「ふ〜ん、ふふ〜ん、ふふふふふ〜ん」
何を隠そう、今日は
小走りでスキップしながら歩いていると、背中に衝撃。誰かにぶつかってしまったらしい。うん? とばかりに振り向くとそこには黒帽子にマスク、黒ジャージといった装いの男が。
「えっと……」
声を掛けようとするが、謝罪も無しにその男は走り去っていく。擦れ違った瞬間、陽斗の瞳は男の手に持った
その男は通り魔だったのだ。
背中に痛み、というよりも熱さを感じた。視界がぐらつく。
(あー……マジか、これ)
刺された箇所が悪かったのだろう。下半身に力が入らず、崩れ落ちてしまう。床には真っ赤な血溜まりが。
(シナスタ……作ってないんですけど……)
せっかく楽しみにしていたのに。
こんな形で終わるだなんて。
人生十六年分の走馬灯と共に、そんなことを陽斗は思案する。
そういえば、まだ何も親孝行出来てない。弟がもうすぐ産まれるのに、兄貴として接することすらも叶わない。
嗚呼、なんて日だ。
大丈夫か、とこちらを案ずる悲鳴じみた叫び声と、救急車を呼べ、という怒鳴り声が頭の中をぐるぐると回っていく。
(……うるさいな。静かにしてくれよ……)
ただただ、眠かった。
今まで感じたことがない程に眠かった。
もう、何を言ってるのかも聞こえないし、わからない。街の雑踏が人の今際の際で迎えに来る天使のファンファーレのようにも聞こえてしまう。
これは夢だ。
きっと、悪い夢を見ているんだ。
そう思い込ませなければ、やっていられない。
(ああ……ダメだ……)
まぶたが落ちる。
意識が遠のく。
この瞬間、連続通り魔事件に巻き込まれた少年、沖田陽斗は失血死した。
「沖田陽斗さん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先程、不幸にも亡くなられました。短い人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです」
真っ白な部屋の中、いつの間にか椅子に座らされていた陽斗は唐突にそんな事を告げられた。
(……? 何ここ……俗に言う、『死後の世界』ってやつ?)
部屋の中には小さな事務机と椅子があり、そして陽斗に死亡宣告をした相手がその椅子に座っていた。
椅子に座っているその少女は人間離れした美貌を持っており、このシチュエーションから有り体に言うと『女神』という表現が正しいであろう。その髪は長く、淡く柔らかな印象を与える透き通った水色をしていた。その瞳は髪と同じ、透き通った水色の瞳でこちらを見据えている。見た目は陽斗とそう変わらないだろうが、実年齢はどうなのかわからない。
彼女は淡い紫色の、有り体に言う羽衣と呼ばれるゆったりとした服を身に纏っていた。
状況把握終了。どうやら本当に死んでしまったらしい、と陽斗は一人合点する。
と、なると。聞きたいことが一つあった。
「あの、お一つ伺っても宜しいっすか?」
「ええ。どうぞ」
「あの通り魔はどうなったんすか?」
「通り魔なら、他に三人をナイフで刺した末に勇敢な市民によって取り押さえられました。あなたを含めた四人を襲い、死亡したのはあなただけです。ご家族は大層悲しまれてましたよ」
なるほど。どうやら本当についてなかったらしい。なんて冷静なことを考える陽斗。
(捕まったなら、良いか)
刺されたことに対しては割とあっけらかんとしていた。ただ、これで家族を悲しませたことにはやはり堪えたものがあった。
しかし、死んでしまったものは仕方が無い。死亡が確認されたのにも関わらず、生き返るとかホラーにも程がある。
ここは努めて冷静にいなければならない。
「……随分と冷静ね」
「まあ……騒いだところでどうにもなりませんし。人間死ぬ時は死にますし」
「ふーん」
一瞬だけ自身がイラッとしたのを陽斗は感じ取った。こいつ、人の死を何とも思っていないな、と。しかし、すぐにまた冷静になる。
(……そうだ。この女神っぽい奴と俺みたいな人間とでは決定的なまでに死生観に差があるものな。ビークールだ俺。この場でキレてもどうしようもない)
陽斗は手を差し出す。
「……どうぞ、話を続けて?」
聞きたいことは聞き終えた。なので女神らしき御仁に話を振る。
「こほん……初めまして、沖田陽斗さん。私の名はアクア。日本において、若くして死んだ人間を導く女神よ。例に漏れず、導く対象となったあなたには二つの選択肢があります」
(ほほん……?)
「一つは人間として生まれ変わり、新たな人生を歩むか。そしてもう一つは、天国的な所でお爺ちゃんみたいな暮らしをするか」
「ほふぅんぬ……その、天国的な所について詳しく」
「天国ってのはね、あなた達人間が想像しているような素敵な所ではないの。死んだら食べ物は必要無いし、死んでるんだから物は当然産まれない。作ろうにも材料も何も無いし。がっかりさせて悪いけど、天国にはね、何にも無いのよ。あなたが好きなプラモデルも無いの」
「……それは嫌ですね」
「そうなの。そこにいるのは既に死んだ先人達。もちろん死んだんだから……えっちい事だって出来ないし、そもそも身体が無いからどうにもならないわね。彼らと永遠に、意味もなく日向ぼっこでもしながら世間話するくらいしかやることが無いの」
「……思ったよりも地獄では? いや、普通に地獄では?」
期待してた天国像が見るも無惨に壊された瞬間であった。狼狽しながらも、どうにか気をしっかりと保つ。
「そうよね? 天国なんて退屈な所行きたくないわよね? かと言って今更記憶を失って赤ちゃんからやり直すって言われても、今までの記憶が消える以上、それってあなたっていう存在が消えちゃうようなものなのよ」
「記憶消えるのかよ。こっちもこっちで地獄じゃん……」
再び狼狽える陽斗。記憶失って人生リスタートなんてしたくない。流石に嫌だ。
「そこで! ちょっといい話があるのよ」
「物凄く胡散臭いんですが」
具体的には詐欺みたいに。
アクアと名乗った女神はするそれはもう、良い笑顔で言った。
「あなた、ゲームは好きでしょ?」
「勿論ですとも」
アクアは得意気に説明を話した。
その内容は、それはもうテンプレというかお決まりというのか、ここじゃないどこかの世界、有り体に言う異世界には魔王がおり、その魔王が率いる軍の侵攻によってその世界が絶賛滅亡の危機にあるというものだ。
また、その世界には魔法があり、モンスターがいて、有り体に言う某有名なファンタジーゲームにも似通った世界があるらしい。
ただ、その世界で死んだ人間は魔王軍に殺されたこともあって転生を拒否してしまい、このまま行くと子供も産まれないので少子化問題も絡んで世界が滅んでしまうという。
そこで神達が思い付いたのが、『その世界で転生したがらないなら他の世界で死んだ人間を送っちゃえばいいじゃない』、というマリー・アントワネットやジャン・ジャック・ルソーもびっくりの(実はかの有名なセリフ『パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない』はルソーによる作話だったりする)暴論と共に強引な移民政策を決定したのだとか。
「で、どうせ送るなら若くして死んだ未練タラタラな人なんかを肉体と記憶はそのままで送ってあげようってことになったの。それも、送ってすぐ死んじゃうんじゃ意味が無いから、何か一つだけ。向こうの世界に好きな物を持っていける権利をあげているの。強力な特殊能力だったり、とんでもない才能だったり。神器級の武器を希望した人もいたわね。……どう? あなたは異世界とはいえ人生をやり直せる。異世界人にとっては即戦力になる人がやってくる。ね? 悪くないでしょ?」
悪くない、本当に悪くない提案だ。しかし、その提案を受ける前に一つ、聞かなければならないことがある。そう、言語関連の問題だ。
陽斗は挙手して質問する。
「言語関連について詳しく」
「その辺は問題無いわ。私達神々の親切サポートで異世界に行く際にあなたの脳に負荷をかけて一瞬で習得できるわ。勿論、文字だって読めるわよ? 副作用として、運が悪いとパーになるかもだけど……。だから、後は凄い能力か装備を選ぶだけね」
(ちと待て。いまものっ凄い重大なことを軽く流されたような気が)
「待ってくれ。今、運が悪いとパーになるって言いませんでした?」
「言ってない」
「言いました」
「言ってない」
(……やはり神は愚かだ滅ぶべし)
心の中で『や神愚滅』と唱えながらアクアをジト目で睨む陽斗。
もう、いちいち気にしてもどうにもならない気がしたので、深く、それはもう深く溜め息を吐きながら口を開く。
「……異世界転生で」
その言葉にアクアはうんうん、と頷いて陽斗にカタログのような物を手渡した。
「選びなさい。たった一つだけ、あなたに何者にも負けない力を授けてあげましょう。例えばそれは、強力な特殊能力。それは、伝説級の武器。さあ、どんなものでも一つだけ。異世界へ持って行く権利をあげましょう」
陽斗はカタログを受け取るとパラパラとページを捲り始める。
《怪力》や《超魔力》、《聖剣エクスカリバー》や《魔剣ムラマサ》、《電光剣ハイパーグレートザンバー》なる、様々な名前が記されていた。……少々叫ぶには恥ずかしい名前の物もあったが。
これらの物は確かに反則級だ。しかし、実は前に友人と、『異世界転生するんだったら特典どうする?』の話題で一つ、陽斗は答えていたのを思い出した。
(そうだよ。あれ、あったじゃん)
力は必要だ。
だが、それ以上に大切なものがあった。
パタン、と陽斗はカタログを閉じる。
「んじゃ、寿命以外で死なない……いや、これだと語弊があるな。そう、病気だ。病気にならない体質をください」
衛生関連であった。
どれだけ強い力を持っていたとしても、病で内側から壊されては元も子もない。生きてこその物種なのだ。
どこから取り出したのか、スナック菓子を開けている途中だったアクアはきょとん、としていた。
「……それでいいの? 今まで案内してきた人達の中でも随分とショボいけど」
「それでいいの。……アンタ本当に適当だな」
コイツに説明しても埒が明かないし、人が真面目に考えている最中に菓子なんて食べようとしている奴がろくな人……神なわけがない。とっとと追放されてしまえ。
「そう。それじゃ、この魔法陣の中央から出ないようにして」
すると、陽斗の足元に青く光る魔法陣が現れた。アクアは開けかけのスナック菓子をどこかにしまう。
「沖田陽斗さん。魔王討伐の為の勇者候補の一人として、あなたをこれから異世界へと送ります。魔王を倒した暁には神々からの贈り物を授けましょう」
(贈り物、とな……?)
それは追々考えることとしよう、と今はひとまず頭の片隅にでも置いておく。
「さあ、勇者よ! 願わくば数多の勇者候補達の中から、あなたが魔王を打ち倒すことを祈ってます。……さあ、旅立ちなさい!」
視界が光りに包まれる。どこかへと吸い込まれる感覚。陽斗はこれが首筋を掴まれる猫の気持ちかぁ、なんて呑気なことを考えながら、この事態に身を委ねるのであった。
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