「あれ...俺こんな下手くそだったっけなぁ...」
八幡の自主練に付き合った帰り、右手に残る震えを誤魔化しながら呟く。
「碧さんが下手だとは感じませんでしたが。むしろ2年のブランクであれなら上手い方かと」
「初見の曲でもすぐ弾けるんだから、碧くんが下手なんてことはないと思うけどなぁ」
バリウマ女性陣に慰められるのはやりきれない気持ちがあるが、まぁいい。
「そういえば三角さん。この前のチケット、まだありますか?」
「あるよ。渡す?」
「せっかくなら来ていただきましょう」
なんか内緒話してるよ。
やっぱ下手なのはホントなんだよ。
「碧くん。来週の土曜日とか、予定ある?」
「土曜日は...ちょいとお持ち...」
スケジュールをスマホで確認する。
「何も...ないかな」
「良かった。じゃあ、これあげる」
「チケット?」
日時と場所だけが書かれたチケット。
何が行われるか全くわからないのが、怖いところ。
「怪しいところではないので。行って損はしないと思います」
「まぁそこは疑っちゃないんだけど...分かった、ありがとう」
「じゃあ碧くん、私達こっちだから、また明日!」
「ん、また明日」
何かの展示か、何かのイベントか。
彼女らが渡してきたのだから、何かのライブか。
「まぁ、行って損はしないだろ」
八幡もそう言ってたし。
「飯買ってかーえろ」
「...でかくね?」
日付は変わり、土曜日。
チケットに記載された座標までやってきた。
係員にチケットを見せ、中に入ると、一面に「Ave Mujica: masquerade 『Predere Omnia』」と書かれたポスター。
「マスカ、レード...?」
展示でもイベントでもなく、ライブイベントだというのはなんとなく理解したが、それならばマスカレード、というのがライブの呼称なのだろう。
仮面舞踏会であるなら持ってこいと書かれるはずだし。
「まぁ、来て損はないって言ってたしな」
ライブはオルスタ形式、チケットに席番がない時点で察してはいた。
ペンライトとか持ってないけど、良いかな。
「...始まったな」
『ーーようこそ。AveMujicaの世界へ』
曲名:AveMujica。
これは前々からサブスクサービスで聞いていた。
生となるとだいぶ変わるな。
キーボードが躍動し、ドラムもギターも割と荒れ気味、ベースは弾くことだけに集中しているようで、ギターボーカルもあまり動かない。
仮面を着けているために表情は伺えないが、事務的に演奏しているようにも見える。
「...?」
ギターボーカルとベースに何か既視感を感じる。
初めて見たライブで、メンバーに既視感なんて感じるわけがないのに。
「気のせいか...」
考え事をしているうちに演奏が終わっていた。
キーボードが一歩前に出て、軽いお辞儀をする。
『新しい楽曲をご用意いたしました。私たちが仮初の命を授かった日の記念、『黒のバースデイ』』
音圧で殴られる。
こんな音楽、知らない。
「ようこそって、そういうことか...」
あれは確かに、一種の世界だった。
惹き込まれた人間は、継続的に見に来てしまう。
まるで、別世界に取りこまれてしまったように。
「...おーい、大丈夫?」
「...っ!?」
「反応が返ってきましたね。死んでるわけじゃなかったみたいです」
それぞれの楽器ケースを持った海鈴と初華。
「そんなに呆けて、危ないよ?」
「いや、その...持ってかれかけたって言うか、なんていうか」
「...何か、惹き込まれるものを見たんですね」
「まぁ、そんな感じ。この前の貰ったの、見に行ってさ」
そういうと、二人の顔がちょっと強張る。
「...俺、まずいこと言った?」
「いえ...私たちの問題ですので、お気になさらず」
「碧くんは気にしないで。じゃあ、また...月曜?」
「月曜、だな。また」
足早に去っていく二人を見送るしかできなかった。
「...まさかな」
バンドとアイドルユニットを兼任してるわけないし、専属なわけがない。
AveMujicaのギタボとベースに似てたけど、きっと気のせいだ。
ライブの中はすべて虚言
1stライブ楽しみだね(3か月先)