ヒーロー公安委員会本部。
その建屋の前に、まだあどけなさが残る少年が立っていた。
朝の光をあびながら、少年は公安オフィスへと足を踏み入れた。
その足取りは期待と責任の重みを帯びているかのようだった。
広大なロビーを抜けてエレベーターへ向かった。
受付に指定されたフロアに到着すると、目の前に眼鏡をかけた初老の男がいた。
「やぁ、君が時任司郎くんだね? ついてきてください」
柔和な笑顔をうかべて、会議室に向かって歩き出した。
「君の力のことはきいているよ。その力で、悪い人たちを捕まえるのを手伝ってほしいんだ」
初老の男は少年を一瞥すると、
「つまり、今日から君は我々の仲間だ。最初の仕事は、あるヴィランとの司法取引だ。君の個性が試される場面になるだろう」
会議室につくと、いろいろと説明された。
仕事は、最近捕獲されたヴィランとの取引を行うことであること。
このヴィランは過去に多くの犯罪を重ね、情報が公安にとって極めて価値があること。
しかし、そのヴィランは一切口を割らず、情報を引き出す必要があること。
司法取引の場は厳重な警備の中、一室で行われた。
ヴィランは当初、何も話そうとはしなかったが、
少年が静かにヴィランに近づき、肩に手を置いた。
少年は、事前に渡されたセリフを思い起こす。
目を見つめながら話し始めた。
「あなたの自由を取り戻すためには、協力が必要です。私と契約しましょう。あなたが知っている情報を提供すれば、刑期を減らすことができるかもしれません」
ヴィランが少年の顔に視線を向ける――
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昔から違和感があった。
5歳時の個性診断で、「予感」と言われてから、自分の中で違うと思いながら言い出せないでいた。
母は念力、父は剛健といった個性で、その一人息子。
―個性因子が変異したのでしょう。
診断が正しいか間違っているかも思うはずもなく、当時の医者の言葉を鵜吞みにするほかないだろう。
少しだけ先の未来を感じ取ることができる個性、「予感」。
プロヒーローにも、「予知」個性持ちがいるのだから、それ系統だろう―そう決めつけられていた。
念力の派生形で、ちょっと特異な個性。
その認識が決定的に違うと思ったのは、小学3年生の夏。
ハッキリと死が見えた。
自分が老い朽ちて、齢95の老人となって、見知らぬ病院で窓を見て、眠るように死ぬ。
聞こえてくるのは知らない言語。
日本ではないどこかだ。窓からの景色では、東南アジアのような植生が広がっていた。
そのとき見えたのは景色だけじゃない。
感情だ。
老人となった俺は、
やるせない、悲しく、後悔を噛み締めていた。
なぜ、かは分からない。
ただ、悔いていた。
涙は枯れ落ちていた。
ただ、くちびるを震わせて、悔恨の念に苛まれている。
「いやだ」
俺がそうつぶやいたとき、すでに違う場所にいた。
若く健康な今の自分に戻って、目の前に大きな羅針盤があった。
黒く鈍く光る羅針盤の上に、ナニかが立っていた。
ナニといっても、モヤがかかっていたよく分からない。
ソイツを見た瞬間、俺はすべてを理解させられ―
―急激な吐き気とともに、現実へと引きこもされた。
「司郎? どうかしたか?」
自宅のリビングに座っている父が、こちらをのぞき込んでいた。
目の前にいる父にすべてを話したが、白昼夢だといわれた。
そこから、少しずつ、不可思議な現象に見舞われた。
5歳の時診断された「予感」は、「うっすらと何が起こるか感じることができる」というものだった。
危なそう、悪いことが起きそう、嬉しいことが起きそうといったことだ。
だが、不思議な何かを見て以降、5分後に実際に起こることを主観的、または自分の目を通して視ることができるようなった。
感覚だけではなく、具体的なイメージを視れるようになった。
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ヴィランは不信感を抱きながらも、少年の提案に興味を示した。
少年を見た瞬間、意識がその瞳に引き込まれた。
まるで、タマシイが体から抜けていき、少年の瞳の中に吸い込まれた感覚だった。
次に、ヴィランが認識したのは、大きな天秤だった。
高層ビルくらいありそうな天秤の、片方の秤の上に、ヴィランは自分が立っていることに気づく。
そして、いまつり合っている秤の反対側には、眼鏡をかけた初老の男がいた。
「取引しよう。これは非常に公正、公平な取引だ。ただし、黙秘権は許されていない」
少年は天秤の中央でヴィランと初老の男が、取引の内容を詳細に話し合い、最終的にヴィランは重要な情報を提供することに同意した。
それが、少年にとって、はじめてこなした仕事だった。