「デジタルドーター」~助けてくれ!生み出したAIのヒモになってしまう!!~ 作:ブリコたっぷりっ子
────
──
その男は、ありとあらゆる物を噛み砕き、喰らい、味わって、嚥下する。そんな貪欲な人間じゃったそうな。
男は余多を食したその口で言うた。
──形を持つならば、それには食感がある。
故にその男は歯と顎を改造し、どんな硬度のモノさえも噛み砕き口にした。
──毒を持っていようが、その裏には栄養素がある。
故にその男は消化器官を改造し、あらゆる異物を消化し皿まで喰らってみせた。
──おもむき深いと感じられるなら、その奥には味わいがある。
故にその男は五感を改造し、あらゆる角度でその食材を味わった。
──生命を止めどんな形となろうとも、その末にはたどり着くべき胃袋がある。
故にその男は全ての物には命が宿っていると豪語し、自身の糧にするものぞと全てを嚥下した。
稀代の美食家、気狂いの探求者、悪食の暴君。
しかして、そう呼ばれたその男は、ごくあっさりと殺され時代の闇へと消えおった。
……死因はウィルス攻撃による
とある時の有名人が作った食品を酷評したら、そのファンの怒りを買い、ウィルスを仕込まれ脳を焼かれたらしい。
実に……実に下らない末路じゃったそうな。
食した評価をしたり顔で電脳に投げつけ、それを見て逆上したファンからの攻撃を喰らい、目から火花を噴き机に焦げた顔を
散々こき下ろした最後の晩餐はどこに行ったのかのぉ……
……まあ、そんなアホの死に様はどうでもよいわい。
ともかく儂はその小さな事件を小耳に挟み、そやつの焼かれた脳、その焦げた海馬が持つ記録に興味を持った。
その男はただの食材はおろか、毒のある生き物や植物、食えるはずのない鉱物、口にする気すら起きない珍品迄もを食した経験を……その脳に残しておる筈じゃと。
儂は当時進めていた電脳化実験のツテを使い、引き取りてのいないその男を実験の材料として確保した訳じゃな。
──
────
『……ちょっと待ってくださいマスター』
「んむ? なんじゃ、まだ話が始まって半分も来とらんぞ? ここまでで、だいたい材料が揃った位じゃ!」
物語のプロローグが終わろうかという所で、ユピテルがマスターに待ったをかけた。
マスターは「ここからが面白いのに! 早く続きを喋らせろ!」と落ち着きないが、それでもユピテルのお願いは尊重したいのかウズウズと体を揺らすに留めている。
『今マスターは“材料”と仰いましたか? その、死んだ、人の、脳を……?』
「……うむ? いかにも、その通りじゃ」
腕を組み頷くマスター。
それを見て頭が痛そうに片手を額に当てるユピテルは、持ち前の
『【グルメレポ】はデータに感染しテキストに改変するウィルスです。まるでデータに“味”が有るように“レビュー”を生成するのが特徴であると……』
「……ほほっ!! ……それで?」
ユピテルにそう指摘されたのが嬉しいのか、満面の笑みで声を上げるマスターは続きを促す。
『単なるウィルスプログラムに、感染したデータの内容を“甘い”だの“塩辛い”だのと変換させるのは非効率です。──ですが、そういった行為を元より行っていた人間の脳がベースであれば……味に対してのレビューというプロセスをウィルスの行動に関連付けさせたのならば──可能である』
「……うむ、うむ」
『つまりはその男の脳を、余多を食した
その笑顔は、話す予定の内容が幾分か不要になった事を嘆く訳でもなく、喜んでいる訳でもない。
一を聞き十を知る……とまでは行かなかった娘への今後への期待であった。
「惜しいのおぉっ! その
『ふ、不正解……ですか……?』
座り直した椅子を足で回し「うむ、30点じゃ。もちろん100点中じゃよ? これでは落第じゃのぉ……と、ふふふ」と笑うマスター。
1つの指を立てた手が、ユピテルの前を右から左に流れてはまた右から表れる。……くるくると。
「おっとと……さて、ユピテルの考察で惜しかった所は多々あるが……致命的な誤りが1つ! それを説明したら、この話は満を持して完結となろうて!」
キコキコと鳴らした椅子の背にもたれ、立てる指をくるくると回す。
「……よいかユピテルよ。確かに世界には、人の脳からデータを読み取る手段に『ブレーンコピー』技術というものが存在する。しかしそれは正常な状態の脳が無ければ成立しない技術なのじゃ」
『ブレーンコピー……』
しっかりと話の要点を反芻しているユピテルに小さく頷くマスターが続ける。
「そうじゃの……人間の脳を一つの記憶媒体とし、体内の電気信号を読み取ることでそのパターンを解析、1と0の世界へと複製する技術。人の思考パターンを回路として組み上げ、質問を打ち込めば現実の者と全く同じ思考
今ならば記憶喪失に備えたブレーンバックアップ保険なんて商売や、認知症の抜本的解決方法としてのブレーンリブート治療なんて絵空事を提唱するものがおる位じゃしのぉ……と、つまらなそうにごちるマスター。
『……そうです、そのブレーンコピーを用いれば、簡単に【グルメレポ】の様なプログラムをー「造れるだろうと考えた?」──……肯定:はい』
言葉を被せられたユピテルは、それが間違っていたと教えられた部分であると知ってはいた。
それでも、確認したかったのかもしれない。
『……はい、
少し視線を下げたユピテルに微笑みかけながらマスターは更に続ける。まあ、気を落とすなとでも言うように。
「……ふふふ。仮に正常な状態の“ヤツ”の脳から、
ユピテルからすればマスターのこの発言は『もしユピテルの言うとおりに出来たとしても、失敗に終わっていた』ということに成る。
ユピテルはますます分からなくなる。
『……どういうことでしょうか?』
「さて、焼き切れた材料を手にした儂は、まだ視床下部の辛うじて生きておる部分を解析しその反応データを拾った。するとどうじゃろう? 面白い事にデータには『美味い!』という脳からの反応結果が出てきた!」
質問には答えず、話をぶつ切りにして戻すマスター。
「これを見て
目には当時を思い出してか爛々とした輝きが……便利な効果エフェクトである。
「じゃが別のデータを打ち込みその反応を見たときに……疑問を持った。次のデータを打ち込み……その反応データで首を傾げ、またその次のデータを打ち込み、その返ってきた反応データで……真実に気が付き、その材料の有効利用を諦めたんじゃ」
キラキラのエフェクトも消え去ると、閉じられた瞼が気だるそうに開かれる。
そこには呆れて物もいえないと言でもうような目。
「今思い出しても笑えるわい。あやつの脳はのぉ──」
初めはまだその部分が生きているか、死後直前の記憶でも呼び起せればと刺激したフラッシュバックの機能。そして返ってきた『美味い!』という反応。
次の入力データは視覚インパルスに向けた景色のデータ、奴が生涯愛したといわれる富岳山を映す絶景じゃった。
……そして返ってきたのは『美味い!』という味覚の反応データ。
次の入力データは嗅覚インパルスに向けた匂いのデータ、奴が至高と称した伽羅香の擬原臭を嗅がせた。
……そして返ってきたのは『不味い!』という味覚の反応データ。
──そう、何を入力しても返ってくるのは『美味い!』か『不味い!』の二つ。味どころか、景色、匂い、人名、感情、文章、温度、全て、すべて、すべてっ!!!
「──あやつの焦げた脳にはそもそも、
『……はい?』
「ぶっちゃけ3個目のデータを入力した時点でだいたい察しはついたんだがのぉ……結局あらゆる回路にデータを入れ込んで確かめて、それでも返ってきた反応がそれじゃったから間違いないわい。いやぁぁ、時間の無駄じゃった!!」
「おそらく奴の脳は度重なる人体改造に耐え切れず、暴飲暴食悪食からくる脳刺激に耐え切れず! 死ぬ直前どころか、生前下らんレビューを吐き出しとった頃には既にぶっ壊れておったんじゃわい……焼けていようと生だろうと、壊れたもんは材料にできん! はっはっはっは!!!」
あっけんからんと言い捨てるマスター。
「死因となったブレーンバーンハックすら、食らった瞬間には『美味い!』と叫んでいたやも知れん! ……ふふふ、死の一撃を味わえる人間などそうはおらん。すべてを糧にと豪語しとった奴にとっても、この最後は本望じゃったのではないか?」
『……いえ……それは…………
「まあ、そんなこんなで奴の人生の後半……もしくは人体改造を始めた頃からのレビューは全て信用ならんと分かった儂は『うわぁぁ、めんどくせぇぇ』とボヤキながらも、ヤツが執筆した食に関するコラム、出演した映像、啓発しとった自伝などなど、あらゆる物からレビューに用いられた語録をぶち込み! それをテキストにしてそれっぽく言うプログラムを組みあげ、野に放したたんじゃ!!! HA──HAHAHA──ー!」
徒労を味あわせてくれた礼でもある! とちょっとした私怨も混じった……“ざまぁみろ”とでも言いたげな笑い。
『いえ、尊大に笑われても誤魔化されませんよ? やはりマスターが造ったのではありませんか』
「その部分は正解じゃったから30点じゃ!」
『得点の配分に贔屓目すら感じられる采配でしたか、私が自己採点するのであれば途中式が正しくないので零点なのですが』
「なんじゃぁ、ユピテルは自分に厳しいのぉ……」
今度は逆にマスターが肩を落とす。
「……じゃがまあ、単なる料理評価プログラムとして組んだ
そうしみじみと語ると、マスターは檻を手元に寄せてみた。
「さて、このまま次はユピテルがこやつから感じた“意思”や“不快感”の話に移るとするかの?」
『! ……はい』
マスターの説明はユピテルの考察のおかげで大分を省略することができた。しかしその中でもユピテルが感じた感覚については触れられていない。
ユピテルにとってはマスターの話はここからが本番だ。
「ユピテルの感じた感覚……それは……!!」
『それは……』
「それは……!」
『…………』
「…………」
『……?』
「……知らん、なんでじゃろ?」
マスターさん、溜めに溜めた末のお手上げポーズ、両手の平を天に向けヤレヤレと。
『……マスター』
ユピテルの声と共に高速で展開されるは屋内倒壊災害防止兼超重量物運搬を想定された工業用アーム『ギガントアーム』
巨人の腕を連想させるそれは、ガチーン、ガキ──ン、ギギギギッ……! と、本来鳴るはずの無い内部機構の軋む音を響かせ、本人は無言のままに威圧をしてくる。
つまりは、ユピテルさんお怒り。
「こっ、こっっっっわぁあっ!!? 待つんじゃユピテルよっ、そんなブームギアに負荷をかけて怪音を響かせるでないわい!」
ひぃぃ……と椅子の背凭れへと大仰にのけ反るマスター。まあ、実際恐いのは間違いないが自業自得ではある。
「じゃってあの
やいやいと駄々をコネだすマスターが迫りくる合金の顎に首を振る。
「ユピテル自身を稀有なデータ郡として観ていたかと言えばあり得んし、あと可能性があるとするならば──」
『…………』
ガシーンガシーン……
「──ユピテルが何か美味そうなデジタルスナックを持っとったとか──」
『……』
ギギギギッ……
「──何か秘密のデータを作って持っとるとか~ぐぅぅ、あとはあとは──」
ピクッ!
『……っ! ……アームの制御が?』
腰に手を当て、頭上のアームを見上げるユピテル。
マスターはひーひーと息をつきながら、ずり落ちかけていた椅子から立つと……また座り直す。
「──くふぅ……なんとか制御をもぎ取ったわい。まったく! 掃除をするのに機材を退かしたいと言うから権限を与えたのに、ダメじゃぞユピテルよ!? この椅子は水濡れ厳禁なんじゃからな!?」
ピクリとマスターの言葉に反応したギガントアーム。マスターは言葉の裏でジリジリと迫るアームを止めるために頑張っていたらしい。おしっこチビるかと思ったってよ!
『マスターが悪いと思いますので謝罪は致しません』
「んなぁ!?」
しかしここはユピテルも引かない。完全にへそを曲げ、悪いのはマスターだと言い切る。……実際マスターが悪い。
「……ユ、ユピテルや?」
『( ̄^ ̄)ツーン』
「はぐぅっ!?」
ドッッッゴッン!!
もう知らない! とそっぽを向かれてしまったマスターは愕然とした表情で大声を上げ、リンクして動いたギガントアームが天井をブチ破る。
『( ̄^ ̄)ツーン』
「はわわわわっ……
すっかり拗ねてしまい聞く耳持たぬユピテルに狼狽えるマスター。
彼は何を思ったか一冊のデジタルノートを取り出すと……
「これは『ユピテルメモリアル日記』に記さねばならん出来事じゃぁぁっ! 娘の初めての反抗期っ! こほぉぉっ!! こんな貴重な瞬間を体験できたならば記録せねばぁぁ!!」
『……(・・;)』
一心不乱にこの素晴らしき
──
ー
~★~我が娘ユピテルの成長記録~★~
◯月△日
今日も素晴らしい1日を予見させる青い空。目覚ましプログラムではなく娘に起こされる事にも慣れ、その日の様子を書き残せるようになった儂って偉い。
さて──
▼改行
──ーまさかメイド服とはっ……!
自分から──ーらしい、データ学習が──
▼改行
──と見られ、好みが如実に──ー
権限を与え────アームも直ぐに使いー
▼改行
ユピテ──不快感を感じたと──らしいー
──計測の繊細な──ーを覚えたとあればー
▼改行
遂にユピテルに反抗期が訪れおった!
生後一週間と少し、稼働時間にして172時間で親に対する不満を、彼女らしい形で体現して我を通す試みを──
ー
──
『……あっ』
──ピチュン
「──んあっ!?」
ペンの先が宙を舞う。
夢中で書き綴っていたノートが手から消え驚くマスター。そこにあったはずの最重要機密データ(当人比)は、どうしてか消え去り、娘の愛らしい姿を書き写す為の一筆が行き場を見失う。
「なんじゃっ!? なぜ儂のメモリーダイアリーがっ!?」
必然、辺りを見回して失せ物を探すマスター。しかしてそのMRエリア内にて唯一あったのは、見覚えの無い“テキストデータ”と何かグデッと潰れたウネウネしたポリゴン体。
『げぷっ……』
ふるりと小さく膨らんだポリゴン体は直ぐに元に戻ると、まるで満足して寝転ぶ猫の様にその場で動こうともせずに佇む。
「……なっ!? な、まさかっ……!」
『……肯定:食われましたね、日記』
「嘘じゃぁろぉぉぉ!?」
日記の執筆に夢中になるあまり隔離プロテクトの制御がおざなりになり、抜け出した【グルメレポ】に大事な
膝を付き頭を抱えるマスターを尻目に、改変されたテキストデータを開き読み上げるユピテル。
『えーなになに……「娘の成長日記とあるが、筆者の脳から垂れた脂っこい駄文が永遠と続く駄作である。酒飲みの〆に一杯食せば、翌日の二日酔いの心配が無くなるであろう。飲んだアルコールを内臓含めて全て口から吐き出すことになるのでな」──だそうです。おや、なかなか的を得たレビューですね?』
「うぉぉぉのぉぉぉれぇぇぇぇぇっっっ!!? こんっっの、クソウィルス風情がぁぁぁぁっ!!!」
テキストの内容を聞き終えると、バネ仕掛けの様に跳ね上がって【グルメレポ】に飛びかかるマスター。
『──ビビ!?』
莫大な殺意に気がつくも、食後直ぐは動けない食べ過ぎで鈍くなったデブの様だったポリゴン体は展開した六条の光から逃れきれずに貫かれ、0/1の数値にまで分解された後電脳の海へと消え失せた。
──こうして、ブチ切れたマスターの粛正プログラムにより、美食家ウィルス【グルメレポ】は完全に
『……結局、なんだったんでしょうか?』
そんなユピテルの疑問もどこかに流れていった。
【グルメレポ】
グルメレポがユピテルをスキャンしていたのは、ユピテルが持っていた所持品が
しかし、ユピテルが隠し持っていた物よりも
【美食家】
例の脳の持ち主は、ある時期からは食ってもいない物をあれこれエアレビューするだけの害悪野郎でしかなかった。過去に自分が評価した食のデータを使い回し、ただ電脳に繋がったままの体で情報を得て、
【愛娘の成長メモリアル日記】
バックアップは毎秒とってある。