どうにかしてベル・クラネルを手に入れようとするのは間違っていないですよね? 作:ゴリラズダンジョン
「はあっ!」
戦場を駆けまわる妖精が謳うのは、朗々とした詠唱ではなく剣戟の賛歌だ。
対面で打ち合っても勝てないなら、手数で翻弄して隙を突く。その為に、ローリエが採択している戦い方は"武器を使い捨てる"事だった。
時の番人が施した慈悲のおかげで、至る所に武器が埋まっている。その利点を生かして、行動する時は回避に専念するために武器を手放し、攻撃する時だけ得物を握った。
いわゆる、"必要な時に必要なだけ戦法"。
鍛冶師からはこれほどの武器を粗末に扱うとは何事だと言われてしまいそうだが、死の五を言っていられない。
時にはまるで投擲物かのように斧を、短剣を、力任せに振りかぶった。
「……ヴヴォォ」
それでも決定打にならない。
白い毛並みは微かに傷付くばかりで、一瞬でも気を抜けばあっさりと"喰らわれる"。
そして、一つ又一つと。
ローリエのライフは徐々に減っていく。
結局、時間稼ぎだけで何も出来ないな。何がエルフ、知恵の種族だ。
幼く資格のないお前は、日陰者がお似合いだ。
今のローリエを見て、あるいはそう罵る者も居るかも知れない。
だがローリエは非力であっても『無能』ではない。
次に吹き荒れたのは、先ほどより強力な風。獲物を確実に、無防備に自分の前に引き寄せる為の『引力』が、少女の華奢な体を吸い寄せ始める。
避けることのできない絶命の罠に、しかしローリエはニィと口角をあげてやった。
「……これを、待っていたのだ!」
正真正銘、これが最後の『一手』。ローリエがこの絶体絶命な状況で思い付いた、最善の策。
その引力が引き寄せるのは、小石などを含める"あらゆるもの"だ。
そこに『意思』はなく、ローリエだけ、特定の『何か』を引き寄せる事が出来ないのなら――。
「この引力は、貴様を滅ぼす災厄となろう!」
何もローリエは考えもなしに武器を投げ、振っていた訳ではない。その全てを、隠し持っていた『糸』で繋いでいたのだ。
そして大本の糸は、時の番人の脚に隙を見て括り付けてある。
糸は特注の品で暗いこの場所では目を凝らしても視認する事は難しく、それでいて強度はお墨付きだ。
例え小さな星でも、繋がれば『星座』となる。
ただガラクタの如くおざなりに向かう筈だった武器は、束となって、そして正確に牛の巨躯に走った。
ローリエを凌駕する質量と成った『武器の塊』は、ローリエを追い越してそのまま分厚い肉体を"貫く"。
意表を突いたその策に咄嗟に防御はできず、度重なった金属音の後、重厚な轟音が響き渡った。
それは、時の番人が倒れた音だ。難攻不落と思えた『山』が今確かに"崩落した"。
「はぁはぁ……エルフを、舐めるなよ。向かい風は悪を貫くためにある」
金の髪をさらりと流して、バシッとローリエは決めてやった。傷は決して浅いものではないが、初めて余力を尽くし切った感覚はいっそ清々しくもある。
さて。
強大な敵を倒した報酬は、それはもう素晴らしいものに違いない。
さぁ何をくれるんだい、愛しのベル君!
そうして踵を返そうとしたローリエだったが――、
「見事、だ。だが、足りない。お前では"務まらない"」
荘厳な声に振り向くと、胸に菊の花の如く武器を生やす時の番人は起き上がっていた。深層の怪物であっても灰に還していないのは不思議な程の傷を背負いながらも、悠然と息を奏でている。
(ああ、そうか)
時の番人は決してローリエの策にしてやられた訳ではない。奴には余裕があった、避けずに胸を貫かれても『敗北』の二文字は有り得ない自信があったのだ。
証拠に双角が光ると、手品みたいに時の番人が負っていた傷の全てが"完治"した。
巨躯を侵略していた武器も消失して、白く厚い胸板を晒している。
より爛々と朱い双眸が閃くが、もうローリエは一歩も動けない。悲憤を胸に、来たる敗北を受け入れようと目を瞑ろうとした。
だが刹那、白影が視界を走る。
それは記憶に焼き付いている、『幕間』とは違う。あの時、ローリエが絶体絶命の状況に降り立った白色の英雄と比べてずっと儚く、そして『愚鈍』な色だ。
でもなぜだろうか、凄く心がときめく。その少年の背を見ていると、高鳴りが止まらない。
「やっぱり……やっぱり、ベル君だ」
「僕は……僕は、もう一人の自分が凄い人だなんて、そんな事は良く分からないです。――でも貴方は僕を守ろうとしてくれた、その勇気に答えられないほど僕は恥知らずでありたくはない」
今、断言できる。
その白い髪を揺らして、
強敵に恐れず、想いを胸に走ろうとするその様は稀代の英雄の卵。
もう憂いは無くなった。
「ベル、君……次会った時は、約束の買い物に……いやいっその事、私を
「ちょ、ローリエさん!?最後の最後で意味不明な事言って、消えそうにならないで下さい!?」
「……混乱している顔もカッコイイ、ぞ」
そして、ローリエは『光粒』になった。
命を落とした訳ではなく、敗北した事によってフィンと同様にこの世に不満を持たないローリエ・スワンへと戻ったのだ。
彼女の出番は此処で終わり。
だからこそ、ベルは俯いてはいけない。紡がれた想いは繋いでいくのが、英雄譚の
今だけは何時も頭に過る『弱音』を振り払って、戦う意思を示した。
「来い、僕が相手だ!」
とはいっても、真面に冒険者としての軌跡を歩んできていないその構えは形にもなっていない。上手く定まらなくて、脇を何度も締め直す姿は不格好そのものである。
それでも瞳の光はくすませない。
さぁ、いくぞ。やってやる!
そうして無謀な挑戦に挑む為、ベルは思いっきし地を蹴った。
「……合格、である」
「えっ?」
出鼻をくじかれたのは直ぐだった。
さきほどから必要な事以外は怪物として唸っていただけの時の番人が確かに語った。"合格"だ、それはもっと簡単に意味を砕くと、これ以上ベルが"何をする必要もない"事を意味する。
「ば、馬鹿にしないで下さい!」
「馬鹿にしてなどおらぬ。第二の試練に必要だったのは勇気、そして貴様はそれを示した」
「勇気……でもローリエさんの方が……」
「勇気の尺度が違う。娘も大したものだったが、貴様が示した勇気とはそれ以上だ」
そう言う事なら、そう言う事なのだろう。
ただベルはやりきれない気分だ。折角助けてもらったのに、形として返す事が出来ていないのだから。
「……勘違いするなよ、小僧。此処が冒険の終点ではない、まだ成すべき事は残っている」
「成すべきこと……?」
「アル・グレイグ、世界の『瑕疵』だ。あれを倒さぬ限り、先ほどの娘が報われる事はない」
「アル・グレイグ……」
ベルがミノタウロスと同等、いやそれ以上に忌避するべき相手。
ここまでローリエがお膳立てしないと膝を付いて弱音を吐く事しか出来なかった、
―お前は弱い。
まだ志が高かった頃、迷宮でその鉄兜はベルの前に現われた。
「この先どれだけ強くなってもお前は『英雄』に成れない。朽ちて、懺悔と後悔の日々を送る事になる」
アルは確かな瞋恚と微かな悲憤を宿しながら、少年を罵った。
「今すぐ【ファミリア】を去って、冒険者を止めろ。さもなくば――」
仮に未来がそうだったとしても、別の道を切り開く。憧憬という名の希望があったベルは、その言葉を鵜呑みにしておめおめと逃げるつもりはなかった。
しかし、アル・グレイグは驚異的な強さを誇っていた。
Lv1のベルでは勝ち目がなく、かといってミノタウロスの時のような奇跡も、救済は訪れなかった。
まるで運命がそれを望んでいるかのようにベルは打ちのめされて、挙句の果てには、
「これ以上歯向かうならお前の大切な奴らを殺す。主神、ギルドのアドバイザー……あとは言わせるなよ?」
そう脅されて、なくなくベルは主神の元を去り、冒険者を止めた。
「ベル君、僕は――」
既にベルの心が折れてしまった事に気付いていたのか、最後までヘスティアは何も言わなかった。
「どうだ、ベル・クラネル。今でも貴様は怖気づくか?」
「……今でもあの時を夢に見ます。あの名前が都市を駆ける度に、肩身の狭い思いを抱く。――でももう嫌だ、これ以上、期待を裏切る僕で在りたくない」
「その意気込みや良し。良し、貴様を現実に返してやろう」
「ま、待って下さい。その……ヒントとか、強力な仲間とか貰う事って出来たりしますか?ほら、試練を突破した報酬って奴で」
急にへっぴり腰になったベルは、時の番人の顔色を伺う。覚悟が決まったのか決まっていないのか良く分からない少年に「はぁ」と溜息を吐く牛の怪物は余りにもシュールだった。
「アル・グレイグは英雄を恐れている」
「えっ?」
「褒美だ、覚えておけ。後は仲間だが……必要はないだろう。既に、現実世界では貴様を健気に待っている『娘』がおるわ」
ローリエの戦闘方法に関しての描写がないので、勝手に糸とか使わせちゃいました。頭は回るし、強キャラっぽい台詞を吐くなんて絶対LV2じゃないだろ!って話はベル君効果と言う訳でお許しください。