まさかの! —泥棒猫と忠犬が青春を描くなら—   作:ろよ

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1章:猫→獅子×鶴
1話:運命なんて犬のエサ


 

 

「ねぇ、犬清(いぬきよ)。突然だけどさ。一般的に略奪愛ってどう思われるかな?」

「控えめに言ってクズの所業」

「……だよね」

 

 小学校時代からの幼馴染、間坂(まさか) 音子(ねこ)に相談があると電話で呼び出されたのは高校2年になって直ぐの4月。春うららかな休日の事だった。

 メールでも電話でもなく、顔を合わせて相談がしたい。そう語った彼女の声音は何時になく深刻なもので。

 

「んで、相談ってのは? ココを選んだって事は、相当に訳ありなんだろ」

 

 しかも、よりにもよって場所が場所だ。

 小学校から少し外れた場所にある寂れた神社。名前も、どんな神様が祀られているのも知らない。多分、地元の大人だって知ってる人は皆無に近しい…そういう場所。

 滅多に参拝者なんか来ないから、昔から誰にも聞かれたくない話はココですると決まっていた。

 

「……その、えっと…………ごめん。やっぱり良いや」

 

 一目散に家を飛び出してきたのに、肝心の相談とやらは一向に切り出されず。挙句の果てには、先ほどの意味不明な質問だ。

 遂には痺れを切らして此方から問いかければ、彼女は目を泳がせながら不自然に言い淀むだけ。

 とはいえ、長い付き合いだ。これだけ情報があれば、おおよその状況は把握できる。

 

「ま、察するに。お前が既婚者か彼女持ちの男でも好きになっちまったって感じか?」

「え!?」

 

 図星だな。

 ただ、これだけだと不十分。苦しい言い訳で濁されてしまう可能性もある。

 あと一押しして彼女自身の口から自白させなければならない。

 

「……あ、でも同性の場合もあるか? 多様性の時代だし否定はしないけど…でも、人妻を百合NTRは流石に業が深すぎるんじゃない?」

「違う! 違う! 違うってば! さっきので合ってる! 合ってるから!」

 

 はい、誘導尋問成功。ちょろくて助かる。

 しかし、そうか。あの音子が恋を知るか。

 俺の知る限り、これが彼女の初恋。昔からずっと一緒だっただけに、妹の成長を見守る兄のような心地になる。

 まぁ、それはそれとして。初恋が略奪愛になってしまうとは、何とも星の巡りが悪い……いや。もうこれは不運の星の下に生まれたと称するべきだろうか。可哀そうだが、随分と彼女らしい話で別段の驚きがなかったりする。

 

「成程ね。で、どこのどなたなの?」

「えっと、A組の聖道(せいどう)くん。…知ってるよね?」

 

 知ってるも何も、超有名人じゃないですかヤダー。

 竜原(たつはら)高校2年A組、聖道(せいどう) 怜央(れお)。彼を端的に表現すれば、イケメンという概念存在。

 父親は大病院の院長。母親はかつて一世を風靡した大女優。その他血縁者には各界のビッグネームがズラズラリ。

 正に華麗なる一族。自身もその血を余すことなく受け継ぎ、文武両道の眉目秀麗。それでいて才能に甘んじる坊ちゃんではなく、日夜修練を欠かさない努力家。確か、精神を養うために親の援助は殆ど受けない一人暮らしをしているらしい。

 性格も聖人君子レベルに清廉潔白さわやかミント。

 要するに、非の打ち所がない完璧超人。一昔前の俺TUEEE系の主人公かってレベルのチート野郎である。神様から特典貰ってる転生者って言われても納得できてしまう。そういう存在だ。

 

「そりゃあ、よりにもよってハードルの激高な所を……」

 

 そして、そんな王子様の隣には、それはそれは美しいお姫様がおりまして。

 その名も羽々桐(はばきり) 千鶴(ちづる)。竜原高校の切れ物美人生徒会長。こっちもこっちで大層な家柄のお嬢様。

 ……というか、あれは既に姫様超えて(きさき)様だな。

 比翼と言う言葉がピッタリなお似合いカップル。お互いがお互いを補い合い、高め合う理想的な関係性。

 

「……やっぱり、無理だよね。……ごめん。変なこと言って」

 

 家同士の仲が良かったらしく、昔から親公認の間柄。互いに好き合い続けているのは、全くの第三者から見ても明白で。ただ、その近すぎる距離感がかえって足枷となり、恋人には未だ踏み出せずにいる。ずっと付かず離れずの距離感で周囲をヤキモキさせ続けている二人だ。

 周囲は二人を夫婦だの何だのと囃し立て、最早教師たちですら「おい羽々桐、今日は旦那休みか」とか「奥さんが体調悪いそうだ。聖道、保健室まで送ってやれ。ただし、不純異性交遊は駄目だぞ」とか下世話極まる発言をする。正に学校公認カップル。

 因みに。本人たちは「夫婦じゃない」「ただの幼馴染」などと否定しつつも満更でも無さそうなのだ。

 また、お互いに存在する非公認ファンクラブは推しに近づく虫を決して許さないことで有名だったりする……のだが、このカップルだけは認めるという不文律が存在するらしい。むしろ、それ以外を絶対許さないと言い換えた方が良いかもしれない。

 とまぁ、そんなわけで。こんなのに横恋慕とか無理ゲー。音子は絶対に勝ち目のないサブヒロイン……いや、それにすら至れないモブ女子生徒Aでしかない。

 だから――

 

「そうか。んじゃ、()()()()()()()()()()()()

「……え?」

「あのカップルを別れさせるにせよ、聖道に二股かけさせて愛人ポジに収まるにせよ、綿密に作戦を立てなきゃ上手くいきっこないだろ」

「…え。……え? 止め、ないの?」

 

 止める。止める、か。

 まぁ、確かに。無謀だわな。それに、どう転んでも祝福される道ではない事は確かなわけで。

 でもさ。

 

「お前は常識の無い奴じゃない。横恋慕が世間的にどう思われるかも散々考えたはず」

 

 あの狂信的なファンクラブを敵に回すことも、それどころか学校中を敵に回すかもしれないことまで考えただろう。

 そこまでしても無様に惨敗するのは明白で。最後には“無謀な略奪愛をしようとした間女”という不名誉な称号だけが残る。そう理解した上で。

 一人っきりで悩んで悩んで悩み抜いて。

 それでも。

 

「それでも諦めきれないから俺に相談した。そうだな?」

「……う、ん。そう、だけど」

 

 そしてそれは。

 

「より正確には。俺に否定してもらいたかった。そうすれば諦めがつくと考えた」

「…っ!」

 

 自分だけでは折り切れない程に強い想い。だから、俺に折って貰おうとした。気心知れた俺に反対されれば、流石に折り合いがつけられるはず、と。

 ふむふむ、なるほどなるほど。

 ふぅーーーー。

 

「ぬぅわあああああ!!! ふっざけんな! そんな風に自分の思いを押し殺して我慢するのが正しいわけねぇだろうが!」

「犬、清……?」

 

 ああああああああ!!!!

 ムカつく。ムカつくムカつくムカつく!

 

「まず、そもそもの話。誰かを好きになる事が悪い事なんて、そんな事あるわけがねぇ。そんな倫理道徳法律はクソくらえだ」

 

 そうだ。誰かを好きだと、愛しいと思う感情が罪悪であるはずがない。

 その感情があればこそ、人間社会はここまで続いてきた。

 つまり――

 

「お前は何も悪くない。むしろ正しさしかない。何も恥じ入る必要は無いし、罪の意識なんて感じる必要もない」

「…っ」

 

 対して。

 

「じゃあ、聖道・羽々桐カップルはどうだと思う? あいつらの場合も、互いを好きだという感情は正義そのものだ。――でもな。それだけなんだよ」

「どういう、こと…?」

 

 いつのまにか。音子は静かに涙を流していた。

 ()()俺は彼女を泣かせてしまった。全くどうしようもない奴だ。小学生時代から何も変われていない自分に嫌気がさす。

 けれど。今は。今は、構わず続ける。

 

「この二人の間にそれ以上の正義は無い。婚姻や婚約をしているわけでもない以上、法律上でも唯の赤の他人だ」

 

 前に聞いたことがある。彼氏彼女という関係性は法律で守られている訳じゃない。内縁関係とか婚約をしてなければ、不倫をされても慰謝料請求できない場合がほとんどだと。

 

「そもそも、学生時代のカップル全部が結婚まで漕ぎつけるわけじゃねぇ。そんなのは少数派のレアケースと言っていい」

 

 別れて出逢って。そんな事を繰り返しながら人は歩んでいく。

 学生時代のカップル。そんなもの、長い長い人生の中のたった一瞬の関係性。それが続くかどうかは誰にも、当人たちでさえ決められない。

 恐らく。死ぬ瞬間になって初めて、人は人生の選択を採点できるようになる。そしてそれも自己採点止まり。完璧な正解を誰かが示してくれるわけじゃない。

 だから――

 

「お前も羽々桐も、聖道を好きだという点では同等。そこに優劣はない。ただし――」

 

 そこに差があるとするならば。

 

「あの二人には、二人だけの特別な積み重ねがあって、思い出があって、絆がある。お前にはそれがない」

「それじゃあ……それじゃ、やっぱり無理じゃない。勝てるわけ……」

「違う。それだけだ。思い出なんていう、時間と機会さえあれば誰でも積み重ねられるモノしか違いが無いんだ」

 

 先に好きだった奴が正義で?

 後から好きになった奴が悪で?

 

「俺が対等の土俵まで引き上げてやる。お前と聖道の間に、羽々桐に負けない思い出を築かせてみせる」

 

 ふざけるな。時間なんて人間にどうしようもない要素で全てが決まってたまるか。

 そんな運ゲー、俺は絶対に認めない。

 どこの神様が決めたか知らないけれど。そんなクソったれな運命なんて犬に食わせてしまえばいい。

 

「同じ土俵で、お前は正面から正々堂々と一騎打ちするんだ」

「一騎、打ち……」

 

 勝負する事も出来ずに敗北確定なんて。そんなの辛すぎる。心残りが絶対に残ってしまう。

 ほぼ対等の土俵で真正面から戦えば、たとえ負けても納得がいく。もっと先に出逢えていればなんて叶わぬIFに囚われずに済む。

 まぁ、もっとも――

 

「そして、勝て。羽々桐さえ納得させて勝つんだ。そのための舞台は俺が絶対に整えてみせるから」

 

 ――彼女を負けさせる気など毛頭ないのだが。

 

「……ありがとう、犬清」

「いいさ。俺たちは親友だからな」

 

 泣きながら花の咲いたような笑顔を浮かべる音子。

 この笑顔に誓おう。

 俺が絶対に彼女を勝たせて見せる。

 

 

 

 






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