「練習時間終わったから会議室にいるって」
「ん...気まずいなぁ、遅刻したうえで教室の前のドアから入る気分」
「あはは、ちょっとわかるかも」
逃げられないようにという名目で初華に手を繋がれている俺は、事務所の廊下を歩いている。
誰かに見られたりしたら倍気まずいんですけどね。
会議室の前までくると、自然と手を離し、初華がドアをノックする。
程なくして、どうぞと声が帰ってきた。
「ただいま、さきちゃん」
「...失礼します」
「初華、碧、おかえりなさい」
周りを見渡す。
睦はいない。
「...碧、答えは出まして?」
「...あぁ。もう迷わない」
「そう...でしてよ、睦」
「睦!?」
驚いて振り返っても、姿はない。
しかし、祥子の方からノイズ混じりの睦の声が聞こえた。
正確には、祥子の手の中にあるスマホから。
『ありがとう、祥。今から行くね』
電話が切れて、謎の緊張感が襲う。
「...やられた。同じ手口やっただけにやられるとムカつく」
「ふふ、詰めが甘いですわね。では、私たちはいったん外しますわ。睦にはここに来るように伝えておきますわね」
「...わかった。ありがとう」
俺以外が会議室から出てって、大体10分ぐらい。
控えめなノックが3回響いた。
「開いてるよ」
言い終わると同時にドアが開いた。
「お疲れ、睦」
「うん。碧もお疲れ様」
特に何の許可もなく、睦は俺の隣の椅子に腰を下ろした。
「みんなは?」
「...気遣って帰ったよ」
「そっか。じゃあ、早速」
睦は椅子から俺の膝へ移ってきた。
「答え、聞かせて」
「...最初にさ、言っとくんだけど。俺は、こういう人間だからさ。多分、これからもいろいろ嫌な思いはすると思う」
「うん」
心臓がうるさい。
顔が熱い。
体が震える。
「...それでも、良ければ。俺と...」
「いいよ」
「付き...え?」
今、なんて?
「碧なら、もっと長く言い訳すると思ってたから。思ってたより短くて、思わずOKしちゃった...安心した?」
「いや、まぁ...うん」
「私も、一つ、謝らなきゃいけない」
睦は俺の膝から滑るように降りて、片膝をついて頭を伏した。
「碧に見せてきたのは、『碧に好きと思ってもらえる』睦ちゃん。私だけど、私じゃない」
「...言っちゃなんだけど、便利だな、それ」
「碧に合わせて、いろんなパターンを考えてた。もう少し大人しめかな、もう少し活発かなって。でも、碧は私との時間をいつもと変わらないって言ってた。気を許してくれてるんだって思った。だから、考えたパターンは全部なくなった」
必要に応じて人格を入れ替える、演技の天才、あるいは化け物。
その異常性はよく分かってはいないが、必要に応じて、という部分が、特定の誰かに好かれるように、と読み替えることができるのではと、考える。
「だから、碧が今まで付き合ってた睦ちゃんは、私じゃない。ごめん」
「...いいよ、誰でも。睦は睦だろ?」
「...え、でも」
「例外はあるけど、どんなに内面が変わろうと、そこにいるのは若葉睦、それだけだ。睦は今ここにいる。んで...あ~...俺の彼女...になるのかな?」
「照れてる。かわいい」
...こういうところはどの人格でも変わらないのかなと思いつつ、うるせぇと言って睦の頭を少し乱暴に撫でる。
「私を乱暴にするの、碧だけ。そういう癖?」
「俺のことなんだと思ってんの?」
「かわいい」
「...あ、そう...」
コントやってんじゃないんだよ
付き合うか、付き合わないか
-
付き合う
-
付き合わない