「彼を、返してもらおうか」
果てしなく続く暗闇は終わりが見えない。
黒黒黒黒黒、そんな闇に一人の女性が立っていた。
短いブロンドの髪をさらりと指で解く。
「生憎だが、そちらの事情を汲み取ってやる余裕が無い、手短にいこう」
女性が暗闇の中を踏み出した。
「とはいえ、実力行使で解決出来るものでもないだろう。だから、だ。私は喧嘩ではなく、対話をしにきた……それ相応の理由を聞かせて頂きたい」
影のように全てを覆う暗闇が、揺らいだ。
『__正して』
声が響いた。存在を塗りつぶさんとする圧に、それでも女性は立ち続ける。
「彼を、あの世界においての異物を連れていったのはそちらだ」
『違う』
女性は怪訝な顔で、思考する。
幻想殺しは、あくまでこちらの世界の基準だ。壁を越えてまで連れていったところでただの邪魔だろう。むしろ崩壊の引き金になるかもしれない。
そう、幻想殺しはこの世界の基準。あれが正すのは____
「まさか」
気づいて、彼女は目を開いた。
「最初に犯したのはこちらだったと?」
瞬間、靄が晴れるように空間が開けた。
ぱちぱちと数回瞬きをしてから女性は息を吐く。
「あらあら、戻ってき
いつの間に現れたのか魔女の様な風貌の女性が体を傾けて彼女の顔を覗き込んでいた。
「どうやら」
アレイスター=クロウリー、彼を知る人ならば、女性と形容されることに抵抗を持つだろう。だが今の彼は彼女としか言いようがない。
そんな彼は煩わしげに髪を払った。
「納得はいかないが、あの少年に任せるしかないらしい」
現在この世界にあのツンツン頭の少年は居ない。数十分前まで、確かに存在していたのに。
しかし、厄介なのはそれだけでは無い。上条当麻が連れ去られたのは現在ではなく、過去のどこかからだった。
今の今まで存在していたはずだ。だがいつ居なくなったのか分からない。思えば随分と前から居ない気すらしてくる。
無理矢理存在を消したせいで、矛盾が起こっていた。
気づいた者はいる。だが気づける者はいずれも相応の力を持ってしまっていて、迂闊に手を出せない。
向こうが壊れればこちらも危ういのだ。
それでも、いや、だからこそ。
今、この世界の物語は続いている。
致命的な欠陥を抱えたまま。
______
一方その頃、自分達の世界がそんなことになっているとはつゆ知らず、上条当麻はラムと貧民街の小道を歩いていた。
方や腕を組んでイラつきを隠さず、方や小さくなってとぼとぼと歩いている。
もちろん、後者が上条。
住人なら盗品蔵の場所を知っているだろうと聞き込みをしたが、連続門前払いを食らってしまったのだ。
貧民街だと浮いているのはむしろラムの方なのでは、と上条はやや理不尽な威圧感に心の中で異を唱える。
「直感でたどり着こうしているのなら愚かとしか言いようがないわね」
なんかこの高圧的な態度オティヌスと似てるような似ていないような、と上条がぼんやり考えていると。
数メートル先の曲がり道から誰かが出てきた。
「あぁーーーーーー!!!!!」
指を真っ直ぐさして、大声で叫んだ。
出てきたのは少年と少女。二人は突然の叫び声に呆気にとられていた。僅かに少女の方が早くこちらへ向き直る。
「なっ、んだ、アンタ急に大声出してんじゃねー! 驚かせんな!」
少女に怒鳴られるが、上条はそれどころでは無い。
黒い髪に黒い瞳、一般的な日本人の顔立ちをした目つきの悪い少年。
「な、菜月昴……?」
______
夢か現か死んだかのような目に遭い、気づけば四度目の覚醒。
時間逆行。非現実的だが、そもそも異世界に来ている時点でそんなツッコミは野暮だ。
「死に戻り、ね」
自らで命名したそれを小さく呟けば、隣を歩いていたフェルトが何か言ったかと眉を動かした。
「いんやなんでも」
先程噛まれた手をひらひら動かして盗品蔵への道を歩く。
なんとなくだが見た事のある景色になってきたあたり、遠回りは止めてくれたと見て良いだろう。
「なぁ兄ちゃん。アンタ結局なんなんだ?」
「なんなんだって言われても、見た通りだぜ」
「見た通りじゃおかしいから言ってんだ。どう見たって温室育ちの坊ちゃんだろ、なんたってこんな取り引きに関わってんだ」
スバルには、徽章を取り返さなければいけない理由は無い。信じられない気持ちもあるが、本当に時間が巻き戻っているなら偽サテラともロム爺とも、フェルトとも初対面だ。
「んー……ま、助けてもらったからな」
だとしても、スバルの中には残っている。
それだけで十分だった。
フェルトは首を捻っていたが先を促せば、どうでもいいかと前を向いた。
一度知り合った相手が死ぬのは、嫌だ。例え残っていないとしても、自分は知っているんだから。
「あぁーーーーーー!!」
意志を確かめ、さぁ盗品蔵へと十字路を踏み出した瞬間、右側から誰かの叫び声が響いた。
「………あ?」
フェルトよりも遅れてそちらへ向くと、二人組の少年少女が立っていた。
声の感じからして叫んだのは少年の方だろう。こちらへ指をさしてワナワナと震えている。
「よ」
少年の口が動く。手を下ろして安堵したように表情を綻ばせた。
「良かった」
何も良くない、いきなり叫ばれて勝手に安心されても困る。
スバルは少年を上から下までじっくりと眺めた。
いたって平凡で普通の少年だ。スバルと同じ黒い髪黒い瞳。灰色のパーカーの上に学生服らしきものを着ている。背丈はスバルより低く、顔立ちにやや幼さがあるところを見ても中高生位だろう。
オシャレなのかなんなのか髪をツンツンに立てているのが特徴だろうか、それくらいしか特筆すべき所がない。
いたって平凡で普通の少年だ。
それが異世界で無いなら、の話だが。
「誰だ」
明らかに自分を知っている反応に、スバルがそう問いかける。
少年はやや迷ったように視線を泳がせたが、直ぐに表情を切り替えた。
「盗品蔵に行こうとしてるんだろ?」
「……それが?」
「アンタらの交渉に俺らの探し人も関係してんだ」
と、そこまで無言を貫いていた後ろの少女が遮るように前へ出た。
「俺ら、と言うよりラムの探し人ね」
メイドの様な格好をした少女は少年を牽制するように横目で彼を睨み。
「交渉、と言ったわね。 どうしてあなたはそれは知っているの」
しまった、と少年の表情に焦りが滲む。良くない方向に話が向かっている気がする。
「大方そこの二人のどちらかが盗んだ張本人なんでしょう、別にそれはおかしくないわ。盗品蔵で盗まれた徽章が取り引きされるのも。でも、何故そこは分かって盗品蔵の場所は分からなかったの?」
緊張が走った。
「ラムを罠に嵌めたとも考えられるわ、意味があるとは思えないけど」
沈黙、全員が黙ったままヒリついた空気が漂う。
スバルの背後から靴底が地面を擦る音。少女が被害者側の関係者だと読み取ったのだろう、フェルトが逃げる体制に入っている。
「ま、待て待て待て! お前、あの……銀髪の子の知り合いか? ならちょっと待ってくれ! 俺は徽章とやらをあの子に返すために交渉を__」
「口を閉じなさい」
ラム、そう名乗っていた少女にぴしゃりと言葉を叩き落とされた。ぐるり、とその場の全員を見て。
フェルトのところで視線を止めた。
「あなたね」
瞬間、スバルはフェルトを庇うように立ち塞がる。
「頼む、待ってくれ! 徽章は俺が取り返す! だからっ……!」
杖を取りだしたラムに、スバルは体を硬くした。
「あなたは、エミリア様の何を知っているの。少なくともラムはあなたを知らないわ」
____エミリア?
今、この少女は、ラムは。
誰の名前を呼んだのか。
理解した、その時。
「っ、ぁが、ぁ?」
ぐしゃ、と泥が跳ねる音。ラムの後ろに居た少年が、膝をついている。
俯いた少年の表情は見えない、見えないが。少年の口元ら辺から、ボタリ、と零れ落ちて。
_______
_____
「っ、はぁっ! げほっ、けほっ!」
死んだ、死んだのか。理解するまで数秒、それから上条は顔を上げて辺りを見渡す。桃髪のメイドが訝しげな顔を向けていた。
戻っている。
この世界で時間が戻ると、真っ先に頭に浮かぶのは”死に戻り”だ。しかし、あの時菜月昴が死んだ様子はなかった。
というか、状況を振り返るなら死んだのは上条の方だ。
「いや……」
死んだ、というより殺されて強制的に戻された、のが正しいかもしれない。
体の中で破裂するような感覚と、痛み。鼻を突き抜ける鉄の匂い。口から吐き出される血液が息と混ざり、ぼごりと泡立ったのを覚えている。
あれは、どう考えても嫉妬の魔女によるものだ。
「だとしたら……オティヌス」
「なんだ」
「覚えてるか?」
フードの中にそう投げかける。
「何をだ? いや、まさか……お前」
オティヌスにはリゼロのあらすじを話している。上条の言葉の意図を汲み取ったらしい。
「そのまさかだ」
嫉妬の魔女が、わざわざ上条を殺して戻した理由。
菜月昴を殺さなかったのは、彼女が彼を殺せないから、だけではないはずだ。
推測でしかないが、菜月昴の死に戻りを上条は認識できない。
そして、逆もまた然り。上条が死んだ場合、菜月昴はそれを知覚できない。
そう考えると辻褄が合う。しかし、だとすればだ、嫉妬の魔女がわざわざ上条を殺したのはなぜか。
菜月昴に知られてはいけないなにかがあったのか。
「あの時、何を話してた……? 確か、いや、そうだ」
エミリア。あの時ラムはエミリアの名前を呼んでいた。そして、菜月昴がそれを聞き咀嚼して理解した。
その後だ、上条の心臓が握りつぶされたのは。
「理由は単純明快、オチを変えるなってとこか。ちくしょう、ラムを連れてくのはダメってことか……?」
だが、ラムと合流した後に戻っている。名前を呼ばせないようにしろという事だろうか。
考え込んでいると、痺れを切らしたラムが声をかけてきた。
「なにやらブツブツと挙動不審になっている所悪いけれど、結局どこに向かうつもりなのかしら」
「あ、あぁ、貧民街に……」
向かって、良いのだろうか。
「……いや、行こう」
なにか意味があるはずだ。少なくとも、嫉妬の魔女が何らかの意思で上条を動かそうとしているのはこれで確かになったのだ。
「乗っかってやるよ」