日曜。
Ave Mujicaのマスカレードの日だ。
「...っし、行くか」
ギターケースを背負って、チケットが入った肩掛けカバンを持って家を出る。
多分、マスカレードが終わるころには、俺は俺でなくなってる。
「...それでも、別にいいよ」
きっと、運命ってそういうことだ。
多分、あのメンバーはきっと、そういうことを見越して俺を引き入れた。
ーーいや、さすがに自惚れかな。
そうだって言ってくれても、言ってくれなくてもいい。
必要とされるなら、俺はそれでいい。
「...行こう」
「...ようこそ、おいでくださいましたわ」
「...俺はただ見に来ただけなんだけどな。...で、俺にどうしろと?」
「6体目の人形として、ステージに入ってもらいますわ」
「...演技も必要なのかよ」
総合プロデューサーは演奏だけを求めてなかった。
「...分かった。待ってるって言われちゃったしな」
「あら、もう少し粘られると思っていましたのに」
「仕事ならこなすよ。それが友人の依頼なら、尚更」
『助けてください』という文字を忘れたわけじゃない。
結局何を助ければよかったのかはいまだ不明だが、俺が出来る事はこれくらいしかない。
「では、こちらに。人形になる準備をしていただきますわ」
「任せろ、愛玩でも玩具でもなってやるよ」
「...そんな乱暴には扱いませんわ」
冗談が通じるぐらいには仲良くなったようだ。
一歩前進と言ったところだろう。
「ところで碧さん、あなたギターはどう弾くのですか?」
「いつもは指、この前はピックだったけど。世界観で食い違うなら合わせるよ」
「指の方が楽ですか?」
「まぁね。ピックだとふっとばしかねないし。指でも?」
「えぇ、そこは任せます。では、その衣装と仮面を着けて、後ほど会いましょう」
世界観の話の内に更衣室に着いていた。
「...どうやって調べたんだ、俺の身長」
ピッタリ、と言うか少し余裕のある衣装が用意されている。
着てみればだいぶゆったり、しかし決してぶかぶかには見えない俺の姿。
次いで、正面から見て右目と口を覆うような、クロユリの模様をあしらった仮面を着ければ、そこにはもう
「こりゃ...すげえや」
ギターも引っ掛けて持ってみれば、いよいよ仮面バンドの仲間入りという訳だ。
まぁ俺はサポートなわけで、本加入はないわけだが。
更衣室を出れば、すぐ横で豊川さんが待っていた。
「...思いのほか溶け込んでて、びっくりしていますわ」
「俺も同じ感想を持ってるよ。かっこいいな」
考えるより先に思ったことが口に出た。
それを聞いた豊川さんが少し顔を赤らめる。
この世界観、気に入ってるんだろうな。
「...では、立ち位置とやることについて説明しますわ」
俺の立ち位置はドロリスの後ろ、観客に背を向ける形だ。
後は楽譜と台本を少々頂いて、出番までひたすら読み込む。
「任せましたわ、ルイナス」
「わかっ...誰?」
楽曲:Ave Mujicaの披露後、ドロリスの様子が変わった。
『うっ...』
『ドロリス?何かありまして?』
オブリビオニスはドロリスが抑えている右手を覗き込む。
『...!今宵の月は完全ではなかったというの...!?』
『どう、しよう。この、ままじゃ』
右手が動かないのでは、ギターは弾けない。
『ドロリスがこの状態では...』
オブリビオニスがそう呟いた直後、ドロリスに近づく影が一つ。
その影はドロリスからギターを取って、自身の肩に引っ掛ける。
『...あなた、見ない顔ですわね?』
「...俺も最近目覚めたんだ。記憶もなにもすっからかん。だけど、なんでかな。そこの人形見てたら、助けたくなってさ」
『ボク、を?』
「ギターは俺が受け持つ。キミは思いっきり歌え」
ドロリスはその影に背中を預けるようにマイク前に立つ。
影もドロリスに預けるように背中を向ける。
『不完全な月の光が、新たな人形を起こしたようですわ。では、続けましょう。『黒のバースデイ』』
キーボードから始まるメロディを、影がギターで彩る。
アレンジを加えても、決してメンバーは動じない。
それすら織り込み済みなように動き、演奏する。
演奏が終われば、影の元にキーボーディストとドラマーが寄る。
『...そういえば、あなた、お名前は?』
「...覚えてない」
『ん~?...うんうん、最近来たにしては人間の匂いが薄いね』
『あちこちに傷が目立ちますね。よほど雑に扱われたのでしょうか』
「...さぁ?もう覚えてないよ、そんな事」
何も覚えてなくて、何もわからない。
『随分と自分のことに関心が無いようで』
「...きっと、楽器を演奏するしか能がないんだ、俺はそういう人形なのさ」
『...では、今日から『
影はルイナスと言う名で、ステージに上がる。
『では、改めて。仮初の名を与える儀式をいたしましょう』
ステージが暗転する。
『モーティス』『ーー我、死を恐れるなかれ』
『ティモリス』『ーー我、恐れることを恐れるなかれ』
『アモーリス』『ーー我、愛を恐れるなかれ』
『オブリビオニス...ーー我、忘却を恐れるなかれ』
『ドロリス』『ーー我、悲しみを恐れるなかれ』
『そして...ルイナス』
「ーー我、破滅を恐れるなかれ」
『参りましょう、『Mas?uerade Rhapsody Re?uest』』
俺だけがいる楽屋で、衣装の崩れなんて気にせずにソファに身を投げ出した。
テーブルの上に仮面を置いて、ルイナスと言う外面を剥ぐ。
「...ぁ」
何もかも出し切った気がしている。
ティモリスやアモーリスと目を合わせながら演奏し、背中にドロリスの力強い歌声を感じて、オブリビオニスとモーティスの目線を受けてアドリブにも対応する。
「マジで、俺じゃないみたいだった」
あの場にいたのは俺ではなくルイナスで。
「...結局、神崎碧はそのままか」
それではよくないとも、それでいいとも、どちらの感情もある。
「...とりあえず、着替えるか」
私服に着替え、衣装はハンガーにかける。
再びソファに身を沈め、目を閉じる。
「...どうした?モーティス」
「...おつかれ、さま」
「ん?...サンキュ」
若葉の令嬢...睦が袋を差し出してくる。
中身は...キュウリ。
「キュウリ?」
「おいしいよ」
「...生でもいける?」
「うん」
みずみずしいきゅうりの水分が体に沁みる。
「あー...生き返る」
「碧、ありがとう」
「なにが?」
「来てくれて」
待ってるって言われたし、海鈴には助けてって言われたし。
来いって言われたわけじゃないのは事実だけど。
「おかげでいいライブになりましたわ。ありがとうございます、碧さん」
「...ちなみに、俺が来なかった場合どうしてたの?」
「それはないでしょう?チケットがあった時点であなたはここに来ることは決まっていた。あとは引っ張り上げてしまえば問題ないですわ」
「んな強引な...」
「...あれ、碧くん笑ってる?」
いつの間にか全員集合してた彼女らにまじまじと顔を見られて背けるが、笑みと赤面は隠しきれなかったらしい。
「演奏中の笑顔とは違いますね、楽しかったですか?」
「...まぁ、うん」
嘘。
滅茶苦茶に、楽しかった。
ルイナス君の仮面はモーティスのやつの左右反転版と考えていただければ
ーーようこそ。Ave Mujicaの世界へ
あと一本上がったらアニメムジカまでアクションなしかなぁ