キュゥべえである毎日   作:唐草

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「どうにもならないものですよね」

 

 

 あれから、僕とハルカちゃんは、窓硝子の飛び散る一階と違って比較的無事である、二階の織莉子ちゃんの部屋に来ていた。

 

「ろくにおもてなしもできなくて、すいません」

 

 僕たちの真正面にあるテーブルには、高級そうな紅茶セットが一式ある。アポイントメントも取っていないのに、紅茶があるだけでも上々なのだが、彼女的にはそうもいかないらしく、申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「こんな状況だし、僕もハルカちゃんも気にしないさ」

 

 首を持ち上げて、横目でハルカちゃんに同意を求める。彼女はこくり、と小さく頷いて、差し出された紅茶をすすっていた。紅茶が熱かったのか、時折高そうなカップから口を離して、小さく舌を出す。ハルカちゃんの可愛らしい動作に和むが、今対話をしているのは織莉子ちゃんだ。

 友達になろうというのだ。対話をするときは、ちゃんと相手のことを考えないと。

 手元にあるカップを取り、紅茶に口を付ける。僕の体は現在、温かいまでは感じるが、熱いという感覚は完全に無くなっている。僕の舌の上で紅茶は完全に『温かい』までに緩和され、素直にその味が楽しめる。便利な体だ。

 僕が紅茶を楽しんでしばらく黙っていると、織莉子ちゃんが痺れを切らしたのか、若干身を乗り出して話しかけてきた。

 

「世界を救う、とはどういうことでしょうか。私にはとても、この世界に悪の組織が暗躍しているようには思えないのですが……」

「悪の組織は暗躍していなくても、悪い宇宙人は闇を駆けているかもしれないだろう。それに、織莉子ちゃんは、どういうことか大体は察しているんじゃないかい?秘匿は美徳かもしれないけれど、そんなのばかりだと友達ができないよ」

 

 織莉子ちゃんの冗談を冗談で返しつつ、言葉の端に毒を散りばめる。呉キリカとまだ接触していなければ、ほんの少しでも効果があるはずだけど、どうだろうか。

織莉子ちゃんは優雅に貼り付けた笑顔を保っている。どうにかしてあの仮面を歪める方法を……っと、危ない危ない。考えていたら、無意識のうちに顔が緩んでしまいそうだ。頭の可愛そうな人だと思われてしまう。

 織莉子ちゃんの目をしっかりと凝視して、目を細め、口角を三日月型に上げて、彼女に笑いかける。織莉子ちゃんはそんな僕を見て、びくりとするように目を逸らして紅茶を手に取った。

 

「どうにもならないものですよね」

「そうだね。人生なんてどうにもならないまま、どうにかしようと足掻いて、やっぱりどうにもできないものだからね」

 

 意味のありそうで中身のない会話だ。だが、織莉子ちゃんは何か思うところがあるのか、紅茶の水面に映る自分の姿を見つめている。

 

「なるようにしか、ならないのでしょうか……。本当に」

「そこで、それでも変えようと足掻いてみないか、と提案しに来たんだよ。僕は」

 

 この娘と一緒にね、とハルカちゃんの指に付け直したソウルジェムを注目させる。

 

「…………あなたは、どこまで知っているんですか?」

「何も知らないさ。僕は無知蒙昧で、突出したところが何もない無能だからね。雑草という名の草はなくても、雑草と呼ばれる人間はいるんだぜ」

「そんなことないよ!エツくんは「うん、ちょっと黙っててくれるかな」

 

 空気が読めずに僕を擁護してくるハルカちゃんを黙らせると、何とも言えないような雰囲気が流れてしまった。

 

「……こほん。それで、世界を救うというのは?」

「そのまんまだよ。きみはこの世界がなすすべ無く『救済』されてしまってもいいのかって聞いているんだよ」

「『救済』……?」

 

 織莉子ちゃんが怪訝な顔で聞き返してくる。初めて表情を変えてくれたかな。

 

「あの大きくて黒い山が世界に成し遂げてしまうことさ。そもそも、知らないようだったら僕を家に上げてなんかいないだろう?」

「…………ええ……。そう、ですね……。私は、この世界がどうなってしまうのか、既に知っています」

「僕も運良くなのか、悪くなのか。その未来を知ってしまってね。死ぬのは嫌だし、その未来を変えたいと思っているんだけど、雑草ごときにそんな力があるはずもなく。ここにいるハルカちゃんの力を借りたとしても、難しいと思うんだ」

 

 するりと手を伸ばして、織莉子ちゃんの手を掴む。

 できる限り、優しく。できる限り、染み渡るように。

 

「あ…………」

「織莉子ちゃんの力が必要なんだよ。僕は、その魔女になる女の子に、お話をして魔法少女になるのをやめさせようと思うんだ。さすがに、説得が不可能だと思ったら殺害も辞さないけどね。でも、それをするには邪魔になっちゃう子がいてね……。ハルカちゃんだとおそらく負けちゃうと思うし、二人で足止めをして欲しいんだよ」

 

 織莉子ちゃんは、自分の生きる意味を知りたがっている。だからこそ、自分は世界を救う為に生きているんだ、と思い込もうとしている。

 だからこそ、彼女自身が必要だと言えばいい。彼女だけが必要なのだと言えばいい。それだけで彼女は───少なくとも、味方にはなってくれる。

 

「こんなこと、きみだけにしか頼めないんだ」

 

 織莉子ちゃんの頬が紅潮し、目は見開かれている。この表情を見て、彼女はまだキリカちゃんとは会っていないのだろうと推測した。美国織莉子は、呉キリカと共依存の関係にあり、織莉子ちゃんはキリカちゃんに必要とされることで、キリカちゃんは織莉子ちゃんを必要とすることで。それぞれ、正気を保っている。

 だが、この表情は。この、僕がよく見ていたこの表情は。

 依存対象を見つけた表情(かお)───である。

 だが、まだ安心はできない。あくまで彼女は、『自分を必要としてくれる対象を見つけた』だけなのだ。もし彼女が『米田悦は美国織莉子を必要としているのではなく利用している』のだと判断したら、すぐにこの関係は瓦解するだろう。

 だから、ゆっくりと彼女の心を溶かす必要がある。

 

「……はい、構いませんよ。私は、これからあなたに協力しましょう」

「本当にかい!?ありがとう!きみに頼んで本当によかったよ!他の子に頼んでも馬鹿にされるだけだっただろうし、織莉子ちゃん、本当にありがとうね!」

 

 大げさに、大仰に。ただし不自然でなく、異常なまでに喜んでみせる。

 褒められて嫌な気がする人は滅多にいない。例えそれがほぼ初対面の人だったとしても、自分の行動がこれほど人を喜ばせるのだと思うと、悪い気はしないだろう。

 織莉子ちゃんは現在、自身のアイデンティティを喪失している状態だ。そこで、彼女が生きているのは、僕の為だと思わせる。僕に喜んで貰う為なのだと思い込ませる。何かをした後に褒められたり、喜んで貰うという行為は、今の彼女にとってはとても大きな意味を持つのだ。

 

「織莉子ちゃん、せっかく仲間になったんだし、敬語なんか使わなくてもいいよ。僕はきみと友達になりたいんだ。親しき仲にも礼儀ありと言うけれど、僕はそういうのにはあまり気にしないからさ」

「いえ、仮にも年上ですからね。そんな礼儀を欠いた人だと思われるのも嫌ですし、それに、私は既にあなたのことを友達だと思っていますよ」

「ありがとう、織莉子ちゃんは優しい子だね。初対面で怪しさがのっぺら坊の猫を通り越して不審な僕に協力してくれて、あまつさえ友達にもなってくれるだなんて。やはりきみに相談して本当によかったよ」

 

 ああ、本当に。

 どうも、魔法少女とは一貫して、猜疑心が薄いのかもしれない。

 

「そんな……私はただ、エツさんの救世に協力したいだけで……」

 

 織莉子ちゃんは照れながら、手元にあった紅茶を飲み干した。

 そして数秒後、舌を火傷した織莉子ちゃんの悲鳴が部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 織莉子ちゃんの家から出て、やることを頭の中で模索しながら、ぶらぶらとあてもなく歩く。ハルカちゃんは使い魔を見つけたとか言っていなくなってしまったし、マミちゃんは学校だ。正真正銘、やることがない暇人状態だ。

 

「……おや」

 

 特にすることもなく、壁を見て歩いていると、見滝原のマスコットキャラが描かれている看板を見つけた。三本足のタコらしき生物の頭に、草がぽんと生えているような容姿をしている。鼻は大きく、下に髭を足したら配管工としてもやっていけそうな感じで、目は謎の狂気に満ちあふれていた。カタツムリの目に寄生する寄生虫を思わせるような眼差しだ。子供に人気出るんだろうか、これ。

 タコっぽいマスコットの斜め右上には、『ミータくん』とやたらとデフォルメされた文字で書いてあった。群馬県(海無し)なのにマスコットがタコなのは、何か意図があってなのだろうか。

 

「Veni,Vidi,MITAKIHARA.って……何だこれ」

 

 ミータくんの隣に書いてあった文字を、特に意味もなく読んでみる。見滝原はさすがにわかるのだが、前の二つがさっぱりだ。誰かエキサイト先生を呼んできてくれ。

 

「……キュゥべえならわかるかもしれないな。あいつ、日本以外でも幅広く活動してそうだし」

「ちょっと……いいかしら?」

 

 背後から聞こえた声に振り向くと、こちらを睨むように見つめている、暁美ほむらの姿があった。彼女の艶やかな黒髪には葉っぱが引っついていて、緊張感をほどよく中和してくれている。

 

「うん?道を聞くのはやめてくれよ。僕は最近この町に引っ越してきたばかりなんだ」

「そうじゃないわ。さっき、キュゥべえと聞こえたのだけれど。私の気のせいかしら」

「うん、確かに言ったねえ。いや、言わなかったかな?どっちだったかな。忘れちゃったから答え合わせはWEBかCMの後か、どちらか好きな方を選んでくれ」

 

 ほむらちゃんの顔が苛立ちを露わにし、目は鋭く尖って僕の首のあたりに突き刺さる。案外、煽り耐性がないんだな、ほむらちゃん。

 

「言ったわよね?」

「やだな、聞いていたんじゃないか。それなら確認する必要なんてあるのかい?無駄なことは極力省いた方がいいだろう」

「あなたとのこの時間が何よりも無駄な気がするわ。それで、あの生き物とあなたがどういう関係にあるのか、教えなさい」

 

 有無を言わせぬように命令された。人にものを尋ねるときは相応の態度があると思うのだが、僕も真面目には答えないし、それでイーブンとさせてもらおう。

 

「姦計って言われてもねえ……。善良な人間の代表格であるこの僕は、特に何も企んでなんかいないさ」

「そんなことはどうでもいいわ。早く答えなさい」

 

 ほむらちゃんが銃を取り出し、僕へと向ける。おい、またかよ。ここ、ただの道なんだぜ?

 

「わー。銃だー。怖ーい。これじゃあ怖くてまともに喋れないやー」

「……ふざけてるの?」

「ふざけてるのはどっちだよ。僕にはとても法治国家日本国で質問をするためだけに相手に銃を向けるような奴がふざけていないようにはとても思えないんだけどな」

「…………もう一度だけ聞くわよ。あなたは、あの生き物と、どんな関係にあるの?」

 

 ほむらちゃんの質問に、わざとらしく溜息をつき、不快感を必要以上に顔に乗せて返答する。

 

「ただの知り合いだよ。まったく、最近のほむらちゃんはまともに質問も」

 

 最後まで言えずに、銃を口の中に入れられる。当のほむらちゃんはというと、驚いたような、憎らしげなような、そんな表情をしていた。

 

「……何故、私の名前を知っているの……!?答えなさい!」

 

 口に銃口を入れたまま答えろとは、一休さんでも解くのが難しそうな難問である。銃口が飛んでくるところまでは想定できたのだが、まさか照準が口の中になっているとは思わなかった。

 ほむらちゃんもこのままでは答えられないことに気が付いたのか、銃口を口から引き抜き、僕の左胸に押し当て直す。

 

「何で知っているんだろ。うーん、考えたことなかったな。ごめんちょっと待って今思い出すから」

 

 僕がうんうん唸っていると、ほむらちゃんが銃を僕から離してくれた。真摯な気持ちが伝わったのだろうか。

 

「まあいいわ。余計な真似をしてくれなければ、あなたを殺す意味なんてないものね。聞きたいことは山ほどあるけど、今は勘弁してあげる」

「そうかい。…………あ、そうそう。これ、僕の(ハルカちゃんから譲って貰った)携帯のの電話番号だから、聞きたいことがあったらかけてくるといいよ。この町の地図以外は、僕は何でも知っているからね」

 

 ほむらちゃんは僕が差し出した電話番号をひったくるようにして手に取ると、無造作にスカートのポケットの中に入れた。あのスカート、ポケットあったのか。

 

「ほむらちゃん」

「あなたにその呼び方を許可した憶えはないわ」

 

 ストレートに拒否をされるが、この程度の拒絶なんか、屁にも及ばない。これはまだ、暖かみのある拒絶の仕方じゃないか。

 

「大丈夫だよ、僕はきみの味方だから」

 

 にっこりと微笑んで、後ろ手に手を振りながらその場を後にする。

 現時点でのほむらちゃんは、人間不信だ。誰かに頼っても思い通りの結末といかず、だったら自分でやってやると意固地になっている状態だ。この状況でいくら協力すると言っても、彼女は甘い話には裏があることを知っている。僕が協力を申し出てきたとしても、あえなく断られておしまいだろう。

 だからこそ、今するべきなのは『印象づけ』である。

 暁美ほむらは、おそらく理解者を欲している。何度も何度も時間を繰り返して、それでも一度も成功していない彼女のストレスは、それはもう多大なものだろう。人間は、苦労したら苦労した分だけ、見返りを求めたくなる。だが、彼女のストレスは増え続けるばかりでも、見返りはまったくない。この時間軸が、アニメ本編のものだとするならば、これまでに一度も、まどかちゃんにループのことを話して、信じて労ってくれたことはないだろう。

 無償の奉仕こそ、心にくるものはない。まどかちゃんが一度でも救われてくれれば話は別なのだろうが、ループが続いているということは、まどかちゃんが救われていないということでもあるのだ。

 だから、代わりに労ってあげよう。まどかちゃんの代わりに、ほむらちゃんの苦労を理解してあげよう。

 それだけでおそらく、彼女は友達になってくれる。

 だからとりあえず、今は仕込みだけでいい。彼女の頭のほんの片隅にでも『もしかしたら自分の仲間になってくれるかもしれない』という思考を植え付けるだけでも十分だ。彼女の名前をわざと言ったことも、キュゥべえを知っていたことも、彼女に僕の電話番号を渡したことも、すべて『頼れるかもしれない』という思考に繋げることができる。加えて、僕は彼女のループに一度も出てきていない、言ってみればレアキャラだ。やり直しはできるし、この先も会えるとは限らないのなら、いっそ可能性に賭けてみようとほむらちゃんが思っても不思議はない。

 

「……本当にそうなるかは、知らないけど」

 

 あくまでこれは、ただの思考誘導だ。誘導するだけで、間違いなく僕が意図する場所にたどり着くのなら人間、苦労はしない。

 頼ってきたとしたらほぼ間違いなく友達になる自信はあるのだが、頼ってこないとするならば、また荒っぽいやり方でやらなくちゃいけなくなる。そうすると、彼女が絶望して魔女化するなんてこともあり得るのだ。

 

「最終的には神頼み。一応織莉子ちゃんに予知でもお願いしておこうかな」

 

 あ、いや。織莉子ちゃんの予知はアンコントローラブルなんだったっけか。困ったな、本当に運次第じゃないか。自慢じゃないけど、僕はギャンブル系の遊びとかで運が絡むと、ほぼ全てにおいて負ける程度の運命力を有しているんだ。

 

「……まどかちゃんと接触するとき、少し彼女の印象を良くしておくか……」

 

 今のところ、ほむらちゃんに怪しまれずにできることはそれくらいだろうか。あえて冷たく当たって、後で「全てきみの為だったんだ!」なんていう手段もあるけれど、それも頼られて多少信用を得た後じゃないと難しい。

 

「人生って難しい。今僕人間じゃないけどね」

 

 今更戻りたいだなんて思わないけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





-悪の組織
やたらと世界征服をしたがる連中。

-悪い宇宙人
インキュベーター。

-救済
クリームヒルトが生命を吸い上げること。吸い上げた生命は、地球と同じ大きさの結界の中に取り込むらしい。

-のっぺら坊の猫
あやしい猫。見知らない奴の方が怪しい気がする。

-配管工
鼻が大きくて、髭を蓄えていることが第一条件。帽子を被れば二重丸。

-カタツムリの目に寄生する寄生虫
レウコクロリディウム。名前にロリが入っているが、幼女ではない。

-ミータ君
タコではなく、植物をイメージして作られたらしいが、どう見てもタコだ。

-Veni,Vidi,MITAKIHARA.
来た、見た、見滝原。

-エキサイト先生
みんな大好き翻訳機。グーグル先生のお友達。

-WEBかCMの後
WEBの方はそんなに見る気になれない。

-無駄なことは極力省く
無駄だから嫌いなんだ……無駄無駄……。

-一休さんでも
それでも彼なら何とかしてくれそうである。

-銃口を口から引き抜き
汚い。

-ギャンブル系の~全てにおいて負ける
僕は悪くない人の運命。

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