海鈴にベースの基礎を叩き込んでもらってから約二か月、趣味の延長ではあるが、たまにベースを弾いている。
楽器を弾いてて楽しいのはソロパート、とはたまに聞くが、難しい事この上ない。
あくまで趣味の延長。本職はギター。
けれど、人は新しいものを手に入れたらそればかり構う。
今、ベースの経験値が爆裂成長期中だろう。
「おはうみこ~...あれ?あおこ?」
「おはよ、にゃむ」
俺がベースを弾いてる姿は確かに珍しいが、海鈴と間違えるほどの音ではないはずだ。
「あおこのベース、そんな頼りがいある音してたっけ?」
「や、2か月の成果だな」
とはいえ、誉め言葉は素直に受け取ることにした。
多少混ぜ返すだけになったのは、ほめてほしいところだ。
「あぁ~、この前のうみことのデートね」
「デート?」
確かにお忍びデートとは言ってたけど。
「デートって言ってたよ~、「誕生日だから要望を聞いてもらうのは信頼です」とか言ってたけど」
「言ってねえじゃねえか。あと急用っつって他とデートしてたからギリ浮気じゃねえか?」
そもそも俺はお付き合いしてる相手がいないのだから、浮気も何もないのだが。
「うんうん、それはうみこが悪いよね。私ならそんな思いさせないのになぁ」
「SNSで2億回見かける黒髪マッシュ黒マスクやめような、めちゃくちゃスキャンダルだからな」
「それは「どしたん?話聞こか?」だから。じゃなくて!」
ほぉ、反応するのか。
「詳しいな、さすがインターネットガール」
「名乗ったことなーい!!」
ある程度の常識があると、いじりがいがある。
祥子はお嬢様すぎて、この間は午後の紅茶を午前中に飲んで死刑になるとか思ってたらしい。
そこまで行くと心配だ。
「...じゃなくて、今日暇?」
「唐突な話題変更。いやまぁ空いてるけど」
「じゃあ付き合って!」
「はいはい」
こういう時は断る方がめんどくさいことになると、gMS-α*1が言っている。
ちなみにgMS-Ωは
「というわけで~?こんにち~にゃむにゃむ~!!」
「にゃむにゃむ...」
事務所から、太陽が照り付ける中を、ガラでもなく日傘をさして歩くこと10分。
着いたのはこじんまりとした喫茶店。
「...撮影許可取りました?」
「もちろん!というより、向こうから来たんだよ。ぜひにゃむちにって」
「...俺を連れてきたのは?」
さっきの元気とは裏腹に、静かに指をさすにゃむ。
「...これ」
「うわ、燃えそ」
そこに書かれてたいのは、「カップル限定パフェ」というもの。
「違うんだって~!誰かいるかなって思ったらあおこしかいなくて~!」
「待てばよかったのに。男と二人だと燃えますよ」
そう言うと、にゃむは目を丸くした。
「え、心配してくれるんだ」
「燃えたらムジカにも飛び火するでしょうが」
「にゃむちの心配もして~!!」
心配のつもりだったんだけど、伝わらなかったかな。
人の心は難しいね。
「まーいいや、とりあえず入るよ、外あっつい」
「同感です」
日傘を閉じて店に入る。
(...あれ?撮影許可取ってカップル限定スイーツ食うの?偶然...?)
「お店の中はこんな感じ!お席の数も20席あって、雰囲気がある店内になっていまーす!」
インフルエンサーとして、きちんと仕事をこなすにゃむ。
なぜ撮影許可が出たのか、お店に入ったときの反応で納得した。
店主の女性がにゃむちのファンだった。
...喫茶店の店主ならマスターって呼ぶべきか?
「にゃむち、好きなんですね」
「そりゃもう!今は忙しいみたいであんまり更新ないけど、思い切って連絡して正解でした!」
「それは、よかったです」
いろいろなことがあっても、愛されるインフルエンサーであるのは、少なくとも動画内では好印象ということだろう。
「じゃあ、さっそく今日の本題行きましょう!すみませーん!あれ、お願いしまーす!!」
「はーい!!」
店主さんがデカ盛りパフェ制作に取り掛かったので、俺はにゃむが座ってる席に向かう。
「店主さんがにゃむち大好きだってよ」
「ありがたいよね~、いろんなことあったのに」
「それだけ人望があったんだろ、解散前の貯金が役に立ったな」
「日々感謝だね...」
訂正しよう。
この謙虚な姿勢が、動画からあふれてるんだ。
だから、愛されている。
「お待たせしましたー!」
店主さんの声とともに、テーブルに置かれたそれは。
「でっ...」
「かぁ...」
パフェがジョッキに入っている。
そしてその中身を埋め尽くし、なおはみ出るクリームやフルーツの数々。
いつも見るパフェのルックスとのギャップがあって、インサートを撮りながら怖気づいたけど。
「...やってやる」
「燃えてる...いくか...」
フルーツ、その下にあるフレークはにゃむが担当し、クリーム、プリンなどを俺が担当するM.A.V.戦術。
ま、その通りにはいかなかったんだけどな。
「...にゃむ、まだ、行けるか...?」
「...当たり前やろ。麦は踏まれて強うなる。名前負けなんかするもんか。いくるか、じゃなか!あおこがついてくるたい!」
最初の頃の勢いはもうないが、着々と食べ進めている。
画角も何もないが、映ってることを祈ろう。
そして。
「...っ...もう、入らない」
「同感...もう、だめ」
営業時間外でよかった。
営業中なら確実に迷惑客だった。
「おいしかった、けど...しばらく、フルーツ恐怖症になりそう...」
「しばらくなんも食べんちゃよさそう...」
「わぁ!完食ありがとうございます!こちらどうぞ!」
渡されたのは次回来店時のコーヒーが半額になるものと、食べ物系のメニューが半額になるもの。
「ご来店ありがとうございました!またお越しください!」
素敵な笑顔に見送られ、店を出る。
来る前は肌を焼いていた太陽も、今は身を潜めているようだ。ありがたい。
「...カップル限定にしちゃ重いよな、あれ」
「あれ2人は無理があるて思う」
「本当にそう...でも、おいしかった」
「...うまかればよかってもんじゃなか!まぁ、うまかったん本当ばってんさ...」
「情緒...」
スイーツで腹も心もいっぱいになったのは今回が初めてだ。
「誘ってくれて、ありがとな」
「...あたし、誕生日が今日なの、知ってた?」
「...言えば追加でバースデープレートでも頼んだのに...」
「入らないって。じゃあ知らなかったんだ。まぁいいけど、あおことデートできたし」
デート...やっぱりそうか。
まぁ、違和感はあった。
「いつも思うけど、俺とデートしてなんか得あるか?」
「あるよいっぱい。少なくともあたしはあおこのこと好きになった」
「そうかい。ありがたいね」
好きになんてなるな、こんなやつのこと。
「ねぇ、あおこ。あたし、あんたが羨ましい」
「...なにが...っ?」
顔に手を添えられ、にゃむの方を向かされる。
「演技もできて、ギターもできて。むーこの代わりだってできちゃうあんたが、羨ましい」
「にゃむ...」
「ね、あおこ...」
にゃむの顔が近づいてくる。
俺はその顔に。
「...てい」
「あだっ!?何!?」
デコピンを食らわせた。
「告るなら口元のクリーム拭いてからにしろ」
「あう...」
「でも、その気持ちは嬉しかった。前向きに検討しとく」
断りの文句はこうだって聞いた。
あいにく、俺にはそんな経験がないからな。
「ふーん、もし売れ残ったら相手してよね」
「お前まだ高1だろうがよ...」
なんか妙にしっとりしてしまった
あとにゃむのキャラが...