オティヌスさんが静か
ラムさんは空気の読める人
菜月昴はフェルトの元へ向かってから盗品蔵へ行くはずだ。フェルトは遠回りをしていたはずだから、上条達が真っ直ぐ盗品蔵へ向かえば先に着くことも可能かもしれない。
「盗品蔵の場所を聞きたいんだ、分かるか?」
記憶を辿って歩けばすぐに赤い髪の青年を見つけることが出来た。上条は小走りで彼の元へ駆け寄り、言葉少なにそう問いかける。
無愛想にも映りかねない上条の態度に、ラインハルトは気を悪くした様子も無くすぐに答えてくれた。
表通りから外れた場所も把握している辺り、街の治安維持を守る騎士は流石といったところだろうか。
「走れば先回りできるか?」
ラムの元へ戻りながらつぶやく、体力勝負は負けないと思いたいが。
「目的の場所は教えてもらえたの」
「しっかりと、で、だ。 一つお願いをしたいんだけど」
嫉妬の魔女の目的が話を変えないことなら、上条を呼び寄せた時点でその願いは叶わないはずだ。しかし、上条は殺された。それは明らかに物語を変えたことに対する罰。つまり、変えてはいけないポイントがあると上条は予測する。
「一緒にいた銀髪の子の名前を呼ばないでくれ」
現時点で銀髪の少女、エミリアの名を知っているのはラムだけだ。そもそも、この時点の登場人物ではないラムはある意味一番警戒すべき存在である。
「理由は?」
「……これを言ったら怪しまれる予感しかしないけど、あの子の置かれている状況はアンタも分かってるだろ。 まだローブあるしバレてないだろうけど、名前を呼んだら危ない。盗んだ張本人以外にも問題が出てくるかもしれないしな」
「そう、分かったわ」
説得するには足りないだろうと上条は更に続けようとするが、呆気に取られるほど簡単にラムは頷いた。
「え?」
ラムは明らかに上条を警戒していたのに。
「なにをそんなに驚いているの」
いや、警戒は解けていない、むしろ増した様な感じすらある。だが、ラムにしてみれば名前を呼べと言われるよりも受け入れやすい提案だった、それだけの話だ。
「いや……」
「話が終わったなら向かうわよ、時間が無いと言ったのはあなたでしょう」
「あぁ……ラム、俺はお前を信頼してる、頼んだ」
文字通り命のかかっている上条の言葉をラムはどう思ったのか、上条には分からなかった。だがラムがそういった失敗をすることは無いだろう、という信頼だけはある。
これ以上は時間の無駄だろうと、二人が走り出したその時、上条のポケットから電子音が鳴り響いた。
「な、こんな時に、って」
こんな状況で、スマホが鳴るはずがない。
「くそ、しかも非通知!?」
走りながらスマホを耳に当てる。一体どこの誰だか知らないが、今の上条に電話をかけられる存在ということは何か新しい情報が手に入るかもしれない。
『やぁ……何やら騒がしいな、 息も切れているようだ。 ふむ、私もそこまで野暮じゃない、かけ__』
「なおすな!! つかなにを言ってんの!?」
聞こえてきた女性の声が不穏な解釈をしだしたので声を張り上げて止めるが、通話相手はお構い無しだった。
『なるほど、敢えて聞かせたいということか』
「なんだなんの深読みをした! いやまて言うな、というか、え?」
『電話の声だから分からない、という訳ではなさそうだな』
この女性の声は、僅かに聞き覚えがある。しかし、話し方が上条の知っているそれでは無い。だが、聞こえる声よりももっと覚えのある。
「あれい、すたー?」
つい止まってしまった上条につられて、ラムも足を止めた。だがそんなことに構う余裕は無い。
「な、んで、だってお前」
『やはり君はまだ私と会っていないか。こちらの歴史が変わってしまいそうだが、まあ事態が事態だどうにかするとしよう』
「なにを」
上条は言いかけて、辞めた。無意識にスマホを握る手に力が入る。
「……どういう訳かお前は生きていた、そして俺が今置かれている状況も把握している、そうだな?」
ラムに目配せをして、再び走り出す。
『ある程度は、と言っておこう。 そして私が今から話すことには予測も混じっている』
オティヌス同様、全容は把握していないと言い切るアレイスター。
「構わない、手に入る情報を選り好みできる場面でもないだろ」
店の並んだ道から裏通りに入って、角を曲がる。
『まず、君の見解を聞こう』
「いきなりリゼロって作品の世界に連れてこられた」
素っ気なさすらある単純な返答にアレイスターが小さく笑い声をこぼす。
『その通りだな。しかし一つ訂正しておこうか、私達の世界にRe:ゼロから始める異世界生活という作品は存在しない。いや、していなかった』
「なんだって?」
驚きを隠せない上条に、電話越しの声は種明かしをする子供の様に語る。
『そこまで含めて嫉妬の魔女によるもの、という話だよ。彼女の目的を果たすために、君には知識を得てもらわなければならなかった。大方あの物語がフィクションとして存在している世界から持ってきたんだろう、そうなると細かい部分は違うのかもしれないが』
そんなことができるのか、という言葉も出てこない。出来てしまっているのだから。けれどオティヌスが言っていた様に、簡単にできることではないはずだ。
『あぁそうだ、私達の助けはまず無いと思ってくれ』
黙り込む上条に、アレイスターは続ける。
『君が期待してるとも思えないが、私に限らず君をそこから連れ出すことは叶わない』
確かにどうにかして欲しいとは思っていなかった。だが断言するアレイスターに、そこまでのものなのかと嫌な汗が滲む。
『そう考え込まないでくれ。単純な力関係が理由ではないさ、私達では力がありすぎる。影響が大きいんだよ、最悪その世界が壊れるくらいには』
この電話でギリギリという訳だ、とアレイスターは付け加えた。
『これはもちろん君にも当てはまるが、嫉妬の魔女は君に対してかなりの対策をしているようだ』
「どうして、そこまでして」
目的が分からない。異物を連れ込んでまでなにをさせたいのか、予測がつかない。一方でアレイスターは、簡単にそれを言ってのけた。
『君に消して欲しいものがあるんだろう』
自分より知識も力もあるアレイスターの言葉だが、納得がいかなかった。
消して欲しいものがあるとして、なぜ上条でなければいけないのか。
一歩間違えば世界が壊れる危険まで犯してわざわざ連れてくるほどの目的とはなんなのか。
上条の疑問に、アレイスターはやはり簡単に答えてみせる。
『魔術さ』
魔術。上条も知っている、化学とは違う側面。つまり上条達の世界の存在が入り込んでいるというのか。確かに違う世界のものを消すために同じ世界の者を連れてくるというのは理由として納得はいく。
「いや、でも関わったら壊れるレベルなら、俺がどうにかする前に壊れているんじゃないのか? 」
前を走るラムは意図してこちらの話を聞いていないようだった。見向きもせず先を急いでいる。上条は数メートル後ろからそれを追いかける形で走りながら、アレイスターに疑問をぶつけていく。
『私達ならな、魔術師がどれだけいると思っている』
「……なおさらおかしいだろ、そこまでの力が無いのにあのヤバい魔女がSOS出すなんざ」
『嫉妬の魔女は私達の魔術に干渉できない、彼女が手を下すと影響が出てしまう。 理由ならいくらでも思いつくが』
「……」
そう言われるとそのような気がする。
『この場合、どうやって、を君が気にする必要は無い。 魔術師がリゼロとやらの世界に入り込み、物語を壊そうとした。 だから、それを止める為に君は呼ばれたんだろう』
「けど、俺は魔術と魔法の違いなんて分からないぞ」
『君の傍には優秀なアドバイザーがいるのをお忘れかな? 彼女も一歩間違えば世界を壊す存在の一人だぞ、連れてこられたなら理由は明らかだろう』
上条は長く息を吐いて、表情を切り替えた。
「……俺はその魔術師をぶっ飛ばせばいいんだな」
『そういうことだ』
何をすればいいかは定まった。上条は強く地面を蹴り、盗品蔵への道を走る。と、意志のまとまった上条が電話を切ろうとした時。
『まあ大して力を持たない魔術師が空間の垣根を越えた理由は察しがついているんだがな』
「おい」
勢いよくずっこけそうになる上条に、アレイスターは悪戯を誤魔化す様な声色で話し出す。
『以前、私は魔神共の隠れる位相をぶち破ったことがあるのだが』
「あるのだが!?」
『位相はあくまで私達の世界の中での話だ、しかし、破られるはずのない幕の向こう側でもある』
「おい、無視するな」
上条に構わず、アレイスターは淡々と話続ける。やや日が暮れてきたのをちらりと横目で見ながら、上条は諦めた気持ちで聞くことにした。
『君は理想送りの少年を覚えているかな』
「……上里だろ」
『彼の能力は君にも分かりやすく言えば異世界に送る能力だ。厳密に言えば全く別の世界が展開されている訳では無いのだが、あぁ位相とも違うぞ、彼の能力は』
「つまり結局どういうことなんでしょう」
理解力ゼロの上条の情けない問いかけに、やっとアレイスターは会話を始める。
『境界線。短期間で幾つもの境界が揺らいだ、他の世界との壁が曖昧になってしまったんだよ。 それだけで魔術師が異世界に辿り着いたのは全くの偶然、運が悪かったんだろう。いや、良かったと言うべきか』
「えーーと、なんだ、行ったり来たりし過ぎでどこまでが自分の家かわかんなくなったってこと?」
なんとも雑な解釈をする上条に呆れたため息をつくのはアレイスター、ではなくフードの中で顎をつくオティヌスだ。
『扉を破壊したので入り放題、の方が適切かもしれないな。一般的にはそれでも他人の家には侵入しないが、する者もいる。それが例の魔術師、という訳だ』
「なるほど………あの、まとめるとさ、それってお前も原因の一つってことだよな?」
アレイスターだけのせいではないが、扉を蹴破った一人ではある。上条が指摘すると、アレイスターは上条からは見えないのに顔を背けた。傍に居る眼鏡の女性が珍しい、と言った風に微笑む。 余程彼に責められたくないらしい。
『そうなるな』
「お、お前……いや、まあいい」
貧民街の入口はとっくに通りすぎた。世界が壊れるだの言っていた割には長く話していたアレイスターに、上条はそろそろ通話を切ろうと提案する。
『君の帰還を待っているよ』
「そうかよ……ありがとな、アレイスター。助かった」
そう言って、上条は通話を切った。恐らく、元の世界に戻るまでこのスマホが鳴ることは無いだろう。そんな気がした。
「……連絡手段、かしら」
ラムがボソリと呟いたのを上条は聞いていなかったが、視線には気づきもう終わったとジェスチャーで伝える。
「そろそろ着くか」
遠くに、盗品蔵が見えた。いつもより早く疲れが来ているが、ここで足を止める訳には行かない。
魔術師が物語を壊そうとしているなら、重要な場面を狙うだろう。
例えば、
「商談は、他には無いはずだけれど」
ぞわり、と背中を舐めとられるような悪寒が突き刺さる。なるほど、世界が違うと耐性も変わるらしい。
すぐさま顔を上げるも、上条は声の主を見つけることが出来なかった。隠れている。
「急いであそこへ向かっているのは、あなた達が関係者だから」
「だとしたら?」
ラムが短く切り捨てた。声だけでも分かる、怪しく艶めかしいそれは。
「随分と冷たいのね、それでは答えてしまっているも同然。 徽章の持ち主の知り合いと見られても仕方ないわ」
腸狩り__エルザ・グランヒルテ。
瞬間、どこからともなく金属が擦り合わさる音が鳴り。それが開演の合図となった。
____
________
分が悪い。
まさかこんなに早くエルザ・グランヒルテと遭遇するとは思っていなかった。
戦闘の跡があちらこちらに残る中、距離を取っている上条は肩で息をする。一方、エルザは上条よりもラムへと興味を持ったらしく、目を細めて笑った。
「あなた……人ではないのね」
「っ、だとしたら」
「中身が気になるけれど、そんなに遅いと終わってしまうわよ」
切りかかられたラムがそれを交わし屋根の上に跳ぶ。ギリギリだった。
鬼であるラムは、高い戦闘能力を持つ。全力ならば、あるいはエルザを圧倒することもできるかもしれない。
全力を出せるなら。
上条は知っている、彼女が背負わされているハンディキャップを。
「くっそぉ!!」
ラムに意識を向けるエルザに殴り掛かる。容易く避けられるのは分かっていた、体を倒し得物を握る手を蹴りつける。手放された刃物が地面へと突き刺さった。
安心はできない、エルザはまだ武器を隠し持っている。
「勇敢なのね、ふふ、とても良いわ。けど、足りない」
上条に意識を向けたエルザに、今度はラムが魔法の風をぶつける。
斜め上から迫り来る風が到達する前に、上条の横をすり抜けエルザは前方に動く。同時に、上条が背中を押されて風の方へ。
「避けっ__」
「人間!」
屋根の上からラムが、肩の上でオティヌスがそれぞれ叫ぶ。それを聴きながら上条は右手をかざした。
風がロウソクの火を吹き消すように掻き消える。
「け、せる……!」
万が一の可能性もあったが、なんとかなったと息を吐き出す上条。
「あら、不思議な力を持っているのね」
いつの間にか二本目を手にエルザがこくりと首を傾げた。僅か数メートル、相手が動き出せば上条の体は一瞬で切り裂かれる。
(どうする、どうしたらいい___!?)
上条の目測ではあるが、速さだけなら聖人クラス。
そして厄介なことにエルザは単純な戦闘能力が高い。身体能力がどこまで地のものかは不明だが、上条にとってこれ以上の天敵は居ないだろう。
(こいつは本命じゃないってのに!)
上条がするべきは魔術師を倒すこと。エルザを倒すことでは無い。
もちろん早く止められるならそれに越したことはないが、魔術師の妨害がどのようなものかも上条は分かっていない。
時間のロスがどこに繋がるか、それが怖い。
闇雲に拳を振りかざしたところで相手にダメージは通らない。しかし、武器なんて使ったところで意味は無いだろう。普段使わない分、むしろ機動力は下がる。特にこの相手には。
ジリ、と靴底が地面を擦る。
「こうなってしまったら仕方がない。関係者が来てしまったのだし、交渉は決裂」
相手は動かない。
「あの子も消してしまった方が良いわね。徽章そのものは手に入れている様だし、その後で回収させてもらうとするわ」
相手はまだ動かない。
上条も、動けない。
ただ一人、泥を蹴りつけ動いたのは。
「__そこまでよ」
ラム、ではなかった。
凛、とした声は真っ直ぐに上条を突き刺す。それが自分に向けられているものではないと知りながらも、心臓が跳ねた。
「嘘、だろ」
上条とエルザから数十メートル、しかしハッキリと声が届く距離に彼女は立っている。
「なんで__」
艶やかな銀色の髪をなびかせて。紫紺の瞳はこちらを射抜くように鋭い。
「もう一度言うわ、そこまでよ」
Re:ゼロから始める異世界生活、そのヒロインたる少女__エミリアがそこにいた。
増援がきたと喜べるわけが無い。
動揺を隠せず、上条は後退った。なぜ、今、エミリアがここに居る?
盗品蔵はすぐそこだ、先に来るのは菜月昴とフェルトのはずで、彼女が先にくるのはおかしい。
(いや、まてよ)
彼女はフェルトをしばらく追っていた。その流れで貧民街にたどり着いて、撒かれた後は自力で盗品蔵へと来たのだろう。
その盗品蔵へたどり着くまでに時間がかかったから菜月昴よりも後に来た。フェルトという案内人がいる菜月昴よりも後に。
だが、もし貧民街をさまよっている途中で、戦闘の音が聞こえたらどうするだろうか。
エミリアなら、迷わず真っ直ぐに向かうのではないか。
ラムは魔法を使っていた。騒がしくない貧民街でここまでの戦闘だ、気づくのはおかしくない。
エミリアは、盗品蔵に来たのではなく、戦いを止めるために来たのだ。
結果、目的地に着いてしまっただけで、
しかし、だとすれば、同じように盗品蔵に向かっている菜月昴達が来るのも時間の問題だ。
そして、その問題は直ぐに起きる。
「何やってんだてめーら! アンタ……どういうつもりだ!?」
鳩が豆鉄砲食らった表情で、エミリアと反対、盗品蔵の方にフェルトが立ちすくんでいた。
上条達とは違う道から来たのだろう。
エルザと上条の二人を挟む形で、被害者と加害者が立っている。
「! あなた、徽章を盗んだ子ね……!」
「げっ、こんなとこまで来たのかよ! しつこいねーちゃんだな……で、依頼人のはずのアンタはなんで暴れてんだ?」
フェルトが嫌そうに顔を顰めて、それからエルザに説明を促す。
「あなたが不甲斐ないばかりに、関係者がここまで集まってしまったのだけれど。 これは、誰が、どう、責任を取るのかしら」
関係者、そう言われてフェルトはラムと上条を見た。
「そこの二人もそうだってのかよ?」
「えぇ」
エルザは首を振って、だから、と口を動かした。
「こうするしかないわよね」