「はっ...はっ...」
走る。走る。
雨の中、彼女は自分が濡れるのも厭わずに、走る。
「無事で...無事でいて...!」
道行く傘を差したまばらな人波を、縫うように走る。
同じように傘を差して歩けない理由が、彼女にある。
豊川の血に抗う肉親が、息絶えようとしている中。
彼女に傘を差してゆっくり歩くなんて選択肢はないも同然である。
碧の病室には、初華と睦がいた。
初華は冷たくなりつつある碧の手を握り、祈っている。
「碧くん...」
と、病室のドアが開き、祥子の姿が見えた。
「あっ、祥ちゃん!」
祥子が病室に入ってくる。
「祥ちゃんびしょ濡れ!タオルあるよ?」
「いえ、お構いなく。それより碧は?」
「...お医者さんが、今が一番危ないって」
「碧...どうして」
祥子は初華に代わって手を握る。
先ほどまで雨に打たれていたせいか、碧の冷たい手でも、祥子は暖かく感じた。
「まだ、暖かいですわね」
「祥、祈ってあげて」
「えぇ...戻ってきて、お兄様」
「よくもったほう、だと思うんだけどなぁ」
バンドギターにサブマネージャー兼用、学校に行きつつ交渉もこなす。
人並みの高校生よりは確実に頑張ったほうだろう。
結構満足してる。
『逝くのか』
「いやぁ全然。そのつもりはなかったんだけどね」
足元に広がる暗闇が、俺を放してくれない。
「なぁルイナス。俺は頑張ったよな?」
『ここでよくやったといえるほど、俺は察しが悪くない』
「クッソ。言われたら諦めてやろうと思ったのに」
『残されたほうが悲しむとは思わないのか』
「...思わないね。俺は元から一人だった」
嘘でもつかないとやってられない。
すごい苦しいし、怖い。
みんなにごめんと謝る時間があったら、きっと許さないと言われたはずだろう。
まぁでもそれも、もうどうでもいい話。
「ま、いい人生だったんじゃない?」
『未練しかない人生を100点みたいに言ってんじゃねえよ』
「いやぁだって、別に悔いなんてないしさ」
『悔いがないなら、無駄な問答してないでさっさと逝け。逝きたいならな』
相変わらず乱暴な半身だこと。
まぁでも、悔いがないのは大体ほんと。
よく頑張っただろ、俺。
『...ん、客か』
「客?」
見上げれば、AveMujicaの衣装を着た睦が降りてくる。
精神に干渉できるのは睦しかいないが、この場合は。
「モーティスかな」
「あったり~!遊びに来たよ!」
「...状況見ろよ。足埋まってるだろ俺」
「えーっと...じゃあ引っこ抜くね!えいっ!!」
モーティスが俺の腕をつかんで引っ張り上げると、いとも容易く暗闇からすっぽ抜けた。
ご丁寧に落ちないように台座まで。何でもありかこいつ。
「お前チートかよ...」
『...危機は脱した、ってとこだろ。死の運命から逃れるチャンスが生まれたとみてよさそうだ』
「碧くん、一緒に帰ろ?」
「...いや気まず、重篤で死にかけといてけろっと生き返るのなんか違うだろ」
『アニメの見過ぎだ。生き返るのに代償を求めるな。生者には今を生きる義務がある。義務を果たせ』
「お前も生者だろ...っ」
ルイナスの足はすでに暗闇に引きずられている。
『早く行け。俺は先に逝く。モーティス、その馬鹿を頼んだ』
「はーい!ほら、行くよ」
モーティスは俺の腕をつかんで、北方向へ飛んでいく。
「待てって、置いてくのか――」
モーティスの目には涙が浮かんでいた。
なら、俺が足掻くのも違うか。
と、頭の中に声が響く。
『一つ訂正だ。俺は生者ではなく、よくできた人形だ』
「...クソが、屁理屈こねやがって」
「人形でも、魂が宿れば生きてると同義なのに...」
モーティスに身を任せ、目を閉じた。
碧くんの意識を戻す前に、少しだけ独り占めしたい。
睦ちゃんの体に戻ったら、また私は出にくくなっちゃうから、今のうちに堪能したい。
碧君をぎゅーっと抱きしめて、ほっぺたにちゅーを一つ。
初めて、私をちゃんと見てくれた人。
怖がらずに、ちゃんとぶつかり続けてくれた人。
でもそれは、ルイナスくんだってそう。
私も悲しいよ。でも、碧君が生きてることは、何よりもみんなが喜ぶ。
ルイナスくんも、お前は生きろって言ったんだし、生きてもらわなきゃいけない。
「だいすき、だいすき」
私の思いは実らないし、碧くんもきっと睦ちゃんの好きに応える気はきっとない。
だから、ちょっとだけ悪いことしてる気分。
「碧くん、大好き」
せめて、言うだけ言わせてよ。
どうせ応えてくれないなら、意識ないうちにやっちゃうしかないじゃん。
ごめんね、睦ちゃん。後で感想文800字以内で書いてあげるから。
率直に言って
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おもろい
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おもろくない