どうにかしてベル・クラネルを手に入れようとするのは間違っていないですよね?   作:ゴリラズダンジョン

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四手の差

「僕達がアル・グレイグの存在に違和感を持っているなら、彼も又、こちらの存在に気付くのも時間の問題だ」

 

「それは今すぐ彼の元に赴いて事を構える、という認識であっているだろうか?」

 

「僕はそうすべきだと考えている。勿論、他の考えがあるなら歓迎するよ」

 

「……此処に居ない他の者に頼って戦力増強すべきだと私は考える。この世界でも、フィン氏は【ロキ・ファミリア】の団長なのだろう?」

 

 フィン・ディムナが団員達から絶大な信頼を得ているのは疑いようもない。そんな彼が一声助けを求めれば、理由を話さずとも二つ返事で手を貸してくれる事だろう。

 

 だがフィンは、ゆるゆると首を横に振った。

 

「本来居るべき場所、世界という共同体が別である以上、細心の注意を払うべきだと僕は考えている。確かに、さっき話した仲間は僕の知っている彼だったけど、もしアル・グレイグが人を操る力を持っていたら?」

 

「流石に考えすぎじゃないですか?」

 

「単純な実力なら僕がアル・グレイグに負ける事は考えずらい。なのに疼く親指を考慮すると、あれこれどうしても思考を張り巡らせてしまう。弱気に感じるかも知れないが、勿論失敗する気は微塵もない。――偽りの世界なら、好き勝手暴れても問題ないからね」

 

 一瞬赤く輝いて、凶猛を宿した双眸。それは理知的なフィンとは違う、獣の荒々しさを体現している。勇者として、戦いに求める『勝利』とは只単に敵を葬ることではなく、"被害を出さない"、"仲間を守る事"も含まれる。

 

 その点、偽りのこの世界では多少の荒事は問題ない。勇者としての実力を遺憾なく発揮できる、これとない機会と言う訳だ。

 

「実はワクワクしてたりしますか?」

 

「急事に楽しさを求めるほど、僕は戦闘狂じゃないよ。ただ少しの期待があるだけだ」

 

「やっぱり僕、いらないんじゃ……」

 

「いらないに越したことはないさ。ただ僕が敗北した場合……いや、縁起が悪いか」

 

 いいかけて、再び勇者は歩き出す。

 

 本人はその槍で道を切り開くつもりだが、冒険とはそう思い通りに行くものではない。それこそ、ダンジョン以上の『未知』であるこの世界では何が起きるか。

 

 

 もう日が落ち切った頃、人通りも疎らになって来た。

 

「性には合わないが、ここは確実性を持たせる為に『奇襲』で行く。ローリエ・スワン、君は二人の護衛を頼む」

 

 もうそろそろ『竈火の館』に到着する頃だ。

 

 後先考える必要がない以上、わざわざ玄関を開けて戦闘の申し建てをする必要もない。故に、奇襲の策を選んだフィンだが……。

 

「聞くが、フィン氏はこの館の間取りが分かるのか?奇襲するにも、ゆっくり位置を探れるほど安全対策は甘くないと思うが」

 

「その心配はいらない」

 

 ピタとフィンが立ち止まったのは、壮大な館の全容がはっきりと見える距離。

 

「館もろとも吹き飛ばす。それが一番手っ取り早い」

 

「なっ……待って下さい、流石にそれは!」

 

「あくまで館を崩落させるだけで、槍を誰かにあてる気はない」

 

 そう言って、フィンはさっき【本拠地(ホーム)】から持って来た金の長槍を掲げる。

 『フォルテイア・スピア』、フィン自慢の一振り。

 

 腰を落として、深く引き、双眸を細める。湖に落ちる一粒の水滴のような静けさを以て、その『真技』を放とうとした。

 

 しかし次の瞬間、からりと地面に落ちた長槍が静寂を取り払う。

 

「これ、は……」

 

 あまつにも、自慢の一振りを手から滑り落としたフィン。それが彼のうっかりミスではないのは、まるで自分の手が自分のものでないかのように瞠目する姿を見ていれば分かる。

 

「どうしたんですか、フィンさん!?」

 

「――孫子の兵法って聞いたことありますか?」

 

 ベルに限らず、どうしたのかと抱いた疑問に帰って来たのは、フィンの声ではなかった。

 

 向こう、ギィと扉を開けて深淵から唸る不気味な声を発するのは鉄兜の男だ。アル・グレイグ、街灯でちらと輝く銀の義手を揺らしながら、彼はこちらに一歩一歩と近付いて来る。

 

 だが最大の対抗策でもあるフィンは、未だに長槍を取ろうとしない。

 

「勝つ者は戦う前に、しっかりと準備を整え、勝てると思える戦いに勝ち、負ける者はいきなり戦って、それからどう勝とうと考えるわけです。その点、実力はさながら頭脳も兼ね備えている貴方、フィンさんは厄介極まりない。――だけど残念、ここは俺の世界だ。一手……いや五手遅かったですね」

 

「アル・グレイグ……一体、何を――」

 

 遂にフィンの体は小刻みに震え始めて、やがて膝を付いた。同時に喀血し、手を血で濡らしている所を見て、ベルは一際(ひときわ)の動揺を露にする。

 

「さっき茶屋で出した飲み物に、少し細工をしただけですよ」

 

 既にフィン達の敵意に気付いていたのか、どうやらさっきベルを誘う為に寄った茶屋で細工をされていたらしい。

 

 ただ、それには少し疑問点が湧く。

 

「……冒険者様、それもフィンさんともなるときっと高い状態異常適正を持っている筈です。それも私の記憶だと、せいぜい二口しか飲んでいなかった」

 

「薬も過ぎれば毒となる。ユニコーンの角にマーメイドの生血、それに聖女の血も少々。とびきりの毒ですからね、効いて貰わないと困ります」

 

「してやられた、と言う訳か……」

 

「毒に伏した勇者なんて、もう怖くない。俺の平穏の為に、じゃあね」

 

 直後、アルは指を鳴らした。

 

 血が通っている方ではない、銀の奏でた音は良く夜空に響く。

 

 そしてその音に攫われるが如く、目の前に居た筈のフィンが"消失した"。

 

「うわぁ、フィンさんが消えた!?」

 

 影も残さず、一切の形跡もない。まるで元からその場に居なかったと錯覚するほど、きれいさっぱりと居なくなったのだ。

 

「心配しなくても死んだわけじゃないですから。この世界に何の違和感も持たない、『フィン・ディムナ』に戻っただけです。ですけど、本当に憂鬱です。ここは俺の世界、俺が命令するだけで全てが変革できる。でも使いたくはなかった。偽った創造など、生きるには虚無ですから。だけどね、貴方達を排除すれば又、平穏な世界を生きる事が出来る」

 

 淡々と語るアルは、その声の不気味さと表情の無機質さも相まって恐ろしくも感じる。

 

 調べた所、アル・グレイグは正真正銘のLv5。

 

 Lv0のベル、Lv2のローリエ。そしてただの町娘。

 

 その不安定どころか、戦う『資格』すらもないパーティーで彼にどう対抗できるわけでもない。

 

 だが相変わらず「ひぃ」と恐怖に小動物と同等の反応を見せるベルと違って、二人の『乙女』は俯かなかった。

 

「……じゃあどうして、さっさと私達を排除しないんですか?」

 

「…………」

 

 シルはその違和感に詰め寄った。もしフィンに毒を盛れるなら、同じくシル達にも飲ませるべきだったし、べらべらと喋らずにさっさと始末すればいい。

 それなのに彼はそれをやろうとしないし、シルの指摘にもだんまりだ。

 

「確かに、俺は分け合って貴方達を『リセット』する事は出来ない。ただ無力化する事は容易い」

 

「力技で来るのか?だがこっちにはまだ『切り札』がいるぞ!」

 

 そしてローリエは信じている。全てを失った訳ではなく、こちらにはまだJOKERが――。

 

「ひぃ、やっぱり僕には無理ですぅうう!!!!」

 

「あっ………‥‥」

 

 逃げた。

 

 唯一の希望が白い髪を振り乱して、正に脱兎の如く逃げて行った。

 

 その様は冒険者ではないジャガ丸くん店員としては余りに見事で、直ぐに闇に紛れてしまう。

 

「……で、誰が『切り札』だと?」

 

「えーっと……あっ冒険者様、やっちゃってください!」

 

「おい、こういう時だけ冒険者扱いするな!だが、私も上級冒険者の端くれ。決してひ弱なエルフではない!」

 

 息巻いて、深緑の瞳を閃かせるローリエ。絶対的なLv差があるのにも関わらずアルは嘲笑こそしないが、代わりに鉄兜を傾けて、

 

「さっきから思ってるんですけど、貴方誰ですか?」

 

「私はローリエ・スワンだ!無名エルフで悪かったな、このっ!」

 

「ロールケーキだかロリエルフだが知らないが、俺の敵じゃあない。――さっきの兎も含めて、時の狭間に落ちて貰います」

 

 フィンを消した時と同じく、アルは指を弾いて甲高い音を鳴らした。

 

 殆ど一致していない名前の言い違いに、ぷんすかと腹を立てていたローリエの体が浮く。――いや違う、それは上に向かって浮遊した訳ではなく、逆に重力を支える足場が無くなっただけだ。

 

 世界に突然開いた『穴』、地下の迷宮よりも先が見えない一直線の暗闇にエルフの少女は落ちていく。ひゅんと風の断末魔をあげて、彼女は地上から姿を消した。

 

 去っていたベルも同じ状況に見舞われているのだろうか。

 

 ただその一部始終を見てもなお、(シル)だけはその場にとどまっている。

 

「あっもしかして「ぐへへ、面のいいお前だけはじっくり楽しんでやる」って奴ですか?」

 

「やらないですよ?!?」

 

 そうやって素っ頓狂な声を出す程には、まだ『未熟な精神』をしているだとシルは察する。それを分かってもどうにもできないのが、この身の欠点ではあるが。

 

「俺はこの世界で、本来のベル・クラネルと同じ軌跡を歩いて来てます。なら、貴方の『秘密』を知らない訳がない」

 

「その秘密のせいで、貴方は私を葬る事が出来ないって事ですか?」

 

「そうです。時の事態に気付いていない神ならまだしもですけど……ですが、無力な貴方にはこの『箱庭』で成すすべがない。大人しく『豊穣の女主人』に戻る事を提案しますよ」

 

 只の町娘ではないシルを葬る術をアルは持っていないようだ。

 

(でもどうして?フィンさんやローリエさんに使った技を使わなくても、彼の武力なら私を簡単に無力化できるのに)

 

 それをしない『理由』が何かあると考えるのが自然だ。更にアルの言い草的に、フィンはまだしもローリエ、それにベルは完全に無力化されてしまった訳ではなく、彼曰く『時の狭間』に送られている。

 ならば希望を捨てるには早く、こうして地上に残されてしまったシルにも出来る事はある筈だ。

 

 そうやって一人になってなお、糸口を探して俯かない娘にアルは首を左右に振る。擦れてカタカタと成る鉄兜は、まるで死者の合唱(コーラス)でシルを嘲笑っているようにも感じた。

 

「以前の貴方なたまだしも、今のシル・フローヴァに運命に干渉する程の力はない。自分でも薄々気付いてますよね?」

 

「どういうことですか?」

 

「以前までの貴方なら、そもそも今の状況は起こらなかった。貴方は賢くて強い人だから」

 

「買い被り過ぎです」

 

「少なくとも、僕が知っている貴方は感情を理性で抑えられる人でした。でも弱くなった、貴方は自分の『価値』を損なってる」

 

「…………」

 

 シルが返すのは沈黙だ。

 

 それは話の流れで得てして必要となる『沈黙』ではなく、言い返す言葉もない『強制』。

 

 悠久の時を生きて来たこの身が、"動揺"している。ベルとは別のベクトルで、アルはシルをかき乱してくる。

 

 だが、そうだ。シルは事実、"弱くなった"。

 

 どうにかしてベルを手に入れるべく奮闘して来たわけだが、心の中では思ってしまっている。

 

 自分はきっと"彼"を手に入れる事が出来ない。自分は決して物語の『ヒロイン』になることはないのだと。

 

 欲しいもの全てを手に入れて来た美神として、それは塞がらない致命的な『傷』だ。

 

 

 薄紅の唇は何時まで経っても開く事はない。そして気付くと、アルはどこかつまらなそうに踵を返す所だった。

 

「娘として慎ましく生きろ。シル・フローヴァ、今の貴方にはそれが必要だ」

 

 自分を救ってくれる騎士は訪れない。その無情な事実だけが、シルの心に静かに突き刺さる。

 

 見渡す夜闇はさっきよりもずっと、暗い気がした。




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