「豊川、ちょっといいか」
「なんでしょう」
モーティスからの相談を受けた俺は、豊川へそのことを伝えることにした。
正直、信じるかどうかなんてわからない。
「...場所を変えたい」
「大事な話ですのね?いいでしょう」
空室の会議室を借り、豊川と対面して座る。
「...単刀直入に言うぞ。睦が壊れた」
「...どういうことですの?」
「睦の人格が完全に壊れて、今は別人格...便宜上モーティスと呼ぶが、それが動いてる」
そこまで行った時、豊川が席を立った。
「...与太話なら別の機会に」
「俺が冗談でこんなこと言うやつだと思うか?」
そう言えば、疑念が消えない顔で、しかし俺の話は聞く気があるようで、座りなおして「続けて」と促される。
「モーティスは、ギターが弾けないらしい」
「...睦の別人格だというなら、それはおかしい話では?」
「俺も完全に信じちゃいない。けど、あいつは「睦ちゃんの中でずっと聞いてた」って言ってた。少なくとも俺らのマスカレードは見てたはずだ」
「動きのトレースすらできない、と?」
そう聞かれたとき、俺はこの結論を話していいものか迷った。
けれど、話してしまわなければ、いけないと思った。
「...推測でしかないけど、ムジカに興味がないんだ」
「...は?」
「あるいは、ギター以外ができるから。俺はこっちだと思ってる」
全国ツアー初日に見せた語り口、俺にすり寄る態度。
真似る対象は?となったが、いるじゃないか。
最高に演技上手なのが、身内に。
「...まだ、豊川はモーティスと話してないんだっけ」
「えぇ、まだですわ」
「あの感じは、今まで視てきたものをアウトプットしてるだけ、そう感じた。その上でギターができないなら、音楽に興味がないだけなんだと思ってる」
「信じたくはないですが...信じざるを得ない、のでしょうね」
幼馴染が二重人格だったなんて、知りたいとは思わないはずだ。
「そこで、提案なんだけど」
「はい」
「モーティスの場所、しばらく俺がやることにしても?」
「...致し方ありません。それで対応しましょう。睦が帰ってくるまで」
「あ、それについてだけど」
仕事としてはここまでだが、忠告はしなければいけない。
これ以上、こじれる前に。
「...今の豊川じゃ、睦は帰ってこないぞ」
「...どういう意味ですの」
「モーティス曰く、『睦を壊した祥子ちゃんは嫌い』らしい。俺はよくわかってないけど、これからもムジカやるなら、考えてみた方がいいぞ」
「...心に留めておきますわ」
豊川の心持ちと、それをモーティスが赦すか。
後は色々あるけど、まだ焦らなくていい。
この場所を守るために、俺ができることは、全部やらなければ。
「時間作ってくれてありがとな。俺は帰るよ」
「えぇ、お気をつけて」
会議室を出て、エレベーターホールに直行する。
薄暗いと、なんだか少し怖い。
エレベーターを待っていると、
「おや、碧さん」
と、声がした。
「海鈴、どうしたこんな時間まで」
「スケジュール調整に時間を割いてました。そちらは?」
「...色々。よくわかんなくなっちゃって」
海鈴が「珍しいですね」とこぼしてから、
「相談でも乗りましょうか?」
と言ってくる。
「正直ありがたいけど、遠慮しとくよ」
「おや、ちょっとショックです」
「...別に、海鈴だからとかそういうわけじゃなくて、後で言われることだろうと思うし」
エレベーターに乗り込む。
「ムジカに関わることですか?」
「そ。多分明後日ぐらいとかにわかるんじゃない?」
豊川がどう出るか、モーティスがどう動くか。
全くわからないけど、勝負しなきゃいけないのはライブの日。
「楽しみにしていますね」
「そんな楽しみにする発表じゃないよ。まぁ心拍数は上がりそうだけど」
エレベーターのモニターに1と表示され、ドアが開く。
特に会話もなく事務所を出る。
「じゃ、俺こっちだから」
「はい、また明日。学校で」
「ん、また明日」
軽く手を振って、帰路を進む。
音楽アプリを立ち上げ、ムジカのプレイリストのうち、インスト音源を選択。
イヤホンを刺しながら、楽譜を開いて、睦の方の楽譜をコピーする。
「...すげえな」
改めて「幼少からギターを嗜んでいた」実力を思い知らされる。
それを信頼してこの譜面なのだろう、豊川は随分と幼馴染使いが荒いようだ。
「でも、今は俺の番」
モーティスが満足して引っ込むまで。
豊川がモーティスの条件をクリアするまで。
俺がやらなくちゃいけないんだ。