さて、祥子の一人お遊び疑惑を往復ビンタを受けることで無事解消したわけで、今は22時半。
俺のベッドでふて寝している祥子に布団をかけて、俺は来客用の布団に身を横たわらせた。
いつもと違って床で寝ているので、いつもほど体は沈まない。だがそれで十分だ。
何があったのか、まったく思い出せない。
何か燐片をつかむたび、割れるほどの頭痛が襲い、思考を放棄せざるを得なくなる。
ただし、それは一人の話。そして、事情を知ってる人間がいないときの話。
今ならば、あの頭痛がこようが、祥子が引き留めてくれる。
ならばやるしかない。荒療治であろうと、ここで思い出さねば、俺の価値はないに等しいのだから。
目を閉じ、自分の意識に集中する。
思考の深く、深く。もっと深くまで。
まるで水の中のような空間を、落ちる、落ちていく。
やがて、底についた。
何もない空間を、ゆったりと歩く。
目的地はある。厳重に施錠された、重そうな大扉。
それを目指して歩いている。
場所はわかっている。別に焦る必要もない。
「...ついた」
荘厳な大扉。
厳重な施錠は、手を振るだけで簡単に外れる。
重そうに見える大扉も、片手で開く。
ここまでは、いつもできる。
「っ...!」
少し開いた扉から、情報が魚の大群のように押し寄せる。
いつもならここで頭痛を感じて引き返すが、今日はそうはいかない。
祥子を利用するようで悪いが、今日という機を逃すわけにはいかない。
「ぐっ...!」
扉間の隙間が大きくなればなるほど、多くなっていく情報に圧されながら、一歩、また一歩と足を動かす。
歩き続けることに意味がある。
不思議だ。意識下の中だからか、普通に痛い。
前からの圧倒的なプレッシャーに打ち勝とうとするほど、体が軋んで悲鳴を上げてるのがわかる。
だが、負けるわけにはいかない。
こんなのに負けてちゃ、顔向けできない。
「...う、おぉぉぉぉ!!!」
扉を開ききって、情報を整理し終えた。
無意味な情報群ではなかったが、記憶の類はなかった。
まぁ、ギターの弾き方の記憶はあったけど。
最悪これだけでも持ち帰れば、明日からじゃかじゃかできるだろう。
しかし、ここで満足してはいけない。
「行こうか」
誰に聞かせるでもない言の葉。強いて言うなら自分を鼓舞するためのセリフ。
震える足を抑え込んで1歩を踏み出す。その瞬間。
――頭を殴られた。
いや、比喩だ。比喩なのはわかってる。
しかし、殴られたとしか思えない衝撃が襲った。
思わず手をやる。血は出てない。当然だ。殴られてはいないのだから。
しかし、衝撃で少し思い出した。いや、思い出した衝撃だったのか、今のは。
「...なん、だ」
思考の海に沈んだ時、たまに見えた影。
何をするでもなく、そこにあるだけだった影。
「おまえ、は...だれだ...?」
問いかければ、その影が動く。
『俺はお前だ』
「俺...?」
影の声には聞き覚えがあった。
それは紛れもなく俺の声だった。
忘れていた記憶が少し蘇り、目の前の影の正体を理解した。
「...ルイナス」
『...思い出すなと言ったろうが、馬鹿が』
「...お前が、俺から記憶を奪ったのか」
『...防衛本能ってやつだ』
驚きも感動もない。
そこにある機械の自動音声と話しているような、そんな気持ち。
『まぁ、あれに圧されながらここまで来たのは褒めてやる。帰れ』
「...お前の記憶を寄越せ」
『...それをすればお前は不幸になる』
「こっちは力づくでもいいんだ。どうせ記憶のない俺に価値はない」
言った途端、体にかかる重力が何倍にも増幅した。
「っ...!?」
息が詰まる。体が軋む。立てなくなる。
無様に這い蹲って、頭痛を抑える。
やがて重力が消え、息を吸い込む。
「...っ」
一気に吸いすぎたせいで咳き込んで、抑えた手についた血を見て、血の気が引いた。
『...それが、俺を...記憶をすべて思い出すことの代償だ。帰れ』
「...お前は、何を知ってるんだ...?」
『あらゆる事象。すべての現象。お前に関するあらゆるを、俺は記憶している。故に忠告だ』
一瞬だけ、影がくっきり人型になった気がした。
――もう、思い出すな。
それだけ言って、影は俺を追い返した。
「ぐっ...!!」
床で目が覚めた。
時刻は深夜の11時半。
ベッドの祥子は、まだ寝てるようだ。
「...ルイナス」
軽くつぶやくと、不思議と口なじみがいい。
「...思い出すな、か」
ムジカに必要なのは、ルイナスの力のはずだ。
――求められるお前が、そういうこと言うなよ。
悪態をついて、意識を闇に沈めた。
夢は見なかった。
率直に言って
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おもろい
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おもろくない