その日は、唐突に訪れた。
「結婚を前提にお付き合いをお願いします」
「...なんで?」
「私が碧さんのことを愛しているから以外に理由が?」
...マジで顔がいいんだよなぁ、こいつ。
「...まぁ、ないけど。で何?結婚?」
「えぇ、前提にお付き合いをと」
「...まぁ、いいよ。多分海鈴が思うような人間じゃないと思うぞ、俺は」
海鈴が思ってるほど、俺はいい人間ではない。
悪夢...ってほどじゃないけど、落胆すると思うよ。きっとね。
翌日、土曜日。
朝から練習。
スタジオに向かう途中で、横からスッと海鈴が合流してきた。
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
「...あぁ」
「おや、今日は顔色が良くありませんね。眠れていますか?」
正直な話、朝から誰かに話しかけられるのは苦痛だ。
「...いや、寝起きだから機嫌が悪めなだけだ。海鈴に当たりたくないから先に行く」
「...はい」
少し落ち込んだような声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。
...そう思わなければ、俺は振り返って手を繋ぎかねない。
「ごめん、海鈴」
聞かれないように呟いた。
自己満足でしかないのは、許してほしい。
ムジカの補佐としてやることは多々あるが、それはスケジュール管理を任されている海鈴と行動を共にするということ。
悪い気はしないが、居心地が悪い。
ただ、それだけなのだ。
「碧さん、ここのスケジュールですが...」
「ん、そこは...」
お互いにタブレットを突き合いながら、個人のタスク量と合わせて調整していく。
そこは問題ないのだが...
「...近くない?」
「近づかないと見えないんですよ」
じゃあ眼鏡買えよ、とは言わない。
高い買い物であることはわかってるからだ。
「近視?」
「乱視ではないので踊れませんね」
「段差で踊るダンサーすんな」
よく知ってんな。
見てたのか?俺は見てないし某音MADで知ったけど。
「今度のライブは京都にしましょうか」
「どこまで引っ張る気だ貴様。まぁいいや。そこの仕事は初華と俺で行くから、そこは開けといて」
「浮気ですか?」
「やりづれぇなお前は本当に」
芸人ネタを引っ張ってきてしまって流れツッコミまで習得してしまった。
そろそろエクストラスキルで
「...碧さんは、私と付き合っているんです」
「...仕事ならしょうがないだろ」
なんで付き合ってる段階で
「仕事先で何かあるかもしれないじゃないですか」
「何が?」
「なんでもです。見えないところで三角さんと」
こいつなんで俺がほかに手を出せると思ってるんだろうか。
「しねえよ。恐れ多いだろうが」
「三角さんがアイドルではなければ手を出したと?」
「言ってねえよバカ」
吐き捨てればタブレットを置いた海鈴が俺の肩をポコポコと叩く。
「バカって言いました!?バカっていうほうがバカなんですよ!?」
「うるせぇよバカ」
幼稚園児みたいな論法で泣きじゃくること20分。
唐突に真顔になった海鈴が口を開いた。
「碧さん。これからも私はこうなりますけど、付き合っていただけますか?」
「...あーうん。今日で散々分かった」
縁は大事にしなければならない。
そして同時に、自分の性格と折り合いをつけるのも大事。
そのうえで、俺は。
「いいよ。付き合ってやる」
「...ありがとうございます。幾久しく、よろしくお願いいたします」
「...重いな、お前」
「碧さんの忠実な奥方になるためですので」
「そこまでの信用は求めてねえよ」
苦労はするだろうが、きっと退屈はしないだろう。
「ところで、来週のこの仕事ですが、少し早めに終わらせてデートに行きましょう」
「...あー、はいはい」
訂正、退屈しないならそれはそれでだるい。
海鈴、一見すればハイスぺなのに皮を剥がせばおもしれー女なの、マジで何しゃべらせても味がします。楽しい。