どうにかしてベル・クラネルを手に入れようとするのは間違っていないですよね?   作:ゴリラズダンジョン

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試練は供え物

「うぁあああああああ!?」

 

 落ちていく。

 

 重力に逆らって、どこまでも先に進む。ただ果てにあるのが希望ではなく『暗闇』なのは、それが前進ではなく『後退』である事を意味する。

 

 もうどれほど落ちただろうか。

 

 ただ断言できるのは、少年の声が途切れたが最後、それは今生の別れとなること。

 

 つまるところ、死ぬ。このまま地面に激突すれば、あっさりと転落死。

 

(嫌だ、嫌だ嫌だ!)

 

 ベルはつくづく、自分が不幸だと思った。まだオラリオに来て半年足らずなのに、こうまで生に執着するのはもう三度目だ。

 

 ダンジョンではミノタウロスに捕食されかけるわ、鉄兜の男から襲撃されるわ。

 

 いっそまだ冒険者で居た方が、厄介事が少なかったかもしれない。

 

 そんな愚痴を心で零していると、段々と視界に色が戻って、遂に終点が見えてしまう。うっすらと見える地面に、もう声を上げる気力すらもない。

 

 このまま、14歳にして命を落とすのか。

 

「――ふっ!」

 

 だが瞬間、ベルの体を疾風(かぜ)が攫った。それが神の奇跡ではなく、"誰か"による『救済』であることは体を支える温もりから分かる。

 

 加速度的に落ちて来た少年の体を正確に空中で拾い上げる御業。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 そして丁寧に地面に降ろされて、直ぐにベルは礼を告げた。空気抵抗でぼやける視界を凝らすと、自分を助けてくれたのが長い耳の人……エルフだと気付く。

 段々と晴れていく視界、ハッキリと分かる金の長髪。

 

 だがそれはベルが思っていたエルフよりも少し長くて……それに瞳も空色で、何よりも幼さが残るローリエと比べて『鋭さ』があった。

 

「確か貴方は……」

 

「その反応、やはり私の知っているベルではないようだ」

 

 全貌が明らかになったエルフは、やっぱりさっきまで一緒に居た筈のローリエではない。リュー・リオン、ベルの認識ではシルと同じく『豊穣の女主人』で働いて、最近は『疾風』としても話題になっている冒険者でもある。

 

「えーっと、どうして貴方がここに……?」

 

「申し訳ないですが、事態が読めていない貴方に話せるほど、私も状況を理解出来ていない」

 

「シルさんも一緒に来てる筈なんですけど……」

 

「シルも一緒に居るのですか?それは頼りになる、では彼女を探しに――」

 

「ふざけるなっ!!!!!」

 

 この場所、『時の狭間』は一見するとダンジョンと変わらない造りだ。尖った大地に、時折壁に埋まっている魔石、そして先の暗闇。

 

 その奥から響いた怒号は、一瞬モンスターの咆哮と聞き間違い兼ねない。実際、リューは得物を咄嗟に構えて臨戦態勢を取った。

 ただ姿を現した彼女――ローリエを見て腕を降ろす。

 

「貴方は……。」

 

「分からないなら、素直に言わないか!逆に心が傷付く、ではなくてこれは一体どういうことだ!」

 

「どういうこと、とは?」

 

「何故にベル君を助けるのが私ではなく、ぽっとでエルフの貴方なのだ!明らかに可笑しい、ストーリー構成はどうなっているっ!!!」

 

 この期に及びふざけているのかとリューは思ったが、今にも涙を流しかねない彼女を見ていると、どうやら本気の様子だった。

 

「す、すいません……」

 

 自分がひとかけらも悪くないと分かっているのに、何となくリューは謝罪する。そんな大人な対応を見て、目を瞑って深呼吸したローリエはエルフらしい毅然とした表情に戻した。

 

「すまない、少し取り乱した。貴方はリュー女史で間違いないな、どうしてこんな場所に?」

 

「最近やたらと姿を消すシルを尾行して、小屋に辿り着きました。何をしているのか恐る恐る除くと、何やら見慣れないものが光を発して――」

 

「なるほど、分かった。運が良いのか悪いのか、貴方は巻き込まれてしまったらしい」

 

「どうやら、私よりよほどこの状況に詳しい様子だ。何が起こっているのか、聞かせて貰いたい」

 

 

 この後、ローリエは自分が知る限りの事に関してリューに語った。

 

 それは客観的に馬鹿げた話ではあるが、巻き込まれてしまった彼女には否定する理由がない。あっさりと何が起こっているのか理解して、そして協力を約束してくれた。

 

「アル・グレイグ。不覚にも、彼にやられてしまいました。この場に居ないシルもきっと糸口を探っている筈だ、私達はとにかくここを出る術を考えましょう」

 

 突然現れた助っ人、それも都市にそういないLv6の彼女は幸運な拾い物に違いない。ただ同時に、ローリエの心中は少し複雑だった。

 

 なにせ、彼女が居なければベルと二人だった。

 

 共に苦難を分かち合って、共同作業でキャッキャウフフな冒険が出来た。

 

 以前はダンジョンで助けてもらったローリエだが、ここではきっと彼を幾度と救う事が出来た筈だ。

 

 たが、リューの登場で全てがひっくり返る。自分より年上でしっかりしている、しかも圧倒的な実力を有する彼女はローリエの上位互換。

 もはや目の前で、兎の唇を奪われてしまう可能性もある。

 

(いっそ、闇討ちを……)

 

 とも過ったが、事実、彼女はこの何も分からないダンジョン(仮)で大いに活躍するに違いない。

 

 個人的な感情と世界を天秤に掛けた時、流石のローリエでも後者が勝る。

 

「……頼りにしているぞ『疾風』」

 

 フィンは居なくなったしまったが、新たな戦力増強があってベルも安定している様子だ。

 

 その後一行は周囲の捜索をしたが、やはり造りはダンジョンと変わらない。ただ唯一違うのは、モンスターの気配が一切ないということ。

 他の冒険者の姿、リューと同じように巻き込まれてしまった者も特に居なさそうだった。

 

「――あっ!」

 

「どうしましたか、ベル……いやクラネルさん」

 

「いや、ここに何だか不思議な突起が……」

 

 ベルのいる壁際、無機質な岩壁の一か所に半透明な魔石で作られた『四角の突起』があった。

 

「私が調べましょう。……どうやら更に中に何かある構造になっているようだ。お二人は少し離れていて下さい」

 

 得体の知れないものではあるが、今はその危険性を犯すくらいしか糸口がない。得物を上手く使ってリューは突起を砕いた。

 

「それはボタンか?」

 

「ええ、そのようです」

 

 更に出て来たのは丸型のボタン。何かを起動するスイッチのようだが……。

 

「都市外の人口ダンジョンに行った事があるが、こういうのは押せば大体悪い事が起こる。私は押さない方がいいと提言しよう」

 

「そうですね、他に何か隠されているかも知れない。本当に後先が無くなった時まで保留しておいた方が――」

 

 ピコッ。

 

 二人のエルフの解釈が一致して、ボタンから目を逸らした直後だった。何やら場に不相応な楽し気な音が響き渡る。

 

 その音の出処はやけに近く、何ならさっきまで見ていた方向だった。再び振り返ったリューとローリエ、彼女達が見たのは少年の白い指がちゃんと赤いボタンを陥没するまで力強く押す光景だった。

 

「……クラネルさん?」

 

「あ、ごめんなさい!その、お爺ちゃんが『ギミック』は男のロマンだって……押せるものは押しとけって言ってたから……」

 

 まるで自分の責任ではないかのように白々しく語ったベルは、いっそ清々しい表情だ。

 

「ベル君、君はお爺ちゃんがやれと言ったら何でもやるのか!?」

 

 ベルの少年心を叱咤するには既に遅かった。

 

 直後、『ウィーン』と不穏な音が響いて周囲を照らしていた魔石が一斉に赤色へと発光する。

 

「っ、下です!」

 

 リューはベルを咄嗟に抱えて後退して、ローリエはそれを見て「まだ、私の出番を……!」と心で零しながらも、同じく跳躍する。

 間もなく空間の中央に地面を抉る形で、大きな鉄扉が出現した。

 

 ギィ。

 

 手動で開ける必要もなく独りでに開き始めた扉に、どんな『化け物』が出て来るのかと一同は表情を強張らせる。

 

「汝、時の干渉者よ。試練を貫け」

 

 厳格な声と共に出て来る三つの影――それは案外、人と同等の大きさだ。そして姿を現して――思わず拍子抜けする。

 

「ぴぎぃ!」

 

 甲高い声を鳴らすのは、確かに怪物の類だ。だが『生存本能』に語り掛けてくるほどの恐ろしさはなく、むしろ一角兎(アルミラージ)のような可愛げがあった。

 

「あれは……ジャガ丸くん、ですか?」

 

「言われてみれば確かにそうです」

 

 じゃがいもと素材をカラッと揚げた、ベルも所縁のある食べ物。それに飴か何かで形どった手足が生える、ジャガ丸くんスペシャルバージョンだ。

 

「左から、普通の味、小豆クリーム味、それから激辛ソース味ですね」

 

「流石ベル君、まさか一瞬で見抜くとは!」

 

「言ってる場合ではないでしょう。確かに『試練』と聞こえました、ならばあれらは倒すべき『敵』」

 

 目を細め、鋭い眼光でジャガ丸君たちに向かって駆ける。

 

 そして一閃。

 

 Lv6として緩みの無い剣筋は、深層の階層主でも無傷では済まない一太刀だ。

 

「……抜けたか」

 

 だがその見事なパリパリの衣が崩れる事は一切なかった。それは分厚い防御が原因というよりは、表面に『細工』がある。

 

「油、でしょうか。攻撃を完全に流されてしまった」

 

「なら魔法はどうだろうか?」

 

「――星屑の光を宿し敵を討て、ルミノス・ウィンド!!!」

 

 緑風を纏った無数の大光弾がジャガ丸くん達を襲う。立ち込めた煙が晴れた後、やはりそこに居るのはツヤツヤの油を誇示する怪物だった。

 

「攻撃が効かない……かといって、反撃もしてこない。何か、カラクリがある?」

 

「何分、時の狭間とか言う厄介な場所だ。そうに違いない」

 

「試練、ジャガ丸くん……一体何の因果関係が――っ、クラネルさん!?」

 

 警戒してそれ以上の行動を起こさないリューとローリエと違って、ベルは一人歩き出した。

 

 今の彼は冒険者ではない。

 ベルを尊敬しているリューであっても、その独断行動は保護者として許容できない。直ぐにその背に向かって走り出そうとするが、すっと横から手が伸びる。

 

「なっ、どうして止めるのですか!」

 

「リュー女史、確かにあの少年の背は小さく、実力もLv0だ。だが彼はベル・クラネルだ、その名を有する少年が何をやって来たか知らない訳でもあるまい」

 

「ですが――いや分かりました」

 

 ローリエの言葉にグッと堪えて、この場はベルに託すことに決めた。やがて少年は一体のジャガ丸くんの前に立って、その衣にそっと手を当てる。

 

「……ジャガ丸くんは、出来立てが一番美味しいです。だから、冷めるとふやふやでしばしば食べられずに捨てられてしまう。――今分かりました、これは食べられなかったジャガ丸くんの集合体です」

 

「なるほど……なるほど?」

 

「彼らはただ、美味しく食べられたかっただけなんです。という事で、食べましょう!」

 

「待ってください。この量を三人で食べるのは……それに油ものは余り――」

 

「なら、僕が食べる。やらなければ、何もかもやらなければ、そこに立つことさえ出来ないんだ……やるんだ! そこにたどり着きたいのなら!」

 

 ゴォーン、ゴォーーン。

 なぜだろうか、大鐘楼の音が響いた気がする。急に赤瞳(ルベライト)を爛々と輝かせた少年は、次に裂帛の勢いで吠えた。

 

「あああああッ!!!」

 

 

 原寸と比べて優に100倍はあるジャガ丸くん達。食べるのは余りに億劫だが、少年を見ていると何故かやらなければいけない気がして来る。

 

「周囲を巻き込むその雄姿、やっぱりベル君はベル君だ……!」

 

「果たしてそうなのだろうか……?」

 

 キラキラと目を輝かせるローリエと違って、頭を抱えるリューだった。




もう終着点が見えてくる頃なので、今しばらくお付き合いください!
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