狭い部屋。二人と一柱と一匹が住むには無理があるのでは、というツッコミは今更か。
視線を手元のスマートフォンに戻す。未だに操作に慣れないがそこは今を生きる男子高校生。難聴のおじいちゃんよりはマシなはずだ、多分。
「珍しいな」
それは暇な時間があることに対してか、あるいはWebであろうがライトなそれであろうが小説を読んでいるということに対してか。あるいはどちらもか。
そこそこ散らかった典型的男子高校生の部屋。そこの主である少年にかけられた声は、驚くべきことに肩の上からのものだった。
「上条さんは一応オタクなんですよ? ライトなノベルの一つや二つ読むに決まってるだろ」
が、当の少年_上条当麻は非日常的な肩の上の存在に至って普通に返答する。
対する肩で寛ぐ体長僅か十五センチの少女は呆れたように。
「お前が平和な時間を過ごしていることに対して言ったつもりだったんだがな」
どうやら前者だったらしい。上条のツンツン頭が少ししんなりした。
「い、いやこれが普通なんだ! 街中のドンパチに巻き込まれてぶっ飛ばされたり起きたら両側絶望桃色地獄だったり壁の外から人智を超えた来訪者がこんにちはと扉をぶっ壊してくるようなのが間違いであって………………………………………」
いや、日常的に路地裏で追い回されている気がするぞ、おかしいな。
「なにを泣きそうになっている」
「俺の日常って……」
今更過ぎる呟きを華麗にスルーした肩の上の少女ことガチ女神のオティヌスさん(妖精)は、スマホの方を足で指す。ちょっとはしたないが、小さいので仕方がないのだ。
「Web小説、か。 俗っぽいが、まあ、悪くは無いな。 気軽に読めるのは暇つぶしにもなるだろう」
「ありがたいところだよな、俺の部屋にこれ以上本は増やせないし……どこでも読めるからな」
そう、ありがたい。部屋が狭いだけではなく、上条は紙の本を買ったところでどうせ部屋に置いてしまうそれをいつ読めるか分かったものじゃないのだ。
場所を選ばず気軽に暇つぶしで読めるのは本当にありがたい、と頷く上条に神は伺うような声色で。
「……しかし、その、なんだ、お前は一体どんなのを読んでるんだ」
「なんだよオティヌス気になるのか?」
「人間、お前は自分の日常がそこらの創作物より非日常なことを自覚しろ」
非日常筆頭が言うことでは無いが、その通りである。
「それはさぁ、言わないお約束じゃない? こう、作品として読む非日常はまた別というかなんというかさぁ…!」
オティヌスは唸る上条を他所に、なぜか一人でハッとして納得したような顔をした。
「まてよ、そうか……取り戻せない青春とやらを……つまり読んでいるのは学園青春物か?」
「俺は!! まだ学生!! リアルに青春真っ只中!!! つか違ぇよ!」
神様の癖に意外と世俗に詳しいコンパクト美少女に大声で反論する。この男、一応男子高校生なのだ。
「つまらんな、小っ恥ずかしいラブコメでも読んでたら禁書目録に教えてやろうと思ったんだが」
「やめてくれます? とにかく今読んでるのはそういうのじゃねぇ」
禁書目録の名を出されて、上条は今はいない銀髪の少女を思い浮かべる。
なぜか不在の居候その一と二はお出かけしている。上条としてはとてもそれはもうとても不安なのだが一人では無いので大丈夫だろうと思うことにしていた。
「ふぅん、どれどれ」
「あっちょ」
肩から腕を滑り、魔神様がスマホを覗く。
「り……Re:ゼロから始める異世界生活?」
読み上げられるタイトル。自分の好きなものを覗き見られると羞恥心が沸くのは何故だろうか。
「す、勧められたんだよ、アニメもあるし面白いから見ろって」
「あの糸目のやかましい奴か?」
「……青髪か? いや、別のクラスメイトだよ」
なんてことはない、雑談の延長で勧められただけだ。しかし読み始めると先が気になって仕方ない。
面白いのはもちろんだが、どうにも読まなければという義務感がある。
勧められたものだからだろうか。だが、上条は興味の無いものは無いで突き通す性格である。
「タイトルからして異世界転生ものってやつか」
「なんでも知ってるのねオティヌスちゃん」
「なんでもは知らないぞ、知ってることだけだ」
「うっそだろオティヌスちゃん!?」
一体全体どうして得てしまった知識なのだ。上条が驚きの声を上げるも、答える気が無いのかオティヌスはスマホの画面を黙って見ている。
「面白い、のか?」
「ん、まあ。 中々殺伐としてらっしゃいますけど……」
上条はそう言って自分も画面に目を戻す。
「そう言えばさ、俺間違ってアニメ二期から見ちゃったから先がちょっとだけ分かるんだよな、こっちは三章までしか読めてないんだけど」
「話に着いていけたのかそれ、というか見る時間あったんだな?」
「ちょ、ちょっとずつ」
「なぜ日を跨いでるのに間違えてることに気づかないんだ。人間、お前は戦闘時の直感をもう少し生活に回してもいいと思うぞ、普段のお前は迂闊すぎる」
容赦なく刺してくるオティヌスさんに涙目の上条はタブを閉じた。ちょっとこの傷心では読めそうにない。少し、いや凄く悲しい話あるし。
「なんだやめるのか」
「誰のせいだよ……」
さぁな、と顔を逸らすオティヌス。上条は少女が消えた画面を不可解そうに見つめていたことに気づかないまま立ち上がった。
「いい時間だし、インデックス帰ってくる前に買い物終わらせちゃいますか」
「それがいい。外で食べてくるかもしれないが、奴の胃袋はどうせ帰宅する頃には空になっているだろ」
何作ろうかなぁ、と考えながら上着代わりの学ランを羽織りマフラーを手に取ると適当に首に巻く。薄着に見えるが学園都市性は伊達じゃない。
「はふぁ、いかん眠くなってきた」
これはささっと外に出て寒さに体を晒した方がいい。
「……ん?」
肩のオティヌスが何やら疑問の声を上げた。
上条は玄関の扉を開きながら、オティヌスにどうしたと聞こうとして__
「ぉ、あ?」
間抜けな声が出た。
突如として訪れた眩しさと喧騒、五感が混乱する。ドアノブを掴んでいた筈の手が、空を掴んでいた。
それだけでは無い、背後からは噴水のような音。
前は行き交う人、いや、違う。人だけでは無い。獣人、とでも呼べばいいのか。上条の常識の範囲からはズレた容姿の人々が、当たり前のように歩いている。
そもそも、ここはどこなのだ。
まるで、文字通り世界が変わってしまったような、
「っ……」
ぶわりと汗が出てきて止まらない。背中に悪寒が走る。
「お、てぃぬす」
「落ち着け、と言いたいが……これは……どういう」
あのオティヌスが、言葉を濁した。それだけで上条は動けなくなる。
景色が、空気が、違う。文字通り『異世界』に来てしまったかのように。
上条にとって『違う世界』とは、思い出したくもない地獄である。もっとも、記憶されているものはそう多くは無いのだが。
それでも、思考が恐怖で満たされ、呼吸が詰まる。よろめきかけて、踏みとどまると膝を叩いた。
落ち着け、落ち着いて状況を探れ。自身にそう言い聞かせ顔を上げて気づく。
「え」
振り返れば噴水。水が霧状になって顔にかかり、それが現実だと理解させられる。
「どうした」
オティヌスが声をかけてくるが、上条は構うことが出来ない。
街の方へ向く、辺りを走る馬車のような何か。並ぶ店は、人々はまるでファンタジーのような衣服。
「おい、おいおいおい待ってくれ嘘だろそんな訳」
ただのファンタジー風ではない、確実に既視感のある風景だった。
ひくりと頬が引き攣る。
「い、異世界召喚ってやつぅ……?」
アニメの1話冒頭を思い出しながら、某主人公よりも情けなく小さい声で同じセリフを呟いた。
ちょっと涙目だった。