ丸くんを詰め込む。偶々通りかかった精霊こと、何処かの【剣姫】は何も尋ねる事無く、満足そうな顔で去って行った。

 

「君、さっきの少女と面識は?」

 

「よくジャガ丸くんを買いに来ますよ。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんですよね」

 

「彼女の印象は?」

 

「……小豆クリーム味が好きな人?」

 

 当然と言うべきか、冒険者としての憧れや興味は全く抱いていないらしい。あれだけ『英雄』だの『冒険』だの口にしていた少年が、安全地帯に腰を下ろしているのか。

 

 それを知るためにも、詳しい事を本人の口から聞かなければならない。

 

 

 どこか落ち着いて話を聞ける場所、という事でローリエの案内で洒落た茶屋に入店した。

 

「詳しい事情は語れないけど、質問に答えて欲しい。まず君がこの都市に来て、今まで何をしていたのか教えて欲しい」

 

「……最初は、冒険に夢を見てました。可愛い女の子とはーれむらいふ、ダンジョンに出会いを求めてオラリオに来ましたから。でもあの時フィンさんに助けられて、純粋に強くなりたいと思いました」

 

 赤眼(ルベライト)の瞳を申し訳なさそうに逸らして、ベルは声のトーンを落とす。

 

「でも"あの時"、僕は打ちのめされてしまった。あの強さが言葉が、声が……完全に冒険者としてのベル・クラネルを壊したんです」

 

「一体、誰に?」

 

「――アル・グレイグ」

 

 怒りではなく、恐れで唇を震わせながらベルはその名を語る。おおよそ分かっていた事だが、やはり彼がこの世界における『異常事態(イレギュラー)』の原因だった訳だ。

 

「でもどうして冒険者でもない……それも夢を諦めた君と僕に接点が?」

 

「逃げ出した時に、もう僕はフィンさんに会わないと決めました。でもなぜか貴方から頻繁に僕の所を訪れては他愛もない会話をしてくるんです。おかげで、"あらぬ噂"まで経って……まぁ炎上効果?って奴でジャガ丸くんの売れ行きはいいですけど」

 

 今のベル・クラネルに光るものはない。なら、フィンが目に掛ける可能性は極めて少ないが――。

 

(親指か)

 

 あるとすれば、その『勘』にフィンが頼ったか。そしてそれは、言わずもがな大正解だ。

 

 実際に今、フィン達は未曽有の事態――それこそ正史を壊しかねない事件に巻き込まれている。

 

(でも僕もここまでは予想していなかっただろう)

 

 しかし何も分からない状態で、この都市にベルを繋ぎとめていたのは流石のフィンと言うべきか。彼のおかげで今、円滑に物語は進もうとしている。

 

 もし何の情報もなく都市外に行ってしまっていた場合、どれだけ捜索に時間を費やしたのかは想像に難い。

 

 自分であって自分ではないフィン・ディムナに、フィンは感謝しなければ。

 

「ここまで聞いてどう思う、シル・フローヴァ」

 

「聞いた事もないLv5の冒険者、そして故意的にベルさんを陥れたとなると、十中八九『ズレ』の原因は彼だと思います」

 

「僕もその意見には賛成だよ。それで、彼を倒せば全てが元に戻るのかな?」

 

「はい、確証は出来ませんけどね」

 

「ふぐ、ふぐふぐー!(敵を倒せばどうにかなる!)」

 

 未だにジャガ丸くん、デラックス倍々バージョンを頬張るローリエ。確かにボスを倒せばストーリーは大体先に進むのが定石で、それに分からないことだらけの中では可能性を潰していくしかない。

 

 アル・グレイグを問いただして、必要であれば倒す。

 

 次の目標が明確になった訳だが――、

 

「ベル・クラネル。良かったら、君も一緒に来ないかい?」

 

「今のベルさんは只の一般人です。戦闘に巻き込むのは、どうなんでしょうか」

 

「だがさっきから親指が疼く。僕は仮にもLv7、Lv5とされるアル・グレイグに実力で負ける事は無いと思うから、それ以外で何か必要なのかも知れない」

 

「それが、ベルさんの存在だと?」

 

「ああ、仮にLv0でも僕が知るベル・クラネルは何かやって見せる」

 

「ちょちょ、待って下さい!」

 

 それは紛れもない『信頼』だが、身に覚えのない今のベルからしたらたまったものではない。【ロキ・ファミリア】の団長、それも以前は憧れていたフィンから激押しされるのは過分で恐れ多すぎると少年は高い声で静止した。

 

「正直、話の内容が見えないですけど、僕が付いていっても役に立たない事だけは分かります」

 

「役に立つ必要はない。ただ付いてくるだけでいい、どうかな?」

 

 何もしなくていいと勧誘しても、きっと何かする。ベル・クラネルは真性のお人良し、そして『冒険者』で、それはきっとこの世界でも変わらない。そう信じているからこそ、緩い前提条件をフィンは囁いた。

 

 実際、シルの瞳に映るベルの魂は決して穢れていない。

 

「無理ですよ、僕には……」

 

 

 だがただの白兎にはその一歩が重い。

 

 無理やり引っ張っていくことも可能だろうが、元々はシル達が軽い気持ちでやったことが発端で起きた『結果』であって、どうしてもと彼に助力と頼むのは筋が通っていない。

 

「残念ですけど、ここはやめておきましょうか」

 

「そうだね、無理強いは良くない。ベル・クラネル、もしその気になったら僕は何時でも君を歓迎するよ」

 

 後腐れないように、爽やかな笑みを添えたフィンも強制しない事に決めた。一抹の不安を拭う事は出来ないが、持てる手札でやれる事をやるのが『最善』というものだ。

 だが共感性が強いベルには逆にその優しさが心に刺さっている様子で、憧れていたフィンに応じる事の出来ない申し訳なさと自分の弱い心に視線を伏せている。

 

 鼓舞する事に関して定評のあるフィンだが、燻っている火種に大炎を灯す事は中々難しい。

 

「ふぐ、ふぐぐ――!ベル君!!!」

 

 だが去り際、そんな少年に声を掛けたのはやっと口を自由に動かせるようになったローリエだ。シルも何と声を掛けるか躊躇う状況でエルフの少女は一体、どんな言葉を語るのか。

 

 ローリエはがっとベルの方を掴み、食い気味に深緑の瞳を大きく開く。

 

「君は笑っていた方がカッコいいぞ!」

 

 このエルフ、やはりポンコツエルフ2だったかと。直球で捻りの無い馬鹿らしい言葉だと一瞬思ったシルとフィンだったが、

 

「あ、ありがとうございます?」

 

 案外、そんな言葉が凍った心を溶かす。今まで俯いていた灰色の少年は、顔を上げ真紅(ルベライト)の輝きと共にベル・クラネルとして笑ったのだ。

 

 冒険心を失った彼に必要なのは、英雄の一声ではなく女の子のありきたりな賞賛だった。

 

「……ローリエさんズルいです。私も、もう少ししたら言うつもりだったのに」

 

「何故に張り合おうとしているのだ?」

 

 ただ、本人は特に考えもなさそうだった。悔しいので、貴方の言葉がベルの心を揺さぶっているなどと、シルは絶対に言うつもりはないが。

 

「中身のない軽い言葉でも、女の子の言葉なら直ぐに聞く。やっぱりベルさんは破廉恥ちょろ兎ですね」

 

「どうして僕は笑っただけで罵倒されてるんですか……」

 

「君は変わらないと言う事だよ。じゃあ"又後で"」

 

 これ以上言わなくても、彼は後できっとホイホイと付いてくることだろう。何ら変わっていないベルを見て確信したシルとフィンだったが、当の本人は釈然としない様子だった。

 

「言われても僕は行かないですからね!」

 

「む、そうか。それは残念だな……」

 

「うっ……」

 

 ベルとそれほど付き合いの長くないローリエは、既に自身の言葉が彼を揺さぶっている事に気付かない。

 その純粋な妖精の落胆は、更に少年へダメージを与える。

 

「無理ですから、僕は絶対この場所から動かないですから!」

 

「ベル君がそういうなら」

 

 ローリエも踵を返して、遂にシル達背が声が届くギリギリまで遠ざかった所で。

 

「無理な者は無理ですからね!」

 

 

 ――で、結局。

 

「これで布陣は整ったね。行こうか、ベル・クラネル」

 

「うぅぅ……僕の馬鹿、頭では分かってる筈なのに…‥‥!」

 

 おおよそ「期待を裏切っていいのか」僕の事をカッコイイと言った女の子(エルフ)を無視していいのか、もはやそれはベル・クラネルではなく『男』としての名折れだ。

 そうやって自問自答して、走り出すに至ったのだろう。

 

「共感性が強くて、押しに弱い。やっぱりベルさんはベルさんでしたね。」

 

「さっきからまるで僕が僕じゃないみたいなものいい、釈然としない……」

 

「言い得て妙だね。詳しい事はあとで説明するよ」

 

「……説明はなくて大丈夫です。なんとなくですが、分かります」

 

「どういうことかな?」

 

「最近、良く夢を見ます。自分だけど自分じゃない僕の夢を。ただの質が悪い夢だと思ってましたけど、フィンさん達の反応を見てれば分かります。あれはきっと本当にあった話……ですよね?」

 

 夢、もう一人の自分。それらは正しく非現実的で、フィンも納得出来る程の説得力を持たせられる自信はなかった。

 ただ、まるで夢物語りな『英雄譚』を多く目にして来た甲斐があってか、少年は既に信じて疑っていない様子だ。

 

 ならばこそもっと自分に自信を持っていい気もするが、その世界、その本人が辿って来た軌跡が『真実』で、幾ら自分であっても同一視して希望を抱く事は中々難しい。

 ベルの場合、逆に比べて劣等感に苛まれているのだろう。

 

「なら、話が早い。別に僕は君が見た輝かしい『少年』に成れと言ってる訳じゃない。僕が君に期待してるのは、『ベル・クラネル』さ」

 

「えーっと……?」

 

「直に分かるさ。だって君はベル・クラネルだろう?」

 

 問いの意味が分からず、ベルは頭を抱える。ぐーとこめかみを強く押して、やがて納得する訳でもなくため息を吐いた。

 そもそも、少年が陥ってるのは分からないことだらけな状況。どれだけ悩ませても、それが無駄だと言う事に気付いたのだろう。

 

 ただ直後、何か気付いたのか「はっ」と肩を震わせる。

 

「まだ何か言う事があるのかい?」

 

「いや、異を唱える訳じゃなくて、そのエルフさんの頬にクリームが」

 

「む、さっきのジャガ丸くんか。――取れたか?」

 

「もっと上の方、あ、僕が取りますよ」

 

 口元を拭ったローリエだが、まだ微かにクリームが残っている。近くに居たベルは、袖で拭ってあげて――、

 

「へっ?」

 

 瞬間、シルの思考は停止する。

 

「これで大丈夫ですね」

 

 ぺろり。

 

 なめとった。

 

 兎がエルフの頬を、クリームを。

 

 唇で拭った。

 

 公衆の面前で!?こんなことを!?

 

 全く、主神の教えはどうなってんだ教えは!――いや、この世界のベルは【ファミリア】に所属していなかったか。

 

 箇条書きでシルの頭に綴られる事実。ともかく、絶対に許せない(羨ましい)状況。

 

 いやもっと許せないのは、それほどの幸福を授かっておきながら毅然とした表情をしている彼女か。

 

「……私の生涯に只欠片の悔いなし。白兎の夢に溺れるならば本望」

 

「あっ、既に絶頂しちゃってましたか……」

 

 ローリエはその深緑の瞳と掲げた腕で蒼天を貫いていた。

 

 その状況を作り出した少年だけは、目を丸くして悪びれなく首を傾げていた。

 

「えーっと、僕何かやっちゃいました?ごめんなさい、店長が年上のお姉さんが頬に付けたクリームを舐めとると、顧客が増えるって言ってましたから……」

 

「これは、"変わってない"と言うべきなのかな?」

 

 無意識に周囲を惚れされるスケコマシ兎は、ベル・クラネルらしくもあるが更に悪化しているとも見えるのだった。

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