ありがとうございました
IFはすべて血を吐いてなかった世界戦でお送りしています
なのでルイナスもいますが、病院送りのとこだけ全カット、といった具合です
――午前7時。
「...ん、ん...」
朝日の眩しさに目を開けた。
全身が痛い。
右腕にはかすかな重みがある。
そちらを向けば、あどけない寝顔を見せる少女が一人。
やがて、少女の目が開き、視線が交錯する。
「...おはよ、碧くん」
「...おはよ、初音」
こうなったのは約12時間前、ムジカの練習後にまで遡る。
「皆さま、お疲れさまでした。各自の課題点を洗い出し、次の練習時までに克服していることを期待します。それでは」
いつも通りの練習を終え、帰りの準備を始める一行。
「祥子、ちょっといいか?」
「なんでしょう?」
「ここの鍵、もうちょっと借りてていい?戸締りまでには帰るからさ」
「えぇ、構いませんわ。どうぞ」
鍵を受け取り、「サンキュ」と言って鍵をポッケへ突っ込んだ。
「碧くん、帰らないの?」
「ちょっと気になるフレーズがあるから、そこだけ確認して帰るよ」
「そっか...私も残ろうかな」
初華がそう呟くと、また始まった、と言いたげな顔をするムジカメンバー4人。
「お二人とも、くれぐれも節度あるお付き合いをお願いします。同じ家に帰るところを撮られたりしたら...解散の危機が...」
「はいはいうみこ、帰るよ~」
いらぬ心配を口に出しておきながら泣き出す海鈴を、不法侵入した猫をつまみ出すかのように連れ帰るにゃむ。
その横で、睦がこっそりと初華に近づき、耳打ちする。
「初華、碧は優しいけど意地悪、気を付けて」
「な、何言ってるの睦ちゃん!?」
高校1年という年になって、そういうことを全く知らない、というのはさすがに無理がある上、出自が出自なだけにむしろ知っているべきなんだろうが、本人はそういう話に耐性がないようだ。
「碧はけだもの。もう無理って言ってるくせに、睦のここはこんなに」
「おいバカ言ってねえしやってねえ、初華に変なこと吹き込むのやめろ」
「...残念、もうちょっとで寝取れたのに」
「...お前物騒だよな。誰に似た?」
「碧」
「お前実は俺の事嫌いだろ」
「ううん大好き愛してる。子供は12人ぐらい作る?」
「祥子、連れて帰って」
「えぇ、お気をつけて」
睦は祥子に引きずられるようにして出て行った。
そのあとですぐ、すこし落ち着かない顔をしている初華が言った。
「碧くんは、その、私とそういうこと、したいの...?」
「...真に受けすぎ。俺は別に」
「...私は、したいよ?」
「...なに、飲んだ?」
「私は、碧くんと付き合ってから、その、なにも、されたことないから...ダメ、かな」
確かに付き合って1か月ちょっと。
何もしてないけど、アイドル的にダメなんじゃないのか。
まぁ、二人きりなら...
「初音」
「ん...っ」
「...そんながっつり目閉じないでくんない?ちょっと寂しいんだけど」
「ご、ごめ...っ――」
居残り練習したいからといったのに、こうやって色欲にかまけているのはどうかとは思っている。
「っ...あお、くん」
「...続きはしないからな」
「えへへ...あ、そうだ。確認したいところって?」
軌道修正を初音から申し出てくれて助かった。
「あぁ、ここ。ドロリスはどう弾いてたかなって」
「えっと、ここは...」
結局戸締りぎりぎりまでやってた。
ちゃんとギター練習した。
「ちっ、雨かよ」
「うわ、結構降ってるね...」
雨予報はなかった、ゲリラか?
だとしたらすぐ止むが...
雨雲レーダーを検索すると、2時間ぐらいすれば止むとのこと。
「2時間ぐらいここで待ってるのはしんどいかもなぁ」
「そうだね...」
「...初音は今日、帰れなくても平気?」
何を聞いてるんだろう。
初音も何言ってんだこいつみたいな目で見てる。
「いや、俺の家が近いからそっち来る?って言おうと思って」
「え、えっと、いいの?」
「まぁ、減るもんじゃないし」
「じゃ、じゃあ、行く。行きます」
なんで敬語になったかは知らないが、どっちかがずぶ濡れで帰るという事態は防げた。
「この雨ん中じゃ大した意味はないけど...一応折り畳みね。使って」
「え、大丈夫だよ?」
「タレントが体冷やして風邪ひいたとか笑えないからさ、ね?」
「...わかった。でも、碧くんも一緒に入るんだからね?」
というわけで、折り畳みで相合傘をすることになった。
肩ずぶ濡れになるだろ、とは言えなかった。
隣を歩く初音の顔が嬉しそうに見えたから。
水を差すのは憚られた。
しばらく歩けば、自宅が見えてきた。
今日ほど玄関前に屋根がついててうれしいと思ったことはそうない。
「到着。入って...うえ、びっしゃびしゃ。風呂沸かしたっけなぁ」
「お邪魔します...奇麗なお家だね」
「そ?物なさ過ぎて質素じゃない?じゃなくて、先風呂入ってきな」
「え、だめだよ。碧くん風邪ひいちゃうよ?」
「いいんだよ、初音が体冷やすほうがまずいから」
半ば押し込むように初音を風呂に入れ、その間に部屋を軽く片付ける。
別に見られて困るものはないけど、個人的に初音の目に入れたくないものは多々ある。
「あ、着替え」
一旦パーカーでも貸しておくか。
そう思って、洗濯したてのパーカーを掴んで脱衣所でノックする。
「初音、着替え置いとくから」
『ありがとう。一緒に入る?』
「馬鹿言うな、あったまってこい」
『はーい』
鉢合わせが怖くて洗濯機の上に載るように放り投げた。
その時視界に入ったものは見ないふりをした。
気を紛らわすようにキッチンに立って、米を研ぐ。
何かしてないとさっきの光景を思い出して、その先を想像してしまうから。
自分のことながら、まだ
しっかり自分が男であることを再認識したところで、風呂場から扉が開いた音がした。
「ありがとう碧くん、お風呂いただきました」
「...温まったみたいでよかったよ」
「碧くんも入ってきなよ。風邪引いちゃうよ?」
「...行ってくる」
逃げるように風呂場に入った。
何かが壊れそうだったから。
「でったでーたでたでた~」
「お帰り、碧くん」
いつもの調子で風呂から出たら、初華が出迎えてくれた。
「...ごめん、素で忘れてた」
「可愛かったよ?」
「忘れろ、でなきゃ祥子に写真バラまく」
「碧くんの鬼!悪魔!」
かわいい罵詈雑言を無視し、夕飯作りに入る。
と、電話を持った初華がキッチンに入ってきた。
「なん?」
「祥ちゃんから」
祥子からしい電話を受け取ると、『大丈夫だったんですの!?』と音割れ気味で聞こえてきた。
「...びっくりした。こっちは平気だよ。初音帰せなくて悪いね」
『いえ...無事であればそれでいいのです。明日、元気な顔を見せてくださいまし』
「了解した」
『それと碧。一応言っておきますが、初音...初華は現役のアイドルです。手を出してはなりませんわ。よろしくて?』
「わかってるよ。ちょうど再認識したところだ。じゃあな」
初音に電話を返し、引き続き夕飯に取り掛かる。
ほどなくして、電話が終わったらしい初華が戻ってきた。
「何か手伝うことある?」
「んー...茶碗二つと皿二枚出してくれ」
「はーい」
出された皿に、簡単にできるというと炎上する生姜焼きを乗せる。
「わ、おいしそう。碧くん上手だね」
「まぁ、一応一人暮らしなもんで。白米食う?一応炊いたけど」
「んー...せっかくだし食べようかな」
「あいよ」
配膳をぱっと終わらせ、いただきますと手を合わせて言う。
「ん、おいしい。やっぱり碧くんお料理上手だよ」
「ほめても米のお代わりしか出ねえぞ」
「うーん、困るかも」
手料理を人に振舞うことなんかそうそうないが、褒められると気持ちがいい。
「料理しないの?初音も祥子も」
「最近はたまに祥ちゃんがやってくれるんだ。おいしいよ」
「まぁ、そうだろうよ」
何でもできるお嬢様が実は料理下手です、なんて設定はアニメとかでよくあるが、祥子に関しては似合わない、というのが率直な感想だ。
彼女は妥協を知らないが故に。また、それを知っているからこそ。
「でも、不思議だな。碧くんの味付け、祥ちゃんのに似てる」
「血縁ならそうなんじゃないの?」
「うーん...そうなのかな...」
「知らないけどたぶんそうなんじゃない?」
他愛もない話をしながら、夕飯を食べ進める。
ふと箸を止めて、初音を見る。
所作が奇麗だ。
「碧くん?」
「あぁ、悪い。いや、きれいだなって」
「え、私?」
「他に誰がいるんだよ」
そう返せば、初音の顔は赤く染まる。
この返しで赤くなるのだから、よくクール系で売り出せているなとたまに思う。
「あ、碧くんだって、かっこいいよ?」
「そりゃどうも」
「思ってなーい!そういうのよくないんだよ?」
「思ってるよ。初音に褒められてうれしいさ」
「棒読みやめてよ~」
...久しぶりだ。
この家の食事の時間がこんなにあったかくて、楽しいのは。
「ごちそうさまでした!おいしかった~」
「はいお粗末さん、我ながら良い出来だったな」
「お粗末さまって言うなら今の余計じゃない?」
「初音しか聞いてないしいいだろ」
食器類をシンクに置き、洗っていく。
こういうのを溜めると後々に響くんだな。
「手伝うよ」
「ゆっくりしてろよ、お客なんだし」
「だからこそ手伝わせてよ」
「...わかった、よろしく」
並んでキッチンに立ち、洗い物を捌いていく。
「なんか、こうやってると夫婦みたいだね」
「...気が早いな。2親等だから駄目じゃなかったか?」
「碧くん、そういうこと言うのはだめだよ」
「えぇ...ごめん」
マジレスしたら怒られた、人間って難しい。
「そっか...碧くんって甥っ子くんになるんだもんね」
「俺は初音を叔母様って呼ぶべきか?」
「せめてさんで...ううん、初音がいいな」
「ではそのように」
別に血縁だからと言って無理にそう呼ぶ必要もないか。
「こっち、終わったよ」
「こっちも終了。助かった、ありがとう」
「ううん...ふぁ」
「...寝るか?」
「うん、一緒に...」
いつもなら色ボケと返していたが、今日はなんだかそうする気になれなかった。
寝室を別にすればいいのに、一緒にベッドに入った。
そして冒頭に戻る、と。
驚異の4,000字、これは推し贔屓と言われても仕方ない...