「デジタルドーター」~助けてくれ!生み出したAIのヒモになってしまう!!~   作:ブリコたっぷりっ子

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データ破壊ウィルス『美食家』

『マスター、報告があります』

 

 MR空間に対応した一室。

 そこで美しきメイドの装いをした美女が、古風な掃除用モップを手にソファーに座りだらけている男に話しかけた。

 

 

「……ん? なんじゃ、ユピテルよ。……まて、その視線は儂に効くからやめんるんじゃ、今どけるから……!」

 

 それはパーフェクトメイドAI改め、生涯の最高傑作の電子生命体であると太鼓判を押すユピテル()と、その呼び掛けに答えるマスター(父親)の二人である。

 

 ちなみにその男は電脳世界の征服、ひいては全人類の支配! を企む危険人物であったりするのだが……

 

 この一部分だけを切り取り見れば、『そこは掃除の邪魔ですので早くどけて下さいませ、日がな1日を空気を吸って吐くだけで終える暇なご主人様』と、当たりのキツいメイドさんにすげなくされて、はぁはぁ……と興奮するダメ人間に見えなくもない。

 

 ──勿論違うが。

 

「……よし、では教えてくれ。何があった?」

 

 だらけ姿を改めながら報告を待つマスターにユピテルは続けて答える。

 

『報告:当セキュリティプロテクトにて悪性ウィルスを検出しました。現在ウィルスを隔離中、そのまま該当プログラムの削除(デリート)を提案します。実行しますか?』

 

「ほう! 儂のデータサーバーにウィルスアタックとな?」

 

 報告を受けたマスターは勢い良くユピテルに向き直る。

 

 どうやらマスターが暮らしユピテルが守るこの家にウィルス攻撃が仕掛けられたらしい。もちろんユピテル(電子生命体)を生み出す程の技術者である男が暮らす家だ、サイバー攻撃に対する防御能力は全世界のトップレベルを大きく上回っているのだから、並み木っ端の悪性ウィルスでは傷一つつけられないだろう。……ユピテルにはムフフ画像をすっぱ抜かれたが。

 

「なかなか面白い事をしてくるではないか……! 誰かによる差し金か、それとも無差別な攻撃か? はたまた野良のウィルスが潜り込んだかのぉ……」

 

 攻撃されたという事実を面白そうに深堀するマスター。

 

 メイドモードユピテルを見れば、確かに手にしたモップの先でうにうにと動く謎の物体がある。

 視覚的に分かりやすく表現してくれているのだろう、モップで容赦なく磨り潰しかけているソレが攻撃を仕掛けていた悪性ウィルスの様だ。

 

「そのウィルスの名は? 何を狙っておった? 解ったことを全て出してくれい! 早よう早よう!」

 

『……削除を保留、該当ウィルスのデータを表示します』

 

「……ふう、やれやれ」といった仕草でユピテルは肩を少し落とし、マスターに求められた解析データをポップアウトする。

 並べられた解析データは、モノを壊す位しかできないウィルス風情が相手であっても手を抜かず、事細かにその詳細をまとめてあり分かりやすい。流石は最高峰の人工知能と言ったところか。

 

『詳細を報告します、ウィルスの名称は『グルメレポ』、完全野良型の浮遊系ウィルスデータの様です。形体はデータ感染型ウィルスの亜種。自己増殖はせず、感染、侵入経路は不明……』

 

 グニグニとモップの先をもてあそび、名称【グルメレポ】を横目にみるユピテル。

 

『ウィルスの特徴は、データ所持者の設定したセキュリティアレベルの高いファイルを狙い感染、破壊。その後──まるで人間が料理を食した後のレビューの様なテキストファイルにデータを改変、生成したテキストデータを方面に無差別に送信して去る、といった行動をとります。…………意味が解りません』

 

「……! ほう……美食家(グルメレポ)か……」

 

『肯定:マスターもご存知なのですね』

 

 小さく呟きながら頷いたマスターに視線を戻し報告を続けるユピテル。

 

『……発見されたのは30XX年頃、当日のジャンパニーズ国の首脳秘書官が秘密裏に行っていた不正取引のデータソースが【グルメレポ】に感染、流出し一躍有名になりました。なお、その時のテキストには「例えるならば新鮮な油と伸線油(しんせんゆ)の区別の付かない馬鹿が作ったアヒージョの様な味だ。公私を混同させるカオスを体現し、舌先で踊らせる様は実に甘美である」と、まるでプログラムらしくない、“人間の書いた様なデータ()に対してのテキスト(レビュー)”が物議を醸したようです』

 

「くははっ……そうじゃったそうじゃった! あれば実に傑作じゃったわい!!」

 

 ユピテルが読み上げた一大事件にも覚えがあったのか、膝を叩いて笑うマスター。まるでその当時を思い出して笑うかの様な姿にユピテルが疑問を呈する。

 

『現在時刻から換算すればXXX年ほど前の事件ですよ? マスターは当時をご存知で……?』

 

「……んお? そうじゃよ? あれは儂が36の年の頃じゃったのう……懐かしいもんじゃて!」

 

 そんな事をほざき遠い目をするマスターにジトメを向けるユピテル。

 

『たった今、マスターの公式記録人鑑をサルベージしましたが……年齢の項目が36歳を迎えた年から現在まで、記録が毎年36歳を維持し続けています。これは不正データではありませんか?』

 

「あーん? 何を言うか! 儂は永遠の36歳……ナイスでミドルなガイ()であり続けて今までやって来ておるのじゃ! 不正などありはしないわ!!」

 

 あくまで実年齢を36歳と断言するマスター。彼も数字を固定化する宗派の一祖であったようだ。

 

『保留:はいはい、そうですか。確かに、歴史上には【永遠の17歳】の女性や【永遠の5歳児】の少年等も存在していると記録があります。マスターもその類いの方であるということでしょう』

 

 実の子にまで年齢を明かさない親ここに極まれり……って、おいおい! 

 なまじ外見では年齢の区別が付きづらいこの世界では、こんな力業も成り立ってしまうのであった。ユピテルも実年齢看破の為、新たな演算領域を確保せざるを得ないと確信していることだろう。

 

『……ともかく、他者の機密データに対しては猛威を振るい続けたウィルス【グルメレポ】のデータは以上となります。バラ撒かれた機密データ(レビュー)は数知れず。出てくるテキストを面白がってあえて機密文書を食わせた者や、想い人に宛てたラブレターを食われて公開され、その文面の出来の良さを褒め称えたレビューがきっかけで結ばれたカップルなど、近年に渡るまで電脳界を生きた稀なるウィルスと言えるでしょう。……では、削除(デリート)しますか?』

 

「ぶっはっ!? ユピテルよ、おぬしなんでそんなイケイケの武闘派セキュリティソフトみたいになっとるんじゃ、落ち着かんかい!」

 

 なぜかやたらとウィルスをデリート(抹殺)したがるユピテルを諌めるマスター。

 しかしユピテルは不愉快そうに顔を歪め、モップの先の【グルメレポ】をゴミ虫でも見るかのようにしながら言い放つ。

 

『報告:先程からこのウィルスが行うスキャンニング(品定めする様な目線)が大変不快です。ウィルスプログラムとしては持ち得ない“意思”の様なモノを感じます。なんなのですか、これは?』

 

「……ほう?」

 

 悪性ウィルス(グルメレポ)電子生命体(ユピテル)では同じ電脳界に存在していると言うだけでプログラムとしての次元が違う、例えるならば現実の虫と人間程に差を持っているのだ。

 

 それらを眺めるマスターは思う。

 

(儂にも分かりやすいようにか自身の感じたシグナルを“不快である”という表現を用いて説明してみせた。更には一プログラムに過ぎない悪性ウィルス(グルメレポ)からのスキャニングの中に“意思”を感じたと……? ふふふ、まったく……娘の成長というものは本当に著しいのぉ……!)

 

 不敵に笑うマスターの思考までは読めないのか、モップの先の異物をさっさと消してしまいたいユピテルは再度申請する。

 

『マスター、対象の削除(デリート)の許可をお願いします』

 

「おお、まあ待てユピテルよ!」

 

 このままでは切っ掛けだけを無意識に感じながらも、何も得られず不意にしそうだと察したマスターが【グルメレポ】の隔離権限を奪い更に多重にプロテクトしてしまう。

 モップの先にて蠢いていたウィルスは、マスターが構築した檻に囚われ彼の手元にへと引き寄せられる。

 

『……マスター?』

 

 単純に削除提案を拒否されたと判断したユピテルがマスターへと呼びかける。

 今の彼女の表情は……目は口ほどにも物を言うという表現がピッタリだろう。

 

 そんな彼女の熱い視線を涼しく微笑み返すマスターが、球状にした檻をくるくると回しながらユピテルに問うた。

 

「今ここでコヤツを消すのは簡単じゃ。しかしせっかくの機会じゃ、コレを消す前に……お前が感じたウィルス如きが持つはずのない“意思”について知りたいとは思わんかの? それを知れば、こやつが生成するデータ()に対してのテキスト(レビュー)についても……知ることができるやも知れんぞ?」

 

 

『……! マスターは何かご存じなのですか?』

 

 

 まるで全てを知っているかのようにもったいぶった言い方で、ユピテルの怒りの矛先を反らし萎えさせると、萎んだ怒りの代わりに知りたいと思う好奇心を刺激させ占有させる。どんな些細な切っ掛けであろうと彼女の更なるアップデート(成長)の為に使いつぶす事を目論むマスター。

 

「どうじゃ? ちぃと長くなるが、それを話し終えてからでも十分じゃと儂は思う。それに、この檻の中なら妙なスキャン(視線)も通せなんだろう」

 

 そう言って指先で回転する檻を顎で指すマスター。

 

 ユピテルも回される球体をチラリと見やる。……確かに、彼女が感じていた不快感は今はすっかり消え去っている。外部からも内部からも干渉ができない高次元のプロテクト。

 

 自身が隔離していた時は漏らしていた何かを、マスターは完全に封じ込めて見せたという事実。

 その技量差に内心舌を巻きながらも嫌なスキャン(不快感)を感じずに更なる知識を得られ、最後にはしっかりとウィルスを駆除(デリート)できるとあればユピテルには異論はない。

 

 

『肯定:是非お教えください。ユピテルが感じた“不快”という感覚の正体を』

 

 頷き、教えを乞う(ユピテル)

 

「ふぉふぉふぉ……! よいじゃろう、では話すとしようか。この【グルメレポ】が生まれる事となった切っ掛けと、なぜお前がプログラムから“意思”や“不快感”を感じる事が出来たのかを……」

 

 その娘に、喜んで知識を授ける父親(マスター)

 

「まずは…そうじゃのぉ…――」

 

 笑いながらゆっくりと言葉を選ぶマスターとそれを記録するユピテル。

 

 

 ……そうして小さな講義始まった。

 




『ヒモ』とは
① 物をしばったり束ねたりするのに用いる細長いもの。
② 物事を背後から支配すること。引き替えの条件。
③ 女性を働かせて金をみつがせるダメな男。情夫。

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