迷う心の在り処   作:ユイトアクエリア

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もう一度、その音を


58:audite quod sonus iterum

「ムジカの練習に?」

「あぁ。見学だけなら、邪魔にはならないかなって」

 

朝飯中にそんなことを聞いてみた。

ギターの記憶が戻ったとはいえ、まだ人前で披露するものではない。

フロント2人のギターを見て聞けば、何かつかめるかもと思った次第だ。

 

「それは構いませんが、お体のほうは?まだつらいのではなくて?」

「や、もう全快...じゃないけど。9割は治ったよ」

「なら、いいのですが...」

 

なおも心配そうにしてくれる。

本当にありがたい話だ。

 

「では、食事が終わり次第行きましょうか」

「了解。ごちそうさまでした」

 

食器を手早く片付けて、軽く濯いで水切りラックに立てかける。

身だしなみを整えて、一応と思ってギターケースを背負う。

弾く気はないが、持っていなければ入れなさそうな気がしたから。

 

「お兄様、準備はできまして...そのギターは...」

「...一応、な」

「そうですの。また、聞かせてくださいますか?」

「...手が動けばね」

 

記憶は戻ってる。何となく感覚もある。

でも、たぶん前のようには弾けないのだろう。

それでは、俺が納得できない。

 

「では、行きましょうか」

「あいよ」

 


 

歩いて約10分。

今日は事務所...ではなく、事務所系列のスタジオ。

関係者以外立入禁止ととでかでか書かれた看板を見ると、少し気後れする。

 

「...俺、入って平気?」

「問題ないですわ。こちらを」

 

祥子から入場カードが入ったストラップを受け取り、首からかける。

ドア横のカードスキャナーにストラップをかざすと、ピッと鳴って開錠音が響いた。

引き戸を開けて祥子を先に入れる。

中に入ると、いかにもスタジオ、というより、本当に音を出すためだけの施設といった感じだ。

ライブハウスとかの類じゃない。

 

「誰もいないんだな」

「休憩中なだけですわね」

 

言った瞬間にカウンターの下から人が出てきた。

 

「10時から予約のAve Mujicaです」

「はい。では、2番をお使いください。後ろの方は?」

「身内の見学者です。お気遣いなく」

「わかりました。ごゆっくりどうぞ」

 

身内の見学者で入れていいものなのか?なかなかガバでは?

 

「...嘘ついても入れそうなんだけど。大丈夫そう?」

「カードキーが事務所所属と示す物ですので。何より、あなたもAve Mujica、でしょう?」

「...実感ないけどね」

 

ギターを背負って、スタジオにいる。

この状態が、俺としては自然のはずなのに、現に俺は疎外感を感じている。

俺は今、どうしてここにいるのだろう。

 

「碧、行きますわよ」

「...あぁ、うん」

 

呼び方が変わった。甘えが消えた。

それまでに可愛らしい笑顔をしていた祥子は、もうどこにもいない。

 

「...よし」

 

せめて盗もう。ありとあらゆる技術を。

2番の部屋のドア、これまたスキャナーがあるのでカードを押し当て、ドアを開ける。

 

「俺ら、一番?」

「誰かしら来ていれば、2番のスタジオだと連絡が来るでしょうし、そうですわね」

 

部屋の端に荷物を下ろし、何を思ったかギターを取り出す。

 

「碧?」

「...ちょっとだけ、弾いてみようかなって。何か思い出すかもしれないし」

 

ただの勘だ。

そして、それは100当たらない。

だから、ただの気休め。

 

「祥子、合わせてもらっていい?」

「え、ですが...」

「やるだけやってみるよ」

「...曲は?」

「KiLLKiSSで」

 

思い出した記憶をたどり、ギターのセッティングを終える。

キーボードの準備を終えた祥子...オブリビオニスと向き合う。

音源用のスマホから練習用のインスト音源を流し、目を閉じて一度深呼吸。

小気味いいカウント音が鳴る。音源と同時に弦を弾く。

 

俺の手は、導かれるままに(いつものように)動いていた。

 

 




いやぁ大きな一歩。
これで自己肯定感高まってくれればいいんですけどね。

率直に言って

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