キュゥべえである毎日   作:唐草

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「当然のことをしたまでよ」

 

 

「えっと……米田さん。その娘は一体……誰かしら」

 

 怪訝な顔、というよりも戸惑った顔でマミちゃんが尋ねてきた。案外困り顔が似合うお人だ。ますます友達になりたくなってきた。

 

「うん?僕の旅の道連れで世の情けな僕の友達、夏目ハルカちゃんだよ」

「巴マミさんですね。今日からお世話になることになります、夏目ハルカです。よろしくお願いします」

 

 案外ハルカちゃんは学校では猫を被っていたタイプらしく、こうして見るとどこかのお嬢様のようにも見える。服装もお上品な白いワンピースなので、なおさらだ。

 マミちゃんは振り返ってキュゥべえに顔を近づけると、

 

「ちょっと、キュゥべえ!あれ、駆け落ちかしら、駆け落ち!凄いわ!駆け落ちは本当にあったのね!」

 

と、空飛ぶ天空の城を見つけた少年ばりに興奮している。本人的には内緒話をしているつもりらしいが、実際、丸聞こえだ。マミちゃんはやはり、浪漫とか、厨二とか。そういったものが大好きらしく、頬は上気して赤くなっていた。

 ハルカちゃんも勘違いされたせいか、赤くなっている。ここで気をつけて欲しいのが、このハルカちゃんの赤面は別段僕が好きだからということでなく、単に彼女が照れ屋だからだ。僕は、依存させるようには仕向けたが、それを恋愛方面に繋げるようにはしていない。今のところそのような兆候もないし、おそらくハルカちゃんが僕に恋愛感情を抱くには、何かイベントがなければ、少なめに見積もっても二週間といったところだろう。フラグは一日にしてならず、だ。体の関係に持って行けたら一瞬なのだろうが、童貞坊やにはハードルが高すぎる。それに、この体になってから、全くと言っていいほど性欲が湧かないのだ。不能ってわけじゃなさそうなんだけどなあ……。

 

「マミちゃん、ちょっと勘違いしているようだけど、僕らは別に恋人じゃない。ただ、何よりも大切な友達っていうだけでね」

「エツくんの言う通りですよ。私ごときがエツくんの恋人だなんて、そんなのおこがましいにもほどがあります」

 

 僕の友達だというのに、ハルカちゃんは妙に自己評価が低い。僕としては友達にはもっと自信を持って貰いたいんだけど……。やっぱ、友達になる際に散々に価値をこき下ろしてしまったのが原因だろうか。次回からは気をつけようかな。

 

「友達……そうね。友達はいいものだものね」

 

 感慨深い風に、マミちゃんが呟いた。言葉の端から悲哀が滲み出ている。

 

「そんな他人事みたいに言わないでくれよ。僕は是非とも、マミちゃんを友達にしたいと考えているんだから」

「それはあまりお勧めできないかな」

 

 せっかくいいところだというのに、キュゥべえがインターセプトをかけてきた。こいつホント邪魔だな。煮たり焼いたりしてきゅっぷいしてやろうか。

 

「いいかい?魔法少女というのは、文字通り命懸けなんだ。下手に関わっても、お互いに不幸にしかならないよ」

 

 ここぞとばかりに僕らをマミちゃんから遠ざけようとするキュゥべえ。だが、その内容は穴の開いたザルよりもひどく、マミちゃんを早く絶望させて魔女にしたいという意図が透けて見えるようだ。

 

「えっと、エツくん。あのぬいぐるみみたいなナマモノは……」

 

 打ち合わせ通りにハルカちゃんが合わせてくれる。勿論、僕とマミちゃんのキュゥべえが別種のものであることも説明済みだ。

 ハルカちゃんのその顔には動揺と困惑が見て取れて、知らなければ演技とは思えないほどだった。一体、普段からどんな演技をしていたんだろうか……。

 

「ああ、あれはキュゥべえ。ハルカちゃんが見るのは『初めて』だったよね。キュゥべえ、彼女に自己紹介をお願いできるかな?」

「……わかったよ。ボクはキュゥべえ。素質のある娘と契約して、その娘を魔女と戦う魔法少女にすることができるんだ。……どうやら、きみにも素質があるみたいだね」

 

 なるほど、嘘は一切言っていない。ハルカちゃんに素質があるのは事実だし(ただしすでに契約済み)、キュゥべえはただ単に自己紹介をしただけだ。だがそれが詐欺師の手口であるのは言うまでもなく、といったところかな。

 

「せっかくですけど……私は、あなたと契約はしません」

「そうかい、ボクとしても、無理強いはできないからね。それもまた一つの選択としてその意志を尊重するよ」

 

 白々しく引き下がるキュゥべえ。願いが叶うことを話していないあたり、営業に懸ける熱意が伝わってくるようだった。手を抜くところは手抜かり無いのか。

 

「そう……。で、でも、私の家にはしばらく泊まってくれるのよね?」

「はい、お世話になります。……えっと、巴さんは、魔法少女……?なんですよね。エツくんを助けてくれて、ありがとうございます」

「気にしないで。魔法少女として当然のことをしただけよ」

 

 それが当然じゃないのが、魔法少女なんだけどね。

 

 

 

 マミちゃんに僕が泊まることになる部屋を紹介して貰い、ごろりと我が物顔で床に転がる。一人暮らしだというのに、埃が付くようなことはなく、綺麗に掃除が行き届いていた。

 重力に従おうとする髪を手で押さえ、天井を見ながらこの後を考える。今日は三月二十三日なので、おそらく数日のうちにまどかちゃんとさやかちゃんがこの家にやってくるだろう。接触はそれでいいのだが……何か、忘れているような気がする。

 

「…………あ、美国織莉子と呉キリカか」

 

 そうだ、彼女たちも見滝原にいるのか。織莉子ちゃんには、『自殺した汚職政治家の人の家はどこですか』と尋ねれば会うのはそれほど難しくなさそうだし、明日、マミちゃんが学校へ行っているときにでも行ってみようかな。あんまり接触が遅いと、既にほむらちゃんに殺されている可能性もあるし。

 思考の海に潜水して溺れかけて意識を手放そうとしていると、コンコンと、控えめなノックの音が聞こえた。

 

「ちょっと、いいかしら」

「どうぞ」

 

 返事をすると、ドアの脇からのぞき見るようにしてマミちゃんが入ってきた。小動物チックで可愛らしい。

 

「何か用かい?」

「ええ。その髪の毛と目は…………」

「ああ、地毛だよ。所謂、アルビノだね」

「やっぱり!」

 

 アルビノは見事マミちゃんの厨二の琴線に触れたのか、彼女は手をぱんと打ち、憧れの眼差しで僕を見てきた。鼻はぷっくりと膨らんで、そこから吐き出される息は心なしか荒い。

 

「格好いい……って言ったら失礼になるかしら。アルビノって、いいことばかりじゃないって聞くし……。ごめんなさいね」

「いいや、気にしていないよ。どうせ今は関係ないことなんだ」

「そう言ってくれると助かるわ」

 

 正直、この体にアルビノのデメリットなんて無いようなものだし、いくらどんなことを言われようと気にしないけれど、わざわざ『今は』と付け足すことにより、リアリティの増加を図ってみた。特に意味はないのだが、後々にマミちゃんを友達にする際の負い目や伏線になってくれると嬉しいという希望は持っている。

 毒は、徐々に徐々に、染みこませていくべきだ。

 ハルカちゃんのときはそもそも彼女がキュゥべえに恨みを持っていたために一気に彼女の価値観を破壊したが、あんなことばかりやっていたら、いつかは友達になる前にそいつは廃人だった、なんてことが起こりかねない。友達は、大事にすべきである。

 

「そういえば、マミちゃんは魔法少女をやっていて、辛いことって何かあったかい?」

「えっ……?」

 

 マミちゃんの顔がわかりやすく歪む。どうやら、僕に不信感を抱いているのと同時に、嫌なことを思い出しているようだ。

 

「辛いことや悲しいことがあったら話してみてくれ。それだけでも随分楽になるものだよ。ほら、僕はきみに助けて貰ったから、お礼がしたいんだ。少しでもきみの役に立ちたいんだよ」

 

 あまり人と話す機会の少ない人ほど自分のことを知って貰いたいという欲求が強く、辛いことがあればあるほど、人は自己陶酔に浸りたくなる。

 誰かに知って貰いたい。

 誰かに哀れんで欲しい。

 誰かに褒めて貰いたい。

 そんなところに、『お礼がしたい。役に立ちたい』なんて言う人が現れたら、それは都合のいい免罪符にもなる。自分は決して、自分のことを語りたがる自己陶酔者(ナルシスト)なんかではない、と。

 

「うん……、そこまで言ってくれるなら……」

 

 ほうら、釣れた。

 

「いえ……やめておきましょう」

 

 と思っていたが、別にそんなことはなかった。まあ、さすがに今日会ったばかりの人間に自分のトラウマを話せ、なって言われて話す人は少ないだろうが、マミちゃんはてっきり話してしまうものだと思っていたので、思わず面食らう。

 

「……どうしてかな?そこまで僕は怪しいかい?心配しなくても、友達とかには言ったりしないよ。友達、現時点だとハルカちゃんしかいないし」

「そうじゃなくて……見返りを求めずに助けたのに、お礼をしてもらって私だけ楽になるなんて、そんなの格好悪いでしょう?私、こう見えても結構見栄っ張りなのよ。それに……」

 

 マミちゃんは一呼吸置いて、ゆっくりと言った。

 

「友達になる相手に貸し借りだなんて、なんだか夢がないじゃない」

 

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

 朝起きると、目の前───というか僕の上に、ハルカちゃんがいた。服装は、マミちゃんに貸して貰ったのか、胸元がだぶだぶの服を着ていて、僕の上に乗っていて四つん這いなため、ブラが若干見えている。きみ、確か恥ずかしがり屋って設定だっただろう。もうちょっとキャラを安定させようぜ。

 

「……おはよう。今、何時かな」

「六時四十分だよ。ちょうど巴さんが朝ご飯用意してくれたから」

「そうだね。じゃあ僕も着替えたら……って、着替える必要はないのか。服装、自由に替えられるもんな」

 

 だが、あえて替えない。ここに来るにあたって、わかりやすい大きな荷物は持っていなかったため、下手をすればマミちゃんに怪しまれる。そんな可能性は、少しでも減らしておくべきだ。

 ハルカちゃんと一緒にリビングへ行くと、既にマミちゃんが朝食の用意をして座っていた。朝食はどうやら、スタンダートな洋食で、ベーコンエッグとトーストのようだ。

 

「あら、米田さん。おはよう」

「おはよう。今朝はベーコンエッグかい。悪いね、朝食までご馳走になっちゃって」

「いいのよ、友達になるんでしょう?」

「それもそうか、友情は見返りを何とやら。マミちゃんも何か困ったことがあったら僕に言ってくれていいよ。まあ、解決できるかは別問題だけどね」

 

 マミちゃんと軽く談笑してから、可愛らしい装飾がついている椅子について朝食を食べる。他の二つの椅子は普段はマミちゃんが使わないのか、とくに何もついていないありのままで空へ風に乗って行きそうな椅子だ。

 朝食の味自体は何の変哲もなかったが、マミちゃんがしきりに感想を求めてきたので、とりあえず「おいしいよ」と軽く笑いながら言ってみた。嘘も方言。僕は嘘つき村出身だぜ。

 朝食を食べ終わってあたりを不躾に見回してみると、ソファの上に、毛布を頭から被って、クッションに挟まれつつも寝ころんだキュゥべえを発見した。毛布の端には『巴マミ』と幼稚な文字ながらも、しっかりと名前が書いてあり、マミちゃんが昔使っていたものだと窺える。そしてそれを今はキュゥべえが頭から被っているわけだ。やはり淫獣の名は伊達じゃないというのか。

 ……というか、僕は例外だからアレだとして、インキュベーターに睡眠なんて必要なのだろうか。つまり、このキュゥべえは変態の精神疾患を宿した特異固体……!なんてことはないんだろうな、きっと。

 わりとどうでもいい淫獣は置いておいて、マミちゃんの登校を見送る。彼女が家を出る際に「もし外出するようなら、鍵をかけておいてね」と言われてしまった。不用心極まりなく、他人を信じすぎる発言だ。これは友達になったら簡単に他人を信じないように教えてあげなくてはいけない。

 

「……さて、昨日はあまり話せなかったけど、きみは本当に何者なんだい?ハルカとなぜ一緒に行動しているのかも気になるね」

 

 マミちゃんが出て行った途端、キュゥべえが起きだしてきて質問を浴びせてくる。ウサギっぽい容姿なのに狸寝入りとはこれいかに。

 

「前者に対しては、『僕は僕だ、米田悦以外の何者でもない』と答えるほかにないかな。それとも、堂々と偽名を名乗れと?」

 

 米田悦も偽名と言えば偽名なのだが、こいつに対してはさして関係ないだろう。

 

「後者は友達だからだよ。以上、終了」

「あ、ちょっと」

 

 引き下がるキュゥべえをよそに、ハルカちゃんを手招きして外に出て、ドアに鍵を掛ける。鍵をズボンのポケットに入れて、ポケットの穴を縫合して厳重に保管した。縫合したことを忘れていなければ、完全無欠の保管方法だ。

 

「ねえねえ、エツくん。これからどこに行くの?」

「新しい友達候補……おっぱいが大きくて白髪仲間でサイドテールなお嬢様風味の汚職政治家の娘さんだよ」

 

 言いながら、階段を二段抜かしで降りていく。ハルカちゃんがそれを真似して転びそうになり、ブラが若干ではなく、完全に見えてしまったのだが、そこは触れないでおくのが紳士というものだろう。

 僕は、見て見ぬふりをした。

 

 

 

 

 

 通りすがりの親切な人から、汚職政治家の家をハルカちゃんに聞いてもらい、織莉子ちゃんの家を探す。

 

「……ねえ、エツくんってさー。あのキュゥべえとはどこが違うの?」

 

 探索に飽きてきたのか、間延びした声でハルカちゃんが聞いてきた。

 

「そうだね……。イメージとしては、鼠もライオンも鯨も人間も、大きな目で見れば全部『哺乳類』だろう?僕とあのキュゥべえは、まさにそんな感じだよ」

 

 一応、あの淫獣の外見に転生したのだから、たまにはキュゥべえっぽいことをしなくてはと、答えになっていないような答えを返す。どこが違うのかを答えないところがミソだ。

 

「へぇ……。だからあのキュゥべえはエツくんがキュゥべえだって気付かなかったのかな」

「この外見だからね。何にせよ、僕の目的は友達捜しだ。気付かれたら邪魔されるかもしれないから、あのキュゥべえには今後も内密にね」

「殺しちゃ駄目なの?」

「わざわざことを荒立てる必要もないし、第一、インキュベーターは一匹殺したら三十匹は出てくるからね。物理的な殺害手段に意味はないんだ」

「ゴキブリみたい……ってごめんね。エツくんのことを言ったわけじゃないよ」

「いいや、だいたい合ってるからいいよ」

 

 そのゴキブリ戦法でハルカちゃんを友達にしたわけだし。

 

「じゃあ、あれはどうやったら殺せるの?物理的以外の殺害方法なんて思いつかないんだけど」

「そりゃあもう、魔法とか、奇跡とかだよ。この世界にはそれがあるからね」

 

 ハルカちゃんと話しているうちに、美国家に着いた……のだが。

 

「うわっ、こりゃ酷い……」

 

 それはもう、家として体を成していない有様だった。窓硝子は割れ、庭にゴミは放り込まれ、塀にはおおよそ、メディアでは表現することができないような下品かつ暴力的な言葉が所狭しと並べられていて、一番目立つ文章は、やはり『正義』とかそんな言葉が強調されている。どう考えても、ただ丁度いいストレスの吐き出し場所が近くにあったから嫌がらせをしてみただけであり、正義という言葉の意味を辞書で引き直したくなってくる。屋根にも穴を開けようとしたのか、屋根の上にはそこそこな大きさの石が転がっていて、見えるところでも三カ所、塗装が剥がれていた。

 とてもこんな所には住みたくないだろう。いくら僕だって好んで住もうとは思わない。あの廃墟の方がずっとマシである。

 

「だからこそ、やりやすいんだけどね」

 

 小声で呟き、玄関へと近づく。……そういえば、今日は平日だけど、ちゃんと家にいるかな……。

 内心、少し焦りながらインターホンを鳴らす。古典的な正解音が二回ほど鳴り、沈黙する。……やっぱ駄目だったかな。

 

「……はい、どなたですか?」

 

 インターホンを鳴らしてから十五秒後くらいに、控えめだがきちんと芯のあるような声が聞こえた。

 いるのなら、それで十分だ。既に第一声は決めてある。

 

「はい、美国織莉子さんですか?いきなりで申し訳ありませんが……」

 

 

 

「ちょっくら、世界でも救ってみませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キュゥべえが今のところ仕事していませんが、きっと後から大きく関わってくるはずです。…………多分。


-空飛ぶ天空の城を見つけた少年
ラピュタは本当にあったんだ!

-きゅっぷい
何かを食した後にゲップをすること。ここでは、捕食することを指す。

-アルビノ
小さいア行とンがカタカナになりそう。中二病に大人気。

-キャラを安定させよう
現実でキャラが一貫している人なんて、そうはいない。

-友情は見返りを
求めない。なぜなら既に友情というものが見返りとなり得るからだ。

-ありのままで
よく歌われている。映画よりも歌の方が有名だよね。

-嘘も方言
その地方独特すぎる言葉。他所の住人には真意を察せない。

-紳士というもの
冠に変態とか付かない。

-ゴキブリ
奴らを甘く見てはいけない。

-古典的な正解音
最近はほとんど使われない。ピンポーン。

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