この素晴らしい世界に盗賊を!   作:ハウンド・ドッグ

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 どうぞ、ごゆるりと!


この盗賊の手に職を!

 ジャイアントトード。有り体に言えば巨大なカエルである。その体躯は牛を超える巨大さで、繁殖の時期になると産卵の為の体力をつけるべく、エサとなるものの多い人里にまで出張ってきて農家の飼っている山羊等の家畜を丸呑みにして捕食するのだとか。毎年このカエルの繁殖期に入ると人里の子供や農家の人が行方不明になるらしい。その危険度は街の近隣で駆除された、それこそ子供でも仕留められる弱小モンスターとは比較にならず、その分厚い脂肪が打撃系の攻撃による衝撃を吸収してしまう。だが、金属を嫌う為に装備さえ整っていれば、大半の冒険者にとっては余裕の相手となるらしい。

 かく言う俺は、というと、この世界の安い服を買って残った有り金を全て叩いて手に入れた中古品のダガー以外の装備は皆無であり、服装もファンタジーぶち壊しの灰色のパーカーとカーキのレギンスだ。今は金が必要なので、クエストを受注することにした。

 狙いはジャイアントトード。倒したジャイアントトードは買い取ってもらうことが出来、その肉は多少の硬さはあるが淡白でさっぱりしており食材として大変喜ばれるという。

 

「……まあ、イケるっしょ。序盤の敵なら中古ダガーでも余裕余裕」

 

 俺はハミングしながらアクセルの街の外に出た。

 

 

──クエスト発生──

 

──三日間で「ジャイアントトード」5匹討伐せよ──

 

 

「…………なんて思っていた時期が俺にもありました!!」

 

 一面に拡がる草原の中、俺は激走する。───涙目で。

 地形の起伏や丘になった、どこか風情のあるアクセルの外の風景を楽しむ暇も無く、ただただ走り続けていた。

 後方からは一匹の黄色のジャイアントトードが飛び跳ねながら追い掛けてくる。え、ちょっと待って。思ってたよりもデカいんだけど。ていうか、思ってたよりもコイツ速いんですけど!?

 

「スンマセン!! ほんとスンマセン!! カエル舐めててスンマセン!! 大自然ってスバラシイなド畜生ォォォ!!」

 

 ア"ア"ア"ア"、と聞くに堪えない汚い悲鳴を上げながら俺は逃げ惑う。ヤバイヤバイヤバイ、もう後ろまで来てる!? おわっ、危な!? 今、舌かすったぁぁ!?

 ジャイアントトードの粘液でてらてらと陽光を反射して輝く舌が後方から伸びてくるのを間一髪で躱しながら俺は走り続ける。

 ジリ貧過ぎる。そしてはっきり言うが、報酬も割に合わないと思うんだ、コレ。死ぬ思いしながら達成報酬十万エリス。仕留めたジャイアントトードの買取金額も含めて最大十二万五千エリス。一エリス=一円で換算出来るので、命張った三日間で十二万五千円の給金。……危険度の割に合わない。

 なんて愚痴りながら疾走していると、胴回りに舌が。…………あ。

 

「わっ……ちょっ!? むぎゅ!?」

 

 …………何ということでしょう。捕食されてしまいました。……って悠長にしている場合じゃない!?

 ぬるぬるでぐちょぐちょな口内。幸いにも両手までは拘束されていない。俺はダガーをとにかくその粘膜に突き立て続ける。すると、ジャイアントトードがびくんっと動く。……これは勝つる!

 

「っしゃオラァァァァ!! ゲロ吐けやこのクソガエルゥゥゥゥ!! 人間様舐めんなぁぁぁぁ!!」

 

「ゲ、ゲコォォォォ!?」

 

 血液と体液と粘液でぐちょぐちょになりながら滅多矢鱈にダガーを振り回し、口腔内を滅茶苦茶に斬り付けていく。堪らずジャイアントトードは俺を吐き出した。吐き出される序でに舌も切断しておいた。……これで勝つる!!

 

「キェェェェェ!!」

 

 血液と体液と粘液でぐちょぐちょという最高に格好つかない状態で、最高に格好つかない奇声を上げながら俺はジャイアントトードに飛び掛かった。

 

──このすばぁぁ……(泣きながら)──

 

 ……もうヤダ。

 俺はぐちょぐちょのまま、街に戻ってきた。有り金が無いのでギルドに直行し、ジャイアントトードを移送してもらって売却する。これで五千エリス手に入れた俺は大衆浴場に駆け込み汚れを落とした。ここまでどれ程奇異なものを見るかのような視線に晒されたかは思い出したくもない。

 流石に今日はもう行きたくない。SAN値がゴリゴリと削れていく音が聞こえてしまっているのだから。

 俺はジャイアントトードもも肉の唐揚げをモソモソと喰らい、腹を満たす。正直、懐が寂しいので食費の節約もしなきゃいけない。しばらくは一日一食か二食だろう。

 俺は宿として馬小屋を借りた。その馬小屋は安い。とにかく安い。その辺の宿よりも段違いで安い。それ程までに俺の給金も安い。ファンタジー有りがちな薬草集めて高額報酬、なんてものは幻想(作り話)なのだ。

 嗚呼、異世界。なんて世知辛い。最低賃金も労働基準法もへったくれもこの世界には存在しないのだ。文明と科学に飼いならされた人間にとってはキツい。

 俺はその日一日を遠い目をしながらのんびりと過ごし、ベッド代わりにわらを集めて眠った。

 

──このすばー(棒読み)──

 

 ……これ以上は無理だ。

 三日経ったが、四匹しか倒せなかった。それも、初日と同じように自ら飲み込まれて内側から壊す、という無謀極まりない方法で。これでどうにか四匹倒せた。だが、これ以上はいけない。人の身で、精神の深淵を覗いてしまうこととなる。……有り体に言えば、目覚めてはイケない()()()に目覚めかねないのだ。

 

──三日間で「ジャイアントトード」5匹討伐せよ──

 

──クエストリタイア──

 

 リタイアするのはまあ、仕方無い。

 これでレベルは4になった。スキルポイントを新たに3ポイント獲得したので、新しく二つのスキルを習得した。〈バインド〉と〈短剣〉だ。レベル1の段階の初期スキルポイントを消費して習得した〈敵感知〉、〈潜伏〉、〈窃盗〉を合わせて俺は五つのスキルを保持している。それらを上手く扱う為にも時間は必要だし、生活費の為にも時間は必要なのだ。

 生活費───つまりはアルバイトだ。まかない飯が出る所なら尚良い。あてならある。ギルドの酒場だ。そこでなら働かせてもらえるハズだし、情報も手に入る。これまでに無い程の好条件だ。早速俺はバイトの面接に向かう。

 

「よし。今日はお前に仕事の説明をする。覚えろよ?」

 

「うっす!」

 

 無事に面接を終えた俺は仕事の説明を受ける。俺の役割は注文取りと給仕だ。まずはメニューの暗記。次に客に失礼の無い振る舞い。最後に声出し練習。夜までみっちりと研修し、俺は帰宅する。翌日からは本格的に働くことになるので、身体をしっかりと休めるのだ。

 

──このすば!──

 

「いらっしゃいませぇぇ!! 空いているお席へどうぞぉぉ!!」

 

「クリムゾンビアとジャイアントトードのもも唐揚げですね!!」

 

「注文入りっしたぁぁぁ!!」

 

 とにかく元気に。とにかく速く。とにかく働く。

 

「お客様、ご注文はいかがなさいますか?」

 

「クリムゾンビアをご注文のお客様ァァ!! キンキンに冷えておりますよ!!」

 

「野菜スティックをご注文のお客様!! お待たせしました!!」

 

 労働。労働。労働。

 

「注文入りっしたぁぁ!! シャワシャワネロイド三つぅぅぅ!!」

 

「ステーキをご注文のお客様、お待たせしましたぁ!! 熱いので火傷にお気をつけください!!」

 

「注文入りっしたぁぁ!! 野菜スティック二つにトード唐揚げ三つ、クリムゾンビア三つぅぅぅ!!」

 

 労働。労働。労働。労働。労働。労働。

 店内を駆け回り、ただひたすらに笑顔と気合を振り撒き労働。

 

「あの新入り、よく働くッスねぇ……」

 

「朝から晩までご苦労なことねぇ……」

 

 そうだ。もっと、もっと褒めて頂いても良いんですよ、お姉さん方?

 俺が異世界に転生してから一ヶ月。俺は今や立派なウェイターになっていた。自慢の敏捷でびゅんびゅんと店内を駆け回り、仕事をこなし続ける。今の俺はどこに出しても恥ずかしくないウェイターであると自負している。

 

「今日の給金だ。一ヶ月間良く頑張ったな!!」

 

「ありあざっした!! お疲れ様です!!」

 

 疲れた身体にまかないのキンキンに冷えたクリムゾンビアが染み渡る。そう、労働の後のこの一時の為に俺は生きているのだ。

 俺はいい気分で馬小屋へと戻り、就寝。明日もバイト頑張ろう。

 

 …………。

 

 

 

 …………。

 

 

 

「…………って、ちょっと待て」

 

 くわっと目を見開く。

 とても大切なことを忘れている。俺は異世界にバイトしに来たんじゃない。魔王退治に来たんじゃないか。なのに何だこの体たらく。

 確かに給料は安定している。朝から晩まで働いて日当は七千エリス。これを一ヶ月なので総額二十一万エリス。食費はまかないでタダ同然だし、馬小屋の宿泊料金や大衆浴場の代金を引いてもまだ余裕がある。…………それなら装備買わなきゃ。ってか、買えよ。

 この一ヶ月、労働ばかりでロクに訓練もしていなかった。これはマズい。色々とマズい。冒険者としてマズい。

 

「あと二週間……あと二週間働いてから冒険者稼業に戻ろう」

 

 そう決意し、俺は瞼を落とした。…………明日から本気出すのだ。

 

──このすばぁ!!(元気に)──

 

 二週間が経った。俺は店長に相談してシフトを調整してもらい、午後は馬小屋の裏手でダガーを振る練習をした。スキルの習熟度の向上も同時に行った。それらを二週間、毎日続けた。言っちゃ難だが、転生初日よりも強くなった自信がある。

 辞職を翌日に控えた日に装備を買いに行った。灰色のポンチョにノースリーブのハイネックタイプのインナー、革張りの胸当てに滑り止め用フィンガーレスグローブ、丈夫な青のジーンズ(この世界にもあるんだな)に革張りの脛当て、新品のダガーを一振りにスローインナイフを四本を購入した。値切り交渉で総額十四万エリスに抑えることが出来た。

 そして、今日。辞職し自由の身となった俺は冒険者稼業に復帰する。その為にはパーティー、仲間が必要なのだ。

 俺はギルド内の掲示板を見る。すると、とある張り紙に目が止まった。パーティー募集の求人広告だ。 

 

急募!!

 アットホームで和気藹々としたパーティーです! 美しく気高きアークプリースト、アクア様と共に旅をしたい冒険者はこちらまで!

Aさん「このパーティーに入ってから毎日がハッピーですよ! 宝くじにも当たりました」

Bさん「アクア様のパーティーに入ったおかげで、病気が治ってモテモテになりました!」

採用条件∶上級職の冒険者に限ります。

 

 ……うん。色々胡散臭い。

 けれども、他にパーティー募集の張り紙は無いのでこれしかない。それに、盗賊はダンジョン探索のエキスパートだ。上級職でなくとももしかしたら採用してくれるかもしれない。

 

「…………ダメ元でも行ってみるか」

 

 それが、ポンコツで面白可笑しい毎日を過ごすことになる転機(ターニングポイント)になるとは、この時はまだ知らなかった。




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