37歳。カンザスの田舎町でトレーラーハウスの中でくたびれた生活をするジョニーの前に、突然天使が舞い降りる。

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俺の前に天使が現れたって?

その日は最悪だった。

 

いや、その日”も”最悪だったんだが。

 

いつも通りゴミだらけのトレーラーハウスをのそのそ這い回って、冷蔵庫にあるビールを取りに行く。

 

べちゃり。と音が鳴る。

 

いや、正確には鳴らなかったんだが。

 

俺の踏んだピザにはカビが生えていたし、食う価値の無いカリカリのカスでしか無かった。

 

こんなカンザスの田舎で、ゴミの中から裸の映ってる本をとりあえずめくる。

 

これぐらいしか、今の俺にはできねえ。

 

37にもなる俺を10代の自分が見たらなんと思うかなんて事も考えない。

 

んで。ページをめくってるとインターホンが鳴った。

 

10年間鳴ったことが無いのに。

 

取る気も無いので放置していると、インターホンは繰り返し20回程また鳴る。

 

最悪だ。

 

どうせ宗教の勧誘に違いない。

 

いっその事痛快な言葉で撃退して勧善懲悪ごっこと行こうと思い、俺はドアを開けた。

 

そしたらいたんだよ。

 

 

天使が。

 

 

ホントにいたんだ。

 

コスプレとかじゃなくて。

 

金色の髪に羽が生えてて、上に光る輪っかが付いてる”イカニモ”って感じの天使がいた。

 

「どうも・・・天使です~!」

 

「帰れ」

 

それだけ言ってドアを締める。

 

すぐさまバンバンという音が聴こえる。

 

勘弁してくれ。

 

中学生の時にしてたそういう妄想が今来ても困る。

 

余っていたビールを扉に背を向けながら飲む。

 

もうなんかここまで来るとどうでも良くなってくる。

 

説得して追い出した方が早く帰ってくれるだろう。

 

ドアを開ける。

 

笑顔で笑う天使。

 

またドアを閉めたい欲望に駆られたが、今度は我慢して中に入れる。

 

テーブルで”ヤツ”と対面する。

 

「・・・で、何だ」

 

「何って?私は天使ですよ?なんか・・・やったー!とか無いんですか?」

 

「あるワケ無いだろ。大人ナメてんのか。殺すぞ」

 

そう言うと天使はションボリして、下をうつむいて黙ってしまった。

 

「でも、天使に会ったら幸せになれると思って・・・その・・・」

 

「関係ない。それにここは人間の国だ。お前の居場所は無い。帰れ」

 

エリア51だのキャトルミューティレーションだのイエスの生まれ変わりだの、この国ではよく聴く言葉だが、いざ自分の人生の前に「それ」をよこされると意外と凡庸だな。と思った。

 

・・・

 

おもむろに俺は冷蔵庫から冷凍ピザを取り出す。

 

それをレンジに入れて加熱する。

 

料理でも何でも無い。ただのルーチンワーク。

 

そうして出来たピザの皿を無言で天使の前に置く。

 

「やった~!」と喜ぶ天使。

 

 

 

・・・なんでなんだろうな。

 

タバコに火を付けながら彼女の顔を見て思う。

 

「名前は?」

 

「あ、ルーシーです!」

 

・・・同じじゃねえかよ。

 

なんでアイツなんかと。

 

 

 

18の時に、1年だけ燃えるような恋をしたことがある。

 

本当に人生がひっくり返るような、真実の愛による恋。

 

いや、それは俺が脳内物質の流れで一方的にそう思ってただけかもしれんが。

 

それから彼女はある日を境に俺の元から消えた。

 

俺はひどく落ち込んだが「他のヤツが好きになったんだな」と思っていたさ。

 

それからしばらくして、そいつの両親が俺の元に来たよ。

 

 

 

彼女は不治の病だった。

 

それを隠していやがった。

 

どうしてなんだよ。

 

言ってくれよ。

 

言ってくれれば、伝えたい事だって山ほどあったのに。

 

「心配させたくなかった」なんて遺書に書くんじゃねえよ。

 

綺麗にお前のストーリーを終わらせようなんて”ずるい”じゃねえかよ。

 

 

 

それからこんな田舎のトレーラーハウスで、死んだように生きていた。

 

終わらせるつもりだったんだよ。

 

消化試合で人生を寿命までエンディングで持っていくつもりだったんだよ。

 

なのにお前は。

 

眼の前の天使は、なんで「ルーシー」と同じ見た目をしているんだよ。

 

「・・・17年前、ビーチで手紙を俺に渡しただろ?」

 

「?」

 

不思議がる天使。

 

あぁ。

 

違う。

 

彼女では無い。

 

ただ、似ているだけなんだ。

 

「いや・・・忘れてくれ」

 

ルーシーはもうやるべきことも無いようで帰るようだった。

 

「じゃあね~」と言って空へと登っていく天使。

 

それを黙って見送る。

 

 

 

 

「ホログラムの再生が終了しました」

 

はぁ。と俺はビールを口に含む。

 

もう缶の中身は全部空だった。

 

 

「貴方の目の前に、最愛の天使が舞い降りて来ます!好きな人物を思うようにクリエイトしましょう」

 

こんな商品を2000ドルで買った自分に後悔していた。

 

そしてそんなホログラムの空間ですら、俺は心を閉ざしてしまう。

 

 

 

なぁルーシー。俺の心の時間は止まったままだよ。

 

 

「人生の呪文はね。アブラカタブラなんかじゃないの。自分を信じる事なのよ」

 

 

ビーチの前で、そう言ってくれた事を俺は今でも覚えてる。

 

でも、進もうって思って進める程人間できちゃいねえんだよ。

 

そう思いながら、雑誌の山のベッドで俺はまた眠りについた。

 

 

 

眠りに付く直前、なんとなく、携帯の振動が鳴っていたような気がする。

 

もう、何だって良いのだが。

 

 

 

 

 

 

「ジョニーさん!ジョニーさん!」

 

「私です!VR営業部のケビンです!」

 

「貴方が頼んだホログラムですが・・・実は欠陥があって、全く動作していない状態だったのです!」

 

「・・・いや、それどころじゃない。本当に信じれないと思うが、今から30分前に、カルフォルニアの空に謎の黒い球体が現れて、そこから聖書に出てきたような悪魔が現れたんです!」

 

「軍隊では歯止めが効かず・・・もうそちらにも襲撃が来るはずです」

 

 

「お願いですから今すぐに逃げて下さい!」

 

 

 

 

「あぁ、もし”選ばれし勇者”のような存在が誰かいれば、人類滅亡は防げたかもしれないのに・・・」

 

 

 

 

 



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