どうにかしてベル・クラネルを手に入れようとするのは間違っていないですよね? 作:ゴリラズダンジョン
「あと少し……あと、少しだ」
「エルフの私達には流石にキツイな……」
「貴方は普通の味だからまだましでしょう。この小豆クリーム味の甘味は中々に強敵だ」
二人のエルフが苦戦する一方、ベルは既に綺麗に食べ終わっていた。彼の言った通りジャガ丸くんの化け物は大人しく体を差し出して、其処には何も残っていない。
いっそ非道な化け物であった方が
しかし一度食べ始めた以上、命の恵みに感謝して平らげるのが作法というもの。ただ、食欲旺盛とされる冒険者ではあるが、流石に100倍ジャガ丸は無理難題である。
「二人とも駄目ですよ。食べ物は美味しそうに食べないと」
「……ならベル君、君が魔法の言葉を掛けてくれ。そうすればきっとどうにかなる、うん」
「えーっと……美味しくなあれ?」
手をハート型にして心ばかりの祝福を言葉にしたベルを見て、ローリエの口に広がる味が変化する。それは満腹感を消し去ってしまう魔法、どこまでも頬張りたくなる、言わば天国味。
「うぉおおおお!私は食べるぞっ!!!」
「今は貴方が羨ましいです、私は――」
「あっ!」
パクパクと口に頬張るローリエを他所目に、完全に手が止まってしまったリューを見てベルは思わず声を上げる。
まさか弱音を吐くエルフを叱咤するほど、ジャガ丸くんへの愛が重いのかと戦慄するリューだったが、
「頬にクリームが、付いてますよ」
「……そうですか、見っともない姿を晒してしまってすみません」
「っ待て、リュー女史!体を動かすな!」
「な、何ですかいきなり」
ベルの指摘に微かな羞恥を抱いたリューは、袖で頬を拭おうとしたがローリエの一声で止められてしまった。
(さっきから喜怒哀楽が激しい人だ。彼女は本当に同族なのだろうか……)
冷静沈着なエルフとはかけ離れている変わり者の彼女に、思わずリューは心で零す。だがそんなローリエだからこそ、『何か』に気付いたのかもしれない。
「これは『フラグ』だ!貴方はきっとクリームを拭えずに、ぺろりん兎の登場だ!」
「……何を言っているのか理解に苦しみますが、取り敢えず浅はかだった自分を叱りたい」
「と・に・か・く、其処を動くな!私がそのクリームをとってやる」
この人は何を言っているんだろう……。ベルがそう言わんばかりに苦い顔をしているが、今のローリエは気付かない。
そして彼女は、リューに向かって加速した。
何としてでも『ぺろりん兎』を阻止したいローリエと違って、その意味すらも検討が付かないリューは別に彼女が自分の頬に付着するクリームを拭う事を拒否する理由もない。
故に、特段の動きは見せなかったが――、
「あっ、そんな所に丁度人が躓きそうな小石が」
「いぎゃっ!?」
全力で加速した手前、一度挫くと止まる術がない。
ふと、そこで思う
(ああ、分かった。きっと私がこのままコケる事によって、あれやこれやとすいすいなって、ベル君の唇が彼女に向かうのだ。それが引力、運命の力――)
「手のかかるエルフだっ!」
だがそうはならなかった。
一歩出遅れてしまったリューだが、そのステータスがあれば目の前で転ぼうとしている一人救うのは容易い。『疾風』の二つ名の如く、風を追いこす速度でローリエをすくいあげた。
――ちゅっ。
「えっ?」
「あっ……」
だがその際、上手く形が嵌まってローリエはリューに寄りかかる形になってしまった。身長差が噛み合って、ローリエの唇がリューの頬を――クリームを拭う形になったのである。
やったね、ぺろりん兎阻止成功だ!
「じゃない!違う、これは違う!!!」
「なっ、人の頬にその……く、口付けをしておいて何たる反応ですか!」
「五月蝿い、キス位で騒ぐなポンコツエルフ!」
「誰がポンコツですか!」
「待って下さい二人共!何か、何か聞こえないですか?」
口論に割って入ったベルに耳を貸すと、確かに何かぼそぼそと呟きが響いている。
「ご―――だ」
「扉の向こうから……?」
「合格だッ!!!!!」
扉から飛び出して来たのは、次なるジャガ丸くんだ。さっきと違うのは、立派な王冠と髭を蓄えている点か。
「私の名前はジャガ丸くん大王、この試練の試験官である!そして貴殿らは達した、おめでとう!いやしかし、素晴らしい『絆』を見せて貰った!美少女エルフカップルとくれば、儂も飛び出して来るしかないだろう!」
「どうやら、この試練は『絆の力』を見せれば良かったようだな。そして私とリュー女史の雑事が、意図しなくとも試験官に引っ掛かった」
「……?なら私達が頑張ってジャガ丸くんを食べていたのは……?」
「さて儂の息子たちはどこかな!何分、あやつらは未熟で主体性がなく――」
ジャガ丸くん大王は気付いた。
自分が送り出した息子達が、その場に居ない事に。
愛する娘の『
「く、クラネルさん?あのジャガ丸くん達は食べられなかった思念の集合体ではなかったのですか?」
「…………ご、ごめんなさぁあああああい!!!」
「待つのだ、ベル君!」
「我が子の仇、許してなるものかぁ!」
「くっ!このジャガ丸くんはかなりの強敵だ。非常に不本意ではあるが、ここは私が止める。後は頼みました、同胞!」
●●
と言う訳で、残念ながらリューとは別行動する事になった。
非常に遺憾だが、仕方のない事だ。
「頑張ってくれ、リュー女史。――少しでも私がベル君とイチャイチャできるよう、出来るだけ戦闘を長引かせてくれよ……」
「何かボソっと聞こえましたけど、実はローリエさん喜んだりしちゃってないですか?」
「そ、そんな訳ないだろう!これでも私は仲間想いの良いエルフだ!」
事実、ローリエは決して非道な性格ではない。
リューに対して心配をしていないのは、彼女の実力を買っているからである。
(いや待て。やっぱりリュー女史と離れたのは不味いのでは……?)
ベルの魔性の魅力に当てられてしまっていたおかげで失念していたが、ローリエはLv2だ。それも戦闘派ではなく、どちからというと頭脳派。
化け物が出て来たとして、果たして勝てるのか。
(いいや大丈夫だ、どうにかなる。そう悪い事ばかり起きるのが冒険ではないし、そろそろラッキースケベだって……!)
だが期待とは得てして裏切られるものであって、とくにこの『時の狭間』という大きな試練を前には、嘲笑うかのように『最悪』が訪れるのが運命である。
「……来ます」
「どうしたベル君、急に顔を青くして」
「"あれ"が来るんです。こっちに向かって近付いて来る」
当然、冒険者であるローリエの方があらゆる感覚においてこの世界のベルより優れている。しかし彼女が気付けない『危険』を、確かに少年は察知している様子だった。
レベルが関係ない感覚となると、代表格では『生存本能』。弱者として、只の白兎として生きて来た経験、思い出が作り出した形のない『指針』だ。
「ヴヴォォオオオオオオオオオッ!」
そして現われたのは、本来、白髪の少年の宿敵、
「ミノタウロス……それも白い!?」
ダンジョンではそれほど珍しくない牛の怪物。以前、変異種として黒い個体が現れたことがあったが――目の前に居るのはそれとも違う品種だった。
分厚い野性の肉体を覆うのは白い毛並みだが、美しい天使とは思わないほど鋭い眼光と獰猛な牙を曝け出している。
『未知』とは冒険者にとってそれだけで脅威だ。Lv2のローリエはただのミノタウロス程度なら、単独撃破も可能だろうが訳が違う。
直ぐに襲い掛かって来ない所を見ると、ある程度の知能も兼ね備えているのか。
「汝、時の干渉者よ。第二の試練を貫け、我は『時の番人』なり」
先ほど、扉からジャガ丸くん達が出て来た時と同じ声が、白いミノタウロスーー時の番人の口から発せられる。名前から察するに、この化け物を倒せばこの『迷宮』から脱出する事が出来そうだ。
だが言い換えると、この白いミノタウロスは
「うわぁあああ!」
「逃げるな、ベル君!背を向けた兎を逃がすほど、この相手は甘くない!」
「で、でも……リューさんもいないのに、どうやって――」
「私が居る、私がやって見せる。貴方は其処で、応援でもしていて欲しい」
自分より遥か大きな強敵に立ち向かう勇者。あるいはローリエの姿は、ベルにそう映っているかも知れない。
だが、酷いやせ我慢だ。
本当は恐ろしくて逃げ出したいし、勝算もない。
だけど守るべき相手、傷付いて欲しくない人が背後に居る。ならばその深緑は俯かず、次には体が動いていた。
「はぁっ!」
先手必勝、携帯している短剣で時の番人を斬り付ける。間髪置かずに、隠し持っていた『魔剣』を取り出してゼロ距離の雷鳴を轟かせた。
「…………」
だがその全てが"浅い"。獰猛な牙は折れる素振りも見せず、正真正銘の怪物は呻き声も上げない。
「くっ、ならば!」
物理な攻撃が駄目と分かったら、当然、後退して魔法の選択肢に移るのが普通だ。息を整えて、詠唱を紡ごうとしたローリエだったが、それを赤い双眸は許さない。
時の番人は太い腕を前に伸ばして、何かを潰すように掌を握った。
「フゥー!フゥーッ!!!」
直後、明瞭な風が行き場のない『時の狭間』に吹く。最初は心地良いそよ風と思ったが、斬新的に風力が増して、遂にローリエの華奢な体が少し浮いた。
「か、体がもってかれるぅ!」
「ベル君、其処の岩に捕まっていろ!」
ローリエとベルに対しての追い風。つまりそれは、時の番人の方に引き寄せられる『引力』だ。
近くに掴まる所がないローリエの踵は遂に地面から離れて、風に体の主導権を奪われてしまった。何か反撃をしようともしたが、こうなるともう罠にかかった鼠だ。
「があっ!?」
転瞬、爆拳。拳から放たれた白の衝撃が、ローリエを穿つ。
追い風による加速はそれを決定的な一撃にして、妖精の体をいともたやすく吹っ飛ばした。
「ローリエさん!?」
今だけはその少年の声が雑音に聞こえるほど、ローリエが感じる世界は煩わしかった。血が逆流するような果てしない痛みに囚われている今は、何も感じたくはない。
地面を何度も
ただ同時に『衝撃』という更なる痛みが襲ってくるため、安息する事は出来ないが。
「―――さん!し―――さい!」
直ぐに駆け寄って来たベルの声が、やけに遠い。
(ああ、どこまでも私は……)
一撃、たったの一撃だ。それなのに、骨は砕けて視界は血で染まってしまっている。
どこまでも、ローリエは主役にはなれないのだ。主に都市外で活動している彼女は、Lv2ながらもオラリオでは知名度が低く、ファミリアの方針故にその功績が明るみになる事もない。
所謂、日陰者、あるいは脇役という奴。縁の下の力持ちと言えば聞こえはいいが、結局は片翼で飛ぶことのできない鳥だ。
自分には英雄のような才、ベルが成した所業の一つも達成できない事は分かっている。彼と結ばれるなんてものは、夢の又永久の果てだ。
だから。
「私……はっ。立つ……立ち上がることが――出来るっ!!!」
せめて愛する人位は守ってあげたい。
エルフの矜持も自分の弱さも忘れて、今だけは血が滴る脚を奮い立たせる。
「どうして、そこまで……」
「君が私を、救ってくれた。ただ、それだけだ」
「それは貴方の前に居る僕じゃない」
「……そう、かも知れないな。だが許して欲しい、君がベル君である以上私はきっと何度でも守るために立ち上がる」
「………‥」
立ち上がってベルに背を向けたローリエ。今彼がどんな表情しているのか分からない。
もしかして、勝手な事を言って勝手に猛るなと眉間を寄せているかも知れない。
だが想いを貫くために、彼女は怪物から目を背ける事はなかった。
「……その勇気に賞賛して、武器をやろう」
再び人語を介した時の番人、直後に閃光が
片手剣、短剣、
「どうせなら、
直ぐ傍にあった斧を引き抜いて、ローリエはボロボロの体とは思えない滑走を始めた。
見た目を反して握り心地は軽く、それでいて振う際はずっしりと重みが乗る。正しく技物、それこそローリエでは手の届かない第一級冒険者が扱うものと遜色はないようだ。
証拠に、次の一閃は時の番人の分厚い肉を削った。先ほどとは違う確かな感覚だが、それでもまだ足りない。
「フゥーッ!!!」
「くっ!?」
(直接攻撃を被れば終わり。だがこれなら後、十数回は持つ)
骨と筋肉の疼きを意思で制御し、血を滾らせる彼女はどこまでも元来の冒険者を体現していた。
最速退場エルフ見参