フブルスプにとって今日は(いつもだが)憂鬱だった。
今日も人込みを避けて、職場である庭園でゴミを拾い、掃除し、草花に水をやり(アレルギーで眼が痒くなるので一番憂鬱な仕事だ)不審人物がいれば拘引者に通報する。
仕事自体は嫌いではないが、アレルギーで眼がムズムズするのに雑用しながら人々を観察するのは少し憂鬱な気分になる。
何故なら自分の眼は1つしかないのだから。
命じられた仕事をこなすためには目を開かねばならず、目を開けば花粉で眼が痒くなる、シミック連合のお医者さんに相談してアレルギーを抑えてもらいたいが、自分はホムンクルスなので非常に難しいとのことだった(シミックのお医者さんに相談するのも一苦労だった、発音できないし、文字は書きなれてないからだ)
フブルスプはため息をつきながら「むずかる音」を口から出して箒を手に取った、憂鬱であれ何であれお仕事をしなければならない。
フブルスプは箒で落ち葉を集めながら(人用の箒だから使いにくい!)ここ最近の事を考えていた。
少し前に起きた大事件、どこからともなく現れた蒼い鉱石ゾンビ(ゴルガリ団ではなかったらしい)が街を壊し、大きなドラゴンが現れたあの事件だ。
あの事件は本当に大変だった、一生懸命逃げて、一生懸命隠れて、一生懸命走った。
気が付けばとっても大きなドラゴンの石像の上にいたし、その石像の上で降りれなくなったし、その石像はセレズニアのヴィトゥ=ガジーという名の巨木に『殴り』倒された、あの時、グリフィンが自分を咥えてくれなければいったいどうなっていただろう(考えたら怖くなったので止めることにする)
とはいえあの事件が起きて、イゼット団のニヴ=ミゼットがギルドパクト(とっても偉い人!…人?)になって、以前では考えられないことにギルドが協力し合い街を復興させていった。
この庭園もボロボロだったが、作り直され綺麗な庭園に戻ったし、自分も再びここで働けるようになった。
ギルドの諍いも以前より(多少は)減ったし、おかげで穏やかに過ごすことができる…春以外は
春は新年を告げるもので、多くの人には良いことだがフブルスプには憂鬱だ。
庭園の花が開けばまた眼が痒くなってしまう、ひどいときは目から涙が止まらなくなる、大きな目が1つのフブルスプにとって、そうなることが嫌だし、そうなるかもしれないのに庭園にいなければならないのは憂鬱なのだ。
フブルスプはまた「むずかる音」を出しながら、じょうろに水を貯め、花たちに水やりをする。
庭園を新しくした時に、新しく植えた草花たちは今日もきれいな緑色でそよそよと風に揺れている、フブルスプが水をやると、その水を跳ね返すような音が鳴る、フブルスプはこの音が好きだった。
お気に入りの音を聞いて楽しくなってきたフブルスプは鼻歌をしながら水やりを続けた、花粉が憂鬱とはいえこの草花はフブルスプが頑張ってお世話してここまで緑がある庭園になったのだ、元気に育ってくれていること自体はとても喜ばしいことだ。
「!」
つぼみだ。
フブルスプはつぼみを見つけて嬉しくなった、この赤い花は育つのに時間がかかり、この庭園に植えた草花の中で1番時間がかかる品種だった、フブルスプがあの事件から毎日お世話をしてつぼみをつけたのだ。
フブルスプは嬉しくなって、空を仰ぎ、そしてじょうろを投げて庭園の外へと走り出した。
つぼみはそよそよと風に揺れていた。
あれはなんなんだ?!
そう考えながらフブルスプは走っていた。
空に1つしかない眼を向ければ、空の色が変わり、「何か」が空の向こうから生えてきていた、イゼット団が作った機械のようで、シミックの混成体に生えている触手のようなもの。
それが何なのかはわからないがきっと危ないものに違いない、フブルスプはホムンクルスだ、短い手足に1つしかない眼、戦う術なんて持ってないし、魔法だって使えない、この街の住民ならこういう時どうすればいいかなんてのは誰だって知っている。
危ないことには近づかない、急いで離れて避難する。
グルール一族が大暴れした時も、オルゾフ組が誰かを取り立てしたときも、シミック連合の混成体が暴走した時も、イゼット団の実験が始まったときも、ラクドス教団がパレードした時も、ゴルガリ団がゴミあさりに来た時も、ディミーアの暗殺者のうわさが流れた時も、セレズニア議事会が演説するときも、アゾリウス評議会やボロス軍が鎮圧に来た時もフブルスプは危ないことに近づかず逃げてきたのだ。
自分以外にも気付いて逃げ出している人がいる「あっちへ逃げろ!」とエルフが叫び、「第3分区はダメだ!」とケンタウルスが駆けながら伝えている。
こうなれば皆固まって逃げ出す、そしてフブルスプはその中に入れない。
フブルスプは昔から人混みが嫌いだった、だってフブルスプは小さいからだ。
フブルスプの身長は40㎝程度しかない、人ごみの中に入れば、気付かれずに蹴られたり踏まれたりすることがあるし、眼にぶつかるととても痛い、だからフブルスプは人ごみを避けて、誰もいない方向へと走っていった。
爆発の音、剣戟の音、悲鳴、怒号
そうやって「誰もいない方向」へ走っていたら、気が付けばフブルスプは戦場にいてしまっていた。
なぜこんなことになってしまったのだろう?自分は一生懸命走っていたはずなのに!!
フブルスプは壊れて隆起した道路の隙間に隠れながらそう思った。
眼を戦場に向ければ、どういう状況なのかよくわからなかった、体から機械の触手や棘を生やした連中と(シミックやゴルガリやイゼットが多い気がする)いろんなギルドが戦っていた。
イゼット団の爆風追いが火球を放てば、機械の棘の生えたボロスの兵隊に防がれて。
ボロスの天使が光を放てば、たくさん機械の触手を生やしたシミックの混種が打ち消していく。
グルールの戦士が雄たけびを上げながら殴りかかるが、動物と一体になったセレズニアの守護者が盾で防ぎ、下半身となったダイヤウルフが噛みついている。
セレズニアの角呼びが呼び出した獣たちは、奇妙な姿になったラクドスの軽業師が吐き出した黒い液体をかぶり苦しんでいる。
アゾリウスの拘引者たちがアゾリウスの紋章を浮かび上がらせ拘束しようとするが、白い鎧?を纏ったオルゾフの騎士がすり抜けていく。
つまりたくさんのギルドがたくさんのギルドと戦っているのだ。
最近のギルドは以前より争わなくなったはずなのに、どうしてこうなっているのだろう?あの空の向こうから来た何かのせいだろうか?
そう考えつつ、道路の隙間に体を押し込めて隠れていたフブルスプだが自分に何かが近づいていた。
蟲だ。
ゴルガリ団の蟲だろうか?体に上ってきてほしくないので追い返そうと手で軽く押してやった。
すると蟲は奇妙な音を上げ、体が割れて針をフブルスプに向けてきた、とても鋭い針だった。
フブルスプは怖くて動けなくなった、小さい蟲だがその針はきっとたやすく自分の体を貫いてしまうと見た瞬間わかってしまった、一つしかない眼を見開き逃げようとしたが隙間に体を押し付けすぎて嵌ってしまっていた。
体の割れた蟲はこちらに近づいてきている。
フブルスプは怖がった、怖くて必死に瓦礫をつかんだ、小さな石ころだ、それで蟲を殴りつけた!
かん!かん!と小さな打撃音が響いたが、蟲は止まらないどころか、針を一振りし、フブルスプが持っていた石ころを真っ二つにしてしまった。
それでもフブルスプは腕を振り回して蟲を払いのけようとしたが、蟲は機敏な動きでフブルスプの体を登り始めていた、怖い、怖い怖い、怖い!
フブルスプは涙があふれていた、どうしてこうなってしまったのだろう、何より自分はどうしてこんなに弱いのだろう
「!!!!!!!!!!」
フブルスプは声を上げた、悲鳴であり、嘆きの叫びだった。
蟲はフブルスプの眼の下で止まり、針を振り上げた!
バギィ!バギボギハギ!
フブルスプは恐怖のあまり目をつむり、何かが壊れる音を聞いた、自分が針に貫かれて壊れてしまった音だろうか?
…痛くない?フブルスプは不思議に思った、もう駄目だと思ったが痛みがない。
フブルスプは涙に濡れた眼を開くと
大きな、大きなひとつ眼が自分を眺めていた。
「腹音鳴らし、それは?」
巨大なサイクロプス、グルールのギルドマスター、創始者(パルン)の血を引きしもの、炎樹族の長、腹音鳴らしは道に埋もれた小さなひとつ眼を見つけた。
小さきひとつ眼は道に埋もれながら敵と戦っていた、悲鳴を上げながら石をつかみ、生にしがみついて戦った、敗北の瞬間手を伸ばし、機械の蟲を握りつぶしてやった。
小さきひとつ眼は茫然とこちらを見つめ返している、腹音鳴らしはつぶした蟲を捨て、小さきひとつ眼を外してやり頭の上に乗せた。
「戦士だ。」
言葉少なに腹音鳴らしは答える、小さきひとつ眼は必死に戦った、しかも小さな隙間の中で懸命にだ。
矮小であれ何であれ、戦う意思を見せたのなら戦士だ。
敵と戦うのならそれは味方だ、特にこの敵とは。
不快な敵だ、奇妙な油を出し、それに触れたものを『作り変えて』しまう。
それが気にくわない。
戦うなら良いだろう、その上で死ぬのもいいだろう、しかしこの敵は『作り変えて』いる。
自然のままで生きているものを『作り変える』それはこの世界の過ちと同じ蛮行だ。
どのギルドよりも、どの文明よりも、腹音鳴らしは「この敵」が気にくわなかった。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
雄たけびを上げて敵の群れに突っ込む、後ろから炎樹族も雄たけびを上げる。
こん棒を振り上げ、機械の敵の身長を2mから3㎝まで叩き潰し、放たれる魔法をそこらの道路をひっくり返し盾とし、砕けた道路を投げつけて多くの敵をばらばらにする。
いつものことだ。
少数対多勢、グルールにはいつものことだった。
この世界で誰よりもグルールはその戦いを知り尽くし、敵地である街の中での戦い方も心得ている、そして長老である腹音鳴らしは言わずもがなである。
高所をとられているならば、建物をこん棒の一振りで砕き、跳び、空中で落ちてきた尖塔をつかんで落下しながら敵の多いところにたたきつける。
空を飛ぶなら、岩を投げつけ叩き落とす。
腹音鳴らしは竜巻のように、こん棒の届く空間に入った敵をばらばらに砕いていく、機械の砕ける音が、魔法が弾かれた音が絶え間なく聞こえてくる
「!」
その音の中に言葉ではない声が聞こえた、その声は後ろに何かがいることを伝えている、腹音鳴らしがふり返り、何もない空間に拳を突き出せば、そこには透明になった機械のディミーアの工作員がいた。
助けられた、小さきひとつ眼の声が腹音鳴らしを救った。
腹音鳴らしは何も言わず、口角を上げて笑った。
フブルスプは怖かった。
大きなひとつ眼は自分を助けてくれたが、戦いの場から離れることはできなかった、大きなひとつ眼が動くたびにフブルスプは振り落とされそうで必死に赤毛にしがみついた。
けど、フブルスプは大きなひとつ眼の強さを眼を見開いてみていた。
大きなひとつ眼が腕を振るえば『敵』はばらばらになり、怖い魔法もすべて躱し、防ぎ、近づいて見せた。
自分にはできない縦横無尽の動きで、空を飛ぶ『敵』を地面に縫い付けた。
そんな大きなひとつ眼の戦いを見ながら視界の端に歪みを見つけた、『危ない!!』とフブルスプは言いたかった、しかし自分の口は言葉を発するようにはできていなかった。
意味のない音しか出なかった、でも大きなひとつ眼は振り返り、透明な敵を砕いてくれた。
「小さきひとつ眼よ」
フブルスプは縮こまった、大きなひとつ眼の声はまるで雷鳴や地ならしのように低い声だった。
「お前の『声』に助けられた」
そういって大きなひとつ眼はまた敵に向かっていった。
『声』?自分の『声』?
フブルスプの口は言葉をしゃべるようにはできていない、どれだけ伝えたくても「むずかる音」しか出てこないのだ。
けれど大きなひとつ眼はそんな自分の『声』を聴いたという、フブルスプは初めて自分の『声』を聴いてもらえたのだ。
「!」
『声』を出す、大きなひとつ眼が敵を砕く
「!!」
『声』を出す、大きなひとつ眼が不意の一撃を躱す
「!!!」
『声』を出す、大きなひとつ眼が敵を押し返す
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
フブルスプは『声』を上げる、フブルスプは生まれて初めて『雄たけび』を上げて見せた。
どれほどの時間がたったか、どれだけの敵を倒したか、何もわからぬほど戦い続け、気が付いた時には戦いは終わっていた。
他ギルドも手を貸し、事態は沈静化したらしい。ため息を一つつき、こん棒を降ろす。
疲れていた、腹音鳴らしはもう老齢だ、若いころならばここから他ギルドを襲い、街を破壊する好機としただろうが、今の体力ではそれも難しい。
腰を下ろし、頭に手を伸ばす、小さきひとつ眼は怖がりながらも手の上に乗った、手を自分の顔の前まで持ってくる。
本当に小さきひとつ眼だ、指程度の大きさしかない、しかしそんなことはどうでもよかった。
小さきひとつ眼は戦士だ、この腹音鳴らしと共に戦い、助けて見せた。
グルールではないのが残念だった。
腹音鳴らしは周りの敵の残骸のひとつを拾い、手慣れた様子で麻紐を通して小さきひとつ眼に渡してやった。
小さきひとつ眼は不思議そうにそれを見つめ、おどおどと手を伸ばし、身につけた。
丸い金属のパーツが小さきひとつ眼の右腕に腕輪として輝いた。
「腹音鳴らし?」
そう声をかけられた、炎樹族の戦士の声だ、ふり返り手を軽く上げ答えてやる。
もう一度小さきひとつ眼をみると、手の上にはおらず、街の方へと走っていき、途中で止まって『ぺこり』と頭を下げて、また街へと走っていった。
「どうかしたんですか?」
「いや」と答え、立ち上がる、こん棒を拾い、自分たちの縄張りへと歩き始める、街のものと野生のもの、それらが一緒にはなれない、しかし…腹音鳴らしは後ろについてくる戦士をまじまじと大きなひとつ眼で見た。
「…な、なんです?」
腹音鳴らしは見つめながら『ふたつ眼』は便利だったなと思った。
フブルスプはまた庭園で働いていた、アレルギーで眼を真っ赤にしているが、何処か溌溂としていた。
涙が浮かぶし、腫れぼったいし、痒くて痒くて仕方ないが今日はフブルスプは元気だった。
小さなひとつ眼の右腕には丸い金属が日光を反射してキラキラと輝き。
庭園では大きな赤い花が咲いていた。
面白かったら嬉しいです