ある春の日のことを覚えている。たしか、小学校に入学した日。
教室は、春の光で明るく照らされていた。新しいランドセルを背負った俺は、どこか緊張と期待でいっぱいだった。壁にはカラフルな絵が描かれ、まるで未来への扉がそこにあるかのようだった。
俺は一人、教室の隅の席に座り、周囲を静かに見渡していた。その時、隣の席に誰かがが座った。
ピンク色。
触角の生えた女の子だった。
彼女はすぐ視線に気付き、無邪気な笑顔で話しかけてきた。
「ねえ、君!私!あしどみな!よろしくね!」
人見知りな俺の心の中の不安が少し和らぎ、緊張しながらも温かい微笑を返す。
その瞬間、何かが変わった気がした。
彼女の明るさが、僕の不安を少しずつ溶かしていった。
やすみ時間に、一緒に遊ぶ約束を交わした。それが最初の約束だった。
--
将来の夢は―将来なりたいものは何かと聞かれると、当時、大体の子供が「ひーろー!」と答えていた。どんなヒーローに憧れるかは違ったけど、俺も多分に漏れずそういう子どもだった。
休み時間、運動場の隅でヒーローごっこを始めた。三奈が布をケープに見立てて背中に結び、風になびかせながら走り出す。彼女の顔は生き生きとしており、目を輝かせていた。
「さあ、悪者さん、今日こそは私が止めるからね!」三奈がそう宣言すると、俺はわざとらしく悪役のポーズを取り、大げさに笑った。
「くっ、今日こそは勝つぞ!」
二人して追いかけっこをしながら笑い声をあげ、その純粋な楽しみが運動場いっぱいに広がった。
今思うとだが、遊びの最中、ふとした瞬間に俺は三奈の笑顔に見惚れていた。
---
一陣の風が全身を吹き抜け、俺は現実に戻った。
夏休みの、昼下がりの公園で、ブランコに座っていた。
蝉の声。住宅街を走る宅配業者の車。シルバーカーを押すお婆ちゃん。
そして、目の前に、しゃがんで、俺の顔を覗き込んでいる女の子。
しゃがんだ膝の上にひじをおいて、頬杖をついて、
ちょっとつまんなさそうにしている。
ピンクだった。
紫っぽいピンク。癖毛。
ピンク色の髪、ピンク色の肌、色が反転した目―虹彩は黄色くて、
頭には触角が2本ぴょんと生えていた。
「な~にぼーっとしてんの!」
くちびるをとがらせて、彼女はいう。
「…」
「ん~?」
「おれ、なにしてたっけ」
「しーんーろーの話!」
―しーんーろー…? ああ、進路か
「強く、なりたい」
俺がそう言うなり、ギョッと三奈がおもむろに立ち上がった。
「え?! ヒーロー?! ヒーロー??!!」
嬉しさを爆発させて、そのままとびあがる。
―昔から身体能力はよかったが、最近はなんというか、触角とか色々なものがゆれる。
「なろうよ! いっしょに! ヒーロー!」
いつからか、俺は会計士になると言っていた。
親父がそうだったからだ。親父の背中を見て、俺は決めていた。
だが、力を持たなければ、あの未来が待っているとしたなら、俺は変えなければならない。
力の象徴―それは確かに、現代のヒーローだろう。
三奈は昔からなりたがって、俺を誘っては、ずっと断っていた。
「行くなら、やっぱ雄英だよね!」
「……ああ」
このとき、俺は甘く見ていた。
これから待ち受ける運命と、それを変えるには生半可の覚悟では務まらないということ。
単純な力だけじゃ、どうにもならないことがあるってこと、俺は知らなかった。