「はぁ...よし、帰ろ」
駅も大分空いた頃だろう。
大分時間もつぶせたし、意外と自然の風を感じるのも悪くないかもしれない。
とはいえ、ちょっと冷える。
駅に入ると、終演直後ではないにしろ、多くの人でごった返している。
うわぁ、嫌だなぁと思いつつ、ちょうど来た臨時急行に乗る。
ライブの日はこういうところに各交通機関の心遣いを感じる。ド感謝。
電車の中でおしくらまんじゅうを行いながら、中ほどまで詰めていく。
だから公共交通機関って嫌なんだよねぇ。まともに立てないし、捕まらず寄っ掛かってくるバカはいるし。それに――
「触んなよ」
こういう輩もいる。
ライブで喉枯らしといて良かった~!
マジでちょっと小柄で出るとこ出てるからって触っていいわけねえからな?覚えとけ。
電車が緩やかに減速し、駅で停車。
人が入り乱れていく中でさっきの不埒なおっさんもどっかに行ったみたいだ。
こわかったぁ♡(裏声)...おかしいな、誰も転んでくれなかった。声に出さなかったからかな。
扉が閉まり、電車が加速し始める。
さっきよりはマシになったが、まだまだ満員電車。
どんな奴が出てきても不思議じゃない。
まぁでも基本的に私が被害にあうことはそうそうないので、イヤホンでもつけて余韻に浸ろうか。
やっぱAveMujica様だよ、これ聞いてると嫌なことなんかどうでもよく聞こえるもの。
「...ん?」
隣の浅葱髪のツインテールの子が小刻みに震えている。
何かを我慢しているような、そんな感じの...。
「...はぁ」
後ろのオヤジだ。
どう見たって親子には見えないし、親戚なら公共の場ではやめてほしい。
とはいえ、困っている状況には変わらないだろう。
浅葱髪に近づき、なるべく優しく「お困りですか?」と声をかける。
「...助けて、ください」
「...わかりました。おい、お前」
我ながらナイス声色変化。
「な、なんだね」
「後ろでニヤニヤしながら何してたんだ」
「べ、別に何も...」
「満員電車でつり革も手すりもつかまらない。両手も空いてるのに、妙だな?」
最近見たアニメに若干影響されつつ状況証拠を突き付けていく。
「どうする?大人しく次の駅で降りるか、この場でこいつ痴漢ですと叫ばれて一生恥ずかしい思いをするか?」
今も結構な範囲でこのオヤジが痴漢疑惑をかけられていると知られているわけだが、それはそれ。
「わ、わしがやってなかったらお前が痛い目に合うんだぞ!?」
「被害者の声も状況も見てるし聞いてる。それ以上に何があると?」
「だ、大体、わしがやったという証拠はどこにあると!?」
「彼女の服にあんたの成分がべったりと。密着しても普通は付かないようなところから出てくるだろうよ。時間はいくらでもかけられるよ、あんたがやったって証拠は出てくるからね」
後ちょうどこの真上に防犯カメラあるしね。
「さ、どうする?」
「...お、降りてやろうじゃないか!」
「賢明な判断だよ、おっさん」
ほどなくして駅に止まり、おっさんを駅員に突き出して、彼女の服と下着から無事におっさんの成分が出てきたことで、我らの勝利となったわけだ。
「...ありがとうございました。助けていただき。私、
「ご丁寧にどうも。神崎碧です。大変ですね、お互いに」
「えぇ、まさか自分が被害にあうとは...」
それはそう、誰もが想定している事態ではない。
それにしても、この声、どこかで...。
「...まさか、ね」
「神崎さん?どうかされましたか?」
「いえ。少し、誰かに似ていると思っただけです。お気になさらず」
「...そうですか。では、その誰かにもよろしくお伝えくださいまし」
よろしくといえる関係でも距離でもないわけだが、まぁそれはいいや。
「豊川さんは、まだこっちの方面ですか?」
「いえ、私はあちらのほうに。お別れですわね」
ちょうどよく、私の地元行きの電車がやってくるアナウンスが鳴った。
「そうですね。お気をつけて」
「えぇ。神崎さんも、ですわよ」
何かの縁と連絡先を交換して、軽く手を振ってから電車に乗り込む。
「またね!」と書かれたスタンプをお互いに送って、閉まるドア越しに微笑みかけた。
「どこかであいましたか?」という、彼女の音は聞こえないふりをした。
私の生涯に、あんなお嬢様はいらないのだから。